「…馬鹿だなぁ、私」
黒服と飲んだ後の帰路、私は電車に乗ってゲヘナへ行きヒナの家へと戻ろうとした筈だ。
そして、見事に寝過ごしたわけだ。
終点だからと降ろされたが、キヴォトスに来てまだ日が浅い私はこの場所が何処なのか分からない。
スマホで検索しようと試みたが、こういう時に限って充電が無いのが本当に妬ましい。
飛んで帰るにしても、方角すら分からないのだから何処へ飛べば良いのかさえよく分からない。
サンクトゥムタワーを目印に飛ぶ事も出来そうだが、まだ酔いが覚めきっていないのにそんな事をして碌な事になる気がしないのだ。
無理に帰る必要もない、今日の夜は此処で過ごそう。
「…あの〜・・・大丈夫っすか?」
「っにゃっ!?…あら、貴女は?」
そう考えている最中、急に背後から肩を叩かれた。
…変な声が出た気がする、というか出たのだが…彼女には聞こえていない事を祈ろう。
振り返ってみれば、黒い髪に黒い制服…糸目の生徒が此方を見つめていた…見ているのかは知らないが…
糸目の仕組みが未だによく分からない、見えてるのか見えてないのかハッキリしてほしい。
「私は仲正イチカ、よろしくっす!」
「私は水橋パルスィ…まぁ、よろしくね」
そんな彼女の肩を見れば『
正義と言えば、確か以前ヒナが話していた…
「…もしかして、トリニティの正義実現委員会…?」
「おっ、と言う事は…他校の生徒さんっすか?」
ビンゴである、何となく分かってはいたが…
正義実現委員会、ゲヘナにおける風紀委員のような存在で、トリニティの秩序を守る団体。
トップである剣先ツルギという生徒はヒナに並ぶレベルの…キヴォトスにおける最強格の生徒であり、団体としての練度や戦力は風紀委員会をも凌ぐのだとか…
「その格好だと…う〜ん、百鬼夜行辺りっすかね?」
「あぁ…いや、私は生徒じゃないのよ」
直接見た訳ではないが、百鬼夜行の文化は幻想郷…此方で言う日本と近いと聞く。
私の着ている服は和服ではないが、所々の特徴からそのように感じる所があるのだろう。*1
それはそうと、私は百鬼夜行の所属…百鬼夜行周辺に住んでいる訳では無いと伝えなければならない。
そう思って、私は詳しく自己紹介を…
「改めまして…ゲヘナ学園風紀委員会顧問、水橋…」
…すっかり頭から抜けていたが、ゲヘナとトリニティはあまり仲が良いとは言えない…寧ろ悪い。
エデン条約だとか何とかで友好関係を結ぼうという話は挙がっているらしいが、まだ結んでいないし今この場でこう名乗ったのは完全に失敗だろう。
しくじった、思わず頭を抱えそうになる。
「ぁ〜・・・大丈夫っすよ、私はそういうの気にしてるタイプじゃないんで…あんまり此処らでは言わない方が身の為だと思うっすけど…」
だが、目の前の彼女は大丈夫な部類だった。
聞いた話だと風紀委員会にはゲヘナを毛嫌いしている人が多く在籍していると聞いていたのだが、どうやら運は私に味方してくれたらしい。
「風紀委員会さんなら問題を起こす心配もなさそうっすからね、安心して行動出来るっす!」
ゲヘナの生徒は何と言うか、自由だ。
自由すぎて混沌としているという程だ、言ってしまえばとんでもなく治安が悪い。
そんな生徒の事をお嬢様学校であるトリニティがよく思う筈がない、特に治安維持機関である正義実現委員会なんか尚更その傾向が強いだろう。
やはり風紀委員会という立場で良かった。
「…で、何か困った事でもあったんすか?」
「あぁ、それが…」
◇◇◇
「人助けって難しいものだと思うんっすよ…助けるってのも、色々あって困っちゃうんすよねぇ〜・・・」
「分かるわよ、人によって求める救いは違うもの…」
今、私はイチカに案内されながら近くにある宿泊施設へと向かっている。
その道中で打ち解けた…というか、彼女の話し方が上手いのだろう、私達は軽く雑談をしていた。
自分の意思で正義実現委員会に所属しているだけあって、普通に良い子である。
あんな時間に出歩いていた私を見つけたのも、パトロールの帰りだったからだと言う。
「だから無理して救うよりは、求められた時に適切な救いを届けてあげるのが大事なんじゃないかしら」
「なるほど、それが風紀委員会さんの視点っすか…」
「調子狂うから名前で呼んでちょうだい…」
ケイの『水橋様』も違和感が凄いのだ。
風紀委員会としてマトモに仕事をしていない私がそんな呼ばれ方をしても実感が湧かない。
私の周りには私を名前で呼ぶ人しかいなかったのだ、礼儀とか気にせず名前で呼んでくれた方が助かる。
「じゃあパルスィさん…貴女は、救わなきゃいけない対象が自身の神経を逆撫でする様な行動をしてきたら…どうするっすか?」
…難しい質問である。
最近の出来事で言うと…ホシノが私に対して敢えて煽るような態度を取ってくるという事だろうか。
少し想像してみよう…私を煽るホシノ…
「…殴る?」
「まじっすか…」
救わなきゃいけない対象って言っても、所詮他人だ。
私は割と自分良ければ良しという性格をしている、別に自分の気持ちに嘘をついてまで救おうとは思わない。
「良いのよ、一番大切なのは自分なんだから」
嫉妬心の化身が我慢してどうするのだ。
私は妬ましいと思えば例え死にかけの人だって妬むし、目の前で誰かが倒れてもその人が自分の嫌いな相手だったら絶対に助けないだろう。
「無理に感情を抑え込む必要は無いの…我慢と無理は違うのよ、適度に発散してかないと…ね?」
それが心の健康を保つという事である。
無理に救おうとはしない方が良いのだ、自分の感情に素直に行動するのが一番である。
目の前の彼女のように、抑え込んだりせずに。
「…あれ、もしかして全部分かってるっすか?」
「さぁて、何の事やら…」
が、あくまでコレは私の考えだ。
抑え込めているならそれで良いと思うし、彼女はソレを望んでいるのだろう。
ならばソレも正解だ、考えなんて人それぞれだ。
「っと、着きましたよパルスィさん…」
そんな風にくだらない話をし始めてからだいぶ時間が経つ、これだけ歩けば当然目的地に到着する。
「成程、此処が…そうね、そうなるわよね…」
この時間に部屋が空いていて、近い…言葉には出さないが、まぁ…そういう場所になってくるだろう。
だが、どうせ泊まるのは私一人…何も無いのだから変に気にする事はないだろう。
「…パルスィさん、申し訳ないんすけど…」
「ん…どうしたの?」
そう考えていた所で、隣でスマホを触っていたイチカが困ったような…申し訳なさそうな、そんな声色で私に話し掛けてくる。
「…寮、閉まっちゃったんで…私も同じ部屋に泊まらせてもらっても良いっすかね…?」
投下されたのは、爆弾であった。