朝、ふと目が覚めた。枕元にあった携帯電話に手を伸ばし、寝ぼけ眼でそれを見る。
習慣とは恐ろしいもので、目覚ましをセットしたわけでもないのに、普段起きているのとさほど変わらない時間だった。いつもだったらこのまま身体を起こして、μ'sのみんなとの朝練に向かうところではあるが、生憎今日はその予定はない。
何しろ練習なんかよりも、優先してやらねばならぬことが出来てしまった為、しばらくの間休止ということになっているのだ。
理由はともあれ、早起きをする必要性が無くなったわけだ。ましてや今日は休日。
ならば、久しぶりの惰眠を貪るのには絶好の機会。というわけで、俺は再び意識を沈めていった。
「……きて。おーきーてよー」
身体が揺さぶられている感覚があった。同時に、俺の名前を呼ぶ女の子の声も聞こえる。
だがまぁ、きっと夢なんだろう。そう思うことに決めて、寝返りを打って声のする方から顔を背けた。しかし、次第に身体の揺れも、俺を呼ぶ声も大きくなり、強制的に現実へと意識を引き戻されていった。
「起きてよー、航太君ってばー」
「だぁ! 何だよ朝っぱらから、うっとおしい」
無駄だと分かりきっていた抵抗を止めて跳ね起きる。携帯のディスプレイが映し出す時刻は、先程から一時間と少ししか経っていなかった。
「協力して! お願い!」
ベッドの傍らに立っていた高坂穂乃果は、俺が起きるのを確認すると、いつぞやに聞いたことのある台詞と全く同じ台詞を吐いた。切羽詰ったような表情までそのままで。
「こんな早くから何の用だよ……」
「こんな早くって、もう七時過ぎだよ」
「ま・だ、七時過ぎだよ」
休日の七時なんていうのはまだ明け方みたいなものだろうに。仮に目が覚めていたとしても、まだベッドの中でうだうだしているような時間だ。間違っても行動を開始するような時間じゃない。
それにそもそも、時折寝坊して遅刻してくる穂乃果にだけはそんなことは言われたくはない。
そう考えると、こうして穂乃果が早い時間にウチにいるのは珍しいのかもしれない。
「はぁ、まあいいけどさ。……つーかこんなとこ居ていいのか?」
先日、ラブライブ開催の一報が届けられた。
ラブライブ。簡単に言えばスクールアイドルの祭典であり、その人気上位のグループが集まってナンバーワンを決める大会である。そして、我らがμ'sもそれを目指すことになった。
ここまではある意味、必然の流れではあった。ただ、そこに一つの問題が生まれた。それは、μ'sの活動に否定的だった生徒会長などではなく、予想だにしない所からだった。
元々その話を聞いたときに、ラブライブ出場に関しては生徒会長が関門になると思っていた。そして、俺もどう彼女を説得したものかと頭を巡らせていた。
しかし、特段策を講じる必要もなく。運良くそこを抜け、理事長から直接出場の許しを得ることが出来た。
が、それ以上に難題な条件が一つ提示されることになったわけだが。
「試験までそんなに時間ないんだから、勉強しないとだろ」
「そう、それ! まさにその事で来んだよ航太君!」
大正解とでも言わんばかりに、穂乃果はこちらにびしりと指を差す。
理事長から突きつけられた条件というのが、期末テストで赤点をとらない、ということだった。
本来だったらそんなに大げさな話でもないのだが、残念ながら穂乃果にとっては切実な問題らしい。困ったことに、それが穂乃果一人だけで済まないというのが、またなんとも頭の痛い話である。
「大体、何で航太君はそんなに余裕ぶっちゃってるのさー」
「俺はお前らと違って、普段から少しずつやってるからな。それより、今日もふたりと勉強する予定じゃなかったのか?」
赤点回避というの問題解決の為に、ここ数日、海未とことりが付きっ切りで教えることになっていたはずだ。
「それがふたりとも今日は都合悪いらしくって。海未ちゃんは弓道部で、ことりちゃんも外せない用事があるみたいで」
「だったら、一人で勉強してればいいんじゃないか?」
そもそも勉強なんていうのは、本来一人の方が効率的だと俺は思っている。
もちろん、一人で考えても分からないことはあるだろうし、そんな時は他人に聞いてしまったほうが早いということもあるだろう。
ただ、どうも他人が傍にいると集中力が散漫になるというか、意識を奪われて落ち着かない。まぁ、あくまで俺の場合はだけれども。
「だって、海未ちゃん部活に行く前に、わざわざ課題出していったんだよ。私が戻るまでに終わらせておいてください、って」
「終わらせればいいじゃん」
「それが無理だからお願いしに来てるんだよぉ。私一人じゃ絶対無理だし。海未ちゃんが帰ってくるまでに終わらせないと殺されちゃうよー」
「殺されはしねぇよ……」
海未のことをいったい何だと思ってるんだろうかこいつは。
まぁそれはともかく、追い詰められているであろう事は確かそうだった。睡眠妨害をされたこともあり、正直全く乗り気はしないのだが、これもμ'sのサポートの一環だとも言えなくはないし、少しは自分の復習にもなるだろう。
そう自分自身を言い聞かせて、ベッドから立ち上がる。
「……分かったよ。見てやるから教科書出せ」
「航太君ありがとう! ……あっ」
「あ?」
穂乃果はこちらから視線を逸らして、決まりの悪そうに笑った。
「えへへ。ウチに教科書忘れちゃった」
「……朝飯食ってくる」
●
「違う違う。そこでさっきの式を代入するんだよ」
勉強を始めて数時間。意外にも、と言ったら失礼なのだろうけれど、穂乃果は思った以上に真剣に出された課題と向き合っていた。決して順調とは言えないかもしれないけど、着実に、一つずつ消化していった。
「うぁ~。もう疲れたよー。休憩しない、航太君?」
こうして時々、根を上げそうになることがあるのを除けばだけれど。
「さっき、休憩がてら昼飯食いに行ったところだろ。もうちょっと頑張らないと終わんないぞ」
つい一時間ほど前に、外まで昼ご飯を食べに行ってきたばかり。流石に休憩を入れるのは早すぎる。
わざわざ外にまで食事に行ったのだって、気分転換を兼ねてのこと。俺の母親が昼飯を作ると言ってはくれたのだが、その提案も断った。ただでさえ部屋の中で教科書とにらめっこしているのだ。穂乃果じゃなくとも、ずっと屋内にいるのは気分が滅入ってしまう。
それにまぁ、食事を同席したらしたで、ウチの母親が穂乃果にいらんことを根掘り葉掘り聞くだろう。そんな絵が容易に想像できたから、というのも理由の内の一つなんだけれど。
「航太君は数学得意だからいいけど、私は数学苦手なんだもん」
「得手不得手以前に、積み重ねが大事なんだから仕方ないだろ。ましてや数学なんて特にそうだし。それに歌にしろ、ダンスにしろ一朝一夕でどうにかなるもんじゃないだろ?」
「それはまぁ、そうだけどさぁ」
「というか、仮にも商売人の娘が数学全くダメってのもどうなんよ」
「そんなこと言っても、お店でxだのyだの使わないもん」
穂乃果はぶーぶーと不満を口にしながら、不貞腐れたように机に突っ伏してしまう。こうなってしまっては梃子でも動かない、というか少なくとも俺にはどうしようもない。言うことを聞かせられるのは海未ぐらいだろう。
「……はぁ。お茶入れ直してくるから、それまで休憩な」
「ふぁ~い」
穂乃果は顔を上げずに、ひらひらと手だけを振って返答する。そんな穂乃果を部屋に残し、ぬるくなってしまったアイスコーヒーを手に台所へと向かっていった。
「まぁ。こうなるわな」
案の定というか予想通りというか、穂乃果はさっきの体勢のまま、すやすやと寝息を立てていた。下の階からお盆に載せて運んできた飲み物を机の上に置き、どうしたもんかと考える。
起こしてやって、続きをやらせるのが正解なんだろうけれど、穂乃果の寝顔を見てしまうと、どうにもそれが躊躇われた。
「おーい。おきろー穂乃果」
試しに小さな声で呼びかけてみるも無反応。何となく残念なような、そして逆にほっとしたような気持ちになった。というかそもそも、こんなにも簡単に、そして場所を選ばずに寝れるというのが不思議でならない。ましてや他人の家でなんていうのは、俺には到底考えられないことだ。
「相変わらず無防備だなぁ、おい」
そう言いながら、穂乃果のその柔らかい頬を軽くつつく。穂乃果はほんの少しくすぐったそうな仕草を見せるだけで、目を覚ますことはなかった。これでも俺だって男の端くれである。ましてや昔ならいざ知らず、今はお互い年齢だって重ねてきた。
それでも、信頼されているのか、はたまた全く意識されていないのかは分からないが、穂乃果は幼かった頃と全く同じようにその無防備な姿を見せる。なんともまあ複雑な気分である。
「ふぁ~あ」
そんな穂乃果を見ていると、誘われるようにこちらにまで睡魔が襲ってきた。
おそらく、今日まで穂乃果なりにしっかりとテスト対策はしてきたのだろう。さっきまで見た感じでも、このまま行けばおそらく赤点を取ることはないだろう。だからこのまま少しだけ眠らせておいてあげることにしよう。出された宿題が終わらずに、海未に怒られることになるだろうけれど、その時は一緒に謝ってやればいい。
そう決めて、穂乃果に薄い毛布を掛けてやってから、俺自身も壁に寄りかかって眠りへと落ちていった。
スクフェスで無事に(ギリギリ)穂乃果ちゃん2枚お迎えできた記念
穂乃果ちゃんの隣でお昼寝したいなぁってお話
遅くなりましたが、
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