幼馴染がアイドルを始めたらしい   作:yskk

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(・8・)


call my name

 季節は夏を迎え、その暑さも日に日に増してきている。とてもじゃないが長袖なんか来ていられず、企業戦士のサラリーマンでさえ背広を片手に、ワイシャツの袖を巻って歩いている姿が見受けられる。

 そんな外の気候とは無縁の空調の聞いた屋内で、俺はアイスコーヒー片手にくつろいでいた。といってもそれは十数分も前の話で、グラスの中身は既に飲み干してしまっていた。そんな俺の視線の先では、美少女がかいがいしく働いている。

 グラスの底にほんの少し溜まった水をストローで吸ってみても、水の味とほんのりとコーヒーの香りがするだけ。 残った氷が解けて出来たその水を啜っているだけなのだからそれも当然。先程からこれの繰り返し。流石に手持ち無沙汰になって、ストローでその氷を弄っていると、カラリと音を立てる。それとほぼ同時に入り口のドアに付けられているベルが、その高い音色を奏でた。

 

「いってらっしゃいませ、ご主人様」

 

 恐らく何組か客が帰ったのだろう、それらを見送ると、先程まで忙しそうにしていた彼女が少し落ち着いたような様子になっていた。

 ようやくか。そう思いながら、そのタイミングを見計らって彼女に声を掛けた。

 

「おーい、ことり」

 

 そんな俺の声に、彼女は行儀悪く走ったりなどはせずに、かといって決してこちらを待たせるなんてこともなく、素早く対応をする。

 

「お呼びですか、ご主人様?」

 

 近付いてきたことりを見て、改めてその姿に目を奪われた。ふわりとしたロングスカートに純白のエプロン。そして何よりその頭に輝くメイドカチューシャ。クラシカルなそのメイド姿はもちろん、話し方から所作に至るまでの全てが完璧だった。伝説のメイドなんて呼ばれている理由がよく分かった。

 なんというか、新境地を開拓した、そんな気分だった。正直言って、今までメイド喫茶を訪れる人の気が知れなかったのだが、彼女は特別にしても、こんな子がいるなら足繁く通ってしまう人がいるのも分かる気がした。

 

「どうかしましたか、ご主人様」

 

 ぼーっと、というよりは完全に意識を持っていかれていたらしい。恐らく相当間抜けな面をしていたであろう俺を、ことりのその声が現実へと引き戻した。

 

「あ、ああ、ごめん。アイスコーヒーもう一杯もらえる?」

「かしこまりました。すぐにお持ちいたしますね」

 

 ことりはぺこりとお辞儀をして注文を受ける。そして帰り際、ことりはキョロキョロと辺りを見回して誰も見ていないことを確認すると、俺の耳元まで顔を近づけて、他人には聞えないような声の大きさで囁いた。

 

「……あとちょっとで終わるから、もう少しだけ待っててね」

 

 そう言ってことりは再びお辞儀をすると、注文を伝えに戻って行った。もちろん最後にニッコリと笑顔を付けることも忘れずに。ことりがバックヤードへと引っ込んだそのあとでも、耳元に彼女の吐息が残っているような気がして、しばらく心臓は高鳴ったままだった。

 

 

 

 

「ごめんね、コウちゃん」

 

 ことりは申し訳なさそうに、胸元で手を合わせながら俺の席へとやって来る。その姿は先程までのメイド服ではなく、見慣れたいつもの音ノ木坂の制服だった。待たされたことはちっとも苦ではなかったのだが、ほんの少しだけそれが残念だった。

 

「いいよ別に。またことりのメイド姿が見れたし」

 

 元々、ことりにお礼がしたいと言われて、ふたりで彼女の働くメイド喫茶に来ていた。しかし急にシフトに入れなくなった子がいたらしく、その代わりとしてことりが入ることになった。だから待ったのだって、特段彼女のせいというわけでもない。

 それに、そのお礼だって、そんなことをしてもらうような何かを俺はしちゃいない。ことりは作詞を手伝ってくれたお礼だなんて言ってはいるが、別に何かアドバイスをしたというわけでも、きっかけを与えたとかそういうのも無い。ただ一緒に居てその感想を言ったぐらいのものだ。それでも、ことりと出かけるのも悪くは無いかと、ほいほい出てきてしまったわけだが。

 

「えへへ~」

 

 俺の返答を聞いて安心したのか、ふにゃりと目じりを下げて笑う。いつもながらその笑顔には癒される。そして改めて女の子だなぁと感じさせられた。

 元々女の子なのだから、いまさら何を言っているんだと言われてしまいそうだが、少なくとも俺の交友関係の範囲内では、一番女の子らしい女の子だと思う。

 ふわふわのロングヘアーに、それなりにしっかりと主張しているスタイル。そんな外見に加えて特技の裁縫に、趣味はお菓子作り。そして何よりその温厚な性格。まるで男の理想が具現化したような、そんな絵に描いたような女の子なのだ。

 

「ねぇねぇ、コウちゃん。おなか空いてない?」

「ん? そういやちょっと腹も減ってきたな」

 

 ことりにそう言われて、もう昼も近付いていることに気づく。開店とほぼ同時に入店しているので、もうだいぶ時間が経ったことになる。その間ほとんど、ことりの仕事っぷりを眺めていただけなのに、ほとんど飽きることが無かったというのは、それもまた彼女の魅力ゆえなのだろう。

 

「じゃあじゃあ、オムライス食べてみない? ここのオムライスすっごくおいしいんだよ」

「まぁ、ことりがそこまで言うなら食べてみようかな」

「えへへ、かしこまりましたご主人様。えっと、すいませーん」

 

 ことりは手を挙げて合図を送ると、近くにいたメイドさんに注文を取りに近寄ってきた。同僚なので仲がいいのだろう、ことりはその子と親しげに話しながら注文を告げる。そしてしばらくすると、同じそのメイドさんが注文を運んできた。

 

「お待たせ致しました。ご注文のオムライスになります。えっと、ことりちゃん。ケチャップはどうする?」

「あ、私が書くんで大丈夫です。ありがとうございます」

「そう? それじゃあごゆっくり~」

 

 手をひらひらと振りながら去っていくメイドさんを見送ると、ことりはおもむろにケチャップのチューブを手に取り、躊躇うことなくオムライスの上に絵を描いていく。

 

「ふんふんふふ~ん」

 

 普段から慣れているのだろう、ことりは鼻歌交じりにスラスラと描いていく。

 

「でーきた。はい、どーぞ」

「……ちなみにこれは?」

「コウちゃんの似顔絵だよ」

 

 やっぱり。何となく書いている途中からは分かってはいたが。というか、デフォルメされているとはいえ美化しすぎじゃなかろうか。何か妙にキラキラしているんだけど。

 まぁ、似ているか否かは兎も角として、狭くて平面ではないオムライスの上に、これだけの描き込みを出来るのは素直にすごいと感心する。

 

「ね、ね。早く食べてみて!」

「あ、ああ。じゃあ、頂きます」

 

 ことりのイラストの出来がいいのと、自分の似顔絵だということで、崩すのにほんの少し抵抗を覚えたが、気にしないことにしてスプーンを手に取り、端の方から崩して口に運んでいく。

 

「ねぇ、コウちゃん、どう? どう?」

「うん。確かに美味いな」

「でしょでしょ~」

 

 なるほど確かに、ことりの言う通り意外にも味は悪くなかった。正直この手の店で出てくる食べ物なんてたかがしれていると思っていたが、意外や意外、素直に美味いといえる味だった。その想定外の味に空腹も合わさって、手に持ったスプーンの動くスピードも上がっていった。

 

「ねぇ、コウちゃん」

「ん?」

「おいしい?」

「うん。うまいよ」

 

 こちりは頬杖をついて、ニコニコとしながら俺の食べているところを眺めていた。別に嫌だという訳じゃないが、あまり見つめられるとやはり食べ辛さはある。

 

「ねぇ、コウちゃん」

「……何だよ」

「……えへへ。なんでもない」

 

 さっきから一体なんなんだろうか、やたらと人の名前を呼んだりなんかして。ましてや、用も無いのに呼ばれたりなんかすると非常に照れる。バカップルじゃあるまいし。

 

「……何か言いたいことあるなら聞くぞ」

「え!? あ、ううん、違うの」

 

 ことりは首を振ってそう否定する。

 

「えっと、私ね、ママが付けてくれた自分の名前が大好きだったの」

「うん?」

 

 正直その話とどんな関係があるのか全く分からなかったのだが、とりあえずは黙ってことりの話の続きを促した。

 

「だから昔から誰かに私の名前を呼ばれるとぴゅーって飛んで行きたくなっちゃって。コウちゃんや穂乃果ちゃん、海未ちゃんに名前を呼ばれる度に嬉しくなってたんだ」

 

 ことりは目を細めて、昔の良き思い出を懐かしむような表情で語る。

 

「でもね、私みんなと違って何にも無いから」

「そんなことは」

「ううん。だって私いつもみんなの後ろを追いかけて走ってたんだもん」

 

 そんなことはない。そう言おうとした俺を遮るようにことりは言った。

 もちろんことりが他の人よりも劣っているなんてことはない。それでも彼女なりに何か思うところがあったのだろう、そう強く言い切った。

 

「それでもみんな優しくて、すっごく仲良くしてくれたの。その中でもコウちゃんが一番、私の名前を読んでくれたんだよ」

「俺が?」

「うん。穂乃果ちゃんみたいに誰かを引っ張っていけるわけでも、海未ちゃんみたいに何でも一人で解決できるわけでもない。それでも何かある度に、ことりはどう思う? ことりはどうしたい? そう聞いてくれて」

 

 俺自身、覚えていないということは無意識のうちにしていたことなのだろう。善意があったわけでもなんでもない。それでもことりは懐かしそうに、そして愉しそうに話す。

 

「それがすっごく嬉しくって。だからこっちから名前を呼んだら、もっとことりの名前を呼んでくれるかなぁって」

「……」

 

 よくもまぁ、そんなことを恥じらいもなく面と向かって言えるもんだ。素直にそう感心した。ただ、恥じらいを感じていないのはあちらだけで、言われているこっちは十分すぎるほど恥ずかしいいのだけど。それでも、ことりの言ってくれたことに対して、当然ながら悪い気はしなかった。

 

「……なぁ、ことり」

「ん? なぁにコウちゃん?」

「……なんでもない」

 

 ことりは一瞬驚いたような顔を見せてから、ふにゃりと満足そうに笑顔を浮かべた。

 

 




(・8・)Wonder zoneは名曲!

忙しすぎて死にそう……
ことりちゃんの脳トロボイスに癒されたい

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