ましろの絵本コンテストの結果がわかった日の夜。かけるの部屋での事。そこにはかけるに加えて二人の影がいた。
「かけるさん、どうなんですか?」
「そうですよ。どうやったら女の子の心を掴めるような料理が作れるんですか!」
「あはは……えっと、何でこうなったかな……」
時間は少し遡り、夕飯での事。いつものように食卓を囲む虹ヶ丘家に住む面々。
「は……むっ……んーっ!美味しいです!」
「かけるさんとあげはさんの料理、本当に美味しいね!」
この日の夕飯はかけるとあげはが合作で作った物であった。既に二人のご飯が美味しいのは周囲の事実だったが、かけるの料理は本当に上手なのだ。
「箸が進んでしょうがないわね」
「うぅ……」
「ツバサ?どうしたの?」
そんな中で少し悔しそうにしていたのはツバサであった。彼はここ最近色んな知識を得るために調べ物とかをよくするようになったが、こと料理において彼の凄さを何となく意識するようになったのだ。
「ヒョウが完全にかけるさんの料理の虜になってて……もしボクの料理が美味しく無いって言われたら……」
「ツバサ、もしかして料理できるようになりたいのか?」
ツバサは恥ずかしい事に独り言として呟いたつもりだったのだが、アサヒには思いっきりこの不安を聞かれてしまっていた。正直、アサヒとしてはかけるがどれだけヒョウの胃袋を掴んだとしてもかけるにはあげはがいるためにそんなに心配しなくて大丈夫と考えている。
「はい……でも、ましろさんとかに聞いたらあげはさんに伝わってしまいそうなので……そのままヒョウにも……」
ツバサは本命のヒョウに自分が悩んでいるのを知られたく無いがため、アサヒになら大丈夫と判断して彼は相談した。
「やっぱりツバサはヒョウにご執心ってわけか。だったらさ……」
アサヒはツバサへと耳打ちするとツバサは目を見開いて多少焦ったような顔になる。
「なっ!?あ、アサヒさん本気ですか?」
「ああ、俺は至って真面目だし本気だよ。それにこういうのはちゃんと本人に行くべきでしょ」
「わかりました。でしたらアサヒさんも来てくださいよ」
「決まりだな」
それからアサヒとツバサはかけるがフリータイムに入ったのを見計らって彼の部屋に突撃。女性の胃袋を掴めるような料理をどうやって身につけたのかをドストレートに聞いたのである。
「うーん、女の子が喜ぶ料理か……難しいな」
「え?でもかけるさんの料理ってうちの女性陣が舌鼓を打つくらいに美味しいじゃないですか」
「いや、俺がやってるのはあくまで普通に料理しているだけだよ。強いて言うなら後で一人暮らしができるようにするために高校生の時からちょこちょこ実家で料理を手伝ってたくらいだし」
それを聞いて二人は顔を見合わせる。つまり、料理に関してもかけるは努力の人だという事らしい。やはりかけるの良さは勉強もそうだったが、自分に足りない要素をちゃんとコツコツやる事で物にするそのひたむきさという事だろう。
「なるほど……って事はボクでも」
「うん。むしろ、始めるタイミングが俺よりも早い分上手くなる可能性が高いと思う」
「そうなんですね……ホッ」
ツバサは自分もかけるみたいに女性の胃袋を掴めるような料理を作れる事に安心した。
「ツバサ君はさ、ヒョウちゃんの事が好きなんだよね」
「は、はい」
「ちなみにどういう所が好きみたいな部分はある?」
「ボクは最初、飛べないプニバード族でも空を飛べるようになりたい。そんな一心でスカイランドから落ちてから故郷に戻る前に空を飛ぶ勉強をするためにこの家に残りました」
「まぁ、それはそうだな」
「……それから少しして。ヒョウもこの世界に来たんです」
ヒョウもヒョウとて両親とのわだかまりがあるタイミングで当時は男装をしていた。そのため、ツバサは最初は彼女を男として認識。そのまま近い距離で接し続けた。
「今思えば、ヒョウにはずっと無神経なことをしていたのかなって。女の子なのに男として扱って、ボクはずっとヒョウの気持ちを考えずに近い距離で接してきたので」
ツバサはそう後悔するような声色で言う。しかし、そんなツバサは二人は責めようとしなかった。この辺りはヒョウが女の子だという事実を黙っていたというのもあるのでわからなくても責められるような事にはならないだろう。
「うーん。でも、ヒョウ本人は気にして無いって言ったんだろ?そんなに気負う必要は無いだろ」
「でも、お風呂に入る時いつも別が良いと言ってましたし……時々女の子っぽい反応を示していたのでもしかしたら気がつく事もできたはずじゃないのかなと」
そんな事はさておき、ツバサはヒョウを男の子と勘違いしたまま一年も一緒に過ごした。その後、ヒョウはスカイランドで一度プニバードの村に戻った際に毒親からの言葉が原因で女の子だと判明。ツバサはそれを後から聞いたのだが、今までずっと近くで接してきた子が異性であると分かればツバサはどうしても意識せざるを得なくなる。
「……そこからですね。ヒョウに惹かれていったのは」
ツバサはそれ以降時折り見せる女の子らしい挙動を間近で見る度に彼女の事が愛おしく感じるようになった。
「保育園での実習から帰ってきたヒョウの相手にしていたら子供達相手にうっとりしてて、普段のあの強気な口調から考えるとギャップが凄くて……」
ツバサはそのまま沼に嵌っていくようにどんどんヒョウの虜になってしまったらしい。
「うーん。例えばツバサはさ。ヒョウとデートしたいとは思わないのか?」
「ヒョウとデート……したい気持ちはありますけど……」
「けど?」
「正直まだ自信が無いと言いますか……」
アサヒは今のツバサがデートに誘ったらヒョウは一発で食い付くのに惜しいと思いながらも、ツバサの気持ちが整うのをまた待った方が良いと考えた。
「なるほどな。……でも、気持ちを整えるのなら早い方が良いかもだぞ?」
「え?」
「確か聞いた話だとヒョウちゃんってプニバード族の名家出身なんでしょ?家族との関係も良い方に向かっている今、もしかするとお見合いとかしてそこで好きな人ができて結婚しちゃうかも……」
その瞬間、ツバサは凍りつく。よくよく考えてみればヒョウと毒親だった両親の関係が完全では無いとはいえ修復されたのだ。もしかするとその内親の方でお見合いを設定されて好きな男ができてしまうかもしれない。
ただ、少し考えればヒョウはあまりそういうお見合いとかは好きでは無さそうだと気づきそうな物だが、ツバサは焦っていた。そのため、そういう大事な考えを失念してしまう。
「い、嫌です!ヒョウが、ヒョウがお見合いで好みの男の人と出会うなんて……そのままけ、結婚なんてしたら」
ツバサの心はぐちゃぐちゃになると頭を抱えて要領オーバーでパンク。そのまま湯気を出しながら倒れてしまう。
「……かけるさん、ちょっとやり過ぎじゃないですか?」
「あはは……。確かにちょっと意地悪し過ぎたかな」
ツバサ以外の虹ヶ丘家の面々はヒョウがツバサに向けている感情を知っている。だからきっとお見合いを親から求められても断固として断るだろう。少なくとも、ツバサとは結婚できないと確定するまでは。
「これを機に危機感を持ってくれると良いんだけどね」
「……そんな事を言ったらかけるさんも……じゃないですか?」
そんな風にアサヒはかけるへと詰め寄る。それを聞いてかけるは苦笑い。どうやらこちらはツバサとは違って薄々感じていたようだった。
「確かにそうだね。……そろそろ俺もあげはさんの気持ちに応えないといけないのかも」
しかし、かけるの言葉はどうも煮え切らない。まるで向こうからの気持ちを知りながらスルーしているようにも見えた。
「かけるさんはあげは姉から向けられてる感情がわかってるんですね」
「……何となくってレベルだけどね。でも、俺はあげはさん相手に釣り合わないよ」
アサヒはそう聞いて耳を疑う。そしてその言葉は自分が彼女であるユキとお付き合いする際も一度告白が拗れる結果に至った言葉であった。
「何でそんな事言うんですか?あげは姉はかけるさんが自分の相手として不足してるなんて思ってませんよ?」
「そうだろうね」
「……もしあげは姉が告白してきたら、あげは姉の気持ちはどうするんですか?断るなんて事……しませんよね?」
アサヒの声色は僅かに厳しい物になる。それは自分とユキが一度そのやり取りをしてしまったからこそ同じ事をかけるにもしてほしく無い気持ちでいっぱいだった。
「正直、まだ俺はあげはさんみたいに誰かを笑顔にする力が不足していると思う。この前も策に溺れて園児のらんこちゃんを泣かせちゃったし。エンジェリーの時も自分がもっと早く気づいてルーセントムーンに会わせていたら……これまでやってきた事でもっと上手くやれた部分なんて沢山ある。その点、あげはさんは自分の気持ちに素直だからこそ、一直線に他人にも自分の好きとか笑顔を分けてあげられる」
かけるは自分じゃ根本的にあげはと合わないのだと、そう感じるようになっているのだ。
「かけるさん……俺は、正直そんなかけるさんをあげは姉が見たら失望すると思いますよ」
女の心理として、女が好意的に思える男は頼れる相手というのがまず大前提になりやすい。自分が弱った時に支えてくれる。そう思えるだけでも一つのポイントになり得るのだ。ただ、今のかけるは他人から見て頼りなく思えてしまうのだ。
「あはは、そうだね。きっとあげはさんが今の自分を見たら失望するよ」
「……教えてください。かけるさんがあげは姉の事を好きになった理由」
「それはどうして?」
「……俺は今のかけるさんが見てられないんです。せめてあげは姉の前にいる時ぐらいそんなヘコんだかけるさんを見せたく無いんですよ。だから……俺がかけるさんの相談相手になります。だから、かけるさん。あげはさんとの馴れ初め……教えてください」
それを聞いてかけるは少しだけ考えているのか、無言になるがあまりアサヒを困らせるのも良くないと判断。観念したような顔つきになる。
「……わかった。教えるね、あげはさんと俺の馴れ初めについて。でもその前に……」
かけるは何かの貼り紙を作るとそれを一度部屋の外に出てペタリと貼る。それは“男子会中につき女子の入室禁止”という文面だった。
「これで女子は入ってこないと思う。じゃあ、早速始めようか。アサヒ君には夜の活動時間制限があるし。無理だと思ったらまた別の日に続きから話すから言ってね」
かけるはそう前置きをしてから早速話を開始する事になるのであった。尚、ツバサは未だに目を回していたが。
〜おまけ〜
アサヒ達が男子会を始める中、ヒョウはユキと一緒にいるましろの元を訪れると頭を下げていた。
「あの、ましろさん!この前の女子会で言ってたお菓子作り……私に教えてください。お願いします!」
「え……」
「あー、そういえばヒョウはツバサにお菓子を贈りたいんだっけ」
ヒョウは顔を赤くしつつ頷く。それから彼女はボソボソとだが、ツバサへの気持ちを言った。
「ツバサにはいつもお世話になってるし、その……もうそろそろデートとかに行きたくて。で、でも手ぶらで行くのは嫌だなって。何か感謝を伝えるためのプレゼントが欲しくて……その」
ヒョウはあれだけ男の子の格好をして男のフリをし続けたのにも関わらず、こういう所はずっと年頃の女の子のようだった。むしろ一年間ずっとツバサ相手に我慢していた分、堰き止められていた堤防が決壊して好きの気持ちが溢れてるのかもしれない。
「ツバサには一番大変な時期に寄り添ってもらえたし……」
「確かにヒョウちゃんって一年間男の子としてだけどツバサ君とずっと一緒にいたもんね」
「ツバサ君はその気じゃなくて、男の子って思って接してたから余計に距離が近かったのかな」
「う、うん」
「その話、私も乗ったわ!」
そこに来たのは丁度風呂上がりになったあげはである。彼女もヒョウの恋を応援する側だ。
「ヒョウちゃんの気持ち、少年に、ツバサ君に伝えよ!私達、皆で手伝うから!」
「本当ですか?」
「うん。私も断る理由は無いしね。美味しいお菓子の作るの……一緒に頑張ろ!」
「私もお菓子作りはまだ完璧じゃ無いけど……ヒョウの気持ちを届ける手伝いくらいはできるから」
「ましろさん、ユキ姉、あげはさん……ありがとうございます!」
これによりヒョウのデートに向けたツバサへのプレゼントのため、お菓子作りの特訓が計画される事になるのであった。ちなみにお風呂の順番でこの場にいなかった女子……ソラも後から話を聞いて参戦を表明する事になる。
また次回もお楽しみに。