エルを連れて逃走中の誘拐犯、カバトンを止めるべく二人が走り出す。ソラはまず屋上から飛び出す形で建物に移るとすぐに下に降りてしまうのでは無く、カバトンよりも先に先に進む事を優先して立ち回る。
ただし、彼女が走るのは地面では無いために進路にある屋根の上やお店の名前が書かれた看板の上。時には店の窓から出ているロープを使って飛び移る等、パルクール経験者も顔負けなくらいに道なき道を切り拓いて進んでいく。
「はっ、はっ、はっ……」
そんなソラとは対照的にユキは急いで地上にまで降り立つとすぐにカバトンの事を後ろから走って追跡する。
一方のカバトンは体当たりで吹っ飛ばした市場にあったりんごを口に咥えており、美味しそうに食べながら走っていた。
「ウマウマなのねん」
そんなカバトンを視界に捉えたユキは彼との距離が多少近づいた所でカバトンへと声を上げる。
「そこの誘拐犯、その子を離して!」
そうやってユキがカバトンへと声をかける。そんな彼女の声にカバトンは一瞬だけその方向を向くとユキの姿を見てニヤリと笑う。
どうやらユキの雰囲気から彼女がそこまで肉体的に強そうな雰囲気に見えなかったのと、少し自分の力をわからせればすぐに追いかけるのを止めると判断して強気に出た。
「離せと言われて離す馬鹿はいないのねん!返して欲しけりゃ俺様に追いついてみるのねん!」
そう言ってカバトンは相変わらず一目散に逃げ出す中、ユキもカバトンに逃げられたら困るので全力で追いかけた。
「ッ、やっぱり速い。それに……」
カバトンはとにかく自分の進路上にある邪魔な物は自らの突進で無理矢理粉砕しながら進むのでとにかくその後ろを走るユキは地面に散乱した障害物等を避けないといけない。加えて、走る際に土煙も多少撒き散らせているので万が一吸ったらむせるために無闇に距離を詰める事もできない。
「くっ……なんてメチャクチャな奴なの……」
ユキは必死に着いていく中、このままではカバトンに追いつくのは不可能だと考えていた。また、見るからに乱暴そうなカバトンを見て狼狽えるの気持ちも出てくる。しかし、だからと言ってユキも諦めるつもりなど毛頭無い。歯を食いしばると全力で走り続けた。
「あんなYOEEE奴なんて走ってたらすぐに撒けるのねん。それに、これだけ早いペースで走っておけばアイツのヘロヘロ体力だってすぐに尽きるのねん!」
カバトンはそう言いながら余裕そうにしていた。しかし、彼の予想に反してユキは徐々にカバトンとの距離を詰めてきていた。それを見て彼はギョッとする。
「あ、アイツどんどんスピードが上がってるのねん!?」
ユキの猛追にカバトンは慌てる。だが、カバトンはユキのペースが上がっていると言ったが、実際は違った。ユキのペースはカバトンを追跡していても全く変わらないのだが、対してカバトンの方は少しずつペースダウンしつつある。これはつまり、カバトンの方が体力切れでバテ始めてきているのだ。
「お前、そんなペースで走って疲れないのねん!?」
「私、体力だけなら少し自信があるから!」
ユキの真骨頂は力でも速さでも無い。彼女が唯一ソラに対して互角に渡り合える事。それは彼女に秘められた無尽蔵の体力からなる持久力である。
「ええい、しつこいのねん!カバト……」
カバトンは流石にこれ以上は走る勝負はしたく無いとばかりに先程の魔法を使うべく呪文を唱えようとする。そのタイミングでカバトンへと再び念話が聞こえてきた。
「(……苦戦しているようだな、カバトン)」
それは先程からカバトンを気にしている仮面の男からであった。カバトンの苦戦を見て彼は声をかけたのである。
「くっ、お前こそいつまでこっちに来ないのねん!さっさと俺様を助けるのねん!」
「(さっきお前は助けなんて要らないと言わなかったか?)」
「さっきとは事情が違う事くらい見ればわかるだろ!早く来るのねん!」
「(はぁ……。結局こうなるのか。随分と上からな物言いも気になるがまぁ良いだろう)」
カバトンが苛立ったように返す中、仮面の男は溜息を吐くと念話を切ると同時にユキとカバトンの間にゲートを開けて姿を現した。
「ッ!?」
ユキは咄嗟に急ブレーキをかけると何とか踏みとどまって停止。その間にカバトンはさっさと行ってしまった。
「後は任せるのねん!じゃさいなら!」
「ッ……」
ユキはカバトンを止められなかったと内心悔やむ中、目の前にいる仮面の男と向き合う
「あなたは……」
「名を名乗る必要は無い。お前を止めに来た。ただそれだけだ」
ユキは仮面の男から発せられるプレッシャーに押される。加えて、背丈はソラよりも小柄であるユキにとってソラ以上の身長を持つ男からの威圧感は凄まじかった。
「お前、これ以上この件に首を突っ込むなら容赦なく粛清する。もし嫌なのなら諦めろ」
仮面の男は背中に挿していた刀を抜き放つと紫色のいかにも禍々しい雰囲気の色合いをした刀身が露わになり、それをユキへと向けつつ睨みつけた。
「……ッ。嫌だ!目の前で困ってる人がいるのに……私は見捨てるなんてできない!」
ユキはエルの事を見捨てるつもりなんて無いので仮面の男からの勧告を拒否。そうなれば当然彼からの攻撃対象にされるわけで。
「……そうか。ならば失せろ」
その瞬間、ユキが気づいた瞬間には男は彼女の目の前に迫っており、刀を振り抜こうとする。ユキはそこまでがあまりにも一瞬の出来事だったために防御する暇も無かった。
「ッ……」
ユキにはどうする事もできずに攻撃を喰らってしまうと思うと目を瞑った。するとその瞬間に彼女の首から下げられた丸い霞んだ色の石に白い光が纏われる。それからユキは目を瞑ってからどれだけ経っても刀に斬られる事による痛みが全く来ず、困惑する。それからユキが恐る恐る目を開けるとそこにはユキの周囲を取り囲むように白い半透明なバリアが張られていた。
「な、何……これ」
「……何だ、この力」
ユキが狼狽える中、仮面の男の方も困惑したような声を上げるとバリアによってユキへと振られていた刀を一度離しつつ飛び退いて距離を取る。
ユキは仮面の男が困惑しているのを見てすぐさまその隙を突くと男へと全力で体当たりした。
「やああっ!」
「その程度の不意打ちで……ッ!?」
その瞬間、もう一度ユキの胸の辺りで発光した白い吹雪のようなオーラがユキに纏われると男は吹き飛ばされる。そのままユキは自分に起きた謎現象を理解するよりも先に男を置き去りにすると同時にカバトンの方へと走っていく。
残された男は立ち上がると少し驚いた顔つきになっていたが、胸の中で禍々しい波動が少しだけ共鳴したのを見て笑みが浮かんだ。
「……あの女、俺の持ってるこの力と共鳴する力の持ち主。……ふふっ。だとすればここで仕留める必要は無いな。きっとあの女は俺の強敵となってくれる。せいぜい楽しませてもらうとしよう」
仮面の男はそう言ってまた紫のトンネルを開くと撤退していく事になるのだった。それからユキは急いで街から出ていくとそこには何故か地面に倒れ伏すカバトンと赤ちゃんを腕に抱いたソラが立っていた。
「ソラちゃん、ごめん!邪魔が入っちゃって……って、あれ?」
「もう大丈夫ですよ、ユキさん。この子はしっかり取り返しましたから!」
ソラがそう言うと彼女の腕の中で赤ちゃんが嬉しそうにキャッキャッと笑っている。
「え?でも、あの人相当強そうだったけど……」
「ふふっ、あの人が私に向かって突進してきたので馬跳びをしたら勝手に転んでくれました」
「えぇ……」
少し前、ユキがカバトンの気を引いて時間稼ぎをしている間にソラは先行して街を出ると少しして門を守る兵士達を突進で軽く吹き飛ばして街から出てきたカバトンの正面に回り込む形で待ち伏せ。
それからカバトンはソラも吹っ飛ばすつもりで突進したのだが、それを彼女は馬跳びで飛び越えつつ脚で後ろから後頭部を蹴る形で押し込んだ。これにより、カバトンはバランスを崩してしまう。
後は顔面から地面に突っ込む形で倒れたカバトンがシャボン玉に閉じ込めていた赤ちゃんことエルを手放し、ソラが彼の代わりにキャッチしたのである。
「そっか……良かった。それとごめんね、挟み撃ちにするつもりだったのにこんなにも遅れちゃって」
「いえいえ、ユキさんが注意を引いてくれたからこそ私は先回りできたんです。自分を責めないでください」
そう言って優しく笑うソラにユキは落ち込んだように俯く。結局自分はカバトンからエルを救うための追いかけっこの中では何の役にも立ててないと考えているからだ。
元々、ユキとソラは二人で別れた際にカバトンを挟み撃ちにするつもりであった。そのためのアイコンタクトを最初にしたからこそ、二人は分散してカバトンを追う手を取ったのである。
ただ、ユキの方は仮面の男に邪魔されたせいで結局挟み撃ちにはできず。赤ちゃんもソラが単独で救出したために自分の動きは無駄であったと考えたのである。
「ユキさんは十分頑張りましたよ。それに、最後はちゃんと来てくれたじゃないですか」
ソラにそう言われてユキは頷くと答えを返そうとしたその時。ソラによって転ばされたカバトンが起き上がってソラを指で指す。
「ぐぬぬぬ……さっきから聞いてりゃこのカバトン様の事を無視しやがって。特にお前、誰なのねん!」
「え!?急に名乗れって……そんな事言われても……」
「お前には聞いてないのねん!」
「ひっ!?」
ユキが慌てた所にカバトンが怒ったような声でツッコミを入れ、ユキはその剣幕に狼狽えてしまう。そんな中でソラは堂々と自分の名前を大きな声で名乗る。
「私はソラ!ソラ・ハレワタールです!」
「ソラちゃん、名乗っちゃうんだ……」
「ぐぬぬぬぬぬ、ソラ!お前の名前は覚えたのねん!何故ならお前の墓石に刻む名前が必要だからなのねん!」
名前を名乗ったソラに対してカバトンはそう言いつつ、突如として後ろを向くと自らの尻をユキやソラへと向けた。それを見た二人は何をするのか分からずに一瞬止まってしまう。そして、それが命取りだった。
「ウェルカムトゥ……へブゥ!」
その直後、カバトンはいきなりオナラを噴射。そのままそれは二人の顔面に飛んでいくと一瞬だけ二人は呆気に取られるが、まともにその凄まじい臭さの臭いを喰らって鼻を抑える。
「く、臭ぁああい!ゲホッ、ゴホッ……」
「何食べたらこんなに臭うんですか!?ゴホッ……ゴホッ……」
二人はカバトンからの臭いのせいでその場で咳き込む中、ユキはふと何かに気がつくと慌てて声を上げる。
「ソラちゃん!!あの赤ちゃんは!?」
「……ハッ!?」
二人が慌てて後ろを振り向くとそこには紫のトンネルを開いたカバトンがおり、その手には奪った赤ちゃんを抱えつつ邪悪な笑みを浮かべていた。
「「しまった!?」」
「むふふ。よくも手間をかけさせてくれたが、これでようやく帰れるのねん。あ、それとソラ。お前にはいずれ必ずお返しに行くのねん。今日の所は、さよ・オナラ!」
カバトンは呆然とする二人を尻目にこれ以上何かをされたら困るとさっさと赤ちゃんを抱えたままトンネルの中に入ってしまう。二人は急いでゲートの前に行くと中の様子を見た。
「何でしょうか……これ」
「わからない。でも、凄い嫌な感じがする」
トンネルの中は誰が見ても明らかに危険な色合いであり、この中に入るのには躊躇いが出てしまう。しかし、だからと言ってこのまま立ち往生してばかりでは何も変わらない。
「ソラちゃん……行こう」
そんな中、ユキはそう呟く。ソラはそんなユキを見ると怖さのあまり手が震えていた。
「ッ……」
正直、ソラもこの中に入るのは怖かった。しかし、それでもあの赤ちゃん……エルを見捨てるのはヒーローとしてやってはいけない行いだと感じていたソラはユキの言う通り行くべきだと考えるとユキの話に頷く。
「じゃあ、行きますよ」
「うん。ソラちゃんの背中は何があっても私が守るから」
それから二人は揃ってその中へと突入。中は入り口と同じでとにかく禍々しい紫色をしたトンネルであった。加えて周囲には岩がプカプカと浮かぶ。また、二人が突入した直後にトンネルの入り口はあっという間に小さくなると消えてしまう。
「ッ……帰り道が」
「先を急ぎましょう。あの誘拐犯を見つけないと」
二人がトンネルを移動する中、エルの泣き叫ぶ声が正面から聞こえてくるとカバトンはそんなエルへと怒鳴りつける。
「煩いのねん!良い子にしないとまたシャボン玉の中に……」
そう言ってカバトンが脅しをかける中、二人の声を聞いて急いでやってきたユキとソラが追いついてきた。それからすかさずソラが声を上げる。
「待ちなさい!」
「なっ!?」
「えっ!?」
「ヒーローは泣いてる子供を絶対に見捨てない!」
そんなソラやユキの姿を見た赤ちゃんは安心感からか涙ぐみながらも笑顔を見せる。するとユキは慌ててソラに声をかけた。
「ソラちゃん、行く雰囲気にしておいてこんな事言うのもおかしいかもだけど、何か作戦はあるの?」
「……ありません!」
「何も考えてなかったぁ!?」
ソラがまさかの脳筋思考をしていたせいでユキはオロオロするばかりである。どうにかエルをこの状況から取り返す案を考えるが、咄嗟の事で出てこない。するとカバトンの方も狼狽えながら声をあげた。
「ま、まさかここまで追ってくるとは。さては、お前らもこの子の力が欲しいのねん?」
「「……力?」」
カバトンからの問いに対して二人が何のことか分からずに困惑する。そんな中、ソラはカバトンの後ろで起きている何かに気がつくとカバトンへと声をかけた。
「あ、前!危ないです!」
「……前?」
ソラにそう言われた直後。カバトンが前を向くと既に目と鼻の先にまで迫っていたそれなりの大きさの岩がカバトンの顔面に直撃。
「へぶっ!?のはあっ!」
流石のカバトンも不意打ちで顔面に岩が激突してしまうとタダでは済まないのか、目を回してしまうとエルを手放しつつ回転。そのまま気絶して開いた青白い光のトンネルの中に入っていく。これにより、誘拐犯もいなくなって安全になった。
「っと!」
ソラはカバトンの顔面に命中した岩をこちらも馬跳びのようにして飛び越える。その際にソラの服の胸ポケットに入っていた何かがどこかへと行ってしまうが、そんな事は気にしていられない。
エルの周りにはまだカバトンの顔面に当たった岩と同じようなサイズの物が沢山ある。このままではエルが危険だとソラはまた声を上げた。
「手を!」
「えるぅ!」
それからエルの小さな手をソラが優しく掴んで抱きしめる。これにより、赤ちゃんを奪還する事に成功。それからその背中を優しくさすった。
「ふふっ。もう大丈夫です。パパとママの所に、お家に帰ろう」
「(やっぱりソラちゃんは凄い……考え無しだと思ってたらその間にちゃんとこの子を助けてる……なのに私は……私は……)」
ユキはソラと共に入った所までは良かったものの、自分にはソラの行為にツッコミを入れるだけで結局何もできなかったと考えて劣等感を感じてしまう。
そんな中、エルはソラの胸の中に何かの水色の温かい光を感じたのか安心したような顔をして一度目を閉じた。
「……さて、ユキさん。どうやって帰りましょうか?」
「ズコーッ!?え?もしかして帰る手段とか……」
「特に考えてません!」
「えぇ……」
ユキが困惑していると三人の前に青白い光のトンネルが現れた。その先からは暗い自分達のトンネル内に光が見えていたので恐らく出口だろう。
「あれは……」
「出口……でしょうか?」
「一時はどうなるかと思ったけど、これでスカイランドに戻れる……」
ユキが安堵の声を出すと直後に三人はトンネルを潜る。そして、視界が大きく開けていた。
「……あれ?何も無いね」
「ええ。スカイランドに戻ったのなら周りに何かあってもおかしく無いのに」
そう、二人の視界は思っていた以上に開け過ぎていた。本来なら視界のどこかに映るはずの大地が無く、周りに木々や建物も無い。更に言えば雲があまりにも近かった。スカイランドにも島の下の方に雲はあるが、流石にここまで近くは無い。
「ユキさん、ちゃんと戻って来れたんですよね?」
「そ、そ、そ、ソラちゃん……ししし下!下!」
ソラが呑気にそう言う中、ユキの声は震えると慌てたように顔を青ざめさせていた。
「え?し……た?」
ユキに指摘されてソラは下を向くと足元は陸地では無く、何も無い空気だった。肝心の陸地は遥か下に存在し、その場所に街が広がっている。そしてこれが意味する事はただ一つ。
「ソラちゃん、もしかしてこれ。かなり不味いんじゃ……」
ユキがそう言った直後。割と長めだったギャグ補正による空中静止時間限界に達すると二人はそのまま重力に従って落下を開始してしまう。
「ぇええええ!?」
「な、何でぇええ!?」
もうこうなってしまえばこの三人にはどうすることもできない。ユキとソラは情けない声を上げながら眼下に見える街へと目掛けて落ちていくのだった。
また次回もお楽しみに。