幼馴染がアイドルを始めたらしい   作:yskk

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ハッピーバースデーにこちゃん!


笑顔の責任

 夏も終わり、季節は秋へと足を踏み入れていた。

 まだ暑さは残るものの、衣替えを経て制服は冬服へと変わったことで、心機一転再スタート、そんな空気感が教室にも漂っているような、今日この頃。

 

 だというのに、取り残されたかのように、どこか俺の心はスッキリとしないままだった。

 モヤモヤと霧のように、何かが覆って晴れない。いや、 それだけならまだよかった。

 実際はそれどころかマイナス思考が更にマイナスを呼び、まるで何かに捕らわれるように、引きずり込まれるかのように深く深く沈んでいく。

 

「……」

 

 中庭に備え付けられたベンチの上。そこから仰いだ空は、からっとした秋晴れで。

 それが逆に、ジトッとした湿気を含んだような俺の心の模様を、更に浮き彫りにさせるような、そんな気がした。

 

「コウちゃんっ。何か考え事?」

 

 俺の視界を遮るように、一人の少女の顔が横からにゅっとスライドして現れる。

 

「ん? ああ、なんだ希ちゃんか」

「なんだとは失礼やなぁ、もう」

 

 希ちゃんはぶぅっ、とわざとらしくその唇を尖らせる。

 

 ころころと変わるその表情は、年齢よりも幼い印象を感じさせる。

 それ故、時折彼女が年上であることを忘れてしまいそうになるのだけれど、今みたいな時はそうではないということをはっきりと認識させられる。

 

「どうしたん? 珍しく神妙な顔してるやん」

「……別に。ただぼうっとしてただけだよ。……っていうか珍しく、は余計だよ」

 

 俺の突っ込みに、彼女は舌を出しておどけてみせる。

 そしてそれ以上の詮索はしてこなかったけれど、彼女のその気遣いみたいなものが明らかに透けて見えていた。

 

 

 普段はいつもニコニコして、その上イタズラも大好きで。一見すると何も考えていなさそう、なんていったら失礼だろうか。

 そんな希ちゃんだけど、実際は目ざといというか何というか、他人の変化に非常に敏感で。そこでさりげなくフォローを入れられるような、気配りのできる女性なのだ。

 

 その姿は非常に母性に溢れていて、流石はおっぱいがおっきいだけあるなぁ、なんて思ったりなんかして。

 

 しかし、よくよく考えてみると、自分の周りにはそういった年上の女性が多いことに気が付く。

 希ちゃんは勿論、エリちゃんもそうだし、にこちゃんだって年の離れた妹がいるせいか、ああ見えて非常に面倒見がいい。

 

 だとすると、母性と胸の大きさは比例するものじゃないってことになるのだろうか。

 ……こんな話をしたら間違いなくにこちゃんに烈火のごとく起こられるのだろうけれど。

 

 

 まあ、胸の話は置いておいて、いかに恵まれた環境にいるのかということだ。

 そして同時に痛感する。自分が全くといっていい程、そういったことが出来ない人間だってことを。

 

「ほら、コウちゃん。そろそろ行かんと、みんな待ってるで」

 

 希ちゃんは手を伸ばす。そして俺の手をとって、多少強引に立ち上がらせた。

 それはまるで、深い海から引きずりあげるようで。またもぐるぐると負のスパイラルに巻き込まれていきそうな俺の思考を、ありがたいことに事前に断ち切ってくれた。

 

 しかしそんな彼女に感謝しながらも、やはり己の情けなさ、不甲斐なさを振り切れないままに、皆が待つであろう部室へと向けて、希ちゃんの後を追っていった。

 

 

 

 

 夏の終わり、秋の始まり。

 それは日本において台風が一番到来しやすい季節である。

 

 次期は少しずれていたけれども、そんな台風よろしく俺たちの周りでも色々とごたごたがあった。

 ラブライブ出場辞退。ことりの留学。そしてμ's解散危機。

 だがそれも万事解決、かどうかは分からないが、ひとまず問題は解決の目を見る。結局、誰一人欠けることもなく、再びスタートを切ることが出来た。

 

 強い雨が降って、風も吹いた。しかし、その後には空は嘘のように晴れ渡る。

 台風一過のその言葉通りに、全てが良い方向へと向かって、はいお終い。そんな風だったならどれだけ良かっただろうか。

 

 実際はそう上手くはいかず、俺の中だけとはいえ、その爪跡というものはしっかりと残っていた。

 

「……ねぇ、コウちゃんてばっ!」

「え!?」

 

 隣に座っていた少女の声に意識を呼び戻される。

 

「ああ、ごめん。考え事してた。……なんだ、ことり?」

「あのね、次の曲の衣装考えてきたんだけど、どうかなって」

 

 そう言いながら、ことりはスケッチブックに描かれたそのデッサンをこちらへと向ける。

 今までのような派手さははないが、青と白を基調とした落ち着いていて、かつ、ふわっとした柔らかいような印象を受ける。そんな衣装が、いつもの彼女の可愛らしい絵柄でそこに描かれていた。

 

「……いいんじゃないか。かわいいし、目新しさみたいなものもあるし」

「ホント!? よかったぁ」

 

 何の飾り気も、気の利いた感じでもない感想だというのに、ことりは心底ホッとしたような、そんな安堵の表情でニッコリと微笑んだ。

 そして俺たちのやり取りに気が付いた近くにいる数人が、私も私もとそのスケッチを覗き込んでいた。

 

 日課である放課後の練習を終え、部室に集まって新曲の案等を出し合っていたこの一時。それは紛れもなく、以前までの彼女らの姿で。完全に元通りと言ってもいいようなものだった。

 一悶着あった後だけに、非常に安堵させられる光景であった。

 

 しかしそれは、一歩間違えれば失われていてもおかしくなかったもの。

 そのことを思うと、自分のあまりの鈍感さに、そして無力さに失望する。

 

 そして悔いる。

 何故ことりが他人に相談できずに悩んでいたことに、穂乃果がひとりで抱え込もうとしていたことに、そのことに気がつくことが出来なかったのかと。

 あれほど普段一緒にいたというのに。

 

 そんな後悔が頭の中でぐるぐると回り、行き場を失って消えてはくれなかった。

 

 

 

 

 夕暮れの道を一人歩いている。

 凛のラーメン屋への誘いも、家の方面が同じ穂乃果たちの帰宅の誘いも全て断って。

 

 いつもは通らないような道。あえて遠回りをして帰るその道は、当然ながら見慣れぬ景色ばかりだった。

 しかし、普段ならばいざしらず、今はそんな新鮮さを楽しむような余裕もないらしい。

 それ以前に、辺りを見回すどころか、顔を上げて歩くことすらしていないのだから。

 

「……はぁ。まだまだ暑いなぁ」

 

 そんな自分に嫌気が差して、振り払うかのように天を仰ぐ。今までほとんど足元しか捉えていなかった俺の瞳は、まだ陽射しの強さを残す夕陽を捉えていた。

 その想像以上の眩しさに、ついボソリとひとり呟いた。

 

「まったくね。さっさと涼しくなんないかしら」

「っ!?」

 

 完全な独り言だったはずだ。何しろ、学校を出てからずっと一人で歩いてきていたのだから。

 加えてそんなに人通りの少ない路地だったので、誰に聞かれることもないだろう、そんな考えもあって無警戒に口を開いたのだ。

 

 そのはずだったのに、確かに俺の独り言に対する反応があった。それが幻聴でないとすればの話だが。

 あまりの驚きに、俺はピタリと足を止める。

 そして声がしたであろう方へと勢いよく振り返った。 

 

「……にこちゃん?」

「なによ。そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」

 

 誰もいないと思っていた俺の背後に、声の主は確かにそこにいた。

 驚く俺とは対照的に、しれっと、何事もなかったかのような顔をしてにこちゃんは立っていた。

 

 身長が低いとはいえ、驚くほどのステルス能力だ。

 いや、単純にそんなことにも気が付かないほどに、俺の集中力が低下しているということなんだろうけれど。

 

「えっと、その……何で?」

「……ほら、さっさと行くわよ」

 

 にこちゃんは俺の問いに答えることはせず、ひとり先に歩き出す。こちらの様子などお構いもせずに。そんな彼女の後姿を見て、仕方がなしに、慌てて俺も後を追う。

 

「……」

「……」

 

 数分ほど歩いただろうか。

 その間、にこちゃんは一言も口を開くことはしない。わざわざ後を付いてきたのは、何か用があってのことだというのは明白なのに。

 

「……にこちゃん」

「……なによ」

 

 そんな沈黙に耐えられなくなって、こちらから口を開く。

 

「あー、その、どうかしたの?」

「あんたねぇ……」

 

 我ながら間抜けな質問だなとは思ったけれど、案の定にこちゃんは大きく目を見開いた後で、落胆したような顔をして大きく溜息を付いた。

 

「それはこっちの台詞よ、まったく」

「え!?」

 

 想像とは違ったにこちゃんの反応に、今度はこちらが目をパチクリとさせられる番だった。

 

「別にあんたが何悩んでようが勝手だけど、正直迷惑なのよ。そんな辛気臭い顔見せられるこっちとしては」

「……」

「しょーがないから話位は聞いてあげるわ。だからほら、さっさと話しちゃいなさい」

 

 あまりの展開の速さに頭の中の考えと、心の整理が追いついていかなかった。

 

 そして、こんな状況になって初めて気が付いた。

 悩みを打ち明けるというのは、思っている以上に容易なものじゃないということに。それは自分の弱みを他人に見せるということだから。

 だから、例えこうして誰かが話を聞くといってくれたとしても、はいそうですかと、語りだすなんてことは出来きなかった。どうしてもそこに躊躇いが生まれてしまう。

 

 吐き出してしまいたい。

 そう心のどこかでは思っていても、口は思うようには動いてくれない。言葉が喉の奥で詰まって出てこない。

 それでもにこちゃんは急かすことなく、俺の隣でただそれが始まるのを待っていた。

 

 そして俺もそんな彼女に向けて、少しずつ、ほんの少しずつ思いを打ち明けていく。

 

 

 

 

 

「……はぁ。バカねぇ、あんた」

「なっ!? ば、バカって」

 

 一通り話し終えたところで、今まで黙ってその話を聞いていたにこちゃんは、大きくため息をついた。そして、時折見せるそのジトッとした視線を向けながらそんなこと口にした。

 

「だってそうじゃない。他人の心の中なんて分かるわけないもの。もし航太に責任があるんだとしたら、私たち他の全員だって同罪よ」

「でも……」

「それとも何? あんた自分は特別だとでも言うつもり? 自分は幼馴染のことなら何でも分かってるつもりにでもなってるわけ?」

「っ!?」

 

 所詮、他人の内心なんてその人にしか分かりはしない。それは当然のこと。

 そして、付き合いが長い分、自分が一番彼女らのことを理解しているはずだ。そんな思い上がった考えが、少なからず俺の中にあったこともまた事実なんだろう。

 だから、にこちゃんの言うことももっともな話。

 

 でも、それでもどこかでもっと上手くやれたんじゃないかなんて、そう考えてしまう自分がいる。だって実際、悩んでいる俺を気にして希ちゃんも、そしてにこちゃんもこうして声を掛けてくれているから。

 つまり不可能な話ではないのだ。だというのに、自分は彼女らのように気付いて上げられることが出来なかった。

 それはやはり、どうしても拭い去ることの出来ない事実なわけで。

 

「……はぁ」

 

 俺はそんな思いを口に出すことはしなかった。

 それでも恐らく、表情からは納得していない、そんな様子が容易に窺うことができたのだろう。にこちゃんは再び一つため息を吐いてから、その小さな足でとてとてと前方へと歩き出した。

 

 にこちゃんはある程度こちらと距離が出来た所で立ち止まり、振り返る。そしてその場でまるで精神を統一するかの様に目を瞑り、深く息を吐いた。

 その次の瞬間、彼女は動き出す。

 

「ふぅ……にっこにっこにー」

 

 それは幾度となく目にした、寸分の狂いもない見慣れた仕草。そして完璧な笑顔。

 もはや職人芸といっても差し支えないようなそれを目の前にして、俺はポカンと口を広げていた。

 

 しかしそんな俺を尻目に、にこちゃんは何事もなかったかのように、スッと表情を元に戻して言った。

 

「……はい」

「は?」

 

 腕を伸ばし、手のひらをこちらへと向け、何かを促すようににこちゃんは言う。しかし、その意図を俺は理解することが出来なかった。

 いや、何となく理解しつつも受け入れたくなかったといった方が正しいのかもしれない。

 

「あんたもやんなさい」

「……は? はぁあ!?」

 

 思わず俺は声を上げる。

 それは驚きと共に抗議の意味も含んでいたのだが、にこちゃんがそれを汲み取ることはない。ただ黙り、同じ体勢で俺を待っているだけだった。

 

 それは有無を言わせぬ無言の圧力で、とてもじゃないがやらないと言えるような雰囲気ではなくなっていた。

 

「に、にっこ、にっこにぃ……」

 

 もしかしたら、生まれてこの方、一番恥ずかしい瞬間だったかもしれない。

 人通りのない時だったとはいえ、普通に公道の真ん中で、女の子ならまだしも男子高校生のするようなポーズではないのだから。

 

「何照れてんのよ」

「いやいや! 普通に恥ずかしいから。というか何なのさ急に」

「何? 分かんないわけ?」

 

 にこちゃんはやれやれといった感じで肩をすくませる。

 しかし、はっきり言って全く理解出来なかった。この決めポーズをやる理由も。そしてそれが今までの話の流れとどんな関係があるのかということも。

 

「いい? アイドルはね、どんな時でも笑顔でいなきゃダメなの。例え辛いことがあっても、悲しいことがあってもファンの前では笑顔で、皆を楽しませないといけないの。分かる?」

「それは分かるけど、俺アイドルじゃないし」

「だとしても、あんたはそうしなきゃダメよ」

 

 まるでどこぞのガキ大将みたいな強引な物言いに、ついには何も言い返せずに閉口する。

 

「……元はといえば、あんたか言い出したことなんだから」

「へっ?」

 

 一時の沈黙が生まれたの後、にこちゃんは静かな口調で再び話し始めた。

 

「前にも話したと思うけど、これってパパが作ってくれたものなのよね」

 

 にこちゃんの言う通り、以前彼女からその話は聞いたことがあった。以前といってもずっと前、俺たちが本当に小さかった頃の話。

 

 にこにーにこにーにこにこにー。

 

 当時の彼女は、事あるごとにそれを口ずさんでいて。その歌詞のとおりにいつもニコニコと笑っていた。それはもう、とても楽しそうに。

 しかし、そんな彼女の口からそれが失われている期間が少しの間あった。

 

「でもそのパパが、大好きなパパが死んじゃって……それから、とても笑顔でなんていられなかった」

「……」

「そんな時あんたは言ったわ。……笑って欲しいって。笑顔のにこちゃんが一番好きだって」

 

 にこちゃんは語りながらも視線は決して反らさない。

 恥ずかしい話でもあり、思い出したくないことでもあるだろうに。

 

「最初はふざけるなって思ったわ。だって大事なパパがいなくなって笑えるわけなかったもの。でも、航太にそう言われて。元々あの歌はパパが私が笑顔でいられるように、って作ってくれた歌だって思い出して」

 

 最初は淡々としていたにこちゃんも、次第に感情がこもり、早口へと変わっていく。

 

「それで心に決めたの。私は絶対にアイドルになるんだって、そしてみんなに笑顔を届けるんだって。だから―――」

 

 そこでにこちゃんは一呼吸入れる。瞳を閉じて、スッと息を吸い込んだ。そしてそれを吐き出すと同時に、再び目を見開いた。それは今まで以上に、とても力強いものだった。

 

「だから、あんたはそれに付き合う責任があるの。ずっと隣で見届ける義務があるの」

「……にこちゃん」

「で、それに付き合う以上はあんたも同じように笑ってなさい。……ま、このスーパーアイドルである矢澤にこの隣に居たら、自然と笑顔になるでしょうけど」

 

 ともすれば告白とも取れてしまえるような、そして冷静に考えたら割とむちゃくちゃなことを言っているはずのにこちゃんの言葉。そもそも話の論点からずれている様な気がしないでもない。

 

 しかし、それでも彼女のその言葉は力強くて、それは俺の心に深く染み込んでいった。

 

「ありがとう、にこちゃん」

「なっ!?」

 

 自然と彼女への感謝の言葉を口にしていた。そして同時に今まで張っていたものが消え、笑みが零れていた。

 

「ふ、ふんっ。出来るんだったら最初からそうしなさいよ」

 

 感極まりそうになるそんな俺を見て、逆に彼女の方が冷静になり、そして急に恥ずかしさがこみ上げてきたのだろう。にこちゃんは誤魔化すような事を言うと、ぷいっと顔を背けてしまう。

 

「ほら、さっさと帰るわよ」

「……にこちゃん、そっち帰り道じゃないけど」

「っ! そ、相談に乗ってあげたんだから、その先のファミレスでケーキぐらい奢りなさいよね」

 

 後ろから見ても容易に分かるほど、それくらい動揺丸出しのにこちゃんに、思わず口元が緩む。

 

「はいはい。仰せのままに」

 

 にこちゃんはこちらを気にすることなく、ひとりずんずん先へと歩いていってしまう。そんな彼女を追って、足取りを速めてその横へと並ぶ。

 そして彼女の隣で、ふたり同じペースで歩き始めたのだった。

 




にこちゃんお誕生日おめでとう!

たまにはシリアスっぽいの書こうかななんて思ったけど、結局いつも通りだった、みたいな。

にこちゃんは自分の中ではμ's内で甘えたい女の子NO.1です。
この手の話題だと多分、希ちゃんあたりが真っ先に上がるのでしょうが、個人的にはにこちゃんが一番包容力があると思っています。
(おっぱいは小さいですが)

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