「…セイアちゃん…」
「セイアさん、どうして…」
唖然とする二人、驚いているのは他ならぬ私自身もそうなのだが。
奇妙な友情すら感じるが、私達はまだ知り合ってすらないのだから。
「どうしたもこうしたもないだろう、わざわざ重い腰を上げて来たというのに」
「…今更、何しに来たの…?」
今更、そうだ、本当に今更だ。
もう少し早く…いや、欲を言うなら最初から言葉を掛けてやれれば良かったものだが。
それはエゴか、私も人の手を借りねば前に進む事すらままならない。
「いやなに、言いたい事は無数にあるんだが」
私はこれから、彼女と和解をしようと思う。
だから敢えて、私は知ろうと思う。
知りたいとも思わなかったが、知るべきだと感じた。
「………」
ぱちんっ、と。
「なっ、えっ…!?」
私の手のひらが、彼女の頬を引っ叩いた。
「まあ、ひとまずはこれでいいだろう」
二人共驚いたような様子でこちらを見ているが、私の平手打ちの威力などたかが知れている。
それでも痛みくらいはあると思うんだが…
これは、そういう意味での目線ではないな。
「…なんのつもり?」
「一度“同じやり方”を学んでおこうと思ってね」
まあ、仕返しみたいなものだろう。
復讐をするような感情は持ち合わせていないが、それはそれとして私も知るべきだと感じた。
「ふ〜ん…どうだった?」
「あぁ、想像よりは何倍も清々しい気分だが」
気に食わない者の顔に、一発入れてやる時の気持ちを。
「それ以上に苦しいものだな、これは」
親愛なる友に向かって、その手を振るう時の気持ちを。
「なにそれ」
「言葉の通りだ」
今から私は、彼女に向かって上から目線の言葉を垂れ流す事になるだろう。
寄り添ってやれるのが一番なのだろうが、生憎私はこの手しかしらない。
不器用なものだ、反吐が出る。
だからこそ、これは私なりのケジメである。
「手を出した側の方が、ずっと痛いな」
お互いにとって、後腐れがないように。
「私は君が思っているほど、軽薄には生きていないつもりだ」
言葉にした事柄は出来る限り実行するようにしているし、上辺だけの発言はあまりしないようにしている。
「私は自分の意志で立っている」
発言に責任を持ち、行動に結果を伴う。
愚かであるなりに、必死に。
「その点、君は何に突き動かされている?」
その点で彼女も、決死だった。
踏み出した一歩は、後に引けない一歩だった。
逃げ出せずに、吐き出せない。
大きな一歩であり、小さく貧弱な一歩だった。
「助けを借りないと歩めないのは、一体どちらの方なんだろうね」
どちらにも言える事だろう、それは。
「嫌味?」
「嫌味さ」
私だって、後には引けなくなっていた。
目先に見えた未来に囚われ、今が見えず。
逃げ出したくても吐き出せず、歩む事さえ出来ずに。
「嫌味の一つや二つくらいは言わないと、こちらとしても鬱憤が晴れないものでね」
最初から間違っていたのだと。
どこで間違えたかなんて、それこそが間違った考えだったという事実を叩き付けられた。
「知人に顔を立ててもらっているんだ、彼女に報いるためにもこれくらいはするべきだと判断した」
彼女には本当に世話になった、今を見ながら先を見据えていた。
「じゃあやっぱり、恨んでるんだ」
「まあ、マイナスな感情を一切抱いていないと答えたらそれは嘘になるかもしれないが」
私はようやく、足元を見る事を知ったのだから。
「だから?」
「だから、って言われても…」
正直、どうでもいい。
大切なのはきっと、今踏みしめているこの場所だから。
「私は私だ」
様々な思考を抱え込み、様々な葛藤を捨てた。
様々な役を羽織り、様々な仮面を脱ぎ捨てた。
「ティーパーティーのホスト?」
「サンクトゥス分派のリーダー?」
「それとも、トリニティ総合学園の生徒…」
私には立場がある、私には影響力がある。
それがティーパーティーの、百合園セイア。
トリニティ総合学園に通う、一人の生徒。
「確かに、それも“私”ではあるが…」
それが偽物の記録だとは言わない。
全部ぜんぶ私で、私の歩んだ軌跡だ。
しかしそれは、足跡だから。
「そもさん私は、百合園セイアだ」
私は今を歩いている、私は今も歩んでいる。
「人を構成する、無数の要素の一つ一つ」
それらの要素が全て、私である事は間違いない。
「それらにこだわる事も、時には悪くないかもしれない」
小さな一欠片を注視して、己を曲げない。
これもまた大切な、一つの行動である。
「しかし、私達は根本を見るべきだ」
だが、私はそれ以前の問題だった。
いいや、私達にはそれが出来なかった。
言葉が足らず、決意が足りず、行動は伴わず。
文字通りの机上論を並び立て、己の座る椅子から立ち上がる事が出来ずに仮面を被っていた。
「聖園ミカ」
私は、立ち上がる事にした。
「私からも謝罪をするべきだと、最初は思っていたんだが」
あまりに不安定で、今にも倒れてしまいそうだが。
それでも私は、前を見ない事にした。
私が見るべきなのは、まずは友の顔なのだと知った。
「私は顧みない事にした」
だから私は謝らない、だから私は償わない。
それは私がこれからする行動が、自然と償いになる筈だから。
それが償いにならないと、私は発言と行動が伴っていない愚者となってしまうから。
「それこそ薄っぺらい約束事かもしれないが」
もうこれ以上、傷付け合うべきではない。
「共に歩む友人に、それ以上はいらないと判断した」
既に十分、痛い目を見たのだから。
「ミカ、ナギサ」
やり直せる保証は、私には出来ない。
他ならぬ私自身が、やり直さねばいけないから。
「配慮なんかせずに、話そう」
だから、共に歩み始めるべきだ。
「私達には、言葉があるのだから」
私達三人は、違う道を歩んでいた。
皆が抱え込み、皆が前を向き、皆が目を逸らした。
結局私達は、独りよがりでしかなかった。
「…私、とんでもない事しちゃったんだよね…」
「あぁ、流石に驚かされたとも」
だから、やり直そう。
そこに、大いなる責任が伴うとしても。
きっと、先の見えない闇を掻き分けるよりは…
「それでも、私っ、ちゃんと話せるかな…?」
「話せるさ、話せるまで私は隣にいる」
いいや、“きっと”は不適切だったか。
その先には、希望があるから。
足を踏み出す事自体が、大切だから。
「言葉足らずだったのは、お互い様だから」
だから、また一から歩み直そう。
「…良かったぁ…」
私はこうして、此処にいるのだから。
「ほんと、ほんとうにっ、よかったっ…」
だから、そんなに泣かなくたっていいじゃないか。
「ごめん、ごめんねぇ…!!」
「…謝罪はいらないと、言っただろうに…」