タバコ・オブ・ザ・デッド 最期の1本のために駆け抜けろ!   作:ネメシス

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1話

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」

 

ドクドクと激しく鳴る心音。

いまだに整わない息を何とか整えていると、目の前の現実に思わず吐き気を催してしまう。

手に持つのは、血に濡れた鉄パイプ。

その鉄パイプは、目の前に倒れ伏すボロボロとなった死体の胸に突き刺さっていた。

これは俺が作った惨状だ。

こんな現場を誰かに見られたら、即通報されてしまうことだろう……普通ならば。

 

―――ビクンッ

 

「……ア……アァ~」

 

「っ! ……いい加減に死にやがれ!」

 

死体が俺に向かってゆっくりと手を伸ばしてくる。

俺はその手を払い、鉄パイプを引き抜いて大きく振りかぶりその頭に振り下ろした。

 

―――グチャ

 

肉を叩いた気持ち悪い感触が手に伝わる。

そして頭蓋骨が陥没し、鉄パイプが僅かにめり込む。

するとその死体は体を僅かに痙攣させ、そして動かなくなった。

 

「……死んだ、か」

 

一息つくも心はまったく落ち着かず、俺は右手を目の前に持ち上げる。

その右手、小指の付け根から少し下にかけて歯形がついていた。

 

「噛まれた……噛まれちまった……!」

 

目の前の物言わぬ死体、“ゾンビ”に。

 

 

 

 

 

 

映画の中だけの存在だと思っていたゾンビが世に蔓延るようになったのは、2ヶ月ほど前。

最初はゾンビなんて話題は出てなく、外国のどこか聞いたことのない場所で暴動が起きたという報道がテレビに流れていた。

比較的平和な日本でも、大小含めて犯罪なんてよく聞く話だ。

まして外国となれば、治安の悪い場所でなら日常茶飯事と言える頻度で起きてることだろう。

朝食を食べ終え、コーヒーを飲みながらテレビを見ていた俺は、さして気にすることなく見ていたテレビを消して会社へ出勤した。

それから1ヶ月くらい過ぎたころ。

テレビでは世界各地で暴動が起きていると話題になっていた。

 

曰く、“彼等”は人を食うという。

 

曰く、死んだ死体が蘇ったという。

 

曰く、その死体に噛まれた人は、“彼等”と同じく人を食うようになるという。

 

曰く、“彼等”はまるで、映画に出てくる“ゾンビ”のようだという。

 

テレビでも、ネットでも“彼等”、“ゾンビ”の事で日夜騒ぎ立っていた。

そして更に時間が経ち1ヶ月くらい過ぎたころ。

その暴動は、ついには日本でも起きるようになっていた。

各地で警察、自衛隊などが出張って鎮圧に当たろうと奮闘したそうだが、牽制で足や体を銃で撃っても倒せず、仕方なく急所を撃って殺す判断が下された。

倒した、そう思い油断した人がゾンビに噛まれ重傷を負った。

治療のために病院に運ばれるも、同じくゾンビと化して医者や看護師が襲われ、病院はあっという間にゾンビの巣窟となってしまった。

そんなことが各地で起こり、瞬く間にゾンビが増えていった。

そして数日が過ぎたころ、俺の身の回りがゾンビの溢れる世界へと変わっていた。

 

ゾンビが溢れる世界となり学校、市役所、自衛隊基地等に避難所が設けられた。

俺は少し離れた場所にある、学校に設けられた避難所へと避難していた1人だった。

校門は固く閉ざされ、外からは呻き声のようなものが聞こえてくる。

どうやらゾンビは音に反応するらしく、いつの間にか学校の周囲にゾンビが集まってきていた。

それを校舎から見ていた俺は、いつか校門が破られるのではないかという不安で一杯だった。

……そして、その不安は現実のものとなった。

 

集まったゾンビが多かった、それに尽きるだろう。

元々、そこまで頑丈そうな門ではなかった。

それを学校にある資材で補強したのだが、集まったゾンビの圧力に負けて破られてしまったのだ。

門は破られ、校舎にゾンビがなだれ込んでくる。

あれが阿鼻叫喚の渦というやつだろう。

近くでゾンビに食われている人達を横目に、俺達は必死に逃げた。

逃げてたどり着いたのは、学校の体育館。

俺達は体育館に入ると、ゾンビが入って来る前に扉を固く閉ざした。

まだ生き残っていて外で助けを求める人、開けるように怒鳴る人、泣き叫ぶ人、そんな人達を見捨てて。

 

体育館に逃げ延びたのは20人ほどだろうか。

元々は400人くらいいた避難者で、逃げ延びたのが20人と聞くと少なく感じる。

だけど俺達が生活をしていたのは校舎で、そのため当然食料や水、使えそうな資材の大半も校舎にある。

こんなパニックの中で多くを持ってくることなど出来るはずもなく、残念なことに体育館の中にはほとんど食料や水がない状況だったのだ。

そんな中で20人の生存者、それはあまりにも多かった。

少ない食料や水を分け合い、少しでも体力の消耗を防ぐために、そしてゾンビを刺激しないように静かに過ごしていた。

誰もが震え、怯え、身を寄せ合ってゾンビが何処かへ行くのを静かに待つことにした。

 

「う、ぐぁ……!」

 

夜中、皆が寝静まった頃。

俺は誰かの苦しそうな声に意識を覚醒させた。

快眠出来る環境ではなく、浅い眠りの中で起きたせいか頭があまり働かない。

 

「た、たしゅ、け……」

 

そんな中でも誰かの苦しそうな声は耳に届く。

外にまだ生存者がいて助けを求めているのか、そう思ったがその声は体育館の中から聞こえていた。

 

―――グチャ……バリッ……

 

そんな、何かを咀嚼するような音に。

 

「っ!」

 

嫌な予感がした。

眠気が一気に失せて静かに、だけど素早く体を起こして低い姿勢をとり、声や音の発生源を探す。

俺の動きに近くの人が気付いたのか、その人も眠そうな目をこすりながら体を起こすのを視線の端に見えた。

 

「(どこだ、どこから……!)」

 

声は出さず、音も出さず、ジッと周囲を探る。

電気も付けられない薄暗い中、月明かりだけを頼りに探し……そして、それを見つけた。

薄暗い中、もぞもぞと動く影。

それは誰かに覆いかぶさっているようで、下の人が手を上に伸ばしている。

まるで溺れた人が水中で藻掻き、助けを求め水面に向けて手を伸ばしているかのように。

 

「あ、が、やっ、め……」

 

かすれるような小さな声が聞こえる。

嫌な予感が確信へと変わる。

 

「ど、どうかしたんで、んっ!?」

 

「しっ、静かに!」

 

オドオドとした様子で聞きに来たその口を押える。

小柄な体格、聞こえてきた声から女の子だろうことが分かった。

この子には覚えがある。

元々臆病な性格なのか、この子は体育館に避難してからも落ち着かない様子で、顔を真っ青にして体を震わせていた。

まぁ、今は誰もが同じ状態だろうが、その中でも一際心が脆そうに感じた。

この子が“あれ”を見たらどうなるか。

俺はまた嫌な予感がして、騒がないように彼女の口を押えたのだが……。

 

「……」

 

それは少し遅かったようだ。

もぞもぞと動いていた影は動きを止め、ゆっくりと体を起こしてこちらへ顔を向けた。

月明かりで照らされたその顔は、口元が黒く塗りつぶされていた。

モグモグと動く口がゆっくりと開かれ、ベチャッという音と共に口内に含まれていたものが落ちる。

 

「……アァ~」

 

「ひっ!? い、いやぁああああ!!!」

 

一緒にそれを見てしまった女の子が、俺の手を振り払い悲鳴を上げる。

その声につられ、周りの人達が飛び跳ねるようにして起き上がった。

 

「な、なんだ!? ひっ!?」

 

「何かあった、う、うわ! やめ、ぎゃ!」

 

「ぞ、ゾンビ!? なんで中に!?」

 

人を食らっていたゾンビが、近くで目を覚ましたばかりの人に覆いかぶさってその首元に咬みついた。

飛び散る鮮血。

さっきと同じように、咀嚼するような気味の悪い音が響く。

恐怖心を掻き立てられ、皆が逃げるようにその場から離れる。

ある者は倉庫から武器になりそうなものを持ってきたり、ある者は壁際に逃げて縮こまっていたり。

そしてある者は……。

 

「ひっ、い、いや、いやぁ!」

 

「あ、おい馬鹿!」

 

こんな所にいられないとばかりに出入り口のカギを開け、鉄製で出来たそのドアを開け放った。

それは先ほどまで俺の傍にいた、あの女の子だった。

 

「あっ! や、いや! やめっ!」

 

それは必然だった。

元々、外からゾンビを侵入させないために閉じていたのに、そのドアを開けたらどうなるのか。

閉じこもった時より時間が経ち、多少は少なくなっていただろうか。

だけどまだ周囲をうろついていたゾンビたちが、中の騒ぎを聞きつけて集まっていたのだろう。

その集まっていたゾンビの中に、彼女は自ら飛び込んでいったのだ。

1体でもその力は驚異的なゾンビが、何体も彼女に群がっていく

悲鳴が上がる。

そして服の裂ける音、肉を食らう音、骨の折れる音……聞きたくもない音が色々と聞こえてくる。

さっきまで近くにいた女の子が、無残にもゾンビに生きながらにして食い殺されていく。

そんな様を、俺は顔を逸らして視界から排除する。

避難してきて初対面同士、全く会話もない関係だったが、さっきまで近くにいたのにあっさりと死んでしまった。

だがそれは次の自分である。

今は外にも、内側にもゾンビがいるのだから。

 

「入口は奴等がいる……戦う? この数のゾンビと?」

 

中には入ってきたゾンビと戦っている人もいる。

その姿を見て、俺は戦うという案をあっさりと切り捨てた。

数が違い過ぎる。

銃器を持っているならともかく、今俺達の手に武器と呼べるものといえば、避難してきた時に一緒に持ってきた学校にあったさすまたや、包丁やナイフといった小さな刃物程度。

あとはこの体育館の中にあるもので鈍器としては使えるだろうが、数の暴力に対してあまりにも非力だ。

 

「戦えない、外にも逃げられない……」

 

なら、どうすればいい?

周りを見渡し、俺は咄嗟に駆けだした。

体育館倉庫、体育館で使われている色々な器具がそこに置かれている。

その入り口は金属製、その中ならゾンビもそう簡単には入ってこれないだろう。

僅かに開いていた扉に体を滑り込ませ、中に逃げ込む。

そして扉を閉めようと、扉に手を付けたその時。

 

「っ!? いっつ!」

 

手に感じる激痛。

咄嗟に手を引くと、そこには薄っすらと歯形が付き、僅かに血が流れていた。

そして。

 

「ウゥ」

 

閉じ掛けていた扉の隙間から、1体のゾンビが入ってきた。

その隙間からは、体育館の方からゾンビが何体かこちらに向かっているのが見える。

 

「ち、くしょう! どけぇ!」

 

俺は苛立ちを込めてゾンビを蹴り倒し、これ以上ゾンビが入って来れないように扉を閉じた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……ち、ちくしょう!」

 

これで安全、とはいかない。

なにせ、俺は。

 

「噛まれちまった! ゾンビに、噛まれちまった! ちっくしょう!」

 

ゾンビに噛まれてしまったのだから。

ジロッと俺を噛んだゾンビを睨みつける。

さっきまで怯えていたというのに、この状況でアドレナリンが分泌しているのか興奮が勝っていた。

それこそ噛まれた手の痛みさえ忘れるほどに。

 

「ふざけんじゃねぇよ! いきなり出て来て、人の生活滅茶苦茶にしやがって!」

 

のろのろと起き上がってくるゾンビに罵声を浴びせる。

自分の死期を悟ったかのように、まるで走馬灯のように脳内にこれまでの思い出が蘇ってくる。

平凡な、本当に平凡な人生だった。

元々奥手というか、人付き合いが苦手な性質で、学生時代から友達と言える相手は片手で数えるくらいしかできなかった。

会社でも飲み会というのがどうにも苦手で、何かと理由をつけては欠席し、付き合いが悪いと同僚や上司に言われる始末。

家に帰ってからやる事と言えば、映画やアニメ、漫画でもいいが、そういうのを肴に酒を飲むこと。

俺のささやかな楽しみだ。

こんな生活をしていれば結婚なんて出来るはずもなく、そもそも彼女が出来たことすらない。

 

別に、この生活が嫌というわけではない。

少し刺激がなく物足りなさを抱きつつも、ささやかな楽しみを享受することで満足感を程々に満たして生きていく。

人間、誰しも十全に満足して生きていけるわけではない。

程々でも満足感を満たせるだけ、俺は十分に恵まれている方だろう。

だからこそ、俺はこのままでも構わないと思っていた。

きっとこれからも、こんな生活が変わらず続いて行くのだろう。

年老いても、今と変わらず1人きり。

相変わらずささやかな楽しみを享受しながら、そんな中でゆっくりと息を引き取っていくのだろう。

漠然と、そんな最期になるのではないかと考えていた。

だけどそんな最期なら「少し物足りなくはあったけど、中々悪くない人生だった」と、自分の人生を振り返りながら逝ける気がする。

……だというのに。

 

「てめぇらのせいで俺の人生設計が全部おじゃんだよ、こんチクショウが!」

 

今俺の中にある感情は、これからゾンビになるという恐怖ではない。

俺のささやかながらも悪くないと思える人生、それをこんな形で御破算にされたことに対する怒りだった。

 

「!」

 

横目に、いくつもの鉄パイプが束になって放置されているのが見えた。

形からして、テントを張る時の骨組みの部分だろうか。

だけど何のだろうが今はどうでもいい。

俺はその鉄パイプの1つを手に取る。

ずっしりとしてて中々の重さだが、今の俺には丁度良い重さだ。

 

「ゥ……アァ~」

 

「なにが「アァ~」だ! そんなに声出したきゃ、合唱部にでも入ってこいやぁあああ!」

 

自分でも何を言っているのか意味不明だが、そんな気合を込めて大きく振りかぶりゾンビに目掛けて叩きつける。

どっしりとした重みが手に伝わる。

だけど火事場の馬鹿力に加え、遠心力と鉄パイプの重さが合わさりゾンビは吹き飛んでいった。

ゾンビはゴロゴロと床を転がり壁に激突する。

普通の人間だったら痛みで動けなくなっていてもおかしくないが、そこはゾンビ仕様。

痛みなど感じていないのか、またもやのろのろと起き上がってくる。

そんな光景を見れば普段の俺なら気味悪がって近づかないだろうが、今の俺は普段の俺とは一味違う。

起き上がろうとするゾンビに早足で近づき、力を込めて鉄パイプを何度も何度も叩きつけた。

 

「まだ見たかった映画があったんだぞ! 今度の誕生日のために買った高い酒もあったのに! お前らのせいで、お前らのせいでぇ!」

 

ガンガンと何度も叩きつける。

肉を打つ感触は気持ち悪かったし、骨が折れる音は耳障りで決していいものではない。

だが俺はそんなのお構いなしに、心の鬱憤が晴れるまで何度も何度も鉄パイプを叩きつけた。

 

 

 

そして話は冒頭に戻る。

 

 

 

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