保育実習の二日目、この日もあげは、かける、ヒョウの三人は保育園に来て園児達の相手をしていた。
「ガオー、怪獣だぞ!」
今回はあげはが怪獣役として両手に怪獣用のグローブを付けて園児達を追いかける。そんな中、一人立ち向かっていく子がいた。
「なにおう!キュアウィングパーンチ!」
キュアウィングのファンになった男子園児のたけるである。キュアウィングのように強い人になろうと思っている彼は怪獣役のあげはをやっつけようとした。しかし、あげはにとってはやっぱりたけるはただの園児な訳で。あっさりとたけるを抱き上げてしまう。
「はい、捕まえた〜」
「えぇっ!?かいじゅうはやられないとダメでしょ!」
ちなみに昨日ヒョウをくすぐった園児達はたけるとは別の園児である。プリキュアに憧れたたけるがその場にいたら確実にやっつけるためにヒョウへとパンチしただろう。
「ふふっ。私、最強だからね」
「さいきょうはプリキュアなの!」
「はいはい」
あげははたけるを軽くあしらう中、別の場所ではヒョウがまた園児達によって引っ張りだこに。
「よーし、私が鬼をやるから、皆私に捕まらないように逃げてね!」
「「「「「「はーい!」」」」」」
今はヒョウが鬼になっての鬼ごっこである。ただし、普通にやったら確実にヒョウが勝ってしまうのでヒョウはかなり手加減しているが。
その頃、かけるも別の部屋でオムツを変える作業をやったりして大忙しだ。
「すぐに変えるからそのままゴロンしててねー」
かけるは手際良くオムツを変えていく。これも彼が自主練をして人並みにはできるように上達しているために問題無く進んだ。
そして、昼も過ぎたある時。園児達が集められてあげはとかける、ヒョウが揃うと三人からお手紙の返事が園児達へと配られた。
「プリキュアからのお返事だよ!」
「名前を呼んだ子から一人ずつ来てね」
三人は手分けをして園児達に手紙を配ると園児達はヒーローであるプリキュア達からのメッセージに歓喜の声を上げる。お手紙を配り終えてある程度時間が経った後。かけるは一人部屋を抜けると教員室から何かを手にしてまた教室へと戻っていく。
「はい、皆注目!実はね、先生が昨日の夜皆のためにこれを作ってきました!」
かけるが教室の机に手にした物を置くとそれは大きなアップルパイであった。それはとてもツヤツヤした出来栄えで見た目は百点満点と言わんばかりの完成度である。
「わぁ……」
「美味しそう!」
「皆にはこれを食べてもらいたいんだけど、一個だけ皆にお願いがあるんだ」
かけるがそう言って話を進めていく。園児達は食べたい気持ちに駆られるが、かけるの言う事をまずは聞くべきだと静かになった。
「これを貰う時に僕が一言、“何が欲しいの?”って聞くから皆は“アップルパイをください”って言ってほしいんだ。そんな事を言うのはちょっと面倒って思うかもしれないけど、できるかな?」
かけるの質問に園児達は元気良く返事をする。普通なら園児達を喜ばせるための仕掛けにこのような回りくどい手段は取らないかける。ただし、今回の考えの本命は別にあった。
それは昨日あげはに言われたらんこの事についてだ。らんこはなかなか人と話す事ができない。それは、相手の事を警戒しているあまりに上手く人の輪の中に入れない点だ。でも、それではいつまで経っても中に入る事ができなくなってしまう。
そこでまずは第一歩として自分の主張を相手にきちんと伝える事をらんこにして欲しいとかけるは考えたのである。相手がどんな反応をするにしても先に自分から主張しなければらんこの気持ちは伝わらない。だからアップルパイが欲しいという主張を上手く話す事ができない相手……つまり、かけるにする事で少しでも他人へと自分の主張をする勇気を出してもらおうということである。
加えてアップルパイはらんこの好物。好きな物を食べるためにはかけるに話しかけるしか無い状況を作る事でらんこの成長を促そうというのだ。
「うぅ……」
他の園児達が次々と立ち上がって一列に並ぶ中、らんこは不安そうな顔つきでキョロキョロと自分が一番話しかけやすそうなあげはを探す。しかし、あげははもう既に別の部屋に行ったのかこの部屋にはいない。ヒョウも教室の後ろに移動して傍観するのみだ。
「………」
らんこはかける相手に話しかけないと好物であるアップルパイは食べられないと思い、震える足を動かして何とか列の最後尾に並ぶ。彼女は勇気を出そうと自分を奮い立たせようとするが、やはり決心ができない。
「君が最後だね」
「……ッ!」
そうこうしているうちに自分の番にまで回ってきてしまった。最後の一切れとなったアップルパイがかけるとらんこが向かい合う机の上にある中で、らんこはお礼を言う相手であるかけるを目の前にして緊張してしまう。そのまま彼女は口を開くが、なかなか第一声が言えずに口をパクパクとさせながら震えていた。
「……何が欲しいの?」
らんこに目線を合わせた上でかけるの問いは彼女へと投げられる。ここでちゃんと主張をしないとアップルパイを手にできない。
「あ……う……」
らんこは心臓をバクバクさせながら必死に言おうとする。かけるは優しく微笑んだままらんこが答えるのをただひたすらに待つ。
らんこは好物のアップルパイを食べたい気持ちでいっぱいだったが、その気持ちを言葉にして上手く伝えられない。
「あ、アップルパイを……」
らんこは勇気を振り絞ってかけるへと答えを返そうとする。あと一押し。かけるは途切れ途切れのらんこの言葉を聞いてもまだ動かない。ちゃんと最後まで言えたら笑顔で渡すつもりだ。だからまだ言い切ってないうちはアクションを起こさない。
「く、くだ……くださ……」
らんこは顔を真っ赤にしてどうにか言おうとする。最後の一文字を言い切れば貰える。そんな時だった。
「あ、まだのこってたんだ。もらい!」
その瞬間、いきなり横から手が伸びてくると一人の園児がらんこの分として残っていたアップルパイの一切れを勝手に手に取る。この園児は比較的最初の方にアップルパイを貰って喜んでいた子だった。
そのため、自分の分はさっさと食べてしまって物足りなかった彼は何か余りとして残ってないか見に来た所、らんこがいつまでもぐずぐずしているので横取りしてしまったのである。
「あっ!」
かけるは慌てて注意しようとしたその時にはもう時既に遅い。園児はアップルパイを口の中に含んでしまったのだ。
「あ……ああ……」
そのままらんこが唖然とする中、あっという間に園児の口の中に消えていくアップルパイ。その出来事はあまりに一瞬で澄んだ事だったのでかけるも部屋の後ろから様子を見ていたヒョウも園児を止めるのが間に合わなかったのだ。
アップルパイは園児の人数に合わせて切り分けたので余りなんてものは無い。らんこは目の前で好物のアップルパイを、しかも自分の分のはずの物を食べられてしまったのである。
「ひぐっ……ぐすっ……うわぁああん!」
気弱ならんこは自分の分を食べられて相手に怒るでは無く、悲しさで泣く方に傾いてしまった。勿論その声は教室中に響くわけで。園児達が何事かとらんこと勝手にアップルパイを食べた園児の方を一斉に向いた。
「ヒョウ先生、らんこちゃんの相手をお願い!」
かけるは急いでらんこの相手をヒョウに任せて自分はアップルパイを食べた園児を優しく叱ろうと移動する。今回の事件の発端は自分の考えの浅さだと考えたかけるは自分でちゃんと責任を取ろうとしたのだ。だが、事件はこれだけで済まなかった。
「ほかのひとをなかせるなんてわるいやつめ!」
らんこが泣き出した原因がアップルパイを食べた園児だと決めつけたたけるは立ち上がるとその正義感に任せるままに歩いていき、園児の前に立った。
「たける君?」
「ひとのものをかってにとるなんていけないんだぞ!そんなわるいやつはこうだ!」
次の瞬間、たけるは拳を後ろに振りかぶる。かけるはそのモーションを見た時点でヤバいと判断。すぐに止めさせようとしたが、彼の反応も間に合わず。たけるは園児を思い切り殴ってしまった。
かけるの作戦は最悪の形で幕を閉じる事に。結局、らんこはヒョウに連れられて慰められる事になった。加えてらんこの分のアップルパイを食べてたけるに殴られた園児も泣き出したのでそれはかけるが相手をし、たけるも他の先生づてに聞いたあげはが教員室から慌てて来て対応。
アップルパイを食べられるという園児達にとって良い出来事になるはずが、場の空気は最悪に近くなってしまったのだ。
「よしよし、らんこちゃん。大丈夫だからね」
「うぅ……ひぐっ……ぐすん……」
かけるは自分のせいでこのような事態にしてしまった事を悔やむが、今は事態をどうにか収めるべきだと割り切る。ひとまず園児が落ち着くのを待ってからきちんと事情を聞いて注意すべき事を話す事に全力を尽くした。
「たける君、どうしてぶったのかな?」
「だって、あいつがかってにひとのぶんをたべたから」
たけるの方もたけるの方であげはが対応しているが、彼自身は殴って解決した事を悪いとは思っていない。何しろ自分は正しい行いをしたと思い込んでいるのだから。
「でも、ぶつのはどうかな?」
「……ぼくさいきょうになるんだもん!プリキュアみたいに悪い奴等をやっつけるんだ!」
たけるはプリキュアのような強い人に憧れている。しかし、彼はプリキュアをただ悪い敵を倒すだけの存在だと誤認していた。そのため、あげははその考えを正そうと話しかける。
「あのね、たける君。最強になるために大事なこと。先生はやっつける事じゃないと思うんだ」
あげははたけるを諭すようにそう言うが、それでも彼は納得がいかなかったのか思い切り反発してしまう。
「そんなことない!ぼくただしいもん!」
そのままたけるはあげはを振り払うとその場から逃げ出して外へと出て行ってしまう。
「あげはせんせいなんか、さいきょうじゃないもん!」
「たける君!!」
あげははたけるを追いかけようとして一瞬かけるの方を向くと目を見開いた。彼は園児に見えないように唇を噛み締めて悔しそうにしていたのだ。
そんな中、かけるはあげはの目線に気がついたのか、元の優しい顔に戻るとあげはへと声をかけた。
「ごめんなさい、あげは先生。自分の考えが間違ってた。……上手く解決できるって思ってたのに……。みっともないよ」
「そんな事は……」
「たける君は僕に任せて。僕がどうにか連れ戻すから」
かけるはアップルパイを勝手に食べた園児との話は終わっていたために立ち上がると行こうとする。その手をあげはが掴んだ。
「待って。……私も行く」
「でも……」
「良いから。二人でやろう」
あげはの強い目線にかけるは頷くと二人でたけるの後を追いかけて行くのであった。その様子を見たヒョウも行こうとする中、ヒョウの袖をらんこは掴む。
「……らんこちゃん?」
「わたしもいく……」
細々とした弱々しい声色であったが、らんこはヒョウにそう言ったのだ。ヒョウは頷くとらんこを抱き抱えて他の先生にらんこを連れて行くと断ってから二人の後を追いかけていく事になる。
また次回もお楽しみに。