タバコ・オブ・ザ・デッド 最期の1本のために駆け抜けろ! 作:ネメシス
男というのは、時に見栄を張りたくなる生き物だ。
クラスメイトの前だったり、友達の前だったり、家族の前だったり。
好きな異性の前なら殊更いい恰好をしたくて、普段ではしないことでも衝動的にしてしまうこともあるだろう。
それは俺にも言えることで、俺だってたまには見栄を張りたくなる時はある。
子供とはいえ、ちゃんと成長すれば将来有望そうな女の子が相手とくれば、ちょっと無茶そうなことでも見栄を張って格好つけたくもなる。
その結果、仮にどんな手痛いしっぺ返しを受けることになっても後悔はしないだろう。
「……いやぁ、でもやっぱり、ちょーっと見栄張り過ぎたかなぁ。やってる時は「女の子のために命はる俺カッコいい!」とか思ってたけど、流石にここまでになるとちょっと後悔、みたいな?」
下に蠢く数多のゾンビ。
そいつらが俺に向けて両手を伸ばしてきている。
今、俺は電信柱の上に登って目的の場所を探しつつ、どれだけ集まってるのか試しに見てみた。
ざっと見たところ、50は下らなそうだ。
周囲を見るとこちらを目指して歩いて来るゾンビもいて、このままここにいたら更に増えて逃げるのも難しくなっていくだろう。
「あー、ゾンビ諸君。この肉はおいしくないぞ? どっかにもっとおいしい肉があるはずだから、どっか行こう? な?」
『アァー』
「あはは、無理ですよねぇ。分かってましたよ、こんチキショウ!」
ヤケクソ気味に笑う。
若干、涙が浮かんでくる。
「あーあー、見栄なんて張るもんじゃないなぁ、ほんと。どうせ死ぬんだからちょっと噛まれるくらいどうってことないとか考えてたけど、まさかこんなに集まるなんて思わなかったもんなぁ」
先ほど、女の子の周囲からゾンビを少しでも引き付けようと囮になったものの、俺だってそれで死ぬつもりなんてなかった。
だってまだタバコ吸えてないし。
だけど適当に鉄パイプで音を鳴らしながら走っていると、どこからともなく出てくること出てくること。
いつの間にか隙間を通ってすり抜けることも、鉄パイプで道を切り開くことも難しい数に集まられて、俺は仕方なく塀をよじ登って移動していたのだ。
「ここらはブロック塀が多い地区だけど、それもどこまでも続いてるわけじゃないし。どこかで降りて移動したいところだけど、その前に次の目的地探さないと」
何処かにいい所はないか、あたりを見渡していると。
「ん?」
物音が耳に入って来る。
それはゾンビ達の唸り声ではなく、誰かの話し声のように聞こえた。
「生き残りか? だけど今ここに来ると危ないんだけど」
下に集まる50を超える数のゾンビ。
これだけの数が集まってる所に来るのは自殺行為だ。
「声でもかけて止めてみる……って、遅かったかぁ」
大声を出そうかと思った矢先、隠れて見えなかった塀の影から誰かが出てくるのが見えた。
誰か、というか誰か達だったようだけど。
「そんな、ここにもゾンビが!?」
「こ、こんなに沢山!」
「お、おい、後ろからもきてるんだぞ!? どうするんだよ!」
塀の影から出てきたのは何人もの人達。
見える範囲でも小さな子供からシワシワの年寄りまで、結構年齢幅は広そうだ。
「ひのふのみの……16人? 結構な団体さんだな」
こんなに大勢を引き連れて、どこぞの避難所から逃げて来た人達だろうか。
しかも、どうやら追われている様子だ。
大変そうだとか、これ以上多くなることへの危険性より、まず頭に浮かんできたのは。
「……あの中の誰か、タバコ持ってないかなぁ」
それだった。
「これ以上探し続けて時間切れとか勘弁だし、ここに集まったゾンビがあいつらに向かったら俺がけしかけたみたいで良い気はしないし……」
ネットゲームでいう所のMPK(モンスタープレイヤーキル)というやつだ。
プレイヤーが他のプレイヤーに対し、モンスターを集めて擦り付けるハラスメント行為のことを言う。
こちらとしては擦り付けるつもりはないが、このゾンビは俺が集めてしまったことに違いはない。
こいつらが彼等に気付き引き寄せられて行ったら、まるで俺がけしかけたみたいではないか。
「……仕方ないな。おーい!」
俺は彼らに声をかけることにした。
下のゾンビに気を取られて俺のことに気付いてなかったのだろう。
俺の方を向いた時、遠目だが彼らが少しだけ驚いたような表情を浮かべたように見えた。
「そこにいる人達の誰か、タバコ持ってないかー? もし持ってたら恵んでくれなーい?」
「は、はあ?」
「代わりと言ったらなんだけどー、こいつらもお前らが連れてきたっぽいゾンビも俺が引き受けてやっからさー!」
いきなりの俺の要求に、彼らは訝し気な顔をする。
それはそうだろう。
俺は電信柱の上にいて、その下には沢山のゾンビ。
むしろ俺の方が、助けを必要としてるようにしか見えない。
「そ、そっちの方が助けが必要なんじゃ?」
先導していたらしい青年が、戸惑いながらそう言ってくる。
「俺は大丈夫だから! それよりタバコ! タバコないかい!? ターバーコー!」
時間が無いのは向こうだって同じだろう。
今でさえたくさん集まってるのだし、どうせだからもう彼らの分も引き受けるつもりで、大声でタバココールしながら注目を集める。
するとその中の1人、20代半ばくらいの男がおずおずと出て来て口を開く。
「え、えっと、タバコだったら俺、持ってるけど……」
「マジでか!? くれ! それくれっ!」
どうせ持ってないかと思いながらの提案に、意外な言葉が返ってきてテンションが上がる。
「い、いいけど。あんた、本当に大丈夫なのか? これ以上集まったら、もう逃げられそうにないけど」
「問題なし! 俺1人なら逃げるくらい何とでもなるって! だからくれ、タバコくれ!」
俺の豹変ともいえる態度の変化に引いているのか、男は頬を引きつらせながらタバコを取り出す。
「じゃ、じゃあ、これ。だけど、どうやって渡せば?」
「そっちの塀の上に置いといてくれー! 後で取りに行くから!」
「取りにって、そこから? ……わ、わかった。ご、ごめんだけど、頼んだ!」
「オーキードーキー!」
男は俺の言った通り、塀の上にたばこの箱を置く。
それを見てニマニマと頬を緩めながら、俺は彼らに指示を出す。
「へっへっへ。良いねぇ、これで一層やる気が出てくるってもんだ。とりあえず、俺がここで注意を引いておく! お前らはあっちの道にいけ! 比較的ゾンビの数も少ないから!」
「ありがとう! 死なないでくれよ、いつか必ずお礼をするから!」
「……おう! お前らも達者でな!」
そう言うと、彼等は俺の指差した方向へ走っていった。
「……お礼、か。タバコをくれたことが、今の俺にとって何よりのお礼だよ。サンキュー、見知らぬ青年」
苦笑いを浮かべながら、タバコをくれた男に小さく礼を言う。
いつか、そんなものはない。
俺にはもう時間が無いのだから、彼らと顔を合わせることはもう二度とないだろう。
映画とかで別れのシーンを見てるような気分で、少しだけ胸の中に込み上げてくるものがある。
そういう感情を揺さぶるようなシーンを見ると、俺はちょっと涙脆くなってしまうタイプなのだ。
「さて、と。報酬分の仕事はちゃんとやらないとな。ほーら、ゾンビども! こっちだぞー!」
彼等が出てきた塀の影から、ぞろぞろとゾンビが現れる。
そいつらは俺の声に反応して、標的を変えてこちらに向かって来る。
その数をざっと見ると、20前後だろうか。
「下の奴等見た後だと、少し少ないって思うのはズレた考えか? まぁ、いいや」
どちらにしろ、これで100近くのゾンビが下に集まった。
こちらに向けて伸ばされた手、手、手。
それだけで沢山の小さな虫が這ってるみたいで、少し鳥肌が立ってくる。
「よーしよーし、お前らよく集まったな。だけど残念、お前らにくれてやる食い物は1つたりともない!」
タバコの位置を確認する。
場所は少し離れたところにある塀の上。
「あそこまでのルートは……あっち行って、こう行って、向こうの塀に登って……」
ゾンビの集まっている場所、自分の足元、空白になっている場所、移動できそうな場所を素早く見分ける。
「……ふぅ……そんじゃ、行きますか! 俺、突貫!」
俺は電信柱を更に登る。
目指すは、向こうの電信柱に伸びている太い電線。
念のため絶縁体が破れてないのを確認し、思い切って飛び移る。
「うっひぁ! 怖ぇよぉ!」
俺の知識が間違ってて、触れた瞬間に感電とかしなくてほっとした。
太めの電線を選んだしそう簡単に切れることはないと思いたいが、映画だとこういう状況だと大抵ブチって切れるのだ。
この高さを考えて足から落ちれば死ぬことはないと思うけど、落下で死ななくてもゾンビに群がられて食い殺されるのは目に見えている。
「切れるなよぉ……ほんと頼むぜ、神様仏様電線様……」
どんなに祈ったところで、どうせ届かないだろうけど。
祈りが届くなら、世の中こんなことにはなってないだろうし。
しかし届かないとわかっていても、こういう時ほど人というのは祈ってしまうものらしい。
祈りが届いたのかどうかは知らないが、電線が切れることも握力が尽きて落ちることもなく、俺は隣の電信柱に無事辿り着くことができた。
「よし、よぉし! ここまで来れば後は……」
一気に電信柱を滑り下り、塀の上に着地。
そこにゾンビが手を伸ばしてくるが、俺は義経よろしくピョンピョンと飛び跳ねて、その手を避けていく。
「よ、ほっと、あーらよっと!」
ピョンピョンと飛び跳ね、ゾンビの集団から抜けて開いている道路へ降り立ち、勢いを殺すようにゴロゴロと地を転がる。
「着地成功! っと、そいや!」
いつの間にか近くに来ていたゾンビの足を払い転ばせる。
急いでベルトに差していた鉄パイプを抜き、目の前にいるゾンビどもに一撃ずつお見舞いしていく。
急所を狙わない適当な攻撃だから、ゾンビのバランスを崩させる程度の効果しかない。
だけど少しの時間が稼げれば十分だ。
「もう少し!」
タバコが置かれている所まであと少し。
素早く移動する。
ノロノロと遅いゾンビだが、散らばっている奴等も集まってきているからこちらの伸びる手は多い。
それを避けながら、時に鉄パイプで倒しながら、なるべく隙間になっている場所を選んで駆け抜ける。
そして。
「うおおおおお! タバコ……ゲットだおらあああああ!」
塀の上に置かれたタバコをジャンプしてしっかりと手に取り、グッと空に掲げて雄叫びを上げた。
ようやくだ。
ようやく、目的のものを手に入れることができた。
「ふふ、ぐふへへへへ! 半年ぶりのタバコだぁ。しかも俺が吸ってたのと同じ銘柄! 中は……おっし、ぎっしり入ってる! サンキュー、見知らぬ青年! あんたが神だ!」
ボックスタイプのそれは、俺がかつて吸っていたのと同じ銘柄だった。
日本でも一番売れているといわれていたから、別に彼が持っていても不思議ではないが。
とはいえ最期に吸えるタバコが俺の好きな銘柄なのは僥倖だ。
「さーてと、タバコも手に入ったし。どこか落ち着けるところで吸いたいところだけど……」
ゾンビが来る前に、さっさと決めなければならない。
どこがいいだろうか、そう考えた時に頭に浮かんだのは1ヵ所だけだった。
「……やっぱ、あそこしかないよな」
そう決めると、タバコをポケットに突っ込み再び駆けだす。
目的地は、この事件が起こる前まで住んでいた場所。
「帰ろう、家に!」