ホテルの部屋に入室してから十数分。
イチカと共に大きな…キングベッド?に座っているのだが…当然、気まずくない訳が無い。
スマホの充電がない為電子決済が出来ない私と、パトロールだからと寮に財布を置いてきたイチカ。
こういう時の為にと持ち歩いていた現金も一部屋借りるだけでやっとの金額しかなかった。
仕方が無かったとは言え、気まずいものは気まずい。
こんな事なら黒服の誘いになんか乗るんじゃなかったなどと、過ぎた事に対し既に遅い後悔を抱く。
やはり酔いが回ると駄目だ、酒癖が悪い方だとは思わないが、くだらないミスを起こしてしまう。
終点まで寝過ごしてしまったのも酔いのせいだ。
だが飲酒はやめたくない、私だって幻想郷の住民…付け加えるなら一番の友人が鬼なのだ。
飲酒が嫌いな筈がない、寧ろ好きである。
キヴォトスに来てから飲酒の機会が以前より少なくなっているからか、酔いに対する注意が散漫になってきているのかもしれない。
これからは気を付けた方が良いなと一人反省していた所で、この空気感をどうにかしようとしたのか、隣に座っていたイチカが口を開いた。
「…私、過度なストレスを感じると、どうも感情的になっちゃうんすよね…こう、暴力的になるというか…」
「普段は覆い隠せてるんすけど・・・一回ぷっつんしちゃうと抑えが効かなくて…冷静になるのは何もかも終わった後で…ずっと思ってるんすよね…私、こんなんじゃ正実に向いてないんじゃないかなぁって…」
正実…つまり、正義実現委員会の事だろう。
彼女は別に弱っているという訳では無さそうだが、色々と思い悩んでいるといった感じだろうか。
何かに嫉妬している訳じゃない、かと言って精神が弱っている訳でもない…私が精神を操るまでもなく、こうして本音を打ち明けている…
能力でどうこう出来るようなタイプじゃない、こういうのは専門外である。
…が、相談されたからには答えてやらねばならないだろう…こんなのでも、一応は大人なのだから。
「…貴女は、どうありたいの?」
「…どう、と聞かれても…どうっすかね…」
これはさとりの受け売りだが、何かに思い悩む人は自分が何をしたいのか分かっていない事がある。
自分の本心に嘘を付いている、変に取り繕い過ぎている所がある…そんな特徴があるらしい。
あとは心配性だったり疑心暗鬼だったり…人を素直に信じられない人も当てはまるらしいが、コレには彼女が該当する事はないだろう。
「正実…まぁ、噛み砕くと人助け…好きなの?」
「それは好きっす!…私の唯一の、趣味っすから」
人助けが唯一の趣味とはまた、難儀なものである。
とは言え無いよりはマシだし、それが好きだと言うならば否定はしない…それもまた、人生だろう。
ヒナのように責任感から好きでもない行為をしているという訳ではないなら、思い悩む必要はない。
「それなら深く考えないで良いと思うわよ…好きな事を全う出来てるんだから、それで良いじゃない」
人というものは、誰しも…いや、大多数が決して少なくない量の悪意を抱いている。
人の不幸は蜜の味と語る者もいるし、他者の絶望する姿に愉悦を感じる者もいる。
そして、くだらない嫉妬に溺れる者もいる。
だからこそ、単なる良心から人助けという善行を出来る彼女はとても立派なのだ。
「私なんかね、風紀委員会に所属してるのは立場的に動きやすくなるからっていう不純な理由よ?」
「それ、言っちゃって良いんすか…?」
普通はこんなもんだ、善意だけで構成された組織なんていつか崩壊するに決まっている。
多少の悪意や打算があった方が、組織というものは案外上手く回っていくのである。
「まぁ、委員長に恩があるってのもあるけど…貴女みたいな綺麗な心で正義を実行出来るっていうのは…客観的に見たら素晴らしい事なんじゃないの?」
それはそうと、善意だけで行動出来ると言うのが良い事だと言う事には変わりはない。
嫉妬心の化身たる私がそう言っているのだ、悪意と善意は真逆であるからこそ信憑性は高い筈である。
「それに…そんなにストレスに困ってるなら、私が発散方法を教えてあげるわよ…私、その道のプロよ?」
丑の刻参りを幻想郷に広めたのは私なのだ、その手のストレス発散法にはそこそこ詳しいと自負している。
呪殺とまではいかないが、気に入らない相手に不幸を呼び寄せるくらいの呪いなら教えられる。
尤も、彼女がそれを望んでいるかは知らないが。
「ぉっ、覚えたっすからね?…今度、是非ともトリニティに来て御指導御鞭撻の程、よろしくっす!」
「あらら…約束、取り付けちゃったわね?」
と、なると次の訪問はトリニティになりそうだ。
トリニティとゲヘナは仲が悪いと聞いているが…まぁ、エデン条約だか何だかを理由に付ければ上手くやれるだろう、やれないと困る。
それに私は角がないので、見た目だけならゲヘナ所属だと分からない筈だ…事実、イチカにも百鬼夜行所属だと間違われたのだから。
「じゃあ、今度是非ともお邪魔するわね…その時は、お茶でも出してくれると嬉しいかなぁ、なんて?」
「任せてほしいっす、トリニティの紅茶は他と比べてだいぶ上質っすよ〜?」
生徒会にあたる組織の名前もティーパーティーなんだ、逆にその名前で美味しくなかったら色々と嫌だ。
お嬢様学校の紅茶、期待させてもらうとしよう。
「…じゃ、早く寝なさい?とっくに日付が変わってるし…子供がこんなに夜更かししちゃ駄目よ?」
「おぉ、親みたいな事言うっすね…ま、おやすみなさい…パルスィさんも早く寝るんすよ?」
「分かってるわよ、分かってる…」
無駄に上質な素材で作られた一つの大きなベッドに、二人で横になって共に寝るのだった…
次の日、無事帰宅出来たは良いものの…
『正義実現委員会の生徒が深夜の逢引か!?』
という見出しでネット記事が書かれたらしく、ヒナがシナり弁解に苦労したのはまた別の話である。
ケイからも鬼電が来ていたが、一番の被害者はイチカだろうと頭の隅で考えるのだった。