幼馴染がアイドルを始めたらしい   作:yskk

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にっこにっこにー


My sweet sisters

「……ふぅ」

 

 日本の首都東京。その中でも上位に食い込むくらいに賑わった街、秋葉原。

 そんな大都会の片隅に、今俺は立っている。俺の足の下にあるのは橋。その更に下を流れる神田川は、お世辞にも綺麗とは言えないのだけれど、それが逆に何だか今の気分とマッチしていた。

 

「ふー」

 

 再び大きく息を吐く。

 夕陽を背に浴びながら川を眺める俺は、妙な達成感と程々の疲労感に包まれていた。例えるならばそう、戦いを終えて荒野に佇む戦士のような気分。

 実際、俺も一戦交えてきた後だ。殴り殴られ、蹴り蹴られ。正しくそれは死闘と呼ぶに相応しいものだった。何しろ数時間にも及ぶ激戦で、終わる頃には良い具合に身体が疲労を覚えていた。

 

 そうして得たものは目には見えない勝利の勲章と充実感。結果だけ見れば非常に満足のいくものだった。

 しかし、その代償は非常に大きなものだった。

 

「……はぁ」

 

 三度目の大きな吐息。それは前二つの緊張や疲労感から出たものではなくて、失望や後悔に近いものからだった。

 

「……」

 

 無言のままズボンのポケットに入っていた財布を取り出して、その中身を確認する。数分前にも全く同じ事をしており、その後出し入れを行っていないとなれば、当然ながら中身が増えたりだとか減ったりなんて事はない。

 そんな当たり前の現実を目の当たりにして、俺はまた溜息を付く。

 

 際限のある物を使い続ければいずれ無くなる、というのは当然の世の常で。ゲームセンターの筐体に金貨を投入し続ける(連コと言うらしいが)なんて事をした結果、数時間の間に幾多もの硬貨がその中に吸い込まれていった。

 それこそクレーンゲームだとか、プライズ系のゲームだったら形として物は残るかもしれない。しかし、それが格闘ゲームとなってはそうも行かない。残るのは達成感だとか満足感だとか、目には見えないものだ。

 達成感なんて言えば聞えはいいが、所詮はゲームで得たものだ。そして、それもいずれは虚無に変わる。

 

 後悔先に立たず。有名な諺だ。

 だが、誰しもがそれを戒めに出来ているかというと、そう上手くもいかないらしい。まあ、そんなに簡単に自制できる人間だったら苦労はしていないというか。

 いや、それでも多少の葛藤みたいなのがあるにはあったのだ。

 

『ダメですよ、あんまり無駄遣いしちゃ。せっかく貰ったお小遣いなんだから』

『そんなこと気にする必要はないニコー。使いたいと思ったときが、使い時ニコよ』

 

 漫画なんかでよくあるような、俺の中の天使と悪魔がせめぎ合っていたのだ。どちらも特徴的な髪型で、かたや鶏の鶏冠のような独特な髪形をした天使と、もう一方はツインテールをした悪魔が熱いバトルを繰り広げていた。

 

『でも、どうせ使うんだったら可愛い幼馴染の為に使うニコ。何かプレゼントするとか、奢ってあげるとか』

『あ、いいですね、それ。私はチーズケーキが食べたいです』

 

 と、まあ。まったく脈略のないところへ着地するのもまたお約束で。結果、彼女らは何の結論も生み出すことなく消えていった。そして結局、そんな下らない想像をしていた自分に失笑しながらゲームセンターに足を踏み入れてしまったわけだった

 

 

「……ん?」

 

 そんな先程までの出来事を思い返していると、制服の裾をクイックイッと引かれている感覚があった。何かと思いそちらに視線を向けると、想像の中に出てきた悪魔そっくりの娘さんがそこには居た。

 

「お久しぶりです」

 

 いや、悪魔どころか見た目はどう見ても天使なわけだが。ただ、俺の想像に出てきた悪魔の女の子に実によく似ているのだ。違ったのは身長が少しばかり小さかったのと、本物よりも遥かに礼儀正しかったこと。左側の髪をリボンでサイドテールにまとめたその小さな少女は、静々と大きく頭を垂らしながら挨拶をする。

 

「あぁ。こんにちは、こころちゃん」

「はい。こんにちはです、お兄さま」

 

 少女は俺のことを兄と呼んだけれど、俺の実の妹というわけではない。無論、義理の妹でも。何しろ俺は一人っ子で兄弟はいない。

 彼女は悪魔……にこちゃんの妹で矢澤こころ。俺とにこちゃんが幼なじみだったこともあって、こころちゃんとも彼女が幼い頃から面識があった。そして何故かは分からないが、いつの頃からか彼女は俺のことを兄と呼ぶようになり、ありがたいことに慕ってくれている。

 

「ここあも虎太郎も元気にしてる?」

 

 矢澤家にはこころの他にここあ、虎太郎という妹と弟もいる。どちらも大層可愛らしく、長女に似ずとても素直でいい子達だった。

 

「はい。あっ、折角だからウチに寄っていきませんか? 二人とも喜びますから」

 

 

 

 

「お邪魔しまーす」

 

 こころの誘いに乗って、にこちゃんの家のある団地まで来ていた。そしてドアの前に立ち、そう言いながらその玄関をくぐった。

 

「あっ、お兄ちゃん!」

「こうたー」

 

 すると、部屋の奥で遊んでいた子供がふたり、俺の姿を見つけて駆け寄ってくる。

 

「おうっ、久しぶり。あと、航太さんな、虎太郎」

 

 わしわしとその頭を撫でてやると、ここあと虎太郎はくすぐったそうにしながら、きゃっきゃと笑う。

 

 俺が一人っ子だからだろうか。嬉しそうに迎えてくれた彼女らを見て、自然とこちらも幸せな気分になる。

 よく兄弟のいる友人に愚痴だの、その大変さを聞かされていて、その度に一人っ子であってよかったと思っていた。しかしこうしてみると、親以外で出迎えてくれる人がいるというのも悪くはないかもしれない、そう思った。 

 

「ねぇねぇっ、お土産はー?」

 

 ……仮にそれが、何か見返りを求めてのことだったとしてもだ。

 こころとは逆に、右側で髪を結わえた少女は俺の腰元にまとわり付いて、見上げるようにしてそう言った。こころは大人びていて、女の子らしい性格だが、ここあのほうは明るく元気で、年相応といった感じの少女だった。

 

「あるぞ。ほら、ケーキ」

「ホント! ありがとう、お兄ちゃん……ってああ! なにするんだよぉ」

 

 財布に僅かに残ったお金で買ったケーキの入った箱を、ここあに見せびらかすように掲げる。彼女が浮かれながら手を伸ばした瞬間に、それを更にここあの手の届かないところまで持ち上げた。

 

「もうすぐ飯時なんだから、夕飯食べ終わってからな」

「ちぇっ」

 

 ここあは頬を膨らませながら、至極残念そうな顔をする。しかしそれでも、それ以上何を言うわけでもなく、俺の話を聞き入れていた。実に素直なもので、それは長女とは似ても似つかぬ聞き分けの良さだった。

 こころといい、ここあといい、本当に彼女の妹かと疑いたくなるぐらいよく出来た子達だ。そんな彼女らも年を重ねたら、あんな風になってしまうのだろうか。だとしたら年月というものは実に残酷なものなのかもしれない。

 

「ただいまー」

 

 噂をすればなんとやら。そんなことを考えていると、当の本人が帰宅してきた。

 

「お帰りなさい、お姉さま。今、お茶を入れますね」

「ありがとう、こころ。……って、げぇっ!? 何であんたがいるのよ!?」

 

 俺と目があってその存在を確認すると、にこちゃんはまるで見たくないものを見てしまったかのような驚きを見せる。

 そんな態度が失礼だというのはこの際置いておいて。漫画以外の現実で「げぇっ」なんて反応を見たのは初めてかもしれない。

 

「その反応は無いでしょ、その反応は。こころちゃんが誘ってくれたから来ただけなのに」

「はい。途中でお見かけしましたので、お誘いしてしまいました」

 

 とても小学生とは思えない、しっかりとした口調で話すこころの言葉を、にこちゃんは渋い表情をして受け止めていた。外弁慶というか何というか。にこちゃんも妹たちには甘いらしく、さすがに連れて来るんじゃない、なんてことは言えないみたいであった。

 

「っていうか、俺に来られちゃ困るわけでもあるわけ?」

「なっ!? あ、あるわけないじゃないそんなこと」

 

 お茶の支度を始めたこころに聞えぬように、小声でにこちゃんに問いかけた。すると、強くそう言いながらも、にこちゃんは視線を泳がせる。一瞬チラリと向けられたその視線の先を追いかけると、彼女が拒みたくなるような理由が確かにそこにはあった。

 

 それは一見するとただのポスター。俺が最後にここを訪れたとき、つまりは二年以上前だが、そのときにはなかったものだ。それもそのはずで、そこに張られていたのはμ'sのポスターだった。

 見慣れた面々が写っているのだが、よく見るとそこにはどこか違和感があった。いや、よく見なくても分かるのだが、本来中央に移っているはずの穂乃果と、その横にいたにこちゃんの顔が挿げ替えられているのだ。

 

 妹たちは本気でにこちゃんがアイドルだと思っているらしい。そしてこのポスターだ。

 ネットに転がっているような雑なコラージュよりも更にお粗末なそれに、にこちゃんの意図を感じ取り、その涙ぐましい努力に毒気をすっかり抜かれていた。

 さすがに姉を尊敬している妹たちの目の前で、問いただすというのも野暮な話だ。とりあえずは武士の情けということで、この場は黙っておくことにした。

 

「お待たせしました。はい、お姉さま。お兄さまもどうぞ」

「ありがとう、こころ」

「サンキュー、こころちゃん」

 

 こころが煎れてくれたお茶を、にこちゃんと隣り合って座りながら口にする。紅茶やコーヒーとも違った、日本茶独特の香りに心がすっと落ち着いていく。しかし、それをあえてぶち壊すかのようなことをにこちゃんは口にする。

 

「っていうか、まだ『お兄さま』なんて呼ばせてるわけ?」

「いやいや! 別に俺がそう呼ばせてるわけじゃないから」

「ホントにぃ? そういう趣味があるわけじゃないでしょうねぇ」

 

 一度として俺からそう呼んでくれなどと頼んだ覚えはない。それに何より、妹フェチとでも言うのだろうか、俺自身そういった特殊な趣味がある訳じゃない……はずだ。

 

「でも、お兄さまはお兄ですよ?」

 

 隣で俺たちの会話を聞いていたこころは、何がおかしいのか分からない、そういった風にキョトンと不思議そうな表情を見せていた。

 しかしまあ、にこちゃんも本気で言っている訳ではないだろうけど、彼女の言うことも分かる気はする。確かに血縁でも家族でもない相手を兄と呼ぶのは、些か違和感を生じさせる。

 

「じゃあさ、お姉ちゃんとお兄ちゃんが結婚すればいいじゃん」

「……はぁあ!?」

 

 少し離れて虎太郎の面倒を見ていたここあの突然の発言に、俺とにこちゃんは声をハモらせる。素っ頓狂なのはその大きな声だけじゃなくて、思わず顔を見合わせたにこちゃんの表情も非常に驚きに満ちていた。きっと俺もこんな顔をしているに違いない。

 

「なな、なに言ってるのよここあ!?」

「えぇ~。でもそうすれば、お兄ちゃんが本当にお兄ちゃんになるもん」

 

 確かに理論的に言えばその通りなのだが、さすがに色々と無理がある提案であった。

 

「あ、あのね、ここあ。アイドルは恋愛にうつつを抜かしたりしないのよ」

「……でもお姉さま。この前、スキャンダルが発覚するまでがアイドルだって」

「ぐっ……」

 

 にこちゃんはこころの的確なツッコミにたじろぎを見せる。

 

「それで相手は業界関係者か、スポーツ選手。それか、おさ」

「わーっ!? あ、あくまで一般論よ、一般論!」

 

 こころの話を遮るように、慌てふためきながら大きな声を上げる。そんな彼女の姿に思わず笑みが溢れてしまった。

 

「……なに笑ってるのよ」

「別に」

 

 にこちゃんのうろたえる姿が可笑しくて笑っていた訳じゃない。どちらかと言うと嬉しかったというか、安心したのだ。にこちゃんがほんの少しでもそういった色恋沙汰に興味があったことに。

 彼女にとってはアイドルが全て。そう思っていたから。だから、人並みに女の子として関心を抱いていたことに、おかしな話ではあるが、何故だかほっとした。

 

「いや、そんなに頼むなら結婚してあげてもいいかなって」

「ホント!?」

「はぁ!? な、なにバカなこと言ってんよ。だれがあんたなんかと……ったく、もう」

 

 腰元にまとわりついて喜びを表現する妹たちと、全力でそれを否定するその姉。

 そんな彼女らを見ていると、本当にこういう生活もありじゃないか。そういう気持ちが湧き上がってくるのだった。

 




にこちゃんと結婚したらどうなるの、ってお話。
可愛い妹たちも付いてきてお得! みたいな



全く関係ないのですが、
死ぬほど忙しいのなんとかなんないっすかねぇ……
まあ、ボチボチ書いていくと思いますので、また読んでいただけたら幸いです。
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