視点というのは人それぞれが持つものである
此処、キヴォトスには数多の学校があるが、その中でも抜きん出て力を持つ三大校がある。
私が居候させてもらっているヒナの家、此処はその中の一つである『ゲヘナ学園』の自治区。
ついでに言うなら、そのヒナ本人もゲヘナ学園に所属しており、知名度がなく名の売れていない生徒会長とやらを除けば、この学園のトップであると言っても問題のない程に立場のある人物だ。
私は長い間地底に暮らしていたという事もあり、積極的に外に出る性格ではない為、この家に来てからと言うものの近辺以外には出掛けた事がなかった。
キヴォトスで起きた出来事というのもヒナから言伝で聞くばかり、先日に会った先生とやらの活躍を知ったのもアビドスでの事件が終わった後だった。
そんな私を見かねたのか、その日はヒナがある一枚の書類を持って帰って来た。
そして、私にこう提案したのだ。
『ミレニアムの見学に行ってみない?』
ミレニアムサイエンススクール、そこはゲヘナ学園、そしてトリニティ総合学園と並ぶ三大校の一つ。
噛み砕いて説明するのなら、引き籠もっている私に対して外を知る機会を設けてくれたというわけだ。
願ってもない程の都合の良い提案、キヴォトスの情報を知りたい私にとっては魅力的なその言葉。
当然断る理由もなく、了承したわけだ。
唯一分からない事と言えば、どうしてヒナが私にそこまで気を使ってくれるのか、という事だが…*1
まぁ、考えても仕方が無いだろう。
「近未来的、とでも言っておこうかしら…」
そんな訳で、私は今ミレニアムに来ている。
いくら何でもキヴォトスにおいて立場も何もない私が来訪するのは無理がある為、名義上は『風紀委員による他校視察』といった形でお邪魔する事になった。
一目見た時に普段の服装だと怪しいから、とヒナが貸してくれた風紀委員の証。
私は此処にいると言わんばかりに主張する肩の『風紀』の文字が、風紀委員会所属だということを目立たせてくれる。
…ただ、正直に言うならダサいと思う。
と言うより、私の服装にこれは合っていない、と言った方が正しいのかもしれない。
正直今すぐにでも取ってしまいたい程だ。
とは言え、コレを付けないでヒナに迷惑を掛けるというのも私の意思には反する。
妬ましい、妬ましいと連呼する私だって恩を仇で返すような人間にはなりたくないのだ。
それに、ただでさえ弱り切っていて他人への嫉妬を表に出せないような子にコレ以上の負担を与えるような真似はしたくない。
自身より不幸な人を妬む程私は堕ちてはいないし、妬む権利のある者にはしっかり嫉妬してほしい。
だからこそ、しぶしぶだがこれを付けたのだった。
ヒナは似合っていると言ってくれたし、お揃いだと喜んでくれていたので、承認欲求が溜まりに溜まってる私からしたら満更でもなかったという理由もある。
そんなこんなでミレニアムを歩いていた私。
風紀委員の印を付けているとはいえ、他の学校の者…ましてやヘイローがない私が目立つのは仕方無いので、視線は痛かったが何とか目的地には辿り着いた。
えれべーたー?だとか、じどうどあ?だとかに苦戦しながらも辿り着いた、威圧感を放つ鉄製の扉。
はぁ…と、大きく溜息を零し、首から下げた『見学者』と書かれたカードを手に持ち、扉を開ける。
「…此方、ゲヘナ学園、風紀委員会より代表として参りました…水橋パルスィと申します」
そして、そのカードを目の前の女性に見せつけるような形で、自己紹介を絡めながら入室した。
◇◇◇
彼女を見た時に抱いた印象というのは、どう答えれば良いかよく分からない。
ただ、私が彼女に対して抱いた印象はどれも良い物とは言えないものだっただろう。
それ程までに、彼女は異質だった。
ヘイローの浮かんでいない頭上、風紀委員と書かれた印を付けているもののただの一生徒とは思えない程の威圧感、言い換えるならば…恐怖。
何の変哲もない緑色の瞳が、此方の事を品定めしているような感覚に陥る。
事前に聞いていた話とは、全く違った。
確かに、聞いていた通りの容姿ではあった。
だが、私はその奥に秘めた『ナニカ』の片鱗を見てしまったような気がした。
普通のようで、普通ではない。
それが彼女に抱いた印象であった。
「リオさん…で良いのかしら、迷惑を掛けると思うけれど、暫くの間よろしく頼むわよ?」
友好的な声色で微笑んで見せる彼女。
それなのに、私は目の前にいて今会話している彼女を人間だと思う事が出来なかった。
本能的な恐怖、それとも危機感だろうか。
今、私と話しているのはヒトならざるものだ。
そう、私の中の本能が告げてきていた。
こんな時に、とんでもない者を寄越してくれた。
心の中で、ゲヘナの風紀委員長に愚痴を吐く。
AL-1Sの対処に追われていた所に、こんな劇物を送りつけてくるとは誰が予想出来ようか。
…落ち着いて、目の前に視線を戻す。
金髪で緑色の瞳をした、実に一般的な少女。
意識しなければなんてことのない、普通の生徒と大差ない容姿の、一人の生徒。
ヘイローがない事を除けば、本当にただの一般生徒と見分けが付かない程だ。
では、この感覚は何なのだろうか。
何故、私はこんなにも恐怖しているのか。
何故、私はこんなにも焦っているのか。
考えれば考える程、分からなくなっていく。
データなんてものはない、確実性などない。
それでも、私は目の前の生徒に畏怖していた。
これが特異現象だとでも言うのだろうか、巡り合うならもっと心臓に優しい現象が良かった。
「…会長さん、どうかした?」
だが、これはあくまで私の抱いた印象だ。
正確なデータに基づいた情報でも無ければ、ただ私が偏見で考えているだけの印象。
目の前の彼女が悪意を持って此方に接して来ているようにも見えないし、気の所為なのかもしれない。
いや、気の所為に決まっているのだ。
これがもし、事実なのだとしたら。
それを認めてしまったら、私は今度こそ壊れてしまうような、そんな気がした。