体の痛みや疲労感を忘れるようにして眠ったユキが目を開けるとそこは一面雪景色に覆われた凍てつく世界だ。
「ッ!?寒い……」
その空間の中では吹雪が吹き荒れており、ユキの身も心も凍り付かせようとするばかり。幸いだったのはユキがローブを着込んでいて寒さに対する耐性が多少あった事だ。
「ううっ……何、ここ……」
身一つでこの吹雪の世界に投げ出されてしまったユキ。吐息は白く凍結し、踏み締める雪には確かな感触を感じ取れる。
「ッ……冷たい。私、確かましろちゃんの家のベッドで寝たはずなのに」
ユキはこんな所で寝た覚えなんて無い。それに、今の時期に雪は降らないはず。それなのにこんな何も無い雪化粧をした吹雪が吹き荒れる大地に一人投げ出されて困惑するばかりである。しかも、ユキの心は寒さからか、少しずつ体の芯から冷え込んでいくと蝕まれてしまう。
「ッ、早くここから出ないと。こんな冷たい所、いつまでもいられないよ……」
ユキはどうにか温かくなれる場所を探して雪の大地の上を彷徨う。しかし、吹雪のせいで方向感覚は失われると自分が今どこにいるかさえもわからない。
「ダメ……体温がどんどん奪われてる。寒い……」
ユキの顔色はすでに青ざめて今にも倒れそうになっており、体も冷え込んでいるせいで低体温症になりかけている。吹雪には風もあるせいで体感温度は気温の数字以上に低い。足取りは徐々に重くなるとユキはどんどん動けなくなっていく。
「どうしよう、どうしよう……こんな誰もいない所じゃ……せめて、風を凌げる所……」
ユキが凍えそうな体をどうにか動かして先に進もうとする。しかし、もう完全に体は冷え切って動くことさえままならない。
「嫌、お願い……誰か、誰か」
ユキの意識が消えかけたその時。突然寒さで赤くなった彼女の耳へと何かの声が聞こえてくる。それは一人の大人しそうな少女の声だった。
『……あなたがアラーレ家の末裔ね』
「え……あなたは?」
『私の事なんてどうでも良いでしょう?もう死ぬかもしれないのに』
「ッ……」
少女はまるでユキの事を試すかのような言い回しである。そんな現状にユキの心には焦りの気持ちが生まれてきた。
『……今のあなたでは力を受け取るのに相応しく無い。手にした力を無駄にしてしまう。そんな人間に私の力を預けるなんてできない。だから諦めなさい』
吹雪の中、風に混じる形でどこからともなく聞こえてくる声。ユキは周囲を見渡して声の主をどれだけ探しても見つからない。見えるのはただただ吹き荒れる吹雪によって視界が塞がった大地のみである。
「ううっ……」
『どれだけ力を望んでも無意味よ。あなたはキュアスカイの足手纏いでしか無い。少なくとも、ここに呼ばれた意味を理解しない限りは』
ユキは意味がわからなかった。いきなり吹雪の世界に飛ばされて、今にも凍え死にそうで。唯一聞こえてくる声は自分へと冷たい言葉を吐いて自分を追い詰めようとしてくる。
「私を呼んだ意味……そんなの、そんなのわかんないよ……」
ユキの思考は吹雪のせいでどんどん鈍っている。そんな中で上手く考えが纏まるはずがない。
『そんな何も無い場所で寒さをまともに受けて……迷惑になるからと誰の手も借りたくなくて。その思考はあなたの身を滅ぼす』
「ッ……」
ユキはその言葉を聞いて目を見開く。それでも何も言い返せない。少女からの言葉は全て正しいのだ。
「助けが貰えるなら欲しいよ……。でも、私なんかのために誰かの手を煩わせるなんて……」
『そういう所よ。あなたが相応しくないって言ってるのは。そうやって一人で我慢して溜め込んで。……あなたがその選択を続けるならきっと後悔する日が来るわよ』
ユキは息を呑むと脳裏にある光景が浮かぶ。周囲には悪意の目を向けてくる自分と同じくらいの年齢の人達。近くではソラが押さえつけられており、ユキの目は絶望色に染まっていた。
「私が後悔する分には良いよ……。自分の身を犠牲にして皆が笑っていられるのなら……」
『そう。……じゃあそうやって一人で足踏みしてなさい。改めて言わせてもらうけど、そんな風に考えている間はあなたに私の力は使いこなせない』
少女の声が冷たく響くと吹雪は更に強くなる。まるで今のユキを拒絶してしまうかのように。
「ッ!?……ダメ……ダメだ、意識が……」
ユキの視界がぼやけ始める。とうとう肉体的な限界に達してきたのだ。ユキはその場に座り込んでしまうと足元から体が凍り始めてしまう。
『あなたは自己犠牲の気が強すぎる。本当に……あの子を見てるみたいで嫌になるわ』
「あの……子?」
『……私も正直、あなたのその考えを真っ向から否定するつもりは無いわ。誰かのために頑張る事はこの力を得る上で決して悪いことでは無い』
「だったら……何で……私は、ソラちゃんを、友達を助けたいのに」
『ダメよ。少なくとも、今のあなたに渡すつもりは無い。他人を重視するあまり自分を過剰に殺してまで助けようとするような子に……友達を笑顔にする資格は無い』
少女に何度も容赦無く自分の気持ちを踏み躙られて、更に吹雪による寒さで肉体的にも追い詰められたユキは今にも心が折れてしまいそうになる。そして、遠のく意識の中で溜め込まれていた胸の気持ちを吐き出した。
「あなたに……私の何がわかるの……?あなたに……あなたに」
『わかるわ。だって、幼い頃からずっとあなたを見てきたんだから』
その言葉を聞いた直後、ユキは目を覚ましてガバリと起き上がる。そして、今の話が全て夢だったと自覚した。
「はぁ……はぁ……」
ユキは先程まで寒気を感じていたにも関わらず、自分が悪夢にうなされて汗をかいていたのを感じる。
「今のは……痛っ……」
ユキはずっとベッドの上にはいられないために体を動かすと昨日の怪我が痛んで顔を歪める。
「うぅ……。少し痛みは引いたけど……」
ヨヨの薬のお陰で体の怪我はマシにはなったものの、やはり完治には程遠い。どうにか起き上がると一人で思考を開始する。まず、夢に出てきた少女と思われる声の主についてだ。
「あの声……本当に誰だろ。聞いた事無い声だった……」
ユキの知っている狭い交友関係を考えてもあの声と一致する少女のような声に心当たりは無い。
「……何でわかってくれないの?私はただ本当の気持ちを言ってるだけなのに。皆を守りたい気持ちは……嘘なんかじゃ無いのに」
するとユキの目には涙が溢れ出てくる。先程の会話で自分の事を何も知らない少女に自分の信念を根底から全て否定されてしまった。
「自分を犠牲にせずに誰かを助けるなんて……そんなのできっこ無いよ。あの怪物を相手に、自分が怪我せずに力になるなんて……」
ユキは胸がどんどん苦しくなると頭を抑える。それと同時にある答えも脳裏によぎってきた。
「私なんかには、私なんかには力を与えるような価値さえも無いってことなのかな……」
ユキの心は少しずつ曇っていくと涙はとめどなく溢れていく。心だけでなく、怪我の方の傷が痛むのもあってユキは弱りきってしまう。すると、そのタイミングでユキのいる部屋がノックされた。
「ユキちゃん、起きてるかな?」
「ッ!?」
声の主はましろでユキはそれを聞くと慌てて流れていた分の涙を拭き、泣いていた事を隠しつつドアを開けた。流石に泣いたせいでできた目の充血はどうにもできない。それに目が行かないことを祈りつつユキはましろと会話をする。
「お、おはようましろちゃん」
「おはよう。どう?傷はまだ痛む?」
どうやらましろはユキが泣いた事には気がついてないらしい。それを踏まえた上でましろから投げられた質問に彼女を不安にさせてはならないとユキは痛みを誤魔化す事にした。
「だ、大丈夫だよ!ほら。全然平気……うっ!?」
案の定、体は正直過ぎるぐらいの反応を見せた。そのせいで傷はズキンズキンと痛む。特にお腹の痣は一際鈍い痛みを与えた。それを見てましろは慌てる。
「もう、ユキちゃん。心配させたくないのはわかるけど痛いのを我慢したらダメだよ?こういう事は素直に言わないと怪我を悪化させる要因だからね?」
「はうぅ……ごめんなさい」
それからユキはまた部屋のベッドに逆戻りし、寝かされるとまた救急箱を持ってきたましろの手によって手際良く湿布や包帯を取り替えられる。
「ユキちゃん。どうしてそんなに卑屈になるかわからないけど、ここはユキちゃんの事を大事にしない人は誰もいないんだから。もっと私達を頼ってね」
「……」
ユキはましろからのその言葉に頷き返す事ができなかった。どれだけ言われても、自分の行動のせいで他人に迷惑をかけてはいけない。その気持ちや考え方があまりにも強すぎたのである。
「それじゃあ、私はこれから朝ご飯を作るからここで絶対安静でいてね」
「うん……」
「あ。あとそれと、こっちで過ごすために必要な着替えのジャージはそこに置いてあるから」
「ありがと……」
「じゃあ後でね」
ましろにそう言われてユキは小さく頷く。ましろはそれを見て部屋から出ていくとユキは一人また不安に押し潰されてしまいそうになった。
「ましろちゃん。こんな私を心配してくれてる……。……きっと今のままじゃダメだ。またあの怪物が出たら足手纏いになる。……お願いだから、私に力を貸してよ……」
ユキは自分が幸せ者だと改めて認識した。だからこそ、こんな自分に手を差し伸べてくれる人達を守らないといけないという使命感に駆られていく。結果的にユキはまた一人で夢の事を抱え込んでしまうのだった。
それから暫くして。ユキは朝食ができたタイミングで呼ばれる事になり、ソラやましろ、アサヒ、エル、ヨヨと下で食事を摂ることになる。
「うまぁああ……何ですか、この魚!?臭みが無くて歯応えプリプリ!甘みがブワーッと口の中に広がって……目の前に大海原が広がるようです!」
「グルメレポーターかな?」
ソラは朝食として出された鮭を頬張るとあまりの美味しさに絶賛。とても饒舌に褒め称え始めた。そんなソラを見たましろは苦笑いしながらツッコミを入れつつ、自分が抱えているエルへとミルクを与える。
「ぷはぁっ!」
「いっぱい飲むね!粉ミルク買い足しておいた方が良さそう。あ、そうだ」
そして、ましろはエルの背中を撫でてゲップさせると嬉しそうな顔つきになった。
そんな中、ユキは一人初めて見るこちらの世界のご飯と睨めっこ。どうやら見慣れてないご飯だと味がわからないので不安になってるようだ。
「うぅ……」
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ?」
「毒なんて入れてないし、むしろ普通に美味しいからな?」
「そうです!ユキさんも食べてください!美味しいですよ!」
「う、うん……」
三人に促されたユキは意を決して梅干しを掴むとそれを口の中に入れようとした。
「あ、ユキちゃん!それは……」
「は……むっ……!?す、酸っぱい……」
ましろが止めようとしたが時既に遅し。ユキは梅干しの酸っぱさに悶絶してしまっていた。流石に初めての異世界飯でご飯無しでの梅干しは厳しいようだ。
「あはは、梅干しはまだハードルが高かったかな~」
「大丈夫ですかユキさん?お口直しのお茶です!どうぞ!」
「あ、ありがとソラちゃん」
ユキは差し出された湯飲みを受け取るとそれを飲む。すると先ほどまで感じていた酸味が和らぎ舌の感覚が戻ってきたようだ。
「ふぅ……」
そんな中、ユキの表情がコロコロ変わるのを見たアサヒはユキの方を何故かボーッとした顔つきで見ていた。
「……アサヒ君?どうしたの?」
「え?いや、別に。ちょっと眠気でボーッとしてただけだから」
「それなら梅干し食べる?」
「大丈夫だ。ゆっくり目を覚ますから」
アサヒはユキに指摘されると多少取り乱し、ましろに梅干しを勧められるとそれを却下。そんな彼の顔は気恥ずかしさからか、少しだけ赤くなっているように見えた。
「(ッ……。ヤバい。昨日は意識してなかったけど、感情豊かなユキさんの顔見てると微笑ましい気持ちになってしまう。ひとまず落ち着かないとだな)」
アサヒはひとまず三人にバレないように深呼吸をして気持ちを落ち着かせる事に。
「ふふふ…慌てないでゆっくり食べてね」
そんな四人の団欒の様子をヨヨがニコニコしながら見守っている。それから朝食を食べ終わるとソラが皿を洗い、ましろがヨヨから財布を受け取っていた。
ユキは怪我の事があるからと休むように言われ、アサヒはそんなユキに異変があったら大変だから一応見ていてほしいという事で二人はリビングの方で少し距離を空けつつ座っている。そんな中、ユキは一人でまた夢の事を考えていた。
「ユキ?大丈夫か?」
「ふえっ!?だ、大丈夫だよ。ほら、私は全然……」
ユキはいきなりアサヒに声をかけられてビックリしたのかビクンと肩を跳ね上げる。それから思いっきり取り繕った。
「……ユキは自分の弱い事を見せたがらないんだな」
「ごめんね……」
「良いよ、誰にだって見せたく無いことはある。でも……いつか俺達が信用できるって思った時に教えてくれたら嬉しいな」
「……うん」
そう言われてユキは俯く。また心配をかけてしまった事を気に病んでいるらしい。……ここはユキにとっては温かい場所だ。だからこそ、ユキはそれを壊さないように気を使っている。アサヒからはそんな風に感じ取れるのだった。
また次回もお楽しみに。