保育園での戦闘が開始された頃。ヒューストムに連れて行かれたムーンライズは保育園から一気に大移動して虹ヶ丘家にある裏山にまで到達した。この間、何と僅か10秒にも満たない。
「痛ってて……は?ここって……うちの裏山なのか?」
「ここなら誰も邪魔しに来ないだろうからなぁ。邪魔が入らないように移動させてもらった」
ムーンライズはその移動速度に戦慄する。何しろ、街中にあるソラシド保育園から虹ヶ丘家のある丘の頂上付近……の、更に奥にある裏山までの距離は遠い。車で移動してもそれなりに時間がかかる場所だ。
「お前、どれだけ強くなったんだよ」
「さぁな?前よりは格段にパワーアップはした……が、正直どのくらいって言われても俺でさえわからん」
ヒューストムの返事にムーンライズは気を引き締めると構える。それは、これまでのヒューストムとは違うという考えが真っ先に浮かんだからだ。
「さてと。そう固くなるなよ」
「何?」
「言っただろ?俺はお前に話があると」
「……は?」
ヒューストムはひとまず戦う意志が無いのか、無防備な状態を晒す。ムーンライズはそんなヒューストムに警戒はしつつも、話を聞く事にした。
「お前の言う話って何だ?……まさか、オーロラの事じゃないよな?」
「お。話が早くて助かる」
「チッ……で、オーロラがどうしたって言うんだ?」
「……キュアムーンライズ。お前に問う。キュアオーロラを、ユキ・ハレワタールの事を愛してるか?」
ヒューストムからの訳のわからない問いにムーンライズは困惑するが、素直に答えを返した。
「愛してるけど?……てか、こんな恥ずかしい台詞を言わせんなよ」
「ふふっ。そうか。……俺も愛してたよ」
それを聞いた瞬間、ムーンライズは耳を疑う。この男はキュアオーロラを、ユキを“愛していた”という過去形ではあるが、彼女とかつて会ったことのあるような返答に目を見開く。
「どういう意味だ。お前、ユキと昔会ったことがあるのか?」
「おう。俺は確かにかつてユキと会った事がある。……いや、会ったことがあるどころの話じゃないな。ちょっとあの女とは腐れ縁があってね」
ヒューストムは次の瞬間、ムーンライズの前から消えると瞬間移動と見間違うほどのスピードでムーンライズの背後に立つ。
「ッ……」
ムーンライズは慌てて距離を取ろうとするが、振り向いた瞬間にヒューストムの目が暗い緑色に光るとムーンライズは金縛りに遭ったかのように動きが止まってしまう。
「お前、何を……」
「空気の流れをコントロールする事でお前の体の周りに空気圧による壁を作った。だからお前は空気に押し込まれて体をその場から動かせなくなる」
ヒューストムの技に困惑するムーンライズ。そして、ヒューストムが彼の肩に手を置くとその瞬間、ヒューストムの意識がムーンライズの中へと侵入。しかし、ムーンライズは空気圧による押し込みのせいで体を動かせない。なので、ヒューストムのその行動をただ黙って見るのみだった。
〜ムーンライズの精神世界にて〜
ヒューストムがやって来たのはムーンライズの精神世界……ただし、向かったのは今表面化しているムーンライズことアサヒの精神では無い。
「……いきなり体が動かなくなったと思えば、面白い客人が来たな」
そこにいたのは前にアサヒを乗っ取ったもう一人のアサヒである。そしてヒューストムはもう一人のアサヒへと話しかけた。
「よぉ、この前ぶりだな。……えっと、闇アサヒって名前で良いか?」
「……あんなアホと同じ名前にすんな。そうだな、俺の事はカゲロウとでも呼べ」
「カゲロウ……ねぇ。お前に提案がある」
「ほう?言ってみろ」
「単刀直入に言うぞ。お前、俺と組め」
ヒューストムがそう言うとカゲロウはそんなヒューストムへと笑みを浮かべる。
「何故だ?俺とお前が組むメリットを言え。それも無しに赤の他人であるお前と組むわけにはいかない」
「……ユキの心を俺達でへし折るんだ」
「あのアホの彼女の心をか?それで俺に何の得がある」
「お前からはあの女へ向ける強い負の感情を感じていてな。……正直ストレスなんだろ?あの女が」
ヒューストムがそんな風に言うとカゲロウは鼻で笑うとヒューストムへと答えを返す。
「……ああ。正直ストレスだな。……あの女、弱いくせに自分がアサヒの彼女として相応しい女になれると本気で信じてやがる」
カゲロウの心には苛立ちのような物が垣間見える様子であった。そして、更に彼は愚痴を言う。
「それだけでない。あの女、いつもいつも“自分なんか”とかいう言葉を使って弱気な気持ちばかりで。己を卑下して落ち込んで。極め付けは失敗したら周りから責められるなんて思ってるし、フォローするのも良い加減疲れてきたんだよ」
カゲロウはユキに対する負の感情が渦巻いているようであった。カゲロウもカゲロウで現状にストレスを感じているらしい。
「アサヒの野郎、あんな美人な女に好かれて……ユキもきっとあのアホの言う事なら何でも聞くんだろうな。……チッ、アイツのどこが良いっていうんだよ。……クソが。ユキは、ユキは俺の玩具だってのに。ユキもユキだ。あの気弱で卑屈な性格さえ直せば最高の女に化けるって言うのに……」
「……ん?」
「俺だってユキ相手にあんな事やこんな事……」
「おい、それってお前。具体的には?」
「は?何言ってるんだ。そんなの俺の
その言葉を聞いた瞬間、ヒューストムの顔が凍りつく。そして、いきなり凍りついたヒューストムを見たカゲロウは首を傾げる。
「……あ?何だよ。何か変な事でも言ったか?」
「おいお前、そんな発言をするような奴だったか?前回までのキャラが崩壊するぞ?」
「んだよ。メタ発言までしやがって。元々俺はユキの
「………」
「おい、なんで黙る。てか、俺が言いかけてる途中で規制音を流すな。俺が何言ってるかわからんだろ」
「あのさ、お前。読者に変態だって思われるぞ?」
「何言ってんだお前……。あと、この前ユキの
ヒューストムはこれ以上この話を続けても無駄だと察した。この前初めて自分の前に現れた時のバトルジャンキーっぷりと比べてあまりにかけ離れたカゲロウの本心を聞いてドン引きしているまでもある。
「(コイツ、思っていたよりも色んな意味でヤベー奴だなおい)」
どうやら、これを見るにカゲロウもユキの事をなんだかんだ言いながら気に入ってしまっていると言う事になる。ここは流石同一人物と言うべきなのか、カゲロウの好みの特徴もユキと一致しているらしい。性癖に関してはオリジナル以上にヤバイ奴でしか無いが。
「おい、
「はいはい。無駄な責任転嫁はここまでだ」
もう既にヒューストムからのカゲロウへの認識は地に落ちていた。流石にこれは擁護できない変態だと感じたのである。とは言え、カゲロウの言うこともあながち間違いでは無い。カゲロウはアサヒから生まれた存在で好みも似ている点から元々はアサヒがユキ相手にやりたいと思っていた事がカゲロウにまで伝播した可能性は割と高いのだ。*4
「で、お前。協力と言ったが具体的に何をするつもりだ?」
カゲロウはあんまり変な話を続けるのも無駄な時間だと思ったのでようやくここで話題を変えた。
「ふん。俺とお前であの女に屈辱を味わわせるんだよ」
「……あ?それは構わないが、ユキを好きなように調教するのは俺だからな?あの女が屈辱に塗れる姿を見れるのは俺だけの特権だし」
「それは構わない。俺としてはあの女が無力感に晒されて絶望する様を見たいだけだからな」
ヒューストムはそう言うものの、少しだけカゲロウに協力を要請したのを後悔した。と言うのも、ヒューストムとしてはユキが絶望した後に二度と立ち直れないようにトドメをしっかり刺したいと思っていたのだ。ただ、カゲロウはその役目を譲歩しないと協力しないと言わんばかりである。
「(まぁ、俺としてはあの女が目の前で彼氏を失ってそれが敵に回った挙げ句、そいつに好きなように蹂躙される様を見るだけでも十分な絶望になるし……仕方ないがそこは譲るか。下手にコイツを敵に回したく無いし)」
ヒューストムとしては今カゲロウと戦うと勝つ事はできても自分もかなり消耗するとわかっているため、無理な戦闘は避けるべきと判断した。
「……で、具体的にはどうするつもりだ?」
「それについてはまた後日作戦を練ってから通達してやる。ほら」
そう言ってヒューストムから投げられたのは何かの小さな丸い手のひらサイズの缶バッジである。
「……あ?何だこれは。缶バッジみたいな物だな。こんなのでどうするんだ?」
「それはこの前一緒に行動したキメ、キメ……キメンランドリー?」
「なんだそのコインランドリーみたいな名前は。何で仲間の名前を覚えてないんだよ」
「ふん。いちいちあんな奴の事を覚えていられるか。……あ。思い出したわ。キマイクラングだわ」
「おい。更に酷くなってないか?しかも結構前に流行ったブロックでできた世界の中でサバイバルしたりクリエイトしたりするパソコンゲームの名前を混ぜやがって」
カゲロウは先程まで変態発言をしていたとは思えないような冷静かつ冷たい声色でツッコミを入れる中、ヒューストムが説明する。
「あれ?違ったか?……とにかく、アイツがこっちの世界に来た時にアイツの研究室から借りたんだ。まぁ、もうアイツは元の世界に帰ったしまだ文句言われてないからもう返す必要も無いだろ」
「それを借りパクって言うんだけどな?で、効果は?」
「ああ。それを付けていれば俺が精神世界にいるお前に直接話をする事ができる。しかもこれはアサヒには聞こえない。だからプリキュアに漏れる心配は無い」
「ふーん。便利な物だな。てか、これの開発主はこれで何をするつもりだったんだか」
二人が話す中、並行世界のキメラングはと言うといつの間にか無くなっていたこのアイテムを探していたのだが、特に重要な発明では無かったために諦めて捜索を中止したのはまた別の話だ。
「それじゃあ、そろそろ戻るぞ。渡す物も渡したし」
「ふん。で、俺はお前から合図が来るまで大人しくしてれば良いのか?」
「……まぁ、偶には暴れても良いんじゃないか?いきなり出てこなくなったら逆に勘付かれるだろ」
「……それもそうか」
こうして、二人の邂逅と対話が終わるとヒューストムは元の世界に戻っていく。
〜現実世界〜
ちなみに、この間現実世界では約5秒ほどの事だったためにムーンライズは動く事ができず。ヒューストムは彼から離れると指を鳴らして拘束を解除した。
「ッ!!お前、何をした!」
「さぁな?お前には関係ない事だ」
「くっ……だったら……」
ムーンライズは無理矢理吐かせるとばかりに周囲へと気弾を展開すると追尾弾をヒューストムへと放つ。
「あ、そうそう。今のお前一人なんて敵ですら無いんだわ」
その瞬間、ヒューストムはヒュッという風と共にムーンライズへとすれ違うように移動する。そのあまりの速度に追尾弾は標的の追尾が間に合わずに気弾同士がぶつかって相殺。そして、ムーンライズの体に次々と緑の斬撃が光ると彼の体は一瞬にして傷だらけとなる。
「うぐっ!?ぐああっ!」
ムーンライズはその場に崩れ落ちると荒い息を吐く。すぐに何とかヒューストムの方を向くものの、ヒューストムは竜巻のエネルギーを手に集中させた状態であった。
「テメェ……何を……」
「やっぱりもう俺のスピードを見切れないんだ。じゃあ、力の差を見せてやるからお前の浄化技を使えよ。技を使うまでくらいなら待ってやる」
「くっ……舐め……んなぁああっ!ひろがる!ムーンライズドリーム!」
ムーンライズが手を翳すと彼の最大出力の浄化技が解き放たれる。そのエネルギーは彼の中の怒りによるブーストも上乗せされ、恐らく前に作ったカバトンの電車ランボーグ程度なら瞬殺できる程だ。
「あ、そう。それが限界か。なら、喰らえ。エクストリーム・ツイスターズ」
「……は?」
その瞬間、ヒューストムの前に三つの緑のリングが浮かぶとそれが一つに重なり、圧倒的な火力の竜巻が放出された。それはサンライズ、スノー、ツイスターの合体技であるエクストリームツイスターズその物である。ただし、三人が使った場合のあの技よりも威力は圧倒的に上だったが。
そのためにムーンライズの技は一瞬にして消されるとムーンライズはそれに飲み込まれて木々を押し倒しながら飛ばされていくと岩肌が剥き出しとなった崖に激突。
「そんな……嘘……だ……ろ……」
そのままムーンライズは変身解除してアサヒの姿になると気絶。そんな彼をヒューストムは背負うと立ち上がる。
「さてと、コイツをまた保育園にまで運んでやるか。ここに置いて行っても良いが、その場合はユキの奴が変な底力を出すかもだし。まぁ、安心しろ。今度はお前に負担がかからないようにゆっくり戻ってやるから」
そう言ってヒューストムはスピードを手加減した状態でまた保育園へと戻っていく。そのスピードは来る時の五分の一ぐらいの本当にゆっくりとした速度だった。それでも戻るのに一分とかからないが。
「……さて、せいぜい強くなれよ?ユキ。その方がへし折りがいがあるからな」
ヒューストムはそう言って笑みを浮かべると竜巻を纏った状態で空を飛び、保育園への道のりを進むのであった。
闇アサヒことカゲロウが完全な変態キャラになってしまった……。ま、まぁ、表の世界ではこういう発言をしてないし、知ってるのはヒューストムだけだからまだセーフって事で。彼も表面ではクールキャラなのに内心ではユキとまだまだ色々とヤバイ行為をしたいと思ってたりします。恐らく暫くはこんなカゲロウを出すのは自粛しますが、そんな一面もあるとだけ思ってください。それではまた次回もお楽しみに。