元旅人は「フリーナ可愛い」とそう思った。   作:葦束良日

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不意の一コマ

 

 

 そういえば、友人らしい友人が出来たのは初めてかもしれない。

 ふと、フリーナはそんなことを思った。

 

 この五百年の間に彼女の身近に侍る人間は何人もいた。が、彼らはフリーナにとって部下であり、彼らにとってもフリーナは上司であり仰ぐべき神だった。

 だからいくら身近にいようとも、そこに友情と呼べるものはなかった。

 もちろん、皆フリーナに親愛を抱いてくれていたし、そんな彼らの思慕をフリーナも快く受け取っていた。

 しかしそれはどこまでいっても神と人の関係であり、フリーナが上で彼らが下だった。そんな前提の上で友情が成り立つはずもない。

 唯一フリーナと肩を並べうる存在といえば最高審判官のヌヴィレットだが、それはあくまでも立場上でのこと。

 実際の能力的には自身が彼の足元にも及ばないことをフリーナは自覚しており、それは彼に対しての畏怖と遠慮を常に抱かせることになった。

 表面上はあくまでも神である自分が上であるように見せていたが、内心ではわりとビクビクしていたことは彼女だけの秘密である。

 

 であるから、彼という存在はフリーナにとって初めて得た友人だった。

 立場の上も下もなく、能力の優劣もなく、ただの店員と客として出会って交流をした……そんな普通の人間が築くような友人関係だ。

 

 最初の会話から、やがて馴染みの店になり。

 次第に会話が増えていって親しくなり。

 いつの間にかお互いの態度に遠慮がなくなり。

 そうして今では、すっかり仲のいい友人となった。

 

 実際お店で会う以外にも、時には一緒に買い物に行くこともあったし、彼の釣りに付いていったこともあった。

 一日かけて釣れた魚が小魚一匹だった時には、何とも可笑しくなって笑い合ったものだ。

 そんなどこにでもある、普通の友達のような過ごし方をしてきた思い出の数々は、鮮やかな彩りを持ってフリーナの記憶の中で輝いている。

 

 そんな出会いから今までの思い出を振り返ってみれば、彼と会う頻度も随分と多くなったものだと不意に気付く。

 例えばついこの前も一緒に演劇を見に行った。その帰り道でお互いに劇についての感想を言い合った時間は実に楽しいものだった。

 他にも、その前に出かけた際には突然横から冷たいフォンタを頬に押しつけられたこともあった。思わず悲鳴を上げてしまって、彼に怒ったことを懐かしく思い出す。

 買い物に誘った時はそれこそ何度もあった。初めて一緒に出かけた時なんて、自分が知らない間にプクプク獣のぬいぐるみを買っていて、それを最後にプレゼントしてくれたりもした。

 ちなみにそれは今もフリーナの大のお気に入りとしてベッドの上に置かれている。

 

 ……そうしてつらつらと思い返してみると、本当にいつも一緒に過ごしているなと実感する。

 特に買う物もないのに店に立ち寄ることなんてしょっちゅうだし、なんなら買い物よりも彼と会話することが目的になっているような気さえする。

 最初の頃はそんなことはなく、あくまで買い物のついでに話していただけだったはずなのだが……。あれ、いつの間にそんな本末転倒なことになっていたんだ?

 

 はたと気付いたそのおかしさに、フリーナは小首を傾げた。

 それは、これまでの自分が感じることのなかった奇妙な感覚だった。

 改めて考えると、どうにも最近の自分はおかしいような気がしてきた。

 感情の起伏が増えたというか、上手くコントロールできていないというか。

 

 ワクワクしたり、ソワソワしたり、ドキドキしたり。

 なんとも安定しない感情の揺れを改めて自覚して、フリーナはむむと唸った。

 

 今日も今日とて彼の店に来てカウンターにもたれていたフリーナは、不意に最近の自分を見つめ直して気付いてしまった疑問に思いを巡らす。

 胸の奥でモヤモヤするこの奇妙な感覚は一体なんなのか。

 彼と出会って仲良くなってから始まったであろうこの変化。となれば、たぶん彼が関係していることは間違いないのだろうけど……。

 

 その推測をもとに視線を彼に向ければ、そこには店番の傍らで小さい子供達を相手しながら笑う姿があった。

 

 その姿に、自然と頬が緩む。

 どうやら彼はなかなか人望があるらしく、こうして近所の子供達が彼目当てに遊びに来るのはしょっちゅうだ。親御さんも彼の店に行くと言えば安心して送り出してくれるという。

 

 その理由をフリーナは知っている。

 以前、店のお隣に住むご老人から聞いていたからだ。「あの時の彼の一生懸命な姿をこの辺りの者は皆知っているからだ」と。

 

 あの、フリーナにとっても忘れられない――フォンテーヌの予言が成った日。

 彼はちょうどその日は釣りに行っていたらしく、いち早く水位の上昇を知ることが出来たらしい。

 そして慌てた様子で戻ってくるや否や、大声で水位の上昇を皆に伝え、すぐに逃げることと逃げる先について叫んで回っていたらしい。

 しかしそれは、あまりに突然のことだった。

 いまだ異常が見られないフォンテーヌ廷の中にいる人々は、そんな彼の様子に困惑したり、中には彼がおかしくなったと笑う人もいたらしい。

 無論、彼もそうした反応を目にしただろうが、それを気にすることなくひたすら人々に呼びかけて回っていたという。

 そうして店の辺りにやってくると、必死な様子で自分を信じて今はここを離れて欲しいと訴え続けたのだ。

 やがて、彼が言ったようにフォンテーヌ廷の中にまで水が上がってくると、街は蜂の巣を突いたような大騒ぎとなった。

 その混乱の中で、人々に避難先を呼びかけていた彼は、子供達が遊びに行ったまま戻ってきておらず、どこにいるか分からないと取り乱すご婦人の声を聞いた。

 すると、彼はすぐさま呼びかけを他の人に任せて、遊びに行ってしまったという子供達を探しに走り出した。幸い子供達はすぐに見つかり、彼と一緒に避難して無事に家族の元に返したという。

 

 好奇の目に晒されながらも臆することなく人々に危険を伝え、子供達がいないと知れば躊躇いなく駆け出した。その姿を皆が見ていた。

 だからこそ、子供達は彼を慕うし、人々は彼のことを信頼しているのだ、と。

 

 そう微笑ましげに話してくれたことを思い出して、フリーナは我が事のように嬉しくなる。

 いま優しげに子供達と話しながら笑っている彼の姿。それを見ているだけで、心が温かくなってくる。

 

 誰かのことに対して、自分のことのように一生懸命になれる。子供達とも、子供のように笑い合える。

 自分に対しても、水神であった過去を認めながらも、ただのフリーナとして友人になってくれた。

 そんな誰に対しても余計な隔たりを持たず、素直に自分自身として向き合えるところ。

 それはきっと、凄く良いところだ。そして、誰もが分かっていて誰でも出来るわけではないことである。

 

(――そうだ、僕は彼のそんなところが、す――……)

 

「あ」

 

 突然、心の中に浮かんだ素直な一言。

 それは彼女が持て余していた自身の感情への答えに違いなかった。

 

「ああああああああ!」

 

 突然上がるフリーナの叫び声。

 思わず彼と子供達がぎょっとしてフリーナの方を見た。

 

「ど、どうしたフリーナ。何かあったのか?」

「な、なんでもない! なんでもないとも! うん!」

 

 慌てて両手をぶんぶん振って何でもないアピールをする。

 だが、それではむしろ何かあったと言っているようなものだった。

 

「いや、なんでもなくはないだろ。そんなに顔を赤くして」

 

 見せてみろ、と近づいてきた彼がフリーナの顔を覗き込む。

 何の気はなしに、至近距離で。

 フリーナの顔が更に赤みを増した。

 

「わぁぁああああ!?」

「うぉ、急に叫ぶなよ!」

「あ、ああゴメン! いや、えぇっと……」

 

 しどろもどろになりながら視線を彷徨わせるフリーナに、彼もいよいよ怪訝な顔になる。

 再びどうしたのかと問いかけようとしたところで、フリーナがおもむろに後ずさった。

 

「き、今日は僕はこれで失礼しようかな! これから用事があるんだ、うん!」

「用事って……今日は暇だってさっき言ってなかったか」

「た、たったいま思い出したのさ! そ、それじゃあ!」

「あ」

 

 言うが早いか、止める間もなくフリーナは風のように去って行った。水神なのに。

 その後ろ姿を呆気にとられたように見送った彼は、うーんと唸ると腕を組んで首を傾げた。

 

「大丈夫か、フリーナの奴……」

 

 そう呟く彼の後ろで。

 子供達はすっと顔を寄せ合った。

 

「フリーナさま、やっと気付いたんだー」

「なー、遅かったよなー」

「兄ちゃんも兄ちゃんだけどなー」

「ねー」

 

 ひそひそ。

 そんなことを囁かれているなど露知らず。

 彼は首を傾げたまま店の前に立ち、フリーナは家に帰るやいなやベッドに飛び込むとプクプク獣のぬいぐるみを胸に抱え、あーあーあーと意味のない声を漏らしながら転がり続けた。

 

 

 

 

 





短めでゴメンね。




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