畑での一件が終わった休み明け。ユキ達の姿は学校にあった……のだが、そこには気不味い空気感が教室の一角に流れていた。
「「………」」
普段であれば隣同士に並んで仲睦まじい恋人のような関係になっているはずのユキとアサヒ。その二人の間には朝からずっと会話が無かったのだ。
「……ユキちゃんと虹ヶ丘君……どうしたんだろ」
「いつもだったら恋人らしくすぐ近くにいるはずなのに」
「まるで喧嘩した後みたい……。でも、二人が喧嘩するなんて想像付かないから……」
クラスメイトの仲田、吉井、軽井沢の三人は気不味い雰囲気のユキとアサヒに顔を見合わせるとどう声をかければ良いのかわからない様子だった。
「……なぁ、ソラさん。ましろさん。俺が向こうに行ってる間に二人に何があったんだ?」
ソラやましろへと声をかけたのは畑に行った日にらんこに呼び出された影響でその場にいなかったひかるである。彼もこの数日で二人の間に入ってしまった亀裂を知らないために気になって仕方ないのだ。
「実はね。ひかる君が畑に行った日になんだけど……」
ましろが事情がわからないひかるへと説明。その間も二人の間に会話は無い。ソラも声をかけようとするが、上手い声の掛け方がわからなかった。
「……そっか」
ひかるはましろからの事情を説明してもらうとアサヒの元に詰め寄った。そのためましろは慌てる。
「うえっ!?ひかる君!」
「……なぁ、アサヒ」
「何だよ」
「……昼休み。屋上に来い」
「……チッ、わかったよ」
ひかるの言葉にアサヒは不機嫌そうな顔になると舌打ちこそしたが、了承した。
それから時間が経過。昼休みになるとアサヒとひかるの二人は屋上に来ていた。その様子を屋上への入り口付近からソラ、ましろがそっと見ており、近くにはユキもいた。
「ひかる君……アサヒと二人で話すって……」
「はい、それに……良かったんですか?ユキさんも見に来て」
「うん……。アサヒ君の気持ちを聞けるかもしれないから」
ユキは落ち込んだような暗い声色であり、アサヒがこうなってしまった責任を感じている様子である。
「あの、ユキさん。そんなに責任を感じなくても大丈……」
「なぁ、アサヒ」
ソラがユキを元気付けようとした瞬間、ひかるは早速口を開く。どうやら話が始まったようだ。
「……お前、ユキさんにはちゃんと謝ったのか?」
「そりゃあ、その事があった当日には謝ったって。でも、ユキは許してくれなかった」
アサヒの言葉にひかるは少し考える。アサヒがちゃんと謝ったのならユキは最終的には許してはくれるはず。現にアサヒが謝ったのは事実だし、ユキがそれでも気不味そうにしているのも本当だ。
「それって、警戒心を解いてくれないって事を言ってるのか?」
「そうだよ」
前回はやはり人格がカゲロウになってなかったのも大きな問題だろう。あの暴走によってアサヒという人格へのユキからの信用が落ちてしまったと思った方が自然かもしれない。
「……それで、アサヒはその後どうした?」
「はぁ……。どうしたもこうしたもねぇよ。ユキに避けられて……。話す時もぎこちなくて……」
アサヒは僅かにダルそうな雰囲気で答えを返していた。まるで当事者じゃ無いんだから余計な首を突っ込んでくるなと言わんばかりである。
「お前。俺の目を見て話せよ。なぁ」
どうやらアサヒはひかるからの絡みにウザさを感じたのか、何故か普段はちゃんと合わせる視線を合わせようとしない。
「煩せぇよ。もう放っておいてくれよ……。俺はユキに嫌われた。それだけの事だろ」
アサヒはそう言ってさっさと去って行こうとする。そんな彼の手をひかるは掴んだ。
「だからちょっと待てって。お前さ、本当にちゃんとユキさんに本心で向き合ってるのか?」
ひかるの中には大きな違和感があった。まるでアサヒと話しているのにアサヒとは違う別の誰かと話しているのでは無いのかと。
「ひかる……お前こそ人の心配してる場合かよ」
「……どういう意味だ?」
「お前さ、最近らんこさんと付き合い始めたんだろ?ユキの心配ばかりして。らんこさんに嫉妬されるんじゃないのか?」
アサヒはこの場にいないらんこの事を引き合いに出して挑発的な態度を取る。加えて、アサヒは更にひかるの痛い所を突く。
「それと、さっきお前がらんこさんの並行世界に行った時の話だって聞いたけど。キメラング相手に全員纏めて完敗したんだってな?しかも、普段の倍ぐらいの人数差あって」
「ッ……」
実はひかるもこちらの世界で起きた出来事の話を聞く際に交換で自分が畑に行った際の事も話をしていた。アサヒも話に参加はしなかったものの、事情はしっかり聞いていたようである。
「俺達に構ってる時間あったらお前にはらんこさんがいるんだからそっちを手伝うやり方考えてろよ……。こっちじゃ戦えないくせに」
「は!?」
アサヒはユキに拒絶されたせいか半ば自棄状態に陥っていた。そのため、ひかるにとってあまり触れられなく無い話を平気でしてしまっている。ほうなれば隠れて話を聞いているソラも我慢できなくなるわけで。
「ッ、アサヒく……」
ソラが出て行こうとしたその時。彼女の横をスッとすり抜けるように影が通っていく。その後、その影はアサヒの前に立った。直後、“パァン”という乾いた音と共にアサヒは頬を引っ叩かれてしまう。
「……アサヒ君……。今の言葉は……幾らアサヒ君でも、許せないよ」
「ユキさん!?何で……」
そこには怒ったような目をしていたものの、足元が恐怖で震えているユキが立っていた。先程アサヒを怒るような言葉をかけたユキの言葉も震えており、彼女が勇気を出して言った言葉であるとわかる。
「ユキ」
「……私、アサヒ君をずっと信じてた。この前の畑での件でアサヒ君に恐怖を覚えちゃったのは私のせい。でも、少しずつ直していけるって。アサヒ君ならこんな私でも、受け入れてくれるって信じてたのに……。何で、何で私達を心配してくれたひかる君にそんな事言うの!」
ユキの目には涙が浮かんでいて今にも恐怖で逃げ出しそうなくらいに脚が震えているものの、それでも目線はアサヒの方をしっかり向いていた。
「じゃあ、何でユキは俺がちゃんと謝ったのにずっと警戒しっぱなしなんだよ。……俺は、ユキに嫌われたって……」
「それは……ごめんなさい。私だって、まだ怖かったの。ちゃんと気持ちが落ち着いたら、アサヒ君と改めて話すつもりだった。……こんなに遅くなったのは私の覚悟が決まらなかったせい。私の事は幾ら責めてくれても良いよ」
ユキはアサヒとちゃんと話せないのはあくまで自分のせいだと言った。普段ならそこでフォローを入れるアサヒだが、今回はユキの言葉をただ黙って聞くのみだ。
「……でも、今のは話が違う。何で私達を心配してくれて、気遣ってくれたひかる君にあんな態度取るの?」
「それは、ひかるの奴が自分の事でも手一杯なくせに俺達の方に首を……」
「だからこそ何でそんな態度になったのか聞いてるの!ひかる君だって、自分の事が大変なんだよ?らんこちゃんの事助けないといけなくて。その事で頭を悩ませている中でも私達を助けようとしてくれてるんだよ?せめて、もっとちゃんと対応してあげてよ……」
ユキからそんな風に怒られたのはアサヒにとって初めてだった。今までなら自分を怒る事なんて殆ど無かったユキ。自分の事よりもアサヒの事を優先していたユキ。周りから見たら彼氏の意見に従順な彼女という形を取っていたユキが、ここに来て反抗的な態度を見せたのだ。
「今のアサヒ君は……私、受け入れられないよ」
ユキからそう突き放されたアサヒ。彼は苛立ったような目線をユキに向けると彼女を威圧しようとする。
「……ふざけんな。お前は俺とひかるのどっちが大事なんだよ!」
「今のおかしなアサヒ君を尊重なんてできない!」
「ああそうかよ!だったらお前はひかるを取るって言いたいのか!ひかるは彼女持ちだって言うのに!」
「そういう意味でじゃ無いよ!アサヒ君は優しくて、誰かを照らす光みたいな人で。私はそんなアサヒ君が好きだったのに……返してよ……。私の大好きなアサヒ君を返してよ!」
ユキもかなり感情的になっていた。前だったら誰かに否定的な意見を向けられたらその圧に萎縮して従う姿勢を示していただろう。しかし、今回はその真逆。徹底的に対抗しようとしている。
「ざけんな!お前が勝手に理想を抱いて好きになったくせに理想通りじゃ無くなったから嫌いになったって?幾ら何でも無責任過ぎるだろ!」
「私だって好きでアサヒ君から離れたいわけじゃ無い!でも……今のアサヒ君の隣にだけはどうしてもいられない!」
二人の喧嘩はヒートアップしており、少しずつ収拾が付かなくなっていた。そのため、ひかるが止めようとする。
「ちょっ、ちょっと待てよ。これ以上は……」
「ああそうだな。これ以上は話しても無駄だ」
「……もうアサヒ君なんて知らない!」
そのままユキとアサヒは喧嘩した状態のまま話を終えてしまった。アサヒがその場から去る形で入口の方に行くと様子を見ていたソラやましろと出くわす。
「……チッ、全部見てたのかよ」
「アサヒ、ユキちゃんだってあんな事言いたいわけじゃ無いって……」
「煩せぇよ!だったら何で俺のやる事があんなに否定されるんだ!」
「それは……」
ソラとましろもどうにかアサヒとユキの関係が悪化するのを止めようとするが、もうどうにもならないと言わんばかりにアサヒは怒って行ってしまうのだった。
その直後、ソラとましろがユキの方を見ると彼女はその場に座り込んで泣き始めてしまう。
「ひぐっ……ううっ……。アサヒ君……何であんなに怖い顔するようになったの……。私、アサヒ君に反抗して……嫌われてしまった」
どうやら、ユキはやっぱり好きでアサヒ相手に反抗していたわけでは無かった。むしろ、アサヒ相手に反抗したのを酷く後悔した様子だったのである。
「ユキさん、どうして後悔するくらいアサヒ君に反抗したんですか?」
するとソラはユキへと問いかけた。それは、後から酷く後悔しているのに何故アサヒへと反抗したのかという事である。
「そういえば……。ユキちゃん、何か明確な理由はある?」
ましろもユキへと問いかけた。そんな彼女は暫く考えを纏めるために何も言わなかったが、時間をかけて落ち着くと話し始めた。
「……アサヒ君の取った行動が違うって思ったから……。アサヒ君がやった事が間違ってるって……ハッキリ思ったから」
ユキは震えた声でそう言った。それはもし自分の意見がダメだったらどうしようと言わんばかりである。しかし、その答えを聞いて三人は安心感を覚えた。
「良かったです……。なら、ユキさんに非はありませんよ」
「どうして……。アサヒ君はダメだって。私の意見が違うからあんなに怒って……」
「それは違うよ?……今回間違ってるのはアサヒの方。だからユキちゃんがそんなに気にしたらダメだよ」
ソラやましろはあくまで客観的に見たら悪い意見なのはアサヒの方であると結論づけた。勿論、ユキの答えが絶対正しくアサヒの考えが絶対間違っている……という事では無い。
ただ、今回ユキの言い分は自分達を心配してくれたひかるの心を踏み躙ったアサヒを諌める物だった。それがヒートアップした結果、アサヒがユキ相手にムキになってしまっただけの事。
「でも、アサヒ君はもう私の事……」
「それならきっと大丈夫。アイツだって自分が間違えてるってちゃんと気がつくから。今までもそうだっただろ?だから、少し様子を見ようぜ?」
「うん……ごめんなさい」
ユキはまた落ち込んでしまっていた。もっと自分が冷静にアサヒの相手をしていたら良かったのだと酷く後悔してしまっていたのだ。加えて、自分だってあんなにムキになった状態で接しなくても良かったのではないかと思ってさえいる。
「はぁ……」
ユキはどうにか立ち上がると溜め息を吐きながら肩を落として教室に戻っていく。そんな彼女がいつ精神的に壊れても大丈夫なようにソラ、ましろ、ひかるは側にいてあげるのだった。
そんな中、ユキ達四人が教室に向かって移動するのを先に去って行ったはずのアサヒは隠れつつ確認。彼はいきなり邪悪な笑みを浮かべるのだった。
その日の夜、スカイランドでの事。街中で見回りをするペギン。そんな彼女はある人影に気がつく。
「……ん?あれは!?」
その視線の先にいたのは薄紫色の長い髪をハーフアップにした女性で、青い衣装にマントを羽織っている。加えて腰には剣を差しており、その特徴を持った人物をペギンは一人しか知らなかった。
「シャララ隊長!?」
ペギンは以前スカイランドでの戦いで行方不明になって以降、ずっと青の護衛隊達で捜索を続けていた青の護衛隊の隊長……シャララ隊長が姿を現したと感じ取る。
「待ってください!隊長!」
ペギンは慌てて声をかける中、シャララはどこかへと歩いていくかのように移動していく。しかも、彼女の声は全く届いていない様子であった。
「隊長!」
ペギンがシャララ隊長が曲がった曲がり角を曲がるとそこには誰もおらず。いなくなってしまったと唖然となる。
「ッ、そんな……。でも、確かにさっきの姿は隊長だった。……どうして気づかないんだ」
ペギンはシャララ隊長が青の護衛隊のチームメンバーの事をしっかり覚えている事は認知している。だからこそ何故声をかけてもわからないのか困惑していた。
「ここ最近、同じような目撃情報も相次ぐ中で噂の信憑性を疑ってはいたけど……。私も見てしまったからには信用せざるを得ないな」
ひとまずペギンはこの事は次に護衛隊で集まった時にしっかり報告しようと考え、動くことになる。
また次回もお楽しみに。