先生に私の意図を伝えられた事を確認したので、会長の下へ急いで駆け寄り、隣を歩く。
アリスは魔王じゃない、その一言を言ってあげたい気持ちは山々なのだが、そうもいかない。
私は会長の協力者でなければいけないのだから。
それはそうと、モヤモヤするのは仕方無いだろう。
こんな誰も幸せにならない展開だと、妬む箇所を見つける事が出来ないではないか。
いっその事会長がヒマリのように自画自賛をするような性格ならば救われたかもしれない。
尤も、この状況下でそんな事出来るとは思えないが。
「…ごめんなさい、こんな役回りを押し付けて」
「いえ、私はリオ様の専属ボディーガードですから」
「私は…自主的に協力してる立場だしねぇ…」
と言うより、一番辛いのは会長だろう。
会長だって非情な人ではない、こんな役をやらねばならないというのは…
一人の子供に与えるには、重すぎる。
こんな見た目だが会長だってまだ学生なのだ、一般的に考えるのならまだまだ子供である。
ヒナといい会長といい、子供にこんな役回りを持たせるこのキヴォトスは、とんでもない所だと思う。
助けてくれる大人だって、いないというのに。
…この世界は、あまりにも人の心がない。
大人に搾取される子供、たった一人で風紀を守る子供、誰にも頼る事が出来ずに苦しむ子供。
妬ましい…この、碌でもない腐り切った世界が。
私が妬む事が出来るのは、そこに幸せな人が存在するからである。
キヴォトスにも、幸せな人はいるだろう。
だが、それと比べて、この世界にはあまりにも不幸な者の人数が多すぎる。
この世界を滅ぼす為に生まれてきた、少女。
そんなものを生み出してしまう者がいるのだ、その時点でマトモな世の中ではないだろう。
…此処に来てから、私の力が強まっている。
私の力というのは、その世界にいる者の、そして自分自身の嫉妬心の大きさに依存する。
私は、この世界に来てからと言うものの、あまり他の人を妬む機会がない。
つまりは、そういう事なのだろう。
こんな悪感情が渦巻く世の中、何かあったらすぐに武力に頼る世界。
弾幕ごっことは違う、遊びではない争い。
こんな事が普通であって、果たして良いのだろうか。
私は、銃弾で撃たれても死ぬ事はないだろう。
私を形作るのは嫉妬心であり、キヴォトスから嫉妬心が消えるような事がなければ、痛みはあれど何度だって蘇る事が出来るであろう。
だが、先生はどうだろうか?
あの人は、私の知っている人間と同じで脆く弱く、非力な存在である。
銃弾で撃たれて生きられる保証が、何処にある?
これは、平和な平和な物語ではないらしい。
死人が出るとは言えど、幻想郷の方がまだマシな環境だったのではなかろうか。
そう思ってしまう程に、この世は濁っている。
憂鬱とした表情を浮かべる会長と、全てに絶望しきったような顔をしているアリス。
何処か辛そうな様子のトキを見て、そう思った。
◇◇◇
エリドゥにて横たわるアリスを見て、気付く。
「(あの時の誰かが、いる…?)」
アリスの中にある感情、その中に僅かな…ほんの小さな反応だが、アリス以外の感情が見えるのだ。
アリスと非常に酷似していながら、アリスとは少し違うその感情の揺らめき。
数日前、ゲーム開発部の部室で見たゲーム機が放っていたものと同じだった。
多重人格ってやつだろうか…いや、アリスはそもそも人間ではない。
それに、元々この反応はただのゲーム機から出ていたものだ。
詳しい事は分からないが、アリスとは別人でありながらアリスと似た何かなのだろう…
双子とかだろうか、秋姉妹的な?
どうにかコミュニケーションが取れないかと対話を試みるが、その子は嫉妬心を微塵も抱いていないらしく私の能力が弾かれてしまう。
能力をフルで使う事も考えたが、別に対話出来ようが出来なかろうが大して問題がなさそうなので、何も見なかった事にして会長の下へ戻る。
「会長さん、そっちはどう?」
エリドゥには、既に先生と生徒達がアリスを救わんと乗り込んできている。
行動が早い、生徒の味方を自称するだけの事はある…その優しさが、妬ましいのだけれど。
今は、その優しさに感謝しておく。
私には、アリスを救う事は出来ないから。
「交戦中…アバンギャルド君とトキが、足止めを行っている所よ」
そう言い、目の前のモニターに映像を映す。
トキと交戦するメイドさんや、ゲーム開発部と…エンジニア部だろうか、それを足止めせんと暴れまわる…
…なんというか、形容し難い容姿のロボット。
独特なセンスと言えば良いのか、素直にダサいと言ってしまって良いのだろうか。
この言葉を口に出したら間違いなく会長は傷付くので、心の奥に留めておく。
私が煽るのはあくまで嫉妬心であり、別に人を罵る事が趣味な訳ではないのだ。
寧ろ、妬むという行為を広く考えるなら相手の事を褒めているとも言えるのだから。
その事で昔さとりに煽られた事があるが、私は優しくなんかないとは言っておこう。
「…で、勝てるの?」
「えぇ、勝てるでしょうね」
私が此処に残っている理由…それは、万が一の事があった場合の会長の護衛である。
トキは侵入者の排除という任務がある故、ボディーガードとしての責務を果たせないからだ。
…アビエシェフだかエビピラフだか知らないが、あんな物を使うより私が戦ったほうが勝率は格段に上がるという事は黙っておいた。
私の使命は会長の理解者になってあげる事であり、アリスを破壊することではない。
ヒマリにも、アリスを守るように頼まれたし…
個人的な感情の話をするならば、アリスには助かってほしいと思っている。
だからこそ、先生に頼んだのだから。
その為、私は自身の戦闘能力の話をしていない。
嘘を吐いたのではなく、話していない。
ヘイローがない、そして銃を持っていない私は、一般的に見れば戦闘力など皆無に見える。
だから私は、敢えて話さなかったのだ。
画面に映るトキの姿に視線を戻す。
私の能力は万能という訳じゃないが、なんだかんだで能力自体は強力なものだと思っている。
私自身のスペックが微妙なので活かしきれていないが、幻想郷でも割と上位の能力なのではなかろうか。
そんな能力を画面越しに使用して、見る。
トキの感情を…トキと戦っている、チビっ子メイドさんの感情を。
トキの感情は、先程から揺れ動いている。
微かな揺らめきである為、私にも詳しい事は分からないが一つだけは分かる。
トキは、自分の意思と会長からの命令。
その二つの『為すべき事』の間に挟まれて、迷っているのだろう。
元々、何かを思い悩んでいる様子だった…この状況も、必然と言えるのではなかろうか。
だが、私はそこに介入するつもりはない。
「(私の知る限りなら…あの子は、強いから)」
私が助けるのは『妬む所があるのに妬めない人』。
トキは、私にとって充分妬むに値する人間だ。
彼女を救うのは私の役割ではなく、今戦ってるメイドさん達の仕事であろう。
私が今すべき事、それは変わらない。
「…はぁ、妬ましい」
会長の心を、守る事だ。