実際の人物、団体、競走馬等とは関係ありませんので
ご承知の上でお読みください。
「はあああああーーーーっ!!」
トウィンクル・シリーズに参加するウマ娘が生徒として在籍するウマ娘養成機関、日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園。そこに存在するトレーニング場の1コースを走る鹿毛のウマ娘がいた。
「脚の回転を上げろ! お前の武器である末脚を磨け!」
そのコースの傍らに立つ壮年がウマ娘に叫ぶ。彼はウマ娘のチームトレーナーであり、選抜レースにてその鋭い末脚の芽を披露したウマ娘をスカウトしていた。
メイクデビューでは中団からの末脚で有力ウマ娘との一騎打ちをクビ差で制し、続くOPレースでも最終直線で力強い末脚を見せ、最後方から追い上げてくるウマ娘をかわして勝利した。2戦2勝の成績は世代上位を争うウマ娘として名を上げるに相応しい結果である。
そんな彼女が3戦目に選んだレースは、
「朝日杯フューチュリティステークス。初めての重賞がGⅠだが、お前ならいい結果を残せるはずだ」
「はい! 頑張ります!」
―――
迎えた冬の阪神レース場、朝日杯
「入るぞ」
レース前の打ち合わせを済ませたトレーナーは、彼女がレース前の準備をする待合室へ戻ってきた。
「おかえりなさい、トレーナー!」
初めての勝負服に身を包んだ彼女は、持参していたドカ弁をかき込み、その頬を大きく膨らませていた。
「お前、レース前に体重増やすようなことすんなよ……」
「えへへ。お腹空いちゃって……」
彼女は多くのウマ娘が集まるトレセン学園の中でも上位レベルの健啖家として有名だった。その食い意地と食べ物への目のなさは『葦毛の怪物』や『北の大地の大食漢』に匹敵するのではと噂されるほどである。
「その様子だと調子が悪いってことはなさそうだな。」
「勿論! 今日は絶対勝ちますよ!」
ジュニア級に行われるGⅠレースは朝日杯FSを含め、3つのみ。ジュニア級の暮れまでに身体を仕上げ、一定以上のファンを獲得できた十数人のみが参戦できる、名誉あるレースである。
そんなGⅠという大舞台を前にしても、いつもと変わらず弁当箱を片手に満面の笑みを浮かべる担当ウマ娘にため息をつくトレーナー。
「今回のレースにはお前と同様にデビュー後無敗で勝ち上がってきたウマ娘も何人かいる。
全員がGⅠは初めてであるものの、GⅡ、GⅢを経験、制覇してきた者もいる。今までとはレベルが違うレースになるぞ」
トレーナーはそこで一息つき、最後の一口を終えた彼女に目を向ける。
「……だが、その中でもお前は上位の能力を持っている。3番人気に挙げられていることからも疑いはないだろう。今まで通りの走りで勝ち負けはできるはずだ。まぁ、気負わず行ってこい」
「はい! 最初のGⅠ、手に入れてきます!」
―――
六甲山からの山風吹き付ける阪神レース場に足を踏み入れるウマ娘は15人。
勝負服としてはシンプルな色合いのものを着用した彼女もその中にいた。
「観客席の活気が今までとは段違い……。これがGⅠの舞台……」
冬の寒さだけではない。芝から、観客席から、そして何より対戦相手のウマ娘から溢れ出んとする活気が身体を震わせる。
ゲート前に到着し、共に走るウマ娘の様子を確認しようと周囲を見渡す。1番人気のウマ娘『レフコスピルゴス』は既にGⅢ、GⅡを制覇したウマ娘だ。「4」と書かれた赤い札が掲げられたゲートの近くで息を整えていることが確認できた。
次いで反対側を見ると、2番人気のウマ娘を確認できた。「13」の橙の札が掲げられたゲートに近づいていく。こちらも既にGⅢを勝ち上がってきたウマ娘だ。
ゆっくりと、逸る気持ちを落ち着けるように、「9」の黄色い札が掲げられたゲートの前に歩みを進める。調子は――絶好調。トレーニングを重ね鍛えた身体は、前回のレースの時よりも寧ろ軽く感じた。
「――勝てる」
ゲートの中で目を瞑り、緊張で強張った身体から余分な力みを抜くように深呼吸。準備が整ったところで再び目を開ける。その瞬間、最後のウマ娘がゲートに入る音がした。目の前に集中する。瞬間、静寂が訪れ――
ゲートが――開いた。
―――
『――先行を走るウマ娘が外枠に何人か配置されている。一気に前に行こうとすると巻き込まれて抜け出せなくなるから序盤は中段以降に控えるように――』
「(スタートの失敗はない。言われた通り、抜け出しに邪魔されないポジションを取りに行く!)」
問題なくスタートダッシュを決め、事前に聞いていたトレーナーの指示通り前に行かずに、周囲の様子を確認しながら流れに乗る。予想通り、外枠のウマ娘が数人、先団に上がってきたので避けるようにペースを落とす。位置取りが完成し、いつでも外側にまくれる位置を確保できた。
「(ペースは……速くないが遅くもない。これなら直線を走る脚を溜められる)」
位置取りとペースを確認できたところでコーナーに入る。内ラチを走るウマ娘のスピードが弱まり、自身が前に行く形となった。ペースについていけなくなったのだろうか。
しかし前のウマ娘との距離までが縮まっている様子をみて気づく。流れに対して自身のペースが速くなっているのだ。
だがここで流れに合わせる必要はない。別に掛かったわけではないし、自身が最終直線を走る脚を使えるペースで走ればいいのだ。ジュニア級のウマ娘にレース展開を操作するほどの戦略眼を身に着けているウマ娘はそう多くない。
そして前に見えていたレフコスピルゴスに並ぶとともに最終コーナーが終わり、見晴らしのよい直線コースとスタンドが眼前に現れる。目の前のウマ娘をかわして外ラチに回り、今度こそ障害物のない直線の景色が自身を出迎える。
「(ここから、一気に――!)」
脚に力を込め、脚の筋肉を爆発させる。直前にかわしたウマ娘が軽くヨレてきたが、構わず前に抜けだす。
阪神レース場の直線はほかのレース場と比較しても長いほうだ。展開としてはまだ後方ではあるが、ここからでも十分挽回する時間はある。先に前に抜け出していたレフコスピルゴスに並びに行く。
だがそう簡単には追い越せない。自身と遜色ない直線一気の切れ味は、なかなか前へと抜け出すことを許してはくれない。
「(流石GⅠ! 簡単に勝たせてはくれない。でも――)」
「このレース、私が勝ぁつ!」
全力を込めて芝を蹴る。1センチでも前に脚を持ち上げる。
レフコスピルゴスに並ぶ頃には既に一騎打ちの形となっていた。
「負けない! 絶対! このレースの主役は私なんだ!」
「譲ってやるもんか! 私の方が強いんだ!」
ともに声を張り上げながら行われた執念の競り合い。そして――
――自分の身体が、一歩前に、先頭に躍り出る。全身全霊、最後の力を振り絞る。
一度つけられた差は、レフコスピルゴスにそれを縮めることを許さない。必死に抜き返そうとするが、その思い、叶わず――
『悲願成る! 1番人気レフコスピルゴスを退け、勝ったのは――!!』
―――
1バ身もなかったその差は正に接戦。だが、その1メートル程度の差が、結果の全てだった。
「――なんとか、勝った……!」
対戦相手は間違いなく強かった。しかし、それを下して、自分が1着となったのだ。
未だ鳴り止まぬ心臓の音を抑えんと、深呼吸を繰り返す。全身が、使い果たした酸素を取り込もうと呼吸に反応する。
呼吸を整えたころに、ようやく周囲が見えてきた。スタンドから割れる様な歓声がコースを襲いにかかる。その歓声の多くが自身に向けられたものであることに、彼女はようやく気が付いた。
「勝ったんだ……! 私が、GⅠレースで……!」
その事実が脳内を埋め尽くすとともに、ターフビジョンの着順掲示板に『確定』のランプが灯る。1着の欄に灯された数字は間違いなく自身の番号である「9」の数字だった。
全力を賭した脚はプルプル震えており、今にも崩れそうではあったが、それでも前へと歩みを始めた。向かう先はウィナーズサークル。観客がウマ娘と身近に触れ合える区画であり、勝者のみが足を踏み入れることのできる聖域である。
「待て」
そこへ入る直前、背後から声をかけられた。振り向くとそこにいたのは、自身と鎬を削った、2着のレフコスピルゴスだ。
「このレース、絶対勝つと思っていたのに、お前の末脚にはやられたよ」
そう言いながら、苦悶の表情を一瞬その顔に浮かべるも、すぐに清々とした表情に切り替えながら、右手を自身に差し出す。
「最後までどうなるかわからなかった。1バ身だって離すことはできなかった。
……いいレースだったよ」
彼女は言葉とその手を握り返す。初めてのGⅠで1着と2着を競り合った2人のウマ娘が握手を交わしたその姿に、スタンドは再び歓声を上げた。
「私はこれからマイル戦線に向かう。あんたは?」
「私はクラシック路線かな。この脚はもっと長い距離を目指せるはずだから」
「そうか。じゃあ再戦は当分お預けか」
将来の展望を分かち合うも、彼女からその答えを聞いたレフコスピルゴスは少し悔しそうにしていた。
「……またいつか、勝負しよう。そこでもう一度、私のほうが上だと証明してあげる」
脳が答えを導くより先に口からついて出た自身のセリフに、彼女は驚いた。
レフコスピルゴスもそのセリフに目を見開く。しかし、一瞬浮かべた喜びの表情を見て、取り消そうと思う気持ちは起こらなかった。
「……わかった。次こそは必ず私が勝つ。それまでに首を洗って待っていやがれ!」
「こっちのセリフだよ。今度こそ完膚なきまでに叩き潰す!」
再戦を誓い合う2人のウマ娘は、来年のクラシック戦線において大きな目玉となるだろう。レース場でその姿を見ていた人々にそう思わせるほどに、彼女らの姿は光り輝いていた。
久しぶりに小説みたいなものを書きました。
主人公ウマ娘の名前は明記しない方針で行きます。
(いい名前が思いついたら差し込むかもしれませんが)
想像以上に疲れた。