「ん…違う、多分これも違う…」
「ぬぬぬ…これじゃなさそうですね…」
一冊、また一冊と何度も何度も繰り返し本棚から本を取り出し内容を確認する。
これも違う、あれも違う、それも違う。
これだけの本がある中からピンポイントで目当ての本を探し当てるのなんて至難の業だとは思うが、やってみなきゃ何も始まらないのだ。
正直、図書委員の生徒に聞いて代わりに探してもらった方が早いとは思ってはいるのだが…
そもそも調べている目的がグレーゾーンなのだ、これ以上生徒を巻き込むのは悪手な気がする。
…レイサやサクラコは良かったのかって?
ほら、レイサは私が近くにいるから直接守れるし…
サクラコは自分では解決する事が出来ないからって自分から情報吐いたし…
…うん、所詮は言い訳だという事は分かってる。
自分達の力で見つけられなかった場合は最悪図書委員の生徒に聞く事だって視野には入れている。
とは言え、自分達の力で見つけたいじゃない…?
なんか、そういうプライドってあるじゃない…?
…とは言ったものの、だ。
「慣れない事なんてするもんじゃないわねぇ…」
「慣れない事?」
「私、本はあんまり読まないタイプなのよ」
先程から無数の本を流し読みしているが、ぶっちゃけ何も頭に入って来ていない。
目当ての本かそうでないかの判別は流石に付いているが、本を読んでいるというよりは未知の言語を眺めているような感覚になってきている。
これがゲシュタルト崩壊というヤツだろうか、明らかに錯覚だが文字が浮き出て見えてきた。
「少し意外かもしれません…なんというか、インテリ系?とでも言うんでしょうか…難しい本とかをいっぱい読んでるイメージが…」
「ぁ〜・・・寧ろ真逆よ、真逆」
まぁ、言いたい事は分かるかもしれない。
というか、自分が多方面からそういうキャラだと認識されているのは理解しているのだ。
キヴォトスに来てからは最も親しい友人と共に行動する事もなくなった、素を出す機会が減った事もあってそう思われるのは当然とも言える。
だが、私はその印象とは真逆の人間だろう。
「私は感情論者で刹那主義者…自分に対しても他者に対しても、感情を優先して行動するからね」
「…つまりはどういう事なんでしょうか…?」
「そんなに難しく物事を考えてないって事よ」
『感情』を題材にした本も中にはある。
何なら『嫉妬』を題材にした本も割とある。
だが、私の言っているのはそういう事ではない。
感情についての考察や傾向をうだうだと並べ立てられる、その行為自体私には合っていないのだ。
妬ましいから妬ましい、恨めしいから恨めしい。
難しい事なんて考えず、ただただそれで良いのだ。
「ま、趣味として詩集みたいな本は見かけたら手にとって見たりはするけどねぇ〜・・・」
「…パルスィさんは、詩が好きなんですか?」
「…えぇ、そうね…好きなのかもね?」
そう言われてみれば私は詩が好きなのかもしれない。
趣味と言える程嗜んでいた訳ではないため自覚はなかったが、改めて考えてみると私は結構詩というものに興味を示している気がする。
そうかぁ…私は詩が好きだったのか…
「えぇ…なんで本人が疑問形なんですか…」
「…自分の事を全て理解している人間なんて、この世には数える程しかいないのよ?」
かくいう私だって自分の事が全然分からない。
どうして日本生まれ日本育ちなのに髪が金色なのか、どうして瞳の色が緑色なのか。
言ってしまうならば、どうして私がキヴォトスにいるのかすら未だに理解出来ていないのだから。
スキマが繋がっている関係上例の
如何せん、私なんかを送り出した理由が分からない。
何か理由があっての事なのかもしれないが…
まぁ、それを含めて『分からない』のだ。
「ん〜・・・そうなんですかね?」
…ピンとこないのも無理はないだろう。
う〜む、どう例えれば分かりやすいか…
噛み砕いて説明するならば、こうだろうか?
「そうね…じゃ、レイサ…貴女の今の身長は?」
「え〜っと…153cmだったと思います」
…ちゃんと覚えているのか、今の女子高生は。
いや、私も自分の身長をミリ単位まで覚えている身としては何とも言えないのだが…
「じゃあ産まれた時の体重は?身長は?」
「ぇ、え〜っと…?」
「ほら、そういう事よ」
分かりやすく言ってしまえばこういう事だ。
自分では知らなくても他人は知っているような自身の癖や特徴、自覚していない感情などなど…
自分が思っている以上に、人間という生き物は自身の事を理解出来ていないのだ。
「…なるほど…肝に銘じておきます…」
そこで会話は途切れ、また黙々と本を手に取り内容を確認する作業へと戻る。
ぱらぱらと、ぱらぱらと…
何度かページを捲る音が耳に届いた後に、レイサが再び此方へと顔を向けてきた。
「…少し、質問をしてもよろしいですかね?」
「…どうしたの?」
「パルスィさんの知ってる中でも特に好きな詩っていうのは…やっぱりあるんですかね?」
…好きな詩、というとやはり印象に残っている詩や心打たれた詩などの事を言っているのだろうか。
これまでにそこそこの数の詩を読んできたが、確かにその中でも印象に残っている詩は幾つかある。
なんだったら私…宇治の橋姫に例えて詠まれた詩もあるくらいなのだから。*1
「まぁ、あるわね」
「聞かせてもらっても良いですか?」
「…渋る理由もないか…良いわよ?」
ひとえに印象に残っている詩と言っても、色々な意味で記憶に刻まれている詩もあるものでどれを伝えるかは少し迷ってしまうものだ。
その中でも特に私の好きな詩、私の心に響いた詩…
そう考えた時に真っ先に浮かんだ詩は、とある貴族が詠んだ一つの詩だった。
「古い古い、遠い昔の詩なんだけどね」
「流れいづる方だに見えぬ…って、ん…?」
迷惑にならない程度の声量で詩を詠んでいた声を思わず止め、疑問の声を口に出す。
どうして気付かなかったのか、もしかしたら眠気と調べ物に脳のリソースを割かれていたせいで頭が回っていなかったのかもしれない。
「あれ、どうしたんですか?」
「いや、その…」
レイサも疑問の声を口に出しているのをみるに、先程までの私と同じで気付いていないのだろうか。
彼女のコレはただ抜けているのが理由だと思うが、私が気付いていなかったのは少し不注意が過ぎた…
今までの経験からきっと大丈夫だとは思うが、それでも心配なものは心配である。
「その…?」
「ケイの姿が何処にも見えないんだけど…?」
いつの間にか姿を消した少女の行方に、焦りと困惑が入り混じったような言葉を続けた。
古今和歌集より、詠み人知らずの詩である。