目の前の勝利を追いかけて   作:後藤 カルム

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先週の投稿後、流行り病に倒れて投稿が遅れました。


新たなる道 ―日本ダービーの後に―

 右を走るソルスティスを視界の端に追いやったまま、全身全霊でゴール板の前を駆け抜ける。ゆっくりとスピードを落とし、呼吸を元に戻す。

 

「勝った……勝った……!」

 

 スピードを落としつつ、小さくガッツポーズを決める彼女。スタンドからは、怒号とも絶叫ともとれるような歓声が響き渡っていた。スタンドへ向かって、拳を高くつき上げる。その瞬間、一段と大きな歓声が沸いた。

 ふと振り返ると、ソルスティスが近づいてきていた。

 

「ダービー勝利、おめでとう。悔しいが、強い走りだった」

 

そう言って手を差し出すソルスティス。その手を握り返す彼女。

 

「貴女こそね。いつ抜かれるかと冷や冷やしたわ」

「でも次こそは負けない。また君と勝負できる時を待っているよ」

 

 また歓声が沸きあがる。自分たちの握手に沸いたものではないようだ。

スタンドを見ると、観客の視線はターフビジョンに向けられていた。同じくターフビジョンに目を向ける。

 

『なんとレコード! 日本ダービーのレースレコード更新です! 昨年更新された日本ダービーのレコードタイムを、なんとコンマ6秒縮めました!』

 

「悔しいな。あのタイム、私が出したかった」

 

 声を掛けられる。見るとそこにいたのはアビスアックス。先頭集団から粘って掲示板に番号を残した、弥生賞で彼女に先着したウマ娘である。

 

「貴女もあの最終直線で粘るなんて流石よ。あのペースなら最後に垂れたって全然おかしくなかった。これなら菊花賞、勝てるかもね」

「お褒めの言葉、どうも。

……皐月賞に続いてダービーも君たちに譲った。だが最後の菊の冠、これは私が戴く。見ていろよ」

「大した自身だね。でも、君ならきっと、って思える。頑張って」

 

 最後に3人、拳を合わせ、互いの走りを称賛、次のレースの健闘を祈って、地下バ道へ進む通路へ向かっていった。

 

―――

 

 アビスアックスとソルスティスは地下バ道へ下ったが、彼女はまだターフの上をスタンドへ向かって走っていた。地下バ道へ向かう前に大事な仕事がある。

ウィナーズサークルで応援してくれたファンや観客へ応えるために、彼女は片手をスタンドへ振りつつ向かっていた。観客の目前を通ると、目の前の観客たちが沸きあがるのが見て取れる。自分の動きに合わせて観客がウェーブしているように見えて面白いな、など考えながらウィナーズサークルへ入っていく。

 

『それでは、日本ダービー優勝者インタビューの時間です。

レースレコード更新しての勝利、本日はおめでとうございます!』

「ありがとうございます」

 

インタビュアーの声に、観客の目が一斉にこちらを向くのが感じられる。こうして優勝インタビューを受けるのは朝日杯FS以来だが、注目度はそれとは比較にならないレベルだ。レースで温まった身体が元の体温に戻ろうとしているのも合わせて、緊張で身体が固まりそうだ。

トレーナーも合流し、隣に立っている。頬に一筋何かが伝った跡があるのは今は指摘しないであげようと思う。

 

『日本ダービーを勝利したということで、是非、今の感想をお聞かせください!』

「感無量、ですね。強豪揃いのこのメンバーに勝利できたのは本当に嬉しいです」

 

今までとは違う視線の数や注目度に慄きながらも答えていく。トレーナーのほうはGⅠレースの勝利を何度か経験しているためか、特に取り乱したり緊張したりということはない。

そして、彼女にとってはこのインタビュー最大の課題であるあの質問がやってきた。

 

『さて、晴れてダービーウマ娘の称号を得た今、次走の予定などあるようでしたら、教えてください』

 

トレーナーに振り向く。トレーナーは首肯して返す。夢へ向かって、扉を開くときだ。

 

「花の都へ――フランスへ。凱旋門賞へ向かいます」

 

 歓声が驚愕に染まる。インタビュアーも、これには後の言葉が続かないようだった。

 

『が、凱旋門賞ですか……。それは以前から決められていたことで?』

「はい。凱旋門賞は、私のレース人生で達成したい目標の1つです。今年行くかどうかは日本ダービーの結果次第でしたが、今回の結果を受け、凱旋門へ向かうことを決めました!」

 

 スタンドはどよめきに包まれる。おそらく誰も予想していなかった返答に東京レース場は大きな混乱を見せている。

 

「無謀な挑戦と言われるかもしれません。国内で走ってほしいという声もあるかもしれません。でも、決して、伊達や酔狂で言っている言葉ではない。私はフランスに、勝つために行きます」

 

 彼女は真剣な顔で、目の前の人たちに、レース場の観客に、日本中のファン達に訴えかけるように、一語一語、語気を強めて話す。その間の彼女を、観客は口を噤んで聞いていた。

 

「だから、是非! 私の世界への挑戦を、応援して下さい!」

 

 最後の一言を笑顔でそう告げる。観客からは一拍おいて、拍手が鳴り響く。

再びトレーナーを振り向いて見る。よく言った、と言わんばかりの顔で、観客と共に手を鳴らしていた。

 

 世代最強となった彼女は、海外へ自身の実力を見せに向かう。その旅路が彼女にとって善きものであるかどうかは、今は誰も知る由はない。

 

―――

 

 日本ダービーから早一週間、彼女は相変わらずプールで泳いでいた。もちろんトレーニングとして。

いや、最初は小休止としてしばらくトレーニングを行わない予定であった。

なにしろ『壁を超えた』とまで評されるレコードタイムで幕を下ろした日本ダービー。その中に潜む悪魔は、既に3人のウマ娘の脚を蝕んでいた。

そのうち2人はリネアインヘニオと、最後の叩き合いで彼女に迫ったソルスティス。両陣営とも、今夏は療養に努め、秋の復帰を目指すと発表している。そんな『死のダービー』の再来とも言われたレースの勝者に何もないことはないだろう。皆、そう考えていた。

 

「いやぁ、悪いところは見当たらんな。健康そのものだ」

 

と、念の為受けた精密検査の結果を医師から聞くまでは。

 

 今の彼女は凱旋門賞に向けて、ダービー前以上にトレーニングに精を出している。その足元にも翳る要素は見当たらない。彼女は正しく健康体そのものであった。

それどころかレース直後からいつも通りの大食いを発揮して体重が増えてく一方なので、トレーナーも驚きを通り越して呆れ返り、小休止を取りやめ練習メニューを渡してプールに向かわせた、という次第である。

 

「――まあ、凱旋門賞へ向けた調整が早めにできると考えれば、悪いことではないか」

 

 そんな並のウマ娘の耐久性を優に凌駕する彼女を見て、彼女はこれからも成長し、より大きな記録を遺すウマ娘になるだろうことを確信するトレーナーであった。




体調管理には気をつけましょうね。
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