ユキとアサヒのお出かけ当日。ユキは準備を完了させるとアサヒの部屋の戸をノック。彼が扉を開けるとその瞬間に目を奪われてしまっていた。
「ッ……」
「……ど、どう……かな」
ユキは頬赤らめるとアサヒへと自分の出来を確かめるように聞く。ただ、アサヒはユキに魅了されてしまったせいで反応が遅れてしまう。
「………」
「あ、アサヒ君?もしかして気に入らなかった……?」
「へ?ち、違っ……むしろ、ユキが可愛すぎて……あっ!」
アサヒは自分が何を言っているのかを理解すると慌てて口を塞ぐ。今の発言のせいでユキに気持ち悪いなんて言われでもしたらアサヒのメンタルはへし折れてしまう。そのため、ユキの反応が大丈夫か恐る恐る見た。
するとユキは“可愛い”と言ってもらえた事に嬉しさと恥ずかしさがせめぎ合い、キャパオーバー。“ボン”という効果音が鳴りそうなくらいに顔を赤くしてしまう。
「あ、ありがと……じゃあ、行こ……」
ユキはどうにか冷静になるとアサヒへと行く事を促す。そして、アサヒもこれを断る理由なんて無い。そのため、彼女と共に一緒に行く事になった。
それから2人はソラ達に出かける事を告げてから隣り合わせで一緒にソラシドモールへと歩いて行く。その最中、ユキもアサヒも考える事は隣にいる相手の事ばかりだった。
「(どうしよう……さっき、可愛いって言ってくれて。うぅ……アサヒ君の方をちゃんと向かないといけないのに……)」
「(ヤバい……気を抜いたらマジで顔が緩む。でも、そのくらい可愛いしなぁ……)」
ユキはアサヒが可愛いと言ってくれたのは素直に嬉しく。同時にアサヒの事をガッカリさせずに済んで安堵していた。ただ、同時にアサヒと目線を合わせようとするとそれだけで緊張感が増してしまうのでどうしても目線は合わせられなかったのだ。
一方のアサヒはユキのあまりの美少女っぷりを目の当たりにして思わず彼女を凝視してしまっており、しかも彼女から発せられる女の子特有の香りがその理性をいつでも破壊しようとしてきている。
「(ダメだダメだ……ユキの方から言わない限り手は出さないって決めてるんだ。ここで急に詰め寄ってみろ。対処法を誤ったらそれだけで終わりなんだ)」
アサヒはどうにかユキといつも通りの接し方をしようとしており、それだけ彼はユキに怖い思いをさせたく無い様子だった。
「ね、ねぇアサヒ君」
「何だ?ユキ」
「ッ……その、もう少しだけ近くに行っても良い?あんまり離れ過ぎると……迷子になっちゃいそうで」
ユキとアサヒは隣り合わせであったものの、その間には人が1人分入るくらいの隙間があった。折角2人きりで来ているのにそんなに距離感があるのは不自然だと思ったユキはアサヒへと距離感を詰めるのを提案したのである。
アサヒはそれを聞いて心臓が高鳴るのを感じ取っていた。……しかも今回の話はユキの方から近寄りたいという提案が投げられるというアサヒが望んでいた展開である。
「わかった……どのくらい近くなら許容できそうか?」
「えっ……えと……」
それでもアサヒは自ら近づくのでは無く、あくまでユキのペースに合わせる道を選んだ。これもまた先程言及した通り、ユキは繊細で傷つきやすい性格であるが故の対処法である。
自分から下手に近寄るよりもユキの意思で立ち位置を決めてくれた方が彼女への精神的な負担を下げられると思ったのだ。ユキはそれを受けてこれも自分への配慮だと何となく察したのか。流石に密着こそ避けたものの、2人の距離感は恋人同士と言っても差し支え無いくらいな物になる。
「この……くらい?」
「わかった。もしユキがこの距離感が嫌になったとかだったら離れてくれても良いからな」
「ッ……うん」
アサヒはできる限りユキの気持ちに合わせようと慎重になっていた。ただ、一方のユキはアサヒのその対応を向けて胸にモヤモヤが浮かんでしまう。
「(またアサヒ君に気を遣わせてる……このままじゃ、私の方を見てくれないかもしれない。折角距離感を詰めても、私の性格が邪魔するせいで……)」
ユキは思うようにアサヒとの距離感を詰められない現状がもどかしくなっていた。もうここまで来ると自分の気持ちが正しいかどうかを整理するしない以前に、アサヒへの恋心がいつ表面化してもおかしくなさそうだが……。
そこに関して、ユキは自分の気持ちに頑なに蓋をして押さえ込んでしまっていた。そのため、彼女は自分の気持ちを偽る事で胸に多少の痛みが伴うと同時にもどかしい気持ちでいっぱいになってしまう。
「(どうしよう……アサヒ君への気持ちを整理しないとダメなのに……心臓の音が煩いのと胸が痛くて上手く考えられない)」
そんな時である。ユキはアサヒへの気持ちに夢中になりすぎて目の前にある歩行者用の横断歩道の信号が赤になるのに気が付けなかった。
そのため、彼女は赤信号の状態で横断歩道内に足を踏み入れようとする。しかもタイミングの悪い事に丁度そこに向かって車が走ってきてしまっていた。
「ッ!ヤバい、ユキ!!」
「えっ……?」
アサヒはユキが赤信号の状態で横断歩道内に侵入したのに気がつくとその瞬間、そこそこのスピードを出した車が歩道内を歩くユキのいる方に突っ込んできた。
「ッ、間に合えっ!」
アサヒは咄嗟にユキの手を掴んで強く握ると彼女を急いで後ろに引っ張る。そして、ユキがアサヒに手を引かれて横断歩道内からユキの体が外に出た直後。ユキのいた場所を車が通過。彼女は間一髪で事故を免れる事になった。
「はぁ……はぁ……良かった……」
アサヒはどうにかユキが車と衝突する前に彼女を助け出せた事に安堵の表情を浮かべる。……ただ、先程から自分の胸元辺りに人間の温かさと少しだけ荒い息が当たる感覚がして疑問符を浮かべてその場所をゆっくりと見た。
「って、あれ?何でこんなに胸辺りが温か……い?」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
そんな時、アサヒはようやくその温かさの正体に気がつく事になる。同時に彼の脳内は混乱してしまっていた。
「えっ……」
「ッ……」
そこにいたのは自分の胸辺りで顔を埋めつつ頬が恥ずかしさで真っ赤になっているユキであり、彼女の脳内はいきなりその視界全てに映ったアサヒの体を見てアサヒ以上に大混乱してしまう。
「「うわぁああああっ!?」」
ユキとアサヒは咄嗟に相手へと密着した状況から抜け出そうとして離れるとアサヒは顔を真っ青にしており、ユキは対照的にアサヒに密着していた影響で顔を真っ赤にしたままだった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「ユ、ユキ……その……ごめんなさい……」
ユキはいきなり目の前にアサヒが来た影響で混乱こそしたものの、彼に抱かれたのが嬉しかったのか……肩で息をしてしまうくらいにドキドキと鼓動が強く胸を打つ。
一方のアサヒは事故からユキを守るためとはいえ彼女の同意も何も無くいきなり抱き寄せた挙げ句、流れのままに強く抱きしめてしまったのだ。ユキを事故の危機から救うというだけならここまでする必要なんて無い。そして、こんな事をやってしまえばユキの心に強い恐怖を植え付けたかもしれないわけで。
アサヒは最悪の場合、緊急時に付け込んでユキを必要以上に触ってしまったと判定されて彼女から軽蔑されてしまう事も覚悟する事になる。
「えっ……な、何でアサヒ君がそんなに謝るの?私……別に嫌だったわけじゃ……」
「えっ!?ほ、本当なのか……?」
ただ……何度も言う通り、これはアサヒの考え過ぎだった。何ならユキは咄嗟だったとはいえ本来なら車に撥ねられていてもおかしくない立場なのだ。少なくとも、彼女は命を救ってもらった相手にそこまで悪感情を抱く事は無い。
むしろ、ユキの気持ちとしては好意を向ける相手から抱きしめられた判定になったので嫌がる理由を探す方が難しいわけだ。
「それに、アサヒ君は私を助けてくれたんだよね……?」
「え?えっと……うん。車の事が見えて無さそうだったから……」
「だったら、そんなに怖がらないでほしい。私、アサヒ君に抱きしめられたの……アサヒ君が思うほど嫌じゃないから。だからその……助けてくれてありがと」
ユキはアサヒの顔を直接見るのに恥ずかしさがあるのか、チラチラと少し見ては目を逸らしてばかりだったが……今回の件に関して体を抱きしめた事に関しては不問であるという意思を示す事に。
「ッ……ふぅ……そっか……良かったぁ」
アサヒもユキの口から許してもらう意思を伝えられたからか、安堵したように息を吐いていた。
「もう、アサヒ君……ちょっと神経質になり過ぎだよ。……少なくとも私はアサヒ君にならちょっとくらい触られても平気……だから」
「えっ……さ、触られても平気……?」
アサヒはユキがそう言ってくれた事に胸がドキリと高鳴ると彼女への下心が燃え上がりそうになってしまう。
「(ッ、ダメだダメだ……。ここで調子に乗るな……調子に乗って胸や尻辺りを触ってみろ。好感度がマイナスに逆戻りしちゃうのが目に見えてわかる!)」
アサヒは頬を両手で一度軽く叩くと緩んでしまった理性のブレーキを再度強く踏み込む。幾らユキから触って良いの公認を得たとしてもそれはあくまで良識の範囲内での話。
例えば手や肩、頭くらいまでならちょっと触っても多少恥ずかしがられるだけで済むだろう。ただ、逆に言えば許されるのはその辺りまで。それ以上の行為を意図的にやってしまえば1発アウト。
「(ユキの今の言葉はあくまで良識の範囲での話だ。そこを履き違えるな)」
アサヒは強く自分を戒めるとユキはそんなアサヒを見てまた自分のせいで強く気を遣わせてると感じ取る。
「(ッ、またアサヒ君……私の事で気を遣わせて……。多分今度は私が触って良いって言ったのに対してどのくらいまでならセーフか考えてると思う。……本当、私がアサヒ君に惹かれてるのはそういう気遣ってくれる所なんだろうな)」
一応読者の方向けに提示すると、今回に関してはアサヒの考えている事は正解である。ユキも流石に触って良いとは言っても超えてはいけない一線を超えて良いという意味では言ってない。
だからこそ、ユキはアサヒの気遣いに胸を打たれつつあった。……それはさておき、ハプニングこそあったものの2人はそれ以降に何か大きな出来事があったわけでは無く。無事にソラシドモールに到着する。
「着いた……」
「ああ。早速だけど、中に入ろうか」
アサヒはそう言って行こうとするとユキは何故かその場で止まっていた。そのため、アサヒは困惑する。
「ゆ、ユキ?どうしたんだ?」
「ッ……あ、あの……」
ユキは頬を赤くしながらアサヒの方を見ながら何かを言いたそうだった。それを受けてアサヒは戻ってくる。
「……あのさ……お、お願いがあるんだけど」
「お願い?」
「うん……その……ッ」
ユキは恥ずかしさをどうにか抑えつつアサヒへと恐る恐る右手を差し出しつつあった。それを見てアサヒは目を見開く。
「ッ……もしかして」
「うん……アサヒ君、手……繋いでも良いかな?」
「手を……繋ぐ」
アサヒはユキから頼まれた言葉の意味を飲み込むと脳内でまた様々な感情を爆発させる。
「(ま、マジか。ユキが自分から手を繋ぎたいだなんて。でも、この前の事もあるし当然と言えば当然……なのか?)」
この前の事というのはユキ、アサヒ、ソラ、ましろの4人でソラシドモールを訪れてユキが1人だけ逸れてしまったあの時の事だ。
あの時は困っている幼い子を助けるためだったとはいえ、ユキが1人だけ離れてしまったせいでアサヒ達は探すのに苦労してしまった。勿論今は連絡手段としてスマホがあるし、何ならユキは1人で困ってる子を助けには行かずにアサヒへと声をかけるだろう。
それでもユキの方から手を繋ぎたいという提案をしてきたと言う事は……彼女の中にアサヒと手を繋ぎたい欲があるという事だ。
「わかった。……手、繋ごうか」
「うん」
2人は自分の手汗で相手が濡れてしまわないようにお互いに持ってきたハンカチで手を拭くとその上でそっと手を繋ぐ。
「(ッ……何だこれ……気持ち良い……。ユキの体温、柔らかい手の感触……それに、体も必然的に近くなるから余計にユキの良い匂いが鼻の奥まで染み渡ってくる)」
「(アサヒ君の手、私より大きくてガッチリしてて……。男の子だから当たり前だけど、安心する)」
2人は自分が好意を寄せる相手に手を繋がれた影響か、胸の中に幸せな気持ちが充満。それだけで心が温かくなっていく。そして、同時に2人は胸の奥に強い気持ちが湧き上がってきた。
「「(ああ……この人とお付き合いできたらなぁ……)」」
もうここまで来るとさっさと告白して付き合えよって言いたいくらいにはお互いの胸の想いは完全に一致。何なら2人が手を繋いで歩く様は恋人と言っても差し支えない程だった。
「ユキ、行こうか」
「うん……!」
こうして、2人はそのまま目的地である売り場へと向かう事になる。……同時刻、ソラシドモールの中には1人の太った会社員風の男がモール内を歩きつつ少し苛立っていた。
「ぐぬぬぬ、シャドーの奴。何で連絡の一つも寄越さないのねん。本当にどこで油を売ってやがる……」
それは、例によって下手な変装で会社員に化けたカバトンであった。彼はシャドーが中々自分の前に姿を現さない事に不信感を抱いている様子である。
「こうなったらゲームセンター……?とやらにあるゲームで憂さ晴らしなのねん」
こうして、カバトンもまたソラシドモールでの活動を進める事になるのだが……彼がユキ達と関わるのはもう少し先の話。
また次回もお楽しみに。