有精卵の前奏曲《プレリュード》   作:チキンうまうま

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オリジン

 

 超常(ソレ)はある日突然に現れた。

 

 

 

 全ての始まりは中国、軽慶市。そこで産まれた1人の『()()()()』赤子がことの発端だった。そしてそれを皮切りに、世界各地で原因不明の『超常』が次々に発見されることとなる。

 

 だが、その『超常』はいつしか『日常』に。超常を使える人たちは次々に現れ、増えていく。その数は今や、世界総人口の8割へと到達。そしてそれ故に、世界は今までにない混乱に陥ることとなる。

 

 『個性』と呼ばれるようになった『超常』による犯罪の増加。事態の早過ぎる展開に追いつかない秩序の整備。日を追うごとに混沌としていく世界の中で、人々は求めた。

 

 英雄(ヒーロー)を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心地よい春の陽気を感じて、口から小さな欠伸が漏れた。何せ自分の座る席は窓際の一番後ろとかいう最高のポジション。ただでさえ退屈な授業の中でそんなところにいて仕舞えば、そりゃまあ中3の、受験生真っ只中の時期でも欠伸の1つや2つ漏れるのも仕方ないだろう。

 

「では、今から全員に進路希望調査表を─」

 

 教壇で担任がなんか言ってるのを右から左に聞き流す。だってアレだ。どうせみんな決まってるもの。

 

「─まあ、大体は『ヒーロー科』志望だろうけどな!」

「「「「XEAH(イヤー)!!!!!!」」」」

 

 担任の発言と共にクラスのあちこちで火の玉やら雷やらが弾け飛んだ。生徒の中には『個性』を使用して身体(からだ)を変形させるものもいる。

 

「こらー、個性を使うなー。校則違反だぞー。」

 

 担任の叱責に対してはーい、なんて行儀のいい返事が返ったのを聞いて、俺はもう一回欠伸をした。そんな俺をチョイチョイと隣の席の女子が指で突ついてくる。

 

「…なに?」

「いや、そのさ。」

 

 青緑の瞳に、オレンジ色のサイドポニーをしたそいつは、俺のやる気を感じさせない返答に対しても気を悪くした様子もなく小さな声で話しかけてきた。今のクラスのテンションと真反対の俺の様子に、引っかかるものでもあったんだろう。

 

五十嵐(いがらし)はヒーロー科目指さないの?」

 

 五十嵐(いがらし) (じん)。それが俺の名前。自分で言うのもなんだけど、数世紀前ならいざ知らず、今の世の中ではびっくりするくらい目立たない名前だと思う。

 

「…まあ、別に。」

「え、マジで?珍しいじゃん。」

「…別に全員が拳藤みたいにヒーローになりたいってわけじゃないでしょ。普通に考えて。」

 

 拳藤(けんどう) 一佳(いつか)。そしてそれが隣の席に座る女子の名前。美少女と言っても遜色ない容姿に、優秀な成績と素行、それと派手な『個性』をした陽キャ女子。クラスの隅っこにいる俺みたいなやつにも話しかけてくる、思春期真っ只中の青少年特攻を持つ罪な奴である。

 

「そう?クラスの殆どがヒーロー科じゃない?」

「それが異常(イジョー)なんだろ。100人いれば100通りの進路があって然るべきじゃん。」

「そうかもだけどさ。」

 

 この世の中、高校受験という人生でもかなり大きな節目を迎えた奴は何かとヒーロー科を志望する。その割合はかなり高く、クラスほほとんどの奴が志望するほど。俺みたいにそれ以外を志望するやつの方なんてほぼいない。

 

「俺の人生の目標は『(ヴィラン)』にならないことだ。それ以上は何も求めてない。」

「なにそれ。でもそれならヒーローでもいいじゃん。」

「…そもそも俺にはヒーローなんて向いてない。それに─「はいそこー、授業中だぞー。」─さーせん。」

 

 一応はボソボソと喋っていたのだが、担任から注意の声が飛んできた。俺と拳藤は大人しくそれに頭を下げて、口を閉じる。そこからはただ担任のつまらない説明を聞き流すだけの時間が流れていった。

 

(─『個性』に『ヒーロー』、ねえ。)

 

 俺の『個性』。聞いた話では顔も見たことない両親から引き継いだというそれは、俺は殆ど使ったことがない。小さかった頃は当時まだ一緒に暮らしている祖父の前で使ったことがあったが、それを見た祖父が悲しそうな顔をしたのでそれ以来使ってない。

 

一般人(オレ)には関係ない話だな。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方、シャカシャカとヘッドホンから流れる音楽を聴きながら俺は家路についていた。当然、隣には誰もいない。みんな塾とかあるだろうし、何より俺には友達とかネトゲの中にしかいない。そのネトゲも最近全然やってないけど。

 

「……ん。」

 

 ペコペコとスマホを弄って曲を選んだ後にふと視線を上げる。そこには、見たことがある女子数名と一緒に歩く拳藤の姿があった。友達と楽しそうに笑う彼女は、塾にでもいくのだろうか、大荷物を抱えていた。

 

(いやまあ関係ないけども。)

 

 噂では、彼女の目指す高校は『雄英高校』。日本で最もレベルの高いヒーロー科を有する学校であり、恐ろしいほどの偏差値と倍率を誇る高校である。正直俺ならそんなところ絶対に受験したくない。

 

 さて家に帰ったら何をしようか。今日は病院に見舞いに行く曜日ではないし、買い物には昨日行った。見たいテレビもないし、面白そうな配信もなかったはず。びっくりするほど用事がなかった。…受験生らしく大人しく勉強でもしていようか。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、ほんの少し地面が揺れた気がした。そもそも俺の住むこの街は割と人口が多く、高い建物も多い。そのため(ヴィラン)事件も結構頻繁に発生する。ただでさえ地震の多いこの国で、その上にそんな事情もあるものだからこの程度の揺れなんて俺は殆ど気にも留めなかった。

 

(…そういや今日の晩御飯なににしよ。揚げ物食べたいけど1人だと準備も油の処理もだるいしな…。)

 

 揺れのことなんて直ぐに忘れた俺がちょうど晩御飯のことを考えた時のことだった。それまで小気味よいリズムを奏でていた安物のヘッドホンが音楽を止め、英語で何やら話し始める。どうやらバッテリーが無くなったようだ。…確かに考えてみると、最近このへッドホンを充電していなかったような気がする。

 

「これだからワイヤレスは嫌いなんだ…。」

 

 ぶつくさ言いながらも俺はヘッドホンを耳から外した。ヘッドホンに覆われていた両耳が外気に触れ、色々な音を拾い始める。人々の騒めきに車のクラクション、電車の走る音に─()()

 

「……悲鳴?」

 

 一瞬流しかけたが、甲高い女性の悲鳴を聞いて俺は悲鳴の方へと目を向けた。その方向には、はるか遠くで火の手が上がっている。爆発事故か?もしかしたらさっきの揺れの原因かもしれない。

 

 ─そして、その方向から。

 

「誰か!助けてええええええ!!」

 

 女性が、空から落ちてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だろ…。」

 

 友人たちと学校帰りに塾に行っていた拳藤は、その状況にただただ唖然としていた。突然に遠くから爆発音がしたかと思うと、自分たちの上から悲鳴が聞こえてきたのである。

 

「……っ!」

 

          どうする。

   助ける?

             どうやって?

 ヒーローはなにしてるの?

   てかなんであんなところに?

           爆発で飛ばされた?

  あんなの受け止めれるか?

          もし受け止められなかったら?

 

 立ち竦んだ拳藤の頭の中で、ぐるぐるといろんな考えが浮かんでは消えていく。そんなことをしている間にも、女性は重力に従って地面へと近づいていく。このままだと、彼女は地上のシミになるだろう。

 

「あ…。」

 

 拳藤の喉を生唾がゴクリと通ったその時。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

 

 一陣の突風(かぜ)が吹いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああくっそ。何してんだ俺。

 

 気がつけば俺は、悲鳴を上げて落ちてくる女性の元に駆け出していた。邪魔な荷物は途中で放り出して、少しでも速くなるように走り出す。それでも走っていれば間に合わない。

 

 だから使用(つか)う。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

 

 吠えながら、俺は何年振りかに『個性』を発動した。その途端、周囲の空気が動き出す。咆哮と共に背中を起点にして、周囲の空気を後ろ向きに爆発的に撃ち出す。その勢い全てを味方につけて、俺は思いっきり踏み切り─

 

「間゛に゛合゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!」

 

 ()()()

 

 周囲の人も、車も、建物も。その全部を飛び越すかのような大跳躍。その間も足で、背中で、風を撃ち出して加速する。そのまま落ちてくる女性の方へとまっすぐ突っ込んでいき─

 

「きゃああああああああ!!!」

「わあああああああああ!!!」

 

 ギリギリで掴み取る。そのまま俺は跳んだ勢いそのままに落ちていき、だけど途中で手足から何度か風を撃ち出して勢いをできるだけ和らげる。撃ち出す度に俺たちの速度は緩やかになっていき、あれだけあった速度は地面に着地する頃には全力で走ったくらいの速度になっていた。

 

「ぐえっ。」

 

 けどまあ、それなりの速度であることには変わりない。できるだけ衝撃を殺そうとはしたものの、着地した俺は女性を抱き止めてゴロゴロと無様にも、地面を転がってしまった。

 

「ぐへっ、はぁっ、はっ……。」

 

 衝撃のままにしばらく転がっていた俺だったが、しばらくしてその動きを止めた。アスファルトの道路に転がったままの俺は放心状態で、荒い息のまま空を眺めた。空の様子はさっきと同じはずなのに、現実離れした行動の後のせいか、リアリティを感じない。

 

「おい!五十嵐!大丈夫か!?」

「…拳藤?…ってか、この人!救急車!」

 

 何秒くらい放心していたのだろうか。そんな俺を現実に戻したのは、こっちに走ってくる拳藤の声だった。その声を聞いて、慌てて俺は体を起こして声を上げない女性の様子を確かめた。幸いにして胸は上下し、呼吸も正常に行われている。今は気絶しているだけのようだ。

 

「五十嵐!その人は?」

「多分気絶!救急車呼んで!」

「もう呼んでる!てか五十嵐も血ぃでてるじゃん!」

「え?」

 

 拳藤にそう言われて、そのままハンカチでコメカミを押さえつけられた。しばらくして彼女がハンカチを肌から離すと、確かに結構な量の血が出ている。多分着地して転がった時にアスファルトできったのだろう。

 

「うはは…痛くないし全然気づかなかった。アドレナリンってやつ?」

「知らん。…なあ五十嵐。」

「なに?意識したら今めっちゃ色々痛いから手短に頼むわ。」

 

 多分全身打撲に擦り傷色々。あっという間に到着した救急車と、ヒーローたちをぼんやり眺めながら拳藤に応えた。

 

「あの時さ、なんで動いたん?怖いとかさ、なかったのか?」

 

 そう聞いてくる拳藤は真剣な顔をしていた。彼女もまた、落ちてくる瞬間を見ていたに違いない。だからこそ、尋ねてきたんだろうけど。

 

「…さあ?」

「いや、さあって。」

 

 正直理由なんてない。

 

「しょうがないじゃん、気がついたら動いてたんだから。」

「………。」

「まあ無鉄砲にも程があるけど。二度とやんない。」

 

 原則として『個性』の使用は厳禁。そのためには専用の免許(ライセンス)が必要になる。それを無視して使っているのだから今のは決して褒められた行動じゃない。無鉄砲で、計画性のない、愚かな行為だ。

 

「おい少年!」

「……俺ですか?」

「そうだ!少年、君があの女性を助けたのか?」

「…一応は。」

 

 拳藤が黙り込んでしまうと、次に来たのは救命隊員の人だった。担架を持って来たその人に、自分で立てますと言って立ち上がる。無茶苦茶したせいで体の節々が痛いが、自業自得というものだろう。

 

「そうか、立てるか。少年、あの女性が今目を覚ました。軽い脳震盪だったようだ。」

「そう、ですか。怪我は?」

「今診てる。それと、君に伝えてほしいと言われたんだが。」

「なんでしょう?」

 

「『助けてくれてありがとう』だそうだ。─少年、よく頑張った。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ叱られはしたわけだけど。」

 

 それから数時間後。あちこちに包帯やら絆創膏やらを貼った俺は拳藤と夜道を歩いていた。バリバリの当事者である俺と、目撃者である拳藤は警察と、プロヒーローに事情聴取をされていたわけである。

 

 その中で一応人命を救ったというわけでお咎めはなし─というか寧ろその件に関しては褒められたのだが、『個性』を使用したことと、それから無茶をしたことをきっちり叱られた。無茶したことを叱ってくれるあたりちゃんとした大人なんだなあと思う。

 

「…なあ、五十嵐。」

「なに?」

 

 同じペースで歩いていた拳藤が、不意に足を止めた。俺もそれに釣られて歩みを止める。そのまま拳藤の方を向くと、彼女は真剣な顔をしていた。

 

「なりなよ、ヒーロー。」

 

「お前絶対向いてるよ。」

 

 





【拳藤 一佳】
 かわいい。

【五十嵐 迅】
 身長:169センチ(15歳4月時点)
 『個性』: 気体の操作
      自分の周囲にある気体を操れる!
      ただし自分を起点にすることしかできないぞ!
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