目の前の勝利を追いかけて   作:後藤 カルム

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とんでもなく遅刻しました。


未踏の舞台 ―ニエル賞―

 ゲートが開いた瞬間、脚に力を込めてスタート。今までのレースと比較しても最高レベルの好スタートを切ることができた。前方集団に入ったが、ペースは上げず、他のウマ娘が先行するのを見守り、バ群の後方につく。ずっと前線で走り続けるのは彼女の脚質に合っていない。おまけにここまで沈む足場は彼女のレース経験にないそれだ。

 

「(想定していたほど走りにくいわけでもない。でも、ペースに対するスタミナの消耗は確かにある……)」

 

 欧州のレースは序盤に足を溜め、ラストスパートに溜めた足を解放して高加速で前へと向かうスタイルが多いと聞いている。そんなレース展開に合わせるにはここでペースを上げるのは悪手である。事実全体のペースは日本と比較して遅めだ。

 

『フランスのレース展開とバ場の走り方をしっかり身に着けることを念頭に走ってこい』

 

トレーナーに言われたことを思い出す。このレースはあくまで前哨戦、本番のレースではない。

 レースを走る以上、勝ちに行く姿勢は忘れてはならない。しかし今回のレースの目的を考えれば、ここで前へ出るべきではない。

 

 現在のペースを上げることなく、他のウマ娘が先行する様を眺めながら最後尾に着く。現地のペースを自身の身体に覚えさせつつ、彼女らの走り方を観察する。

 

ロンシャン2,400mのコースは日本のそれとは大きく異なるコースの形をしている。第2コーナー付近に存在するポケットからスタートを始め、そこから直線を1,000m駆け抜ける。その途中、高低差1.2mの坂を600mで駆け上がらなければならない。数値だけ見れば日本にはもっと傾斜が大きい坂道があるが、欧州の沈むバ場を踏んで駆け上がる坂道はやはりパワーとスタミナを消耗する厳しい道のりだ。

 

 バ群は今、その坂道へと足を踏み入れる。どのウマ娘も大きくペースを落とすことなく坂を駆け上る。隊列も大きく変化がないままだ。中腹は木々がコースを覆い、視界が少しの間暗くなる。森を拓いて整備されたレース場という側面がここでも見られたことに少し感嘆しながら前を走る6人のウマ娘について行く。

 

 峠を越えれば今度はコーナーである。コーナーは第3、第4コーナーの2つしかない。その上その全ての区間を使用して直線で上った坂を下る。ペースが下がりやすいコーナーで下り坂によってペースを強制的に上げられることでスタミナ管理とペース配分を難しくさせてくる。ここまで落ち着いてきたバ群が崩れるとしたらこのタイミングだろう。何が起きてもいいように展開を注視する。

 固まっていたバ群が僅かに伸びていく様子が見えた。先頭を走っていた2人のウマ娘、特に1番のウマ娘が前へ前へと伸びていく。しかし中団のウマ娘たちはそれについて行かず、自分のペースを維持している。600mという短いコーナー区間をあっという間に通り過ぎると、前が開けて直線コースが姿を現す。

 

 これがロンシャンレース場の最大の特徴、偽りの直線(フォルスストレート)である。最終コーナーを過ぎればゴール目前の最終直線、という固定観念を覆すコース設計は、予め知っていても目の前にすると足に力が入ってスパートを掛けてしまうウマ娘が非常に多いことで有名だ。

 しかしこの場で走るウマ娘はその全員がGⅠ級。大きく掛かるウマ娘は流石にいない。前も後ろも自分のペースを守っているが、レースは既に終盤へ入っている。中団のウマ娘も少しずつペースを上げている。

 

自分の目の前を走る7番のウマ娘がその前のウマ娘を追い抜いて行った。約250mの偽りの直線も終わりを迎え、真の最終直線の争いが幕を開ける。

 

「(ここが仕掛け時――か!)」

 

 外ラチ側へ舵を切り、沈み込むバ場を思いっきり踏みつける。向かうは7番のさらに外側。最終直線、残り500mで全てをぶち抜いてゴールをすれば、勝利だ。

 バ群が横に広がった。自分を含め、後方で控えていたウマ娘たちが豪脚を発揮して前へ行かんと競りかける。中団のウマ娘も後ろを振り切り、前を越さんとする。その中にはキロピゴッツィもいた。彼女が現在3番手。逃げ切りを狙う前2頭を追い詰める。

 脚の回転を速め、前を走っていた7番を追い越そうとするも、粘る7番は僅かにその先を行く。残り400m地点に到達しても抜き切れず、7番のハナ差後ろに続く形になっている。

 

「(流石に……思うように加速が入らない! でも!)」

 

 逃げ切ろうとする7番をなおも捕まえ続ける。気が付けば後ろに3人のウマ娘が見えるが、前にも同数のウマ娘が残っている。残り200m。なおも隣の7番を抜き去れない。それどころか7番のウマ娘に1歩前へ抜かれて、差をつけられてしまった。

 

「くそ……っ!」

 

 さらに力を込めて芝を蹴るが、差を縮めることはできない。そのまま残り100mを切る。

 前へ出た7番の奥に見えるのはキロピゴッツィ。彼女が先頭となり、自分の前を走る2人のウマ娘すら置き去りにせんとする。

 

「(まだだ……! まだ! もっと行ける……はず!)」

 

 燃える想いとは裏腹に身体は前へと伸びることなく。残り50mを通過しても、7番との差すら縮まることなく、キロピゴッツィもまだ遠い。

 そのまま、キロピゴッツィがゴール板の前を通り過ぎる様子をただ見る以外何もできず、自身も遅れてゴール板前を通過する。自身の前には3人のウマ娘。3着のウマ娘からは2バ身の差。それでも確かに、同じクラシック級のウマ娘相手であっても差があった。

 

―――

 

 掲示板には何とか番号を載せられたものの、まだまだ課題があること、舞台の違いがあるとはいえ、同期のウマ娘からも差を見せつけられた難しい結果になった。

 

「どうだった。凱旋門賞の舞台は」

 

 コースを離れ、関係者スペースに入ったところでトレーナーに声をかけられる。レース直後で真っ白になっていた頭を冷やし、思考を少し整理して、話す。

 

「――まだまだ、課題が残っていたと思います。同世代相手でもあんなに差をつけられるなんて……」

「ん。確かにまだまだこちらのバ場に慣れていない部分はあっただろう。だが、まだ3週間猶予はあるし、ちゃんと勝ち負けできる実力はあると見えた。凱旋門賞までになんとか出来れば大丈夫さ」

 

 少し落ち込む彼女にトレーナーはそう励ましの言葉を送る。励ましとは言っても、彼はいい加減なことを口にするタイプではないため、その言葉に偽りや無意味な内容はない。

 

「この芝でもお前はちゃんと走れる。あと3週間、しっかりトレーニングを重ねれば、本番も間違いなく勝負ができる。……頑張ろう」

「……はい!」

 

 レースには負けたが、悲観している場合ではないのだ。既に本命の凱旋門賞は目の前へ迫っている。それまでにトレーニングで現状の差を縮め、万全の態勢で臨む。ニエル賞で現状の課題を確認できたことで、トレーニングの方向性を見極められたのも大きい。

 

「……次は絶対、天辺を取る」

 

―――

 

 フランストレセン学園に戻り、やけ食い――ではなくレースで消耗したエネルギーの補給のため食堂で食事をしていると、グリードフルートが声を掛けてきた。

 

「ニエル賞見たぜ。初めての海外レースにしちゃ、悪くないんじゃなかったか」

 

 労いの言葉を送りながら彼女のテーブルに座るグリードフルート。その隣には青鹿毛のウマ娘がいた。グリードフルートの「お前もそこ座れ」の声に従い、青鹿毛のウマ娘も同じテーブルに着く。

 

「こいつは『タマスダレ』。おれたちと同じ日本のウマ娘で、今年の天皇賞(春)2着のウマ娘だ」

「『タマスダレ』です。私も凱旋門賞を走る予定よ。よろしくね~」

 

 タマスダレと名乗る青鹿毛のウマ娘は、ゆったりとした話し方で名乗る。しかしその雰囲気は、歴戦の猛者であることを不思議と匂わせた。

 

「しかし一度に『4人』も日本のウマ娘が凱旋門賞に出走するなんてなあ」

「4人、ですか? もう1人……?」

「ええ。『あの子』が来るわ。到着まではもう少しかかるらしいけど」

 

 そこまで言われて、彼女も思い出した。夏合宿開始直前に世間で話題になったニュース。彼女も耳にしていたそのウマ娘は、菊花賞、天皇賞(春)、宝塚記念とGⅠレースを3勝し、日本最強のウマ娘だと巷で騒がれる存在。

 そんなウマ娘が凱旋門賞を狙うと宣言し、日本国内は大きく賑わっていた。

 

「日本の大きな戦力が揃って凱旋門賞に参戦するんだ。『チーム・ジャパン』といっても差し支えないだろ」

「日本レース業界が何としても手に入れたい冠ですもの。日本中が私たちに期待している」

「勝ちたい、ですね。絶対に……!」

 

 日本出身のウマ娘たちが集まり、改めて自分たちが背負う想いの大きさを再確認する。

過去最高のメンバーとすら噂される彼女らチーム・ジャパンは、50年もの間未開の扉を開けんと決意し、食事を済ませてその場を後にした。

 




最近なかなか書く時間を取れていないと言い訳をしながらも
ちゃんと週一投稿は頑張ろうと思っていますのでお許しいただければ。

ぱかライブのボリューム大きすぎて逆に頭が空っぽになりました。
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