かけるがあげはとの事を話し、アサヒがカゲロウに一度乗っ取られた後の週末の事。この日の虹ヶ丘家では全員で掃除を行う事になった。
「何で休みの日に全員で家の掃除なんだよ……」
「そこ、文句言わない!」
アサヒが折角の休みで掃除をする事になった理由がわからずに愚痴を溢すとヒョウがやる気が無いアサヒへと鋭く指摘する。
ヒョウは割と掃除にはやる気らしい。このような構図を見ているとある意味では小中学校のクラス内でよくありそうな掃除をサボろうとするヤンチャな男子生徒とそれを正そうとするしっかり者の優等生女子のようなやり取りに見えるだろう。
「あはは、ごめんね……。アサヒ君。私達、スカイランドからこの家にお世話になってばかりでしょ。だからただ住まわせてもらうばかりなのは申し訳なくて」
どうやらこの話を提案したのはユキやソラらしい。特にユキがこの街に来てからここ最近、お世話になりっぱなしのこの家に何もお返しができていないという事で掃除を提案したのだ。
「それにアサヒだってこの前無意識とはいえユキ姉に悪い事したからって、ユキの頼みだったら何でもやるつもりだったんでしょ?」
「ぐ……。それを言われたら辛いけど……」
尚、数日前にアサヒはカゲロウのせいとはいえユキを怖がらせてしまった。それこそ、アサヒが自分の意思でやっていたら誰がやったとしても嫌われて絶交しそうな事をやったのである。その負い目もあってユキの提案と頼みを断る事ができなかったのだ。
ちなみにアサヒ、ユキ、ヒョウ、そしてましろの四人が二階部分担当であった。
「良し、俺の担当分終わり!さぁ、もう残り時間は休みを……」
「アサヒ。次は廊下だよ〜」
「へえっ!?廊下……めっちゃ広いんだけど……」
休もうとしたアサヒへと無慈悲に告げられる次の掃除場所を割り当てるましろからの言葉。しかもよりによって廊下と来たのでアサヒは肩を落とす。
「はい、雑巾だよ。拭き掃除頑張ってね」
「うぅ……。わかった」
虹ヶ丘家は二階もかなり広い。そのために廊下はそこそこ長く、拭かないといけない範囲も広いのだ。雑巾での拭き掃除を任されてガクリとなる中でましろがアサヒへと付け加える。
「ほら、アサヒだってお世話になってる身でしょ?」
スカイランド組が来る前もずっとましろと住んでいたから忘れがちだが、本来アサヒはこの家の子では無い。アサヒの父親がヨヨに赤ん坊のアサヒを預けてそれきり戻ってこなくなったために、住んでいるというだけなのである。
なので、居候になっている……という意味で考えればアサヒもユキ達スカイランド組やあげは、かけると同じと言えるのだ。アサヒはもう自分が逃げられないと判断すると渋々廊下掃除をやる事になる。
その頃、虹ヶ丘家の一階、家の外ではツバサが窓の外側の掃除をしていた。
「ふぅ……」
するとツバサは一通り窓を拭き終わったのか、外から戻ってくると一階掃除をしているあげは、かける、ソラの三人の元に合流。また、床の上にはエルが掃除の様子を見学とばかりに座って見ていた。
「ほっ!」
ツバサが中に入るとソラが床の雑巾掛けとばかりに走る。また、部屋の中にはあげはが掃除機を使って雑巾掛けができないマットの上を掃除中だった。
「窓掃除、終わりました!」
「ありがとう!次は自分の部屋ね!」
「はい!」
あげはがそう言って指示を出す中、かけるは高い所の拭き掃除をしている。彼が虹ヶ丘家に住む面々の中で一番の高身長であるので妥当な配分と言えるだろう。そんなかけるがツバサの元に行くとツバサから窓掃除用の道具を受け取る。
「はい、かけるさん」
「ありがと。じゃあ、内側の窓掃除をやるね」
かけるも丁度キリの良いタイミングだったのか、次の仕事である内側の窓の掃除へと入る事になった。勿論、道具はかけるへと渡す前に綺麗にされている。
それか、ツバサは二階へと移動するとそのタイミングでアサヒが廊下を雑巾掛けしており疲れ切っていた様子だった。
「うう……何でこんな」
「アサヒさん」
「あ、ツバサ。その感じだと部屋の掃除で来た感じ?」
「はい!ボクの部屋の掃除をしに来ました」
それを聞いてアサヒは少し考えるとそこにユキもやってくる。するとアサヒはツバサへと何かを思いつくと声をかけた。
「そうだ。ツバサ、丁度良い機会だしお前の部屋見ても良いか?」
「アサヒ君!?」
「そういえば、アサヒさんはまだ見てませんでしたよね」
「あ、アサヒ君。廊下の掃除は?」
ユキが変にサボるとまた色々と言われると考えてアサヒへと慌てた様子で問いかける。
「大丈夫だって。少し休むだけだから」
「うう……」
「ユキさんもどうですか?」
「へ?私?」
ツバサはユキも誘った。ちなみに彼女もツバサの部屋には入った事が無い。一応ソラから概要は聞いていたが、実際に入る機会は初めてソラ達が中に入ったあの時からずっと皆無だったのである。
「良いの?」
「勿論です。あの時ソラさんは入った事ありましたけど、まだお二人は初めてなので」
「じゃあ、お願い」
それから二人はツバサの部屋へと案内されると早速扉を開けて中へと入る。するとそこにあったのは沢山の本が詰まった本棚に二つの椅子が並んだテーブル。テーブルの上には黄色い小型の飛行機の模型もあった。
更に奥には男の子用のベッドもあって、男の子の部屋らしい雰囲気も出ている。
「わぁ……」
「マジか。ツバサ、こんな本に囲まれた部屋を持ってたんだな」
「はい。スカイランドからここに落ちてきた後に航空力学の研究をするためにヨヨさんには色々と準備してもらいました」
「そういえば、飛べないプニバード族のツバサは空を飛びたいって願ってたんだよな」
その言葉にツバサは頷く。この世界に来て以降、ツバサは一年かけて航空力学という飛行機が空を飛ぶための知識を学んで空を飛ぼうと努力した。そのため、この部屋には航空力学に関する本が揃っている。
ユキ達は三人でツバサの部屋の片付けと掃除をしながら話をしているとふとツバサはある事を思い出す。
「あ……。でもよくよく考えてみたらプリキュアになれた時点でボク……空を飛ぶ夢は叶ってしまったんですよね」
そう。ツバサはエルの手によってプリキュアに選ばれた。そして、彼の変身するキュアウィングは空を飛ぶ事ができる。……もう彼の夢は叶ってしまったのだ。
「それに、この本も暫く読んでなかったし。少しおさらいだけでも」
ツバサがパラパラと簡易的に本を読み返す。そこには少し前まで空を飛ぶために読み込んでいた知識がまた思い出されていく。
「……あんなに熱心に勉強してたのに。いつか絶対空を飛ぼうと努力してたのに……」
ツバサの顔つきは目指すべき目標が消えて努力という情熱を注ぐ先が無くなってしまったと言わんばかりだった。するとそんな中でアサヒはツバサへとある事を考えると提案する。
「別にまだ空を飛ぶ夢は叶えてないんじゃないの?」
「へ?それってどういう」
「ツバサが飛べるようになったのは不思議パワーも絡むプリキュアに変身している時だけ。まだプニバード族として、変身前の生身として仮定するなら空は飛べない。そう考えたら努力したいって気持ちも戻ってくるんじゃないかな?」
それを聞いてツバサは目を見開く。その考えは彼の中には無かったらしい。
「言われてみたらそうですね。ボク、まだプニバード族として見たら空を飛べませんでした。……でも、その意見を貰ってもやっぱりどこかモヤモヤすると言いますか」
二人はツバサが未だにモヤモヤしていると聞いて顔を見合わせる。ツバサにとってはまだ一歩、何かが足りないらしい。
「確かにボクにはまだ航空力学の勉強が必要になるかもしれないと思えました。でも、それを勉強することでの大きな意味が見出せなくて。その気になればプリキュアとして空を飛べるのに……わざわざそのハードルを変身前にまで上げて考える理由が……」
流石にこの辺の話になってくるとユキやアサヒにはどうする事もできない。同じプニバードのヒョウ辺りならツバサの気持ちを理解できるかもしれないが、それは彼女にまた説明しないといけないだろう。
「ヒョウにもこの話をした方が良いかも」
「待ってください!……その、ヒョウには言わないでほしいんです」
「何で?」
「ヒョウはボクの夢に付き合ってくれた恩もあります。プリキュアという形で既に叶ってしまった今、彼女をあまり巻き込むのは」
ツバサがヒョウへの申し訳なささを言っているとバァンと音が鳴り響くばかりの音と共に、噂をしたばかりのヒョウが現れた。ただし、彼女の顔つきは怒ったような物だったが。
「ア〜サ〜ヒィ!何でサボってんのよ!誰が廊下掃除放棄して良いって!?」
「げ……噂してたら来ちゃったよ」
アサヒは激昂したヒョウの怒りに当てられると頭に手を当てて溜め息を吐く。アサヒは少しの間サボるだけだったみたいだが、ツバサと話し込むうちにそれなりに時間が経ってしまったらしい。
「ヒョウ、落ち着いて」
「ユキ姉はアサヒに甘すぎ!彼女だから仕方ない所はあるけどそんなのじゃアサヒのためにならないわ!」
「歳下のくせに母親気取りかよ」
次の瞬間、アサヒはまたいつもの如く脛をヒョウに蹴られてしまうと激痛に悶える。
「ふん!」
「あんぎゃあっ!?」
「誰がアンタなんかの母親よ!」
「ヒョウ、お前またやったなこの……」
「アサヒ君、落ち着いて。私も持ち場をサボってた身だし一緒にやるから」
ユキにそう言われてアサヒもどうにか落ち着けたのか、二人揃ってペナルティの廊下掃除をやる事になった。尚、ヒョウはユキまで巻き込むつもりは無かったらしい。本当にアサヒに対してだけは当たりの強い女である。
そんな中でツバサはヒョウへと声をかける。ヒョウは先程まで怒っていた顔つきはどこへやらと普通の顔つきでツバサを見た。
「ヒョウ」
「ツバサ、どうしたの?」
「……いえ、やっぱり何でもありません」
ツバサはユキとアサヒの二人がいなくなった後にヒョウへと先程の話を持ち込もうとする。しかし、それを彼女へと話すのは勇気がいるのか……ツバサは話すのを途中で断念して止めてしまう。
「そう。また話したくなったらいつでも言ってね」
ヒョウがそう言うとツバサへと気にしないで良いと言わんばかりのジェスチャーを取った。
それから二人が一階に降りていくとそこには先に一階に降りていたましろや元々一階にいたソラ、あげは、かけるの四人がエルの方を見ていた。
「凄いよエルちゃん!」
「きゅっ、きゅー!きゅっ、きゅー!」
「まさかエルちゃんがもう掃除に興味を持つなんてね」
それは周りでソラ達が掃除をしているのを見ていたおかげなのか、エルは手に雑巾を持っていると笑顔で面白そうに床を拭いていた。
「少し前までハイハイしてたのが嘘みたいです!」
「あんなに小さかったましろんやアサヒが中学生だもん。エルちゃんだってきっとすぐに大人になっちゃうよ」
あげはがそう言う中、偶々タイミング良く部屋に入ってきたツバサはあげはの発言にハッとすると考え込む。
「(すぐ……大人に?)」
「ツバサ?」
ツバサが考え込むのを見てヒョウが気にする中、そんな彼をヨヨも見つめていた。
「えっと、って事はエルちゃんの年齢的には一歳ぐらいなのかな?掴まり立ちとか普通の歩行も確かこの辺の年齢だよね?」
普通の人間の子供であるならかけるの言う通り、エルの年齢は一歳前後と考えるのが妥当だろう。ただ、エルの場合はソラ達をプリキュアにしたあの力がある。他にも普通の赤ちゃんとは思えないような能力も発揮している。そう考えると彼女の成長に関しては、もしかすると普通の常識で考えない方が良いのかもしれない。
「うん。でもさ、私はエルちゃんがあんなに凄い力を何度も使ってきたのに……こうやって見ると普通の赤ちゃんなんだなって思えるかな」
それを聞いてかけるはあげはの意見に賛同なのか頷く。エルは確かに不思議で凄まじい力を持っている。ただ、それを抜きにすれば挙動はごく普通の赤ちゃん。言葉はまだ片言で上手く話せないし、数ヶ月前までは掴まり立ちすらできなかった。食事も赤ちゃん用の物である。
「そう考えると、エルちゃんの成長を少しでも早く王様達に見せないとな」
「そうだね。だから、これからもアゲアゲで頑張ろ」
本来ならこのエルの成長は彼女の両親である国王や王妃が見届けるべき物。あくまで自分達はエルを守るための仮の預かり先でしか無い。だからこそ、かけるは眠っている国王と王妃を早く眠りの呪いから解放しようと考えるのだった。
「ツバサ、ねえ、ツバサってば!」
あげはとかけるの話がひと段落したそのタイミングでヒョウはいつまでもボーッとしているツバサへと何度も呼びかけており、ツバサはやっと我に帰るのだった。
「はっ……ヒョウ、すみません!」
「もう、らしく無いわよ。ツバサ」
「そうですね……」
ツバサはまだ心がモヤモヤとしている状態のため、ヒョウはツバサのために何かできないかと考える事になる。
また次回もお楽しみに。