エルの掴まり立ちを見届ける中で倒れそうになったエルを一緒に助け出したソラとツバサ。その際にエルの成長を自分の事のように泣いて喜ぶソラを見たツバサは目の前にいるソラ、そしてその前に少しだけ話をしたユキを信じてみる気になると彼女達をとある部屋に案内する。
ちなみにソラは流石にパジャマから私服へと着替えており、髪もいつものサイドテールになっていた。
「ここです」
「この部屋って……」
ツバサが向かったのはずっと入り口に鍵のかかった開かずの扉の部屋だった。そしてツバサはその部屋の鍵を持っており、恐らく彼の部屋なのだと推測できる。
それから一同が部屋の中に入るとそこには棚一面に大量の本が詰まっており、まるでそれは何かの研究室に近かった。
「えるぅ〜!」
「ずっと鍵がかかってたからてっきり空き部屋かと……」
「だけど、正体を知られたらいけないツバサ君やヒョウの部屋だって考えたら納得できるよね」
「あ……すみません。実はヒョウの部屋はまた別であって……」
それから二人が記憶を辿ると確かに同じような鍵がかかった部屋があったと思い出す。そして、このツバサの部屋には沢山の本棚とそこに詰められた本。更に部屋の真ん中にある机には黄色い飛行機の模型。
天井にも飛行機の模型がぶら下がっている事からツバサは飛行機好きであるという事実が浮かび上がってくる。
「ふふっ、ここは私が用意したツバサさんの研究室よ」
「「研究……」」
研究という事は何かしらを学んでいるのだろう。それについて二人が何を学んでいるか疑問に考えているとツバサが本棚から一冊の本を手に取る。
「航空力学」
「「コウクウ……」」
ツバサが持っているのは航空力学と呼ばれるソラシド市側の世界の理論だった。……ただ、まだソラシド市に来てから2〜3ヶ月くらい経てば良いくらいのユキやソラからすると航空力学なんてまだまだわからない。
「ユキさん、ソラさん。飛行機を知ってる?」
「へ?まぁ、テレビで見た事くらいは……」
「鉄の塊が空を飛んで人々を運ぶんですよね」
「鉄の塊……」
ユキの例えである鉄の塊というワードにツバサが少しだけムッとするが、自分も当初は同じ認識をしていたために他人の事は言えなかった。
「その飛行機を飛ばすための学問が航空力学よ」
「飛行機を飛ばす……。そっか、飛行機は鳥さんと違って羽ばたかないから……」
「ユキさん、良い所に目をつけますね!」
するとユキの考えに先程までのムッとした顔はどこへやらと言わんばかりに興奮した顔つきになるとヨヨが話を続ける。
「飛行機を飛ばすために必要な風の向き、強さ、翼の角度」
「こちらの世界の人達が空を飛ぶために長い時間をかけて編み上げた学問です」
ツバサの解説を聞きながらソラはどうにか理解しようとするが、ただでさえ初耳の単語なのに目の前の本にはまだユキもソラも覚えてない漢字が大量に羅列している。そのせいで全く理解が追いつかなかった。
「えっと、ソラちゃん。無理にこの本を理解しなくても良いんじゃないかな。まだ私達、この世界の漢字とか全然わからないから……」
「すみません……」
「ツバサ君、話を止めちゃってごめんね。続きをお願い」
「あ、はい。この航空力学をボクは一年をかけて勉強してきました。スカイランドに帰らなかったのはそのためです」
どうやらツバサがスカイランドに戻らなかったのはこの世界にしか存在しない学問……航空力学を学ぶためだったようである。しかし、航空力学という知識は飛行機が存在しないスカイランドでは全くもって必要無い知識にも思えてきたユキとソラ。そのためツバサへとその点を質問する。
「えっと、どうしてそんな勉強を?」
「うん……スカイランドには飛行機が無いし……あっ、もしかしてスカイランドで空を飛ぶ乗り物を作りたいとか!」
「それは違いますね……」
ユキが予想した事はハズレでありツバサが首を横に振る。それなら何だろうと考えているとツバサが二人と向き合って真剣な顔つきを見せた。
「……約束してください」
「「うん?」」
「……本当の事を言っても、笑わないって」
ツバサはまるで二人に念を押すように真剣な顔つきとなると話しかける。恐らく、ツバサがこれから話そうとしている事をこれまでに他の人から何度も笑われたのだろう。そして、ユキは自分一人が周囲の人から嫌われる事例を身を持って体験したためにすぐに彼の言葉に向き合う覚悟を決めた。
「うん、良いよ。ソラちゃんも良いよね?」
「はい。私もツバサ君がどんな事を言っても笑いません」
二人の了承を得た上でツバサは頷くと一人この部屋の窓際に向かって歩き始める。そして、窓の外……その上の方を見つめるとそこには一面の空が広がっていた。
「……ボクは、空を飛びたいんです」
「ッ……!」
「空を……飛ぶ」
空を飛ぶ……それは人間への変身が可能で尚且つ元々の種族上鳥であるツバサにとって一見簡単そうな話に思える。しかし、今の感じだとツバサは空を飛ぶ事ができなさそうな言い回しだ。これにはツバサ個人のと言うよりは、ツバサの種族……プニバード族が抱える大きな身体構造上の欠陥が大きな壁として立ち塞がっていた。
「ボクが空を飛びたいと思ったのは幼いある日の事です」
〜回想〜
数年前、ツバサがスカイランドにいた頃の事。この日はツバサの父親であるカケルが描いた絵がスカイランドの王様の都での展覧会に使われる事になったようで。その絵を描いた本人のカケルと息子のツバサの二人で遊覧鳥に乗って都に向けて移動している所だった。
「うひゃーっ!王様の都で展覧会!お客さん。アーティストってやつかいな?」
尚、この遊覧鳥はユキとソラが田舎から都に出る際に乗っていた個体と同一個体なのだが……それは一旦さておこう。
「ただの売れない絵描きですよ」
「アンタらプニバード族は大したもんやなぁ!人間に変身できるし、アートもできる!鳥なのに!」
「でも飛べない。鳥なのに……」
そう。この会話に出た通り、プニバード族という物は鳥であるにも関わらず空を飛ぶ事ができないのだ。そのためツバサが空を飛びたいと言う事自体は何も問題は無い。
「あー、まぁそこは適材適所やわ」
「ですね〜」
スカイランドには様々な種族の鳥がいる。二人が適材適所という言葉で納得している通り、プニバード族は飛べない事を悲観しているわけでは無さそうだった。
それからゆったりとした空の旅の途中。突如として正面から凄まじい量の向かい風が吹いてくると不意を突かれた事もあって遊覧鳥は体を傾けてしまう。そして、まだ幼いツバサは経験不足から遊覧鳥にしがみつくという事ができずにその上から転げ落ちると上空に放り出されてしまった。
「あっ!?」
「ツバサ!?」
「お父さん!!」
そして、飛べないプニバード族が一度こうなってしまうともう成す術が無い。一応どうにか飛ぼうと抵抗するが、上手くいくはずも無く。
「うわぁあああっ!?」
ツバサは下へと向かう重力に従って落下を開始してしまった。しかも更にタイミングの悪い事にこの場所は周囲に他の浮島が無い。海で例えるなら太平洋のど真ん中で海の中に落ちて泳げずに沈むような物だ。
こうして、ツバサはちょっとした事で命の危機に瀕してしまったのである。
〜現在〜
場面は一旦戻って現在。改めてツバサの口からプニバード族が飛べない鳥だという点が話題にされた。
「知っているでしょう?ボク達プニバード族が世にも珍しい空を飛べない鳥だって事は」
「……はい。大昔、人間に変身する力と引き換えに……飛ぶ力を失ったって」
「空を飛べないって事はツバサ君、かなり危険な状況になってるんじゃ……」
「そうですね……。あの時は正直、本当に死ぬと思いましたよ」
ツバサはそう言いつつ再度窓の外の空を見上げながらあの時の事を思い出す。
〜回想〜
ツバサが遊覧鳥から落下してしまうと眼下に広がる雲海の中に入ってしまう。
「ぐうっ……えらいこっちゃ!?」
遊覧鳥も自分を信頼して移動手段にしてくれている以上はどうにか助けに行くのが筋であった。ただ、正面から吹き付ける凄まじい風はまだ止まらない。そのためどうにかして自分の体を制御するので手一杯だった。
「こうなったら……ふん!」
するとどうにかこの遊覧鳥にしがみついていたカケルだったが、彼は覚悟を決めると落下してしまったツバサを助けるために自ら遊覧鳥の背中から飛び降りる。
「ちょっ!?お客さん!?」
勿論そんな事をすれば遊覧鳥も驚き、慌ててしまう。しかしそれでもカケルには自分の息子の窮地を見て助けに行かないという選択肢は無かった。
「うぉおおおっ!」
そのままカケルはツバサが落ちていった雲海の中に飛び込むとどうにか飛ぼうと小さな翼をパタパタと動かすツバサの元へ。
「うぅ……」
「ツバサァアアッ!」
そこでツバサは自分一人ではこの状況をどうしようもできず、自分は死んでしまうのだと感じつつ涙を流していた。しかし、このギリギリの状況で雲海に自ら飛び込んできたカケルがツバサに追いついてくる。
恐らくこれができたのはカケルとツバサの体格差……重さの分だけ落下スピードが早かったのと、まずそもそも先に落ち始めたツバサに追いつくために落下用の姿勢になっていたという所が大きい。
「お父さん!?」
「うぉおおおおっ!」
何にせよカケルはツバサの所に到達すると彼の体を両脚でしっかり捕まえる。ただ、飛べないプニバード族では結局落下する事は変わらないと思われたその時。奇跡は……起きた。
「うぉおおおおっ!」
ツバサを脚でキャッチしたカケルがその小さな翼を羽ばたかせるとプニバード族が飛べないはずの空を飛んで上への浮上を開始。最終的に雲海を飛び出すとそのまま遊覧鳥が唖然と見守る中でカケルは暫くの間、空を飛ぶ事に成功したのだ。
「わぁっ……」
そして、ほぼ確実に死ぬと思っていたツバサはカケルが自らの翼で羽ばたいて空を飛ぶという奇跡にも近いその光景を間近で見た事で見える景色が一変。今日この日……ツバサの中に空を飛ぶという夢が開いたのだ。
〜現在〜
ツバサの話を聞いたユキもソラも驚いたような顔つきを浮かべていた。何しろ、奇跡に近い事が起きたとはいえ飛べないはずのプニバード族が空を飛んだ。この事実にスカイランド人の二人が驚かないわけが無い。
「プニバード族のツバサのお父さんが……空を飛んだ」
「はい、その時からボクは空を飛びたいって夢を持ったんです。……だけど」
ツバサの抱いた夢。それは確かに大きな夢ではあったのだが、同じプニバード族にとってそんな夢を聞いても実現不可能な夢物語としか思われなかった。ツバサと同じ村の子供達はツバサの話をまともに聞こうとすらせずに嘲笑うのみで取り合ってすらくれない。
ツバサは笑われる度にムッとした顔を浮かべたが、まだ幼いツバサには夢と現実の区別なんて付かなかった。
「プニバード族にとって空を飛ぶなんて夢物語過ぎて……何かの冗談としか取ってもらえませんでした」
「でも、理論上はできる事がツバサ君のお父さんが実演して証明したんだよね。だったら……」
「はい。ボクも父さんなら何かわかるって思ったんです。でも……」
ユキがそう感じた通り、ツバサは友達に一通り笑われてから父親であるカケルの元に行ってもう一回空を飛んでほしいという無茶振りをお願いする事に。しかし、カケル本人もあんな奇跡みたいな事を何度もやれるはずが無い。
〜回想〜
ツバサの家にてツバサがカケルに問いつめた際、彼は絵を描く最中だったが、困ったような顔をしつつツバサへの対応を行っていた。
「父さんだったらどうやって飛んだかわかるでしょ?教えてよ!」
「いやぁ、“どうやって飛んだのか”なんて言われても……父さん、ただ必死だったとしか」
「真面目に思い出してよ!」
「もう空は懲り懲りだよ……。それよりツバサ。宿題はやったのかい?」
「むうぅ……」
結局当事者のカケルに聞いても具体的な何かを得る事はできず。逆に簡単にあしらわれてしまったツバサ。
〜現在〜
それでも空を飛ぶという夢を諦めなかったツバサは試行錯誤を繰り返しつつ何とか飛ぼうとしてはいたものの、結局一度も成功する事は無く。
「それからずっと……飛ぶ練習を続けたらけど、さっぱりで。嵐の晩。この強い風に乗れば飛べるんじゃないかなって……一人で崖の上に」
それから飛び降りて風に乗ろうとした結果……ツバサはこちらの世界にやってきてしまったらしい。
「……やっぱり落っこちちゃって。でも無駄じゃ無かった。落っこちたおかげで、ボクはこの世界で空を飛ぶ学問に出会ったんだ。それを学んで風の流れを正しく読めばボクも……空が飛べるかも……」
「うん。ツバサ君のお父さんがやれたのならツバサ君だってきっと飛べるはずだよ。そうだよね、ソラちゃ……ん?」
ユキがツバサの夢を肯定して飛べると言い、ソラにも同意してもらおうと彼女の方を向く。しかし、何故かソラはそれを聞いて無言になりつつも何かを言いかけていた。
「か、か……」
「ッ……笑っちゃいますよね。やっぱり……。だから言いたく無かったんだ。だからただの鳥のフリを……」
「待って、ツバサ君」
ツバサは自分の話を聞いて結局ソラは笑ってしまうのだと感じ取ると俯いて話したのを後悔したように呟く。しかし、ユキはそんなツバサへと決めつけるのは早計だと声を上げる。
「ソラちゃんは……ツバサ君の事を笑いたいんじゃないよ。ほら……」
ユキがツバサにソラの方を向くように促すとソラの顔つきは夢を語った自分の事を嘲笑った他のプニバード族とは違うものだった。
「か……か……かーっこ良い!!」
「えっ!?」
ソラの第一声を聞くとツバサは驚いたような顔つきをソラへと向ける。そして、彼女は早速ヒーロー手帳にメモ書きをしていた。
「一度やると心に決めた事を絶対に諦めない!それがヒーロー!」
「笑わないの……?」
「笑いません!だって、私はヒーローになりたい!ツバサ君は空を飛びたい!道は違うけど、私達は同じじゃないですか!」
ツバサはソラから言われた言葉に最初、脳の処理が追いつかずに困惑する。ただ、それでもソラが自分の抱いた夢を馬鹿にするような子では無いという事は理解できた。
「誤解しちゃって、ごめんなさい!お友達になってください」
そして、ソラは恥ずかしそうに頬を赤らめつつも手を差し出す。それを受けてツバサはキョトンとしていたが、ソラからの言葉にエルも反応。ツバサはそんなソラへと嬉しい気持ちが湧き上がってきた。
「え〜る!」
「ッ……!」
こうして、手を取り合って和解する二人。それを見届けたユキは誤解していた二人の気持ちが一つになったという事で嬉しさで思わず微笑みが浮かぶのだった。
「良かった……」
「あっ、それとユキさん……その。ありがとうございました」
「えっ?別に私は特に何もしてないよ?」
するとソラと和解したツバサがユキへとお礼を言うと彼女は自分が何かをしたわけではないと謙遜する。
「ユキさんがソラさんを信じるように促してくれなかったらきっと……ボクはソラさんを信じるまでもっとかかっちゃったかもしれません。だから、ボクにソラさんを信じさせてくれてありがとうございます!」
「あはは……本当に大した事じゃないのに……」
そのままの流れでユキとツバサも友達になり、前日から続いたツバサの件の方は無事に収束する事になるのだった。
また次回もお楽しみに。