私がこの世に生まれ落ちた時は、本当に何の変哲もない世界だった。
とは言っても世界の何処かで戦争や紛争は起こってただろうし、完全な平和というには程遠い世界だったんだろうけれど。それでも、少なくとも私のいた国は争いで人が死ぬようなことはないくらいには平和だった。
私も、その頃は何の変哲もない子供だった。普通の両親がいる、何の変わりもない平屋に住む何の変哲もない家族。
色も見えるし魔力なんか一切ない、ただ少し周りより落ち着いていて、活発に外に出て遊ぶ子というよりは家の中で絵本や物語を読むのが好きな子供だった。
そもそもその頃は魔力やら魔法、魔物、魔法使いとかっていう存在は
そんな中…10歳とかそこらへんになったとき、いきなり高熱を出した。
風邪とかじゃなかった。でも当時使える中でもかなり強かった解熱剤も一切効果がなくて、お医者さんの所見でも全く分からないって言われたらしい。
当時は意識もぼんやりしてたからそれどころじゃなくて、後から聞いた話だったけど。
その高熱が三日三晩続いた後。いきなり熱は下がってなんともなくなって、普通の生活に戻れた。
そして、そんな高熱を出して数日もしないうちだったと思う。いつもと同じように庭で土をいじったり日の当たる下で本とか読んでた時だった。
『あ、あれなんだろ』
幼子特有の好奇心、というやつだ。
庭木に引っかかっていた小さめの風船に興味を持った私は登って取ろうとした。
せいぜい高さは3、4m程度だったけど、体の小さい私にとってはそれなりの高さ。でも好奇心が勝った私はそれに登って…枝を踏み外した。まあ、そもそも運動自体が得意でない私。受け身のことも何も考えられずに頭から落ちていた。
でも、体は多分必死だったんだろう。
本能的に頭を守るように小さく蹲った、その瞬間。
私の周りに突風が吹いて私の体が減速、地面にゆっくり着地した。
「……え?」
突拍子もなさすぎて少し呆然としてたと思う。でも、視界の端に庭木から外れて飛んでいった風船が見えて。
ファンタジーとかそういうお話が好きだった私は不思議な力が手に入ったということでそれはもう喜んだ。
両親にも話したけど、まだ幼い子供の作った作り話だろう、と共感するようにはしてくれたけど軽く流された。
でもそれでも良かった。
ひとまずは自分だけが知っている秘密って言うことにしよう───そう思って周りに内緒にしていたのは、我ながら賢明だったと思う。
後々誰も見ていない所で試してみたら、風、火、水、木の魔法が使えた。というか試したのがそれしかやってみてなかったから、実質試したものは全て使えた。想像すれば、なんでもできる気がした。ただし、元からこの世界にあったものは操れなくて、私が生成した物はある程度操作できた。
アニメや漫画に出てきていた物から引っ張ってきたそれっぽい魔法の名前も考えてみたりして…まあ、短絡的に言えば全能感に近いものを感じていたんだと思う。
だから……それから数年経っても自分の体の成長が周りに全くついていかずに、成長が止まってしまったようになっていたのを見て驚いた。
魔法を使えば使うほど、自分の髪が粗末な絵の具で染めるように端から灰白くなっていくのが、目の色が泥水を濾過するように薄くなっていくのが怖かった。
そしてそれを見て明らかになにかおかしいと思った両親が病院に連れて行ったけど、原因はわからずじまい。なんて言われたかは流石にもう覚えてないけど、あとから聞いた話じゃ少なくとも体に異常はないっていうことだったらしい。
それで、私は魔法を使うのをやめた。
それから、世界が急変していったのはは多分そこまで時間は経ってなかったと思う。
急に、街にわけの分からない生き物が出現した。
肌は緑色で粗末な布を纏い、話す言葉は意味不明。そして人間に対して敵対的。
よくあるRPGゲームに出てくる「ゴブリン」とやらに近しい容貌の生物だった。
それが発見されてから、少しずつそんな
牙の異常発達した猪、異常なほど速い蝙蝠、歩くだけで木が生える鹿、そして…未知の物質でできた、角のようなものを生やした人間。
そして同時期に、魔力という謎物質、謎エネルギーが発見された。
そしてどうやら、動物が魔力を多量に取り込むことでその体が変質、変態して通称「魔物」と呼ばれるものに姿を変えるのだという。
魔物は通常の生物より危険性が高く、力も強い。魔力を使って物理現象を捻じ曲げる「魔法」と呼ばれる不可思議な能力を使うものも現れ、脅威として知られた。
でも、人間も馬鹿じゃなかった。
魔力というエネルギーを発見して計測、魔法に科学で対応し、魔力を計測する装置や対魔物用の武器を開発した。
……それが、ダメだった。
人間も生物だ。魔力の許容限界値はあって、それを越えると魔物になってしまう。
だが、駄目なのは
自分から生み出された魔力は何の問題もない。
そして、魔力を持つ者はその他人の魔力に対して耐性がある。
人間が魔力を発する事は無いと考えられていた。が、例外が見つかったのだ。
テレビで報道されていたのは一人の女性だった。
そして、とあるSNSでふとこういう投稿がされていたのだ。
『魔力の発生源となっている彼女らこそが魔物の根源、被害を出し続ける…言ってみれば歩く公害のようなものに近いのではないか──』と。
無論、それは人種差別のようなものになる。相当に批判を食らってはいた…が、それを否定する材料もなくそれどころか魔物による被害はゆっくりではあるが増えてきている状況。
更に、ニュースでこの話題が取り上げられ、一気に大衆の中にそんな議論が広まっていってしまった。
ある人は魔物に自分や大切な人を傷つけられた人。
ある人は感覚が過敏でそういうニュースに食らいついてしまう人。
ある人は面白半分でそういう論をフォローする人。
中世頃、どこかの地域では厄災を収めるためという名目で、何の罪もない人達が次々と処罰されたことがあったという。
その行為の名を、魔女狩り。
何の意味もなく、ただの残虐な行為として知れ渡っていたその行為が、現代で再開されようとしていた。
違いはただ一つ。
今回の人間の相手は、本物の魔女だった。
──────
私は、家を出た。
クローゼットから白のシャツと薄紫のローブを取って、真夜中にこっそりと。
別に父さんや母さんが酷いことをしたわけじゃない。むしろ二人は守ってくれた方だった。
でも、駄目だった。
このままだと、どうしても絶対二人に迷惑をかけるから。
幸い、私には魔法があった。
ふとした思いつきで、この街から私の痕跡を消し去ってしまおうと考えた。
魔法には魔法陣という観点があったけど、別にそんなのは必要なくて。
使いたいと思えば使える、こんな事をしたいと思えば想像した通りの事象が起きる。
だから、私は想像力を膨らませて魔法の効果範囲をこの街いっぱいに広げた。
そして、街から私の記憶を消し去り、私という存在の痕跡を隅から隅まで排除した。
木の魔法でそれらしい杖を作り、ローブに顔をうずめてその場を離れた。
少し歩いて風の魔法を使い、空に浮かんでどうしようか考える。
所持品は無いに等しいけど飲食はしなくても問題ないのは確認済み。雨が降っても風の魔法を使えば下降気流を生み出して無理矢理晴らすことも可能。
何も食べないし何も飲まないから勿論排泄とかの心配もない。
まあ狩られないように気をつけるくらいかな、と自嘲しながら私は闇に身を隠すことにした。