…胸騒ぎがする。
今日は魔王討伐作戦の当日。ラジオからもずっとその報道が流れてる。
勝率の話だとか何だとかといろいろ話をされてるけど、正直詳しいことはよくわからない。
でも、その声も耳から入ったそばから抜けて、もう三回は読んでるはずの本の内容すら全く頭に入らない。
……大丈夫だろうか。
確か、魔力量の指標として魔王レベルが赤、レオン君によれば私の魔力量はその更に上の紫って言ってたっけ。
年を取れば取るほど魔力が増えていくんじゃなくて魔力の多い者の老化が抑制されるはずだから、少なくとも600年以上生きてる魔王の魔力量は明らかに人の域を超えてるはず。
「………」
何の気無しに、壁にかけてる杖を見た。先端の、薄く青っぽい色の塗られた灰の石がキラキラと光ってる。
…特に意味もないけれど立ち上がって杖の傍に行く。それを、手に取ってみる────
「え…?」
その瞬間、視界が真っ白に塗り潰された。
と思ったらその世界は上から墨が滲んでいくように黒く染まっていく。
そうして明転した視界がその上から暗転した瞬間、開けた広場に私は立っていた。
『殺せ!』
『人類の敵だ!』
『不愉快だ!さっさと処刑しろ!』
背後から飛んでいったその声たちに、思わず体が跳ねる。
振り向くと、いつもの夢、だった。
松明に付けられた炎を掲げる処刑人がいて、百に近い数の人が喚き立てていて。
広場に、三人の魔女が縛り付けられてる。
「っ…!」
体が、無意識的に硬直する。
……また、か…まあ、どうせ夢だ。急に見だしたけど…何か気絶でもしたんだろうか。
そんな事を考えながら伏せようとした目に、チラと映った。
明らかに、三人が私の方を見ていた。
青い目を丸くして驚いた顔をするカーミラ、黄色い目を揺らしながら焦った顔をするニーナ。
赤い目を伏せるように、悲しそうな顔をするレイトナ。
…いつも通りだ。
いつも、通り……
……いや…また、逃げる気…?
イメージする。運命に抗う、
イメージする。無事に助けられた、
イメージする。
イメージする。
イメージ、する…!
私の魔法の、原動力…!!
「!!」
パキパキ、と手元から音がして、杖が現れた。
先の鉤爪の先に、カーミラのくれたシアン色の宝石が浮いている。
髪に、レイトナのくれたリボンが巻き付く。
首に、ニーナのくれたラジオが掛かる。
その杖の柄をコンクリートの地面に叩きつけて、掲げる。
カアァァン!と甲高い音が響いて一瞬、大衆の意識がこっちに向けられる。
その瞬間。
憎悪。
疑念。
恐怖。
混乱。
不安。
怒声。
糾弾。
悲鳴。
鳴声。
動揺。
「押し流せ…!」
不安を、恐怖を、自分の弱さごと吹き飛ばす。
ググ、とナニカに押さえつけられる感覚が全身を襲ったけど、関係ない。
魔力を全力で解放して真っ向からソレごと打ち破る。
足元のコンクリートの表面が渦巻いて、たちまち濁流が生まれる。
『な、何だ!?』
『魔女だ、あいつm…!』
『うわあぁぁ!?助けっ…』
次々と濁流に飲み込まれて行く人達。その先には、火を付けられる寸前で止まっている三人がいる。
「火を、消す…!」
無尽蔵に溢れ出す水を操って三人も巻き込んで、トーチの火を消してその所持者ごと押し流してその場に飛ぶ。
「鎖…!」
が、思いの外鎖が硬い。
…いや、壊す必要なんて無い…!
私の魔法は、物を生成、破壊する魔法!
『え…エレオ…?』
「助けに、来たよ」
『何で…』
何かを言いかけたレイトナに、少しだけ笑うよう努めて、言う。
───ごめんね、千年も待たせちゃって。
まるで鏡を落としたように、世界が割れる。
風景の破片の羽が飛び散ってどこかへ飛んで、消えていく。
残ったのは、純白の無の世界。明転した、地と空の境界すら無い、精神世界とも言えるような場所。
そこには、私がいた。
その前に三人が、見覚えのある、三人がいた。
「え…みん、な…」
『久しぶり、エレオ』
フッ、とカーミラの頬が緩んだ。
「うん、久しぶり」
本当に…
「ほんとに、久し振り…っ」
パキパキ、と手元から杖が崩れていく。
3人のところへ、駆けて、跳ぶ。
『っ、と、全くね。ずいぶんと時間かかったじゃない、というか軽いわね』
私をうまくキャッチしたニーナが、少し呆れ気味に口から零す。
「うん…ごめんね」
『もぉ、おーそーいーよー!』
両手を上げてプンプンと怒るような姿勢を見せるレイトナは、じゃれるような声を漏らす。
「うん…うん…っ」
わかってる。
これは白昼夢の一つのようなもの。実際に三人がここにいるわけじゃない。
それでも、それでも…!
「ごめん…ごめん、ねぇっ…!」
涙が、次から次から流れ出てくる。
私にとって、無為に過ごすには1000年という時間はあまりにも長かったけれど。記憶が風化するにはあまりにも短すぎた。
「わ、たっ、私、あの時…!」
声がうまく出てこない。鼻がつーんと痛くなって、喉が熱く焼けて、息が通らない。
『良いのよ』
ふわ、とカーミラの腕が回された。
『あの場所には魔法阻害の力が働いてた。私達も鎖をちぎろうとやってみたんどけど…うまくいかなくてね』
『ねー、せめて逃げてー、ってエレオに言うのが精一杯だったよ』
「……え?」
…ん?
『え?』
「……?」
逃げて…?そんなの言われたっけ…?いや、レイトナには助けてって言われた気が…と記憶を探る。
『え、もしかして…うまく聞こえてなかった…?いや、言った直後に走っていったから良かった伝わった、って思ったんだけど…』
「…助けてって言われたように聞こえた…」
まさか。
『…けて、よ…エレ…オ…』
…あれ、助けて、じゃなくて逃げて、って言ってた…?
その直後にカーミラがレイトナの頭をはたいた。
『伝わってないじゃない』
『いやだって、私ちゃんと言ったってー!』
『あんな人混みの中よ、うまく情報が伝わるとは限らないでしょう。あーあ、レイトナのせいで』
『ちっ、いや、ちょ、ごめんエレオーー!』
拍子抜け、してしまった。
流れて止まった涙を拭きながら、そのまま、少しずつおかしくなってくる。
昔の、あの時と何ら変わらないような日常の一コマに見えて。
──あぁ、思い出す。
『…さて、こんな所にいつまでもいるわけにはいかないよ』
パチン、とニーナが手を叩いた。
『あの子の…レオン君のピンチでしょう』
「…うん」
『なら、後はする事はわかるね?』
「っ、でも…」
と、ふとニーナがしゃがんで目線を合わせてくれた。
『私達の約束。大切な仲間のために魔法を使う──もう大切な人でしょう?あの子は』
「っ、」
息が詰まった所に、頭を撫でられた。
『というかもう破棄でいいんだよ、あの約束。もう4桁年経ってるよ?まさか今の今まで守ってるとは私もちょっと驚きだよ』
作ったのはたしかに私だけどさ、と付け足して絶妙に微妙な顔をしつつ言うニーナ。その横で、二人もうんうん、と頷く。
『そもそも魔法を使えるのがバレないようにするための約束だよ。魔法と人が共存できてる世界で、もう守る必要はないよ』
……うん、そっか。
「…また、会える?」
『心配しなくても、ずっとそばにいるよ』
『そーだよー!これまでもずーっと見てたし』
『ええ、これからも一緒よ』
「…うん……行って、くる」
『はい、』
『うん、』
『ええ、』
────行ってらっしゃい、エレオ
行ってきます。
視界が、戻ってきた。
明転した世界から、今までの世界へ。
…今までと同じようで、違う世界へ。
壁にかけてある杖を手に取り、シアン色の石をその鉤の上で揺らす。
黄色いラジオを首からかける。
マゼンタ色のリボンを髪に巻き、括る。
新しくなった焦茶の扉を開いて薄緑の草原の中に出る。
杖を振るい、イメージする。
上空に向けて、杖を向ける。
一つの炎が空に舞い上がって、破裂音とともに赤と黄色の混ざった閃光が目に映った。
「…うん、いい感じ」
一つの魔力を、私の中で回し始める。
杖に、ラジオに、リボンに、そして私の体に、それぞれ一つずつ、四種類の魔力が満ちていく。
『私は…エレオノーラって言います』
『おぉー!なんか魔法使いっぽい!じゃあエレオちゃんだ!私はレイトナね!』
『レイトナの幼馴染のカーミラよ。よろしく、エレオ』
『私はニーナ。よろしくね、エレオ』
そういえば、ちゃんとした名前で呼ばれたの、一回もなかったな。
まあいいや。
行こう。レイトナ、カーミラ、ニーナ。
…1000年ぶりに私は、動けるようになった。
そろそろ終わります。