幼馴染がアイドルを始めたらしい   作:yskk

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うん、「また」なんだ。済まない。
また真姫ちゃんなんだ。


IF:夏の日 (真姫)

 八月も十日を数え、月の三分の一を消化したことになる。それでも尚、まだまだ暑さは弱まることはない。

 というよりも、今が一年で一番暑い時期なのかもしれない。もう立秋も過ぎたというのに。

 

 そんな暑さのせいか、アスファルトに舗装された道路からは陽炎が立ち上る。蜃気楼か何か、見えるはずのないものが見えてくるかのように、ゆらゆら、ゆらゆらと。

 少し外に出ればすぐに体力は奪われ、汗が噴出してくるだろう。そしてその結果、服は肌にぺっとりと張り付き、更に不快感を増長させる。

 

 そんなことが分かりきっている以上、無理して外出することもないだろう。

 ただでさえ熱中症で倒れただとか、更には何人亡くなっただとか、そんな嫌なニュースを耳にする機会も増えている。そんな状況下において、私は大丈夫、なんて考えこそが命取り。

 それに、幸い昨日のうちに買い物は済ませてある。

 

 だからこうして縁側で一人、のんびりと夏を感じていたとて、誰に文句を言われることもないだろう。

 

「ふぅ……」

 

 冷房の聞いた部屋から出てきてからそんな時間が経っていないというのに、持って来た麦茶のグラスの中の氷は解け、既に冷たさが失われ始めていた。

 

「……ふぅ」

 

 そんな麦茶で喉を湿らせてから、もう一息ついた。

 

 縁側に腰を下ろして膝から先を外へと投げ出す。そして前後に足をぶらぶらと遊ばせる。まるで手持ち無沙汰な幼子のように。

 

 そんな姿勢のまま、庭の様子を眺めてた。

 時間が経過してもその姿が大きく変わることはない。

 虫の声、車の音、人の声。どちらかといえば、今という空間を構成している要素としてはそういったものの方が強いのかもしれない。

 

 そんな場所にいると、私の頭の中に自然と昔の光景が浮かんでくるのだった。

 不思議なもので、私にとっては夏という季節はノスタルジックにさせられる、そんな季節らしい。

 

 春も秋も冬も、それぞれに特徴があり、イベント事も多々あって。個々人の好みはあれど、良し悪しに差は無いはずで。

 しかし、それでも私にとって夏は特別だった。

 それは私のこれまでの人生において印象深い、そして重きを置くような出来事が多くあった季節だからだろう。

 

「……ふふっ」

 

 自然と笑いが零れた。

 昔を思い返すなんてことは、それだけ私が年を重ねてしまったということなのだろう。童心に返りながらもその事実に気が付いてしまう。

 自虐するつもりは無いけれど、それが何故だか妙に可笑しかった。

 

「あっ! っていけない、いけない」

 

 と、そこで本日の日課を果たしていないことを思い出す。

 感傷に浸るのは良いが、やることはやらねばならない。そう思い立ち、その場から腰を上げる。そしてこの家の一番奥に位置する部屋の前まで行き、その扉を開いた。

 

「えっ!?」

 

 驚きの声と共に私はその動きを止める。

 それも当然で、誰も居ないだろうと思っていたところに人が居て、ましてやそれが想像すらしていなかった相手だったから。

 

 それは部屋の真ん中、その畳の上にどっかりとあぐらをかいて座っていた。その男は向こうを向いてはいたが、後姿からでもそれが誰であるかは当たりがついた。

 

「……ん? ようっ、真姫。ただいま」

 

 その場に居た相手は私の存在に気が付くと、振り返って挨拶代わりに手を挙げる。驚く私とは正反対に、さも当然かのような顔をして。

 

 そんな彼の仕草を見て、気が抜けたように私の硬直は解れていった。そして、不思議と今の状況を自然と受け入れている私がそこにはいた。

 

「……一体いつ帰ってきたのよ?」

「ん~。ついさっき」

「予定よりも随分と早いんじゃない」

「それはほら、あれだ。最愛の妻に、一秒でも早く会いたかったからな」

 

 そんな心にもないことを言いながら、我が最愛の夫である三神航太はケラケラと笑う。

 大方、突然現れて驚かしてやろうだとか、その程度の理由だろうに。

 

「それはいいけど、どうなの? 独りでちゃんとやれてるの?」

「そりゃあもう、バッチリ……って言いたいところだけど、やっぱりだめだな。単身赴任みたいなものだからしょうがないけど、今まで真姫に甘えてた分色々と大変だよ」

 

 ああ、これも嘘だな。直感的にそう分かった。

 

 口ではこんなことを言ってはいるが、その実、人並み以上には生活力のある人間だ。

 確かに私と結婚してからは、家事だのといったものは私がする事の方が多かった。

 それでも、よくある一昔前の家事を主婦に丸投げしている夫のように、何も出来ないなっていうことはない。むしろ独りなら独りなりに無難にこなせてしまう。

 

 だから、彼の言葉がただの謙遜であるということは容易に想像が付いた。

 何しろ結婚してからどころか、その前からも付き合いは長い。それどころか生まれて数年してからの付き合いだ。幸か不幸か、否が応でも相手の気持ちがわかってしまう。

 

「俺なんかのことよりもさ、そっちこそどうなんだ? 寂しくて泣いてたりするんじゃないか?」

 

 航太は私をからかうとき特有の含みのあるような、そんな笑顔を浮かべながらそんな事を言う。それこそずっと昔、学生の頃から見続けてきた表情で。

 余程私の反応が面白いのだろう。彼は時折こうして、私をからかってみせる。

 昔こそ顔を真っ赤にして動揺していたけれど、今となっては大分慣れたというのに、それでも止めようとはしなかった。

 

「おかげさまで日々平穏無事よ。その上、誰かさんみたいに食卓に茄子を並べても怒る人も居ないから、献立を考えるのも楽だわね」

「はははっ。そりゃ、良かった」

 

 からかわれたお返しにと発した皮肉を意にも返さずに、航太はまた軽やかに笑った。

 それが少しチクリと胸に刺さる。

 

「あ、そうそう。変わったことといえば、この間久しぶりにμ'sのみんなと会う機会があったわ」

「へー。全員で?」

「ええ」

「そりゃ確かに珍しいな」

 

 私たちが学生時代にスクールアイドルとして活動していたその時のグループμ's。そのメンバーとは今でも交流があって、嬉しいことに未だに仲が良いままだ。

 彼女らと会うこと自体はそんなに珍しいことではないのだけれど、九人全員で集まるとなると意外と、彼の言う通りその機会は多くはない。

 意図的に集まるか、それこそ何かの行事なり何なりない限りは。

 

「元気にしてたか?」

「ええ。みんな昔のまんま」

 

 お互い年を重ねて容姿こそ変わりはしたけれど、その本質は同じ時間を過ごしていた当時のままだった。

 最初に花陽と顔を合わせ、それから三人四人と増えていくにつれて、あの頃の光景が浮かんでくるような、自分自身が若返っていくような感覚になっていた。

 

「話す内容まで当時と同じようなものだったもの。まんま学校の休み時間に話しているような、そんな感覚。それで……ふふっ」

「なんだよ? 変な笑い浮かべて」

「ああ、違うの。ちょっと思い出しちゃってね」

 

 その時のことを思い返しているうちに、私の口からは自然と笑みが漏れた。

 

「μ'sで集まったら、当然話すことといえば昔話になるわけじゃない? それで最終的に話題が私たちの馴れ初めのことになったんだけど……」

「ん? というか誰にも話してなかったんだっけ?」

 

 私たちは学生時代から恋人として付き合っている。

 仲間内でカップルが生まれたとなれば、当然その他のメンバーはそのことに関心を抱く。そうなれば後は質問攻めだ。ましてやそういった色恋沙汰に一番興味を持つような年齢。

 幾度となくきっかけは何だとか、どちらから告白したのだとかそんな疑問を目を輝かせながらぶつけてきた。

 

 当時は恥ずかしさから徹底的にはぐらかしてきたのだけれど、それが結果的につい最近まで誰にも打ち明けず終いという形になっていた。

 

「で、それを聞いたみんなの顔ったらなかったわ。拍子抜けしたような感じで、えっそれだけ? って」

「まぁ、あんな理由じゃなぁ……」

 

 あの時のみんなの表情を思い返して、私はまた笑いがこみ上げてきた。

 その場に居なかった航太にも感嘆に想像できたのだろう。目前の彼は苦笑いを浮かべていた。

 

 そういえばあの日も今日みたいにとても暑い日だった。

 

 

 

 

 私は部屋で独り、誰かが現れるのを待っていた。

 

「……さすがに早く来すぎよね」

 

 ぼそっと呟いた言葉は誰かに届くことはない。故に当然返ってくる言葉もなかった。

 

 アイドル研究部。その部室は決して広すぎるなんてことはない。

 それでも十人いた内の三人がいなくなった今となっては、ぽっかりと穴が開いたような、スペースが余っているようなそんな感覚で。

 ましてや現在ここにいるのは私一人。隔離されているせいもあってか、必要以上な孤独感に襲われていた。

 

 

 にこちゃん、絵里、希。その三年生が卒業すると同時に私たちのμ'sとしてのアイドル活動は終わりを向かえた。

 それでも残りのメンバーは部に残り、活動を続けていた。今までのように歌ったり、踊ったりということはしなくなったけれど。

 

 あの九人でなければμ'sではない。そんな思いが皆にはあって。それでもやはり、完全に離れ離れになるなんてことは出来なくて、こうして部活動という形を保ち続けている。

 

 そしてその活動の為にここに集まる手はずになっていた。

 といっても今日は夏休みの課題を皆でやろうということなのだけれど。

 

「うーっす」

 

 部屋の扉が開かれて、ぶっきらぼうな挨拶と共に一人の男子学生が入室してきた。私はそれにどこか安堵感のようなものを感じていた。

 

「おはよう、航太。随分早いじゃない」

 

 そう口にしてしまってから、私ははっと気が付いた。彼が早いのならばそれより先に来ている自分はどうなるのかと。しかしその時には既に手遅れで、彼はニタリと笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「そういう真姫こそな。なんだ、そんなに皆に会いたかったのか」

「なっ!? ば、ばっかじゃないの!」

 

 そして想像通り、航太は当然のようにからかいの言葉を口にする。それに律儀に反応してしまう自分もどうかとは思うけれど。

 それをニヤニヤと満足そうに眺めてから、彼は机を挟んで私の向かいのパイプ椅子に腰掛ける。そして鞄の中から漫画雑誌を取り出すと、一人それを読み始めた。

 

「……」

「……」

 

 部屋は相変わらず沈黙が包んだままだった。

 彼が来てくれた事によって孤独感というものはなくなったのだけれど、彼はただ雑誌を読み耽っているだけ。私との間に会話というものは発生していない。

 

 そもそも私や花陽、凛といった二年生とは違い、彼は三年生だ。三年生は受験を控えているということもあって学校に出される夏休みの課題というものはほとんど存在しない。

 にもかかわらずこうして集まりに顔を出してくれるということは嬉しいことであり、ありがたいことでもある、そう頭では分かっている。

 

 しかしそれでもこれはないのではないだろうか。

 私も大概口数は多い方ではないけれど、現れて直ぐに雑誌を取り出してその世界へと入り込んでしまう。

 別に私に気を使えなんて言うつもりもないが、何故だか無性に悔しかった。

 

 だからといって文句を言うわけにもいかず、そんな感情を込めてジッと睨みつけるような視線を彼に送る。

 

 するとあろうことか、そのタイミングを見計らったかのように航太は手に持って傾けていた雑誌を下ろし、視線をこちらへと向けてきた。

 

「……っ!?」

 

 不意の視線の交差に、私は声にならない驚きの声を上げる。

 そして彼は大きなため息をついて、肩を落とす。

 

「はぁ……」

「な、何よ?」

 

 てっきりその仕草が私に向けたメッセージだと思っていたが、彼の様子を見るにそういうわけでもないらしかった。

 

「真姫は彼氏とかいないんだよな?」

「はぁ!? 急に何よ。……そりゃいないけど」

 

 突然の彼の発言の内容に、私の心はドキリと高鳴った。

 

「仮にさ、仮に、もし真姫に恋人が出来たとしてだよ」

「……良く分かんないけどそこまで念を押されると逆に腹立つんだけど」

「で、そのままその人と結婚したとして、自分とその相手、どっちの方長生きした方が幸せだと思う?」

「は?」

 

 最初の航太の言葉から、もしかしてなんて甘い考えが一瞬過ぎったものの、私の想像していたものとはちょっと違ったらしい。

 彼の真意を掴むことができずに、私は首をかしげる。

 

「いやさあ、毎週追っかけてた漫画が割りとガッカリ展開でさ」

 

 航太はこちらに雑誌を向けながらそんな事を口にした。

 正直大して興味を引かれはしなかったのだけど、何と無しに受け取ってそれに目を落とす。

 

「今日日、俺に構わず先に行け的な話はないよなぁ。今時こんな展開入れるかね」

 

 航太の愚痴を耳で感じながらパラパラとページを捲る。

 それは所謂ファンタジー系の話で、前後のつながりはよく分からないけど、一緒に冒険をしている仲間の女の子を強大な敵からその身を挺して主人公が助けるという場面が描かれていた。

 

「ふーん。まあ、よくある展開なんじゃないの?」

 

 私自身この手の漫画に明るいというわけではない。そんな私からしたらその程度の感想なのだけれど、彼にとってはそうでもないらしかった。

 というか最初の話とこの漫画の話、それらがどう繋がるのか私には分からなかった。

 

「それも男同士ならまだいいけどさ。コレみたいに良い感じの仲の男女とか恋人同士とかはなぁ」

「そう? 男の子に守ってもらうのに憧れる女の子って一定数はいるんじゃないの」

 

 彼ほど強い思い入れも考えも持たない私としては、そんな生返事をするのがせいぜいだった。

 しかし、それとは対照的に彼は更にヒートアップして語り続ける。

 

「だってよくよく考えてみたら相当エゴイスティックな行動だぜ。命を張って庇ったやつはそれで満足して死んでいくかもしれないけどさ、残された人間はそれを一生背負って生きていかなきゃならないわけだろ」

「まあ、そうね」

「で、さっきの質問に戻るわけだ」

 

 なるほど。物凄く遠回りをした気はするが、それでもようやく合点がいった。あんな問いかけをした彼の意図が何となくは理解が出来た気がした。

 

「……そっちはどうなのよ?」

「俺? そりゃ先に逝きった方がいいに決まってるだろ。仮に子供がいても、大好きな相手を見送った後の孤独に耐えられるわけないだろうし。だからこそ、この漫画の展開に憤ってるわけで」

 

 なるほど彼の言うことももっともな話。

 人と別れるということはとても辛いことだ。それも死別、ましてやそれが親しい相手とあっては尚更。

 

 六十年か七十年後、目の前にいる彼を看取った後の私。もしそんな状況になったとしたら、その苦痛は想像を絶するのだろう。

 ……ナチュラルに相手役を航太にしてしまったことは、この際置いておいて。

 

「……でも、残された方が幸せだってこともあるんじゃない」

 

 別段、彼の意見に反論するつもりなんてなかった。

 熱く語る彼の熱気に当てられたからなのか、それとも私の元来のひねた性格からなのか。

 私の意志とは別にそんな事を口にしていた。

 

「いやいや、それはないって」

「分からないじゃない。確かに残されるのは辛いけれど、大好きな人の最期を看取って上げられるっていうのは残った人にしか出来ないことでしょ。それに独りになってしまっても、ふたりで居た頃の大切な思い出を抱えて生きていけるわけだし」

 

 売り言葉に買い言葉ではないけれど、これまた私の意に反してああでもない、こうでもないと議論は白熱する。

 いや、きっとそれは彼も同じであっただろう。しかし、お互いに落し所を見失っているような、そんな状況だった。

 

 そして、その着地点はとんでもない所まで飛躍した先に存在していた。

 

「もう、いいわ。埒が明かないもの。だからいっそ、体験してみてから決着つけましょう」

「そりゃいい。口でどうのこうの言っても何の説得力もないからな」

「じゃあ、将来どちらか残された方が判断するってことでいいわね?」

「おう、望むところ」

 

 

 

 

 そんな到底意味の分からないやり取りを思い返すたびに、恥ずかしいやら情けないやらそんな気持ちになってしまう。それが今でも鮮明に思い出せるだけに尚更だ。

 その後にお互い冷静にはなったのだけど、それがきっかけで付き合いだしたのも事実なだけに何とも頭の痛い話であった。

 

 だから、この話を聞いたμ'sの面々が肩透かしを食らったような様子であったのも致し方が無い。

 

「そりゃ、さぞガッカリしただろうな。ずっと隠し続けてたものが、蓋を開けてみればこんなにくだらない理由だったなんてな」

 

 一応、彼女らとの話には続きがあって。

 その話を聞いた彼女らは脱力したその後に口をそろえて、だったら私も告白しておけば良かった、なんて、そんな事を口にした。

 当時から薄々、彼女らも大なり小なり彼に好意を抱いていることは気が付いていた。だからその事自体に驚きは無かった。

 

 しかし実際に彼女らの口からそれを聞いてみて、何かが少し違っていれば、この中の誰かと立場が入れ替わっていても何らおかしくなかったということに気付かされる。

 そう考えてみると、今となっては顔から火が出そうな位恥ずかしい思い出も、私の人生においてなくてはならない物だったのだと実感する。

 無論、悔しいから彼にはこのことは絶対に言いはしないけれど。

 

「しっかし懐かしいなぁ。お互い若かったとはいえ、しょうもないことしてたなあの頃は……」

 

 航太は私から視線を外し、遠くを見つめながら昔を懐かしむように微笑んだ。

 

 そんな彼の姿を見て、私の胸は締め付けられる。

 そしてそれと同時に、彼がこの次に発するであろう言葉が頭に浮かぶ。それを耳にするのが嫌で、私は慌てて話題を変えようと彼の名前を呼ぶ。

 

「こう……」

「で、結局勝負はどっちの勝ちだった?」

 

 私が言い切るよりも早く、彼はそう問いかける。

 そこに悲壮感だとか、負の感情みたいなものは一切感じられなかった。あえて言うならば、見慣れたいつもの私をからかう時のような、そんなちょっぴりイジワルな笑顔。

 

「……私の負けに決まってるでしょ。毎日辛くて、寂しくて……」

「ほーら。だから言っただろ」

 

 次第に瞳が潤んでいく私などお構い無しに、航太は勝ち誇ったように胸を張る。

 それが溢れ出しそうになるその間際、トタトタと廊下を叩く軽い足音が聞えてきて、私は慌てて目元を拭った。

 

「ねえねえ、おばあちゃん。見てみてー」

 

 襖を勢い良く開けながら飛び込んできたその子は、手に持っていた何かを私に向けて掲げて見せる。

 

「……あら、よくできてるわね。お母さんに教えてもらったの?」

「うんっ!」

 

 その手のひらにあったのは茄子に割り箸が四本刺さったもの。つまりそれは精霊馬。お盆に祖霊を迎えるためのお供え物。

 孫はそれ手に、その出来栄えを誇らしげに私に見せ付ける。

 

「これに乗っておじいちゃんが帰ってくるの?」

「そうよ」

 

 孫の疑問に答えてから、思い出したように私は慌てて振り返る。

 しかし、そこに今しがたまであった、そのおじいちゃんの姿は忽然と消えていた。

 

「……」

 

 ……ああ、なんて勝手な人なんだろうか。

 迎え盆すらまだなのに急にふらっと現れて。そして自分の言いたいことだけ言って、別れも告げずにさっさといなくなるなんて。

 

「どうかしたの、おばあちゃん?」

 

 再び熱くなってきた私の目頭を、孫の声が何とか押しとどめた。

 

「……ううん。なんでもないのよ」

「そっか、よかった。じゃさ、じゃあさ、おじいちゃんの為にもっといっぱい作ろう。こんどはおばあちゃんも一緒にさ」

「あらあら、そんなに沢山はいらないのよ」

「……だって僕、茄子嫌いなんだもん」

 

 ばつの悪そうな顔をしながらも、素直にその魂胆を白状するその孫の表情がどことなく彼に似ているような気がした。

 

 そして、それを見て思い出す。

 彼も茄子が大の苦手だったということを。

 

「……ふふっ」

 

 もしかしたら、盆前にこうして現れたのも茄子で作った牛に乗るのが嫌だったからなのかもしれない。

 そんなことを考えていたら涙は引っ込んでいて、逆に笑いがこみ上げていた。

 

 そうだ、いつもこうだった。

 何度も喧嘩やすれ違いはあったけれど、結局いつも最後は私を笑顔にしてくれていたんだった。私にとって彼はそんな存在だったのだ。

 それは、彼がいなくなった今でも変わらないらしい。

 

 ならばこれから先も、彼のいない悲しみは消せないまでも、想像していたよりは笑顔でいられるのかもしれない。

 

 ……だとしたら、あの勝負の結果もきっちりと修正しなければだめね。

 少なくとも彼の一人勝ちではなく、引き分け位だったと。数年して私も向こうに行ったら、そう言ってやろう。

 

 そんなささやかな決意を胸に、私は孫の手を取って仏間を後にした。

 




やっと……夏が終わったんやなって。
夏休み? 盆休み? そんなものは無かった(白目)

死にネタ注意って書こうか迷いましたが、ネタバレぽくなるのでやめました。
気分を害した方がいましたら申し訳ありません。

というかしっかり明記した方がいいんですかね?
自分も得意な方じゃないので読みたくないって気持ちも大いに分かるのですが、
書き手としては仮にバレバレであっても最初に結末を書くのもどうなんだという気になるわけで。

まあ、たまたま思いついたから書いただけで、今後はこの手の話はないと思いますが。
そもそも私の書く文なので、そんな大した話でもないんですけどね。

流石に後書きから読む人はいない……はず。

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