ユキが早速クラスメイトと馴染み始め、ソラがそんなユキに嫉妬心を抱いてしまう中、チャイムが鳴ると授業に入る。まずは国語の時間だ。雑木林が黒板に幾つものことわざを書いていくとその中の“千里の道も一歩”からということわざがあった。
「今日はことわざについて学ぶが、“かわいい子には旅をさせよ”の意味は本当に子供の為を想うなら、世間に出して苦労させた方が良いという事だ」
「なるほど、ヒーローの心得に通じる物が多いですね」
「うん……ソラちゃんが好きそうな物ばかりだよ」
ユキやソラはこちらの世界のことわざがヒーローとしての心構えに当てはまる物が多いという事で興味深そうにノートを取っていた。
「じゃあ、この意味がわかる人は手を挙げて。“千里の道も一歩から”」
すると、雑木林がことわざの意味を知っているかの質問を投げかけた。そしてそれはソラが前にましろからことわざの意味を教えてもらったばかりである。
「(その言葉はましろさんに……ッ!?)」
しかし、ソラは手を挙げかけた所で自分が目立たないようにすると決めた事を思い出す。
「(危ない危ない。また目立つ所でした……)」
「(ソラちゃん……)」
ましろはそんなソラに不安そうな目線を向ける。まるで今のは無理して自分を抑えているようにも見えたからだ。そして、そんな中でソラとは対照的にユキが手を挙げる。
「お、じゃあユキさん」
「えっ……」
雑木林が手を挙げているユキが当たったとの事でソラは思わずその方を向いてしまう。その間にもユキは立ち上がって答えを発表した。
「え、えっと、“どんなに大きな目標だったとしても、まずは身近な事から始めて地道に努力を重ねていくことが大切”……です」
「その通りだ。ユキさん、よく知っていたね」
「はい、この前アサヒ君から教えてもらって……」
ソラはましろに教えてもらったあの時のユキはオーバーワークをしていた影響でいなかったはずだと考えたが、あの後彼女もアサヒ経由でいつの間にか勉強していたらしい。そして、ユキが問いに対して正解したために雑木林は更に付け加える。
「そうだったか。皆、ユキさんに拍手」
「ユキちゃん凄い……」
「海外暮らししてたのにもう日本のことわざを勉強してたんだ」
ユキはクラスメイトから褒め言葉や拍手を受けてとても心が温かくなっていくのを感じた。ユキが席に座るとアサヒへとそっと話しかける。
「アサヒ君、こうして正解できたのもアサヒ君のお陰だよ。ありがと」
「ああ。でも勉強したいって言ったのはユキだし、俺はちょっと手伝っただけだよ。それに、今回の事が役に立って良かったな」
「うん!」
「ッ……」
ユキは嬉しそうにアサヒへと笑顔を向ける。そして、ユキの笑顔を受けたアサヒは胸がドクンと高鳴った。アサヒはその鼓動に少し驚きつつ胸に手を当てる。しかし、今絶好調状態のユキに気にされるのも嫌だったためにすぐに平静を装った。
「(何で……ユキさん、あの時はいなかったはずなのに。それに……さっきからどうしてユキさんばかりが……)」
ソラは先程からユキだけが持て囃されている事に少しずつ心が苦しくなってしまう。何しろ自分は目立たないようにすればクラスに馴染めると思っていたし、実際にそうするべきだと考えていた。
しかし、何故か逆に目立ちまくっているユキの方がクラスメイトからの心証が良くなっているのは誰の目にも明らか。ソラにはどうしてもそれが納得がいかない様子だった。
「(兎に角、馴染むには目立たない事……目立たなければスカイランドの事を言わなくて済みます。きっとそれが最善なはずなんです)」
ひとまずソラは気持ちを切り替えて授業に集中する事にした。それから時間が経って授業後の休み時間。ソラはユキの元へと行くとどうしてそんなに目立つのを恐れないのかを聞く事にした。
「ユキさん、その……ってうわあっ!?」
しかしそんな時、ソラが話しかけるよりも早くクラスメイト達がユキの周りに多数集まるとソラはその勢いに負けてしまう。そしてユキは困惑したような顔でクラスメイトに反応した。
「え!?え!?皆どうしたの?」
「凄ごいよ、ユキさん!海外暮らしだったのにこっちのことわざがわかるなんて……」
「あはは……偶々教えてもらった事が当たっただけで……」
「むむ……そういや、アサヒと同じ家で過ごしてるんだよなぁ。前々からましろさんと一緒に暮らしてるって聞いてたけど、アサヒ……羨まし過ぎる」
「ええっ!?」
ユキはまさかの自分と一緒に暮らすアサヒに対しての嫉妬の声も聞こえたために思わず唖然としてしまうが、概ねユキへの褒めの言葉ばかりが飛び交った。
「ユキちゃんってもしかして頭良かったりするの?」
「そ、そんな事は無いよ。むしろ、さっきのが本当に偶々でわからない事の方が多いくらいで」
「そっか。だったら今度ユキさんがわからないって事があったら言って。俺達でフォローするから!」
「ユキちゃん、もし困ったら私達の事も頼って良いからね」
「ッ……うん!」
そう言ってクラスメイトから沢山褒められる間にユキの心はどんどん開き、温かくなっていく。クラスメイトはもう完全にユキを受け入れていた。これはユキのビジュアルのみならず、性格に関してもクラスメイトに刺さった所が大きい。何しろ成功してもそれを自慢せずに謙遜し、控えめでいるために周りのクラスメイト達は保護欲を掻き立てられているのである。
「(どうして……こんな事に)」
そんなユキを見たソラは心が急に冷たくなっていく。何しろつい先程まで友達ですぐ隣にいたはずのユキがクラスメイトと仲良くなってどんどん遠くに行ってしまう。ソラは一人だけクラスに馴染んでいくユキを見てモヤモヤとした感覚に見舞われる。
「ソラ……ちゃん?」
「……大丈夫です。これも自分で決めた事……だから。だから寂しくなんてありません……」
そんなソラを見たましろはソラへと何かを言おうとするが、次の授業のための準備も控えていたために何も言うことができなった。
そして、同時に同じユキが遠くに行ってしまう感覚を感じている者がここにもいた。
「ユキ、ひとまず心配したような事にならなくて良かった。……けど」
アサヒの中にはモヤモヤとした感覚が渦巻き始めており、胸に手を当てると少し息苦しさも感じてしまう。するとそんな彼にひかるが声をかける。
「虹ヶ丘、何一人でそんな思い詰めてるんだ」
「は?ひかる……今の俺、そんな風に見えるか?」
「ふーむ、俺のアニメの知識によるとそれは仲の良い異性が別の人達とよく絡むようになって感じる嫉妬だからな。今の虹ヶ丘の思ってる感情はそれに近いと思うぞ」
ひかるに言われてアサヒは少し考えるが、自分の気持ちが嫉妬だと言われて何となく納得できる自分がいた。
「……確かに言われてみたらそうかも。だけど……まだユキはクラスメイトと馴染んだばかりだし、無理矢理止めるのもなぁ」
アサヒは折角ユキが心配していた学校生活で上手くやれているのにそれを自分の我儘のせいで台無しにするわけにはいかないとギュッと干渉したい気持ちを抑える事になる。
それからアサヒ達は次の授業へと映る。それは体育の授業であり、男女で別れてそれぞれの更衣室で着替えると校庭に集合して授業開始となる。そして、今日の種目はスポーツテストだった。
「ソラちゃん、ユキちゃん。スポーツテストはやった事ある?」
「はい、ちょっと自信あります」
「うん、私も。あ……だけどソラちゃん相手には勝った事が殆ど無いからなぁ」
「だけど、二人なら普通に上位を独占とかできるだろ」
「そうだね!いつも鍛えてるし、きっと良い記録が……」
ユキもソラも身体能力が飛び抜けて高い。何しろランボーグ相手に生身のまま立ち向かえるくらいだ。勿論勝つのは無理だが普通に対応できるだけでも並の中学生にはできない事のだ、中学生離れした身体能力持ちという事実は変わらない。
「いえ。自信はありますが、あまり目立たないように皆さんの丁度真ん中くらいを狙います」
「えぇ……」
「ッ、ソラちゃん……私はソラちゃんと本気の……」
「では、私の番なので行きますね」
ユキはソラの宣言に対して本気で来てほしいと言おうとするが、ソラはユキの言葉に耳を傾ける事なく行ってしまう。
「よーい……」
それからソラの50m走が笛の合図と共にスタート。ソラは周囲の同級生達が走るのに合わせてわざとペースダウン。ゆっくりと走っていた。それを見てユキは悩んでしまう。
「(どうしよ……ソラちゃんがゆっくり走ってるのに私が速度を上げたら……)」
「……いや、多分気にしなくて良いよ」
するとアサヒがユキにそっと話しかける。それを聞いてユキは不安そうにアサヒを見るが、彼は特に普通の顔つきで話を続けた。
「ソラはソラのペースで走るし、ユキはユキのペースで走る。ユキにその気があるなら本気で走って良いだろ。それに……」
アサヒにはある予感があった。そして、それはすぐに現実の物になってしまう。
「(真ん中……真ん中……ん?)」
そんな時だった。ソラの視線の先にある光景が映る。それは、スポーツテスト中に転んでしまったのか。右肘に怪我をしてしまった女子クラスメイトの姿だった。そしてその瞬間。ソラの中にあるヒーロー気質が疼いてしまう。
「痛たた……転んじゃった……」
「ッ!!」
その瞬間、ソラは地面を強く踏み込むと一気に急加速。転んだ子の元に駆け寄ると心配するように話しかける。
「大丈夫ですか?」
「へ?う、うん……ちょっと擦りむいただけだから……」
「ホッ……それは良かったです」
ソラはその子が無事だと知って安心する。……ただし、駆けつける際に全力を解放してしまった事にワンテンポ遅れて気がついてしまう。
「……あっ!」
「ソラちゃん早過ぎ……」
「この学園の新記録だ……」
クラスメイト達がソラに拍手を向けると彼女は目立ってしまった事に慌ててしまう。
「あわわわっ……つ、つい心配で全力を……」
そして、それを見ていたユキは結局途中から本気を出したソラに唖然としていた。
「え、えっと……これって」
「な?何だかんだでソラは全力でやっちゃうんだよ。だからあまり気にするなって」
「うん……頑張ってみる」
「っと、今度は俺だな。それじゃあ走ってくるね」
それから先にアサヒがクラスメイトの男子勢と共に走る事になる。そして、彼もまた合図と共に走り出した。すると順番じゃ無いひかると軽井沢がアサヒの走りを見て何かに気がつく。
「あれ?虹ヶ丘……走るの速くなってないか?」
「軽井沢もそう思うか?俺も同じ事考えてた」
二人だけで無い。周りの男子達もアサヒの走りが去年の走りと比べて明らかにスピードアップしていると思ったのである。勿論ソラみたいな爆発的スピードは出せていない。トレーニング期間がまだ1ヶ月かそこらなのでせいぜいいつもより気持ち速い程度くらいだ。
それでも、クラスメイト達はアサヒも速くなってる事にユキの存在が関わっているのだと容易に察せられた。
「さっきのソラちゃんも凄かったけど、虹ヶ丘君も速くなってるよね」
「ええ、もしかして虹ヶ丘君も」
「うん。ユキちゃんやソラちゃん達と朝のランニングするようになったんだ」
ましろがこのタイミングで仲田や吉井にアサヒもランニングをするようになったとカミングアウト。それならこの結果にも納得と言わんばかりに頷いた。
「あ、もしかしてましろんも?」
「えっ、私?でも私はそう大して変わってないよ〜」
「え〜ホントかなぁ……」
「本当だって!」
この後ましろも走ったのだが、アサヒと同様で彼女もちゃっかり少しだけ脚が速くなっていたのは余談である。
それはさておき、順番が巡ってユキが番50m走を走る事になった。グループ分けとして女子のラストである。
「よーい……」
「(全力……全力!)」
ユキはアサヒに促された事もあって最初から本気で走るつもりだった。勿論クラスメイトの目やソラが最初から本気を出してない中で全力を出すのは抵抗感があったのだが、それでも全力で走りたいと自分の気持ちがそう言ったために本気で走る事になる。
そして、赤い旗が挙げられた瞬間。ユキは初っ端からトップスピードを解放。その速度はソラと同じかそれ以上の物だった。
「えっ……」
「ユキちゃ……あっ!?」
そして、ストップウォッチ担当の子があまりのスピードにタイマーを止めるのを忘れてしまうくらいの中学生離れした速度でゴールイン。その結果、ストップウォッチの止め忘れによる1〜2秒のタイムロス込みでもソラよりも速い結果が表示されていた。
これは、最初から本気を出したユキと最初はゆっくり手加減していたソラとの差だろう。
「待って、ユキちゃん……速すぎない?」
「うん……それに……ユキちゃんごめん!あまり速すぎるからタイマー止めるのを忘れちゃって……」
「大丈夫ー!全力で走るの、気持ち良かったから」
ユキは久しぶりに全力ダッシュをやったのが気持ち良かったのか、ストップウォッチの止め忘れが起きたなんて些細な事は気にしていなかった。
そして、ソラよりもタイムが速かったという事でユキは新記録を更に塗り替える結果となり、またユキの周りには人が集まっていく。それを見たソラは胸がキューっと締め付けられる気持ちとなり、同時にユキに友達になりたかった子達を取られた悔しさから拳を握り締めた。
「またユキさんばかり……何で……私だって、私だって本当は……」
「ソラちゃん……」
ましろは今回の拳でソラの精神に大きなダメージが入っていると感じるとどうにか彼女を宥めようとするが、ソラは深呼吸して大丈夫だと言い聞かせて心を落ち着かせる。
「でも、このままじゃきっと……」
ましろはユキが活躍してクラスに馴染めている事は嬉しかったが、このままではソラの心が保たないと感じてどうにかする手を考えるのだった。
また次回もお楽しみに。