「どういうことよ!?」
「どういうことなんですか!?」
「どういうことなのよ!?」
なぜだか分からないが、俺は今三人の女性に詰め寄られていた。
俺の目の前、至近距離には顔、顔、顔。
年齢よりも幼く見える顔、おっとりとして優しそうに見える顔、つり目で気の強そうな顔。そのいずれもがとても整っていて、恐らく大抵の人が美人だと言うだろう。
しかし、そんな女性陣に近寄られているにも関わらず、喜びみたいな感情は一切湧いてこない。それどころか彼女たちの威圧感に、思わず仰け反って自分から距離を取りたくなってしまう。
まず、何故こんなにも詰め寄られているのかが分からない。
一つ分かったのは、美人が怒ったり真剣な表情をしていると、そうでない人がするよりも遥かに凄みが出るということだけ。
これが二股をかけて、いやこの場合は三股か。とにかく、複数の女性と内緒で交際をしていて、その女性たちが図らずも鉢合わせしてしまった、なんてシチュエーションならばまだ納得はいく。しかし、そんな不誠実な男ではないつもりだし、そもそも残念ながらそんな甲斐性が有るわけでもない。
加えて、何か彼女らを怒らせた、なんてこともないはずだ。だから現状、俺はどうして良いものやら皆目見当も付かないでいた。
事の始まりは数分前に遡る。
「うーっす」
雑な挨拶と共に部室のドアを開いた。
そこはいつもとなんら変わりはなかった。部屋の中央には長机が二つ連ねられており、その左右にはパイプ椅子が置かれている。そして入り口から向かって右側の壁一面に棚が備え付けられており、そこにはずらりとアイドル関係の雑誌やらCD、DVD等が並ぶ。
そんなアイドル研究部の部室の中には、三人の少女しかいなかった。部員は全員で十人。つまりは、まだ半分も集まっていないことになる。
そのうち二人は部屋の一番奥、窓際にあるパソコンをなにやら食い入るように覗き込んでいる。そして残りの一人はそんなふたりとは距離を置いて、気だるそうにクルクルと自分の髪の先をイジっていた。
俺はいつもよりも広く見える部屋に、少しばかりの物足りなさを感じながら、肩に掛けていたスクールバックを机の上に置いて、一人でいた少女の隣の椅子に腰掛けた。
「まだ皆来てないんだ?」
「みたいね」
何とも素っ気ない返事が返ってくる。
俺のことなど眼中にないとでも言わんばかりに、視線は手に持っているスマートフォンから離れることはなかった。
「こ、これはっ!?」
「ふふん。どうっ? すごいでしょ」
「す、すごいです!?」
これまた俺の来訪など何処吹く風。窓際の二人もディスプレを覗き込みながら、彼女らだけの世界を構築して、その中でわいわいと盛り上がっている。
「……ふんっ。くだらない」
そんな彼女らの声に、隣の少女は面白くないといった感じでぼそりと呟いた。
幸いなことに、白熱している彼女らにその声は届いていなかったらしい。だから、あえて反応することもあるまいと思い、俺も振れることはしなかった。
「はぁ……。でも、一度でいいからA-RISEに会って見たいです」
「そうよねぇ。遠巻きに見ることはあっても、間近で見れる機会ってなかなか無いのよねぇ……」
なるほど。ふたりの会話から察するに、大方A-RISEの映像でも見て盛り上がっていたのだろう。花陽もにこちゃんも、自分自身がスクールアイドルでありながら、いちアイドルファンでもあった。それも熱狂的な。
だから、そんな彼女らが憧れているアイドルを近くで見たいなんていうのは、ごくごく自然な欲求だと思う。アイドルに限らず、ファンという立場の人間ならば誰もが抱いてもおかしくない願い。
ましてや、A-RISEは数多のスクールアイドルの頂点に立つような存在だ。ふたりにすれば切望であり念願であり、夢。
そんな彼女らを見ていると何とか叶えてあげたい、そんな気持ちにさせられる。
だからだろう。思わず、つい、ぽろっとそんな言葉を口にしてしまった。そしてそれがトリガーとなった。
「そんなに会いたいなら、お願いしてみようか?」
「……はぁ!?」
「……えっ!?」
部屋の中の時間が停止した。しかしそれも一瞬のことで、花陽とにこちゃんの驚きの声によってその沈黙は破られる。
そして次の瞬間、ふたりは無言で、勢いよく椅子から立ち上がった。その反動で椅子はガタっと大きな音を立てる。そしてその椅子は今俺が座っているようなパイプ椅子ではなく、キャスター付きのものだったこともあって、コロコロとあらぬ方向へと転がっていった。
しかしふたりともそんなものには目もくれず、つかつかと早足でこちらの方へと近づいてきた。
「……あんた、今なんて言った?」
「えっ?」
「だから、今なんて言ったかって聞いてるの!?」
いつになく、怖いほど真剣な表情でにこちゃんは問う。
「えっ、いや、だから。そんなに会いたいなら、そういう風にお願いしてみようかって」
なにもおかしなことは言っていないはずだ。それなのに、にこちゃんも花陽もその表情を崩すことはない。険しい顔をしたまま、にこちゃんは話を続ける。
「ちょっと待ちなさいよ。それだとまるで、あんたがA-RISEと知り合いで、連絡を取る手段があるみたいな言い方じゃない」
「……みたいもなにも、その通りなんだけど。携帯のメールアドレスも知ってるし」
「はぁあ!?」
にこちゃんは今日一番に大きな、驚きの声を上げる。
そしてそれとほぼ同時に、この部屋の中にいる俺以外の人間から強い視線が注がれた。
そして今に至る。
「いや、どういうことかって聞かれても……」
「おかしいじゃない! 何で航太がA-RISEのメアドなんて知ってるのよっ!?」
そう言いながら、真姫はさらにグイッと俺との距離を詰めてくる。それこそ、お互いの鼻と鼻が触れそうになるぐらいの距離まで。そんな彼女の圧力に俺は更に重心を後ろのほうへと運び、少しでもその距離を空ける。
「ま、まぁ、そういう機会があったからとしか。あ、あと知ってるっていってもツバサのだけだけど……」
「ツバサぁあ!?」
しどろもどろになりながら答える俺がツバサの名前を出したその瞬間、真姫は睨みつけるように眉尻をキッと上げて、その名前を反復する。俺は真姫のそのあまりの迫力に、思わず目を瞑って顔を背けてしまった。
「と、というか。何でそこまで威嚇されなきゃいけないのかわからんのだが。ましてや、にこちゃんたちならまだしも真姫にまで」
そう。にこちゃんや花陽に言われるのならば、まだ分かるのだ。彼女らはA-RISEのファンである。それ故、羨ましがられたり、妬まれたりなんていうなら理解できる。
しかし、これが真姫だと話が違う。
ふたりほど他のスクールアイドルに熱心なわけでもなく、会いたいなんて望みも持っちゃいないだろう。現に、さっきだって全くといっていい程興味を見せなかったというのに。
「べ、別に威嚇なんてしてないでしょ! そ、それに……ほら、あれよ! 私たちだってスクールアイドルなわけでしょ。だからA-RISEはライバルになるわけじゃない。だ、だからよっ!」
確かにμ'sにとってはA-RISEはライバルであり、超えなければならない対象だ。
つまりは敵とは仲良くするんじゃない、そう言いたいのだろう。しかし、理屈としては分かるのだけど、そもそもそんなに敵対心をむき出しにするほど真姫は大会に熱を入れていただろうか。
「そんなことより、その経緯を説明しなさいよ」
「あ、私も聞きたいです!」
「いや、別に語るようなことは何も」
「い・い・か・ら。とっとと話しなさい」
「……はい」
にこちゃんのあまりの迫力に、俺は素直に首を縦に振った。
●
話は更に数週間前に遡る。
「でね、英玲奈ったらおかしいのよ。その時もさぁ…… 」
「……へぇ、意外だな」
「でしょう! しっかりしてるように見えて、案外抜けてるところあるのよねぇあの子」
目の前に座った少女は、実に楽しそうにお喋り続けている。そして俺もそんな彼女の話に、相槌を打ちながら耳を傾けていた。
端からは普通の光景にしか見えないだろうけれど、これでもこの少女と会うのは今日でまだ二回目だ。そんな女の子と、さも付き合いの長い間柄のように会話を展開している。
しかし、この状況に少なからず困惑している自分がいた。
女の子と早々と打ち解けたといえば、まぁ良いことなのだろうけど。喜びよりも気後れが先に来てしまう所が、悲しいかな女性経験のない男の性ってやつであった。
「あっ、ごめんなさい。私ばっかり喋っちゃってるわね」
「いいよ、別に。ツバサ……さんの話聞いてるのもおもしろいから」
昔から、どちらかというと自分から話題を振るというよりは、他人の話を聞いている方が好きではあった。だから余程でもない限り、長話だって苦だと思ったことはない。
それにこう見えて、聞き上手だね、なんてよく言われていたのだ。まぁ、口を開くと面白くないというのを暗に言っているだけかもしれないけれど。
「そう? ふふっ、ありがとう。あとツバサでいいわ」
「じゃあ、遠慮なく」
クスリと上品に笑うその仕草を見て、やはりこの子はアイドルなんだなと再認識する。
綺羅ツバサというスクールアイドルの頂点にいるこの少女が、今俺の目の前にいる。何度そう考えても、イマイチ実感が湧いてこない。
にこちゃんや花陽のように大ファンという訳ではない。だから、ワーキャー騒いだりなんてことはしないけれど、紛れもなく彼女は有名人なのだ。それでもこうして、ごく自然に会話できてているの。それが不思議でならなかった。
「ん? どうかした?」
黙りこんでしまった俺を心配するように、ツバサは可愛らしく小首をかしげながら問いかける。
「その、いいのかなって」
「何が?」
「こうして二人っきりで話してるのが。前も言ったけど、一応はツバサはアイドルなわけで、他人に見られたらまずかったりするんじゃないの?」
プロって訳ではないにしろ、アイドルなんていうものは人気に大きく左右されるものだ。だから不要な噂は、当然ながら立たないに越したことはない。
今日こうして会ったのは偶然。前に初めて彼女と出会ったときに連れて来られたこの喫茶店にふらっと俺が訪れて、そこにツバサがやってきたってだけの話。
もしかしたらまた会えるかも。そんな考えが無かったといえば嘘にはなるが。
しかし、お互い示し合わせたわけじゃないとはいえ、アイドルという立場の人間が男と二人で会っている。それは彼女にとってマイナスになることはあっても、決してプラスになることではない。
まあ、こっちが心配するこっちゃないのかもしれないけれど。
「一応って、酷いなぁ。こう見えてれっきとしたアイドルのつもりなんだけど」
「うっ! い、いや。それは言葉のあやみたいなもんで……」
「ふふっ、冗談よ、冗談。……んー、でもまぁ、別にいいんじゃないかしら?」
ツバサはあっけらかんと言ってのける。些細なことだと言わんばかりの口ぶりで。
「いいんじゃないって。そんな適当な」
「だって楽しいもの。こうしてお話しているのが。あなたは違う?」
「いや、そりゃあ俺だって楽しんではいるけどさぁ……」
A-RISEのほかのメンバーのこと、友人のこと、学校であった出来事。そういった話題をツバサは本当に楽しそうに語っていた。そんな彼女を見て、話を聞いて。それだけでこちらまで愉快な気分になっていた。だから彼女の言うことを否定することは出来ない。
しかし、それでもいいのだろうかという思いは消えることはなかった。
「言いたいことは分かるわ。でも、私にだってプライベートの時間ぐらいあるのよ。……なんて、こんなこと言うと芸能人みたいだけど」
「実際、芸能人みたいなもんだろうに」
「でも当然、練習だってきっちりやってるわ。……それこそμ'sに負けないくらいにはね」
ツバサはニヤリと挑発的な笑みを浮かべる。
「それにね、実を言うと興味がなかったわけじゃないのよ。こうやって、男の子と二人でお喋りするっていうことに」
「えっ!?」
「ほら、ウチって女子高でしょ。だからかな。そういう機会も全然無いしね」
驚き、というのはおかしいのかもしれない。
何しろこうして彼女と会ったのは今日が二回目。つまりは俺は彼女のことなどろくに知らない。意外だなんて思うのは、こちらのイメージを勝手に押し付けているに過ぎないから。
「……それでも、意外だなぁ」
「あら、そう? そういうことにも興味ぐらい持つわよ? 私だって女の子だもの」
●
「……とまぁ、そんな感じでその後も色々とありまして。で、最終的に連絡先の交換しようかって話になったわけです、はい」
先日のあったことを掻い摘みながら、にこちゃんたちに説明をする。ことのあらましを話しているだけなのに、何故だか釈明をさせられているような気分になった。
「ハァ……ツバサさんとふたりっきりでおしゃべりなんて、羨ましいですぅ」
「ちっ。何であんたばっかりそんな美味しい思いしてるのよ、まったく。私なんてずっと前から追っかけてるっていうのに……」
花陽は羨ましそうに、にこちゃんは妬ましそうに感想を語る。ふたりの反応は、ほぼ想像通り。
そんな彼女たちを見ながら、あの時ツバサが口にした言葉を頭の中で反芻していた。
『私だって女の子だもの』
そう。当たり前の話ではあるが、綺羅ツバサという少女もひとりの女の子なのだ。初めて会ったときにも垣間見えてはいたことだけど、彼女はアイドルであると同時に普通の女の子でもあった。
そしてそれは、今俺の前にいる少女たちにも言えることだった。
にこちゃんにしろ花陽にしろ、大好きなアイドルのことを話しているときは、まるで恋する乙女のようになる。そんな時の彼女らは何処にでもいる普通の女の子で。
なまじ付き合いが長い分、どうしても彼女らのことは女の子の友達というよりは、幼馴染という枠にカテゴライズしてしまっていた。
でも、改めて見ると、当然ながら彼女たちも『女の子』だった。
「……んで、なんで真姫は拗ねてんの?」
「別に……拗ねてなんかないわ」
言葉とは裏腹。真姫は不満ありありといった感じで、不貞腐れながら顔を背けている。
彼女の内心など、俺には到底想像も及ばなかった。だから、どう対処していいのかだって分かりはしない。
しかし、そんな扱いにくいところもまた女の子の特徴なんじゃないか。そう思うと何だかおかしくなって、俺はひとり苦笑いを浮かべるのだった。
ツバサちゃん再び。
ツバサちゃんのおでこぺろぺろしたいです。
基本的に毎回一人の女の子にスポット当てて書いているんですが、
どうも今回それがハッキリしてない気が……
一応ツバサちゃんメインで書こうとしていたんですけどね。