「っしゃあ! 宝塚記念から足が鈍っていないか見てやるぜ!」
「そっちこそ、ドーヴィル大賞挟んで疲れちゃったなんて言わないでよ~」
タマスダレが来仏してから、日本出身のウマ娘3人は『チーム・ジャパン』を結成して時々合同でトレーニングを行っていた。本日はグリードフルートとタマスダレの併走トレーニングとなっている。彼女は横でゴール役をしながら2人の走りを見ていた。
最初はグリードフルートが先行し、その後ろをタマスダレが追う流れとなる。タマスダレはそのおっとりとした雰囲気から察せられる通り、調子が上がるのに時間がかかる癖があるため、後方からのスタートとなった様子。反面グリートフルートは序盤から先団に構える方が得意らしい。
徐々にタマスダレの脚に力が入るのがわかる。それと並行してスピードも上がっていき、前を走るグリードフルートに追いつかんとする。グリードフルートも抜かせまいとトップスピードを維持し続ける。どちらも譲らぬまま、彼女の正面を通過――併走トレーニングを終えた。
「――っはー! やっぱお前スタミナあるなぁ! 全力出し尽くしたぜ」
「そちらこそ、ナイスガッツ、だったわよ」
彼女の先を行く2人のシニア級ウマ娘が互いの走りを讃えている。クラシック級も後半を迎えた今、2人のようなシニア級ウマ娘と同じ舞台に立つことになるのだと、凱旋門賞を含め、自分がこれから相手をするのはあのような洗練された肉体を持つウマ娘たちなのだと、その実感を強く覚えたフランストレセンの1日だった。
―――
凱旋門賞に向けたトレーニングの傍ら、彼女はパリの街を散策していた。せっかくフランスへ来たのだから、その街並みを歩いて異国の空気を感じるのも将来役に立つことがある――とはトレーナーの談。
とはいえ慣れない街を独りで歩くのは大変であるし、日本と違い治安の問題もある。犯罪や事件に巻き込まれるなんてことがあってはいけないため、あるウマ娘に同行を願い出ていた。
「一緒に来てくれてありがとう。助かったわ、
『ニエル賞の休養期間で暇だったから、これくらいお安い御用よ。というか貴女もニエル賞走ったばかりなのによくトレーニングできるわね……』
ピゴ――キロピゴッツィである。彼女と共に走ったニエル賞で勝利し、重賞2勝目を達成したウマ娘は、その快走で消耗した脚を労っていた。
『そういえばまだ言ってなかったわね。ニエル賞勝利、おめでとう』
『ありがとう。でも貴女もすごいわよ。日本とは全然違う芝だっていうのに、初めて走ってあのメンバーで4着。シニア級のウマ娘たちも手強いから凱旋門賞でも勝てる、とは言えないけど、いいところまではいけるんじゃない?』
ニエル賞当日はレース後の身体異常の確認のため、キロピゴッツィに会うことなくレース場を離れたため、彼女と2人で会って話すのはこの日までなかった。彼女自身、レースの結果に思うところはあるものの、キロピゴッツィの奮闘と勝利は純粋に讃えたいと考えていた。
キロピゴッツィの彼女の評価も他者と同様だった。フランスクラシック三冠の一冠『パリ大賞』で2着という好成績を残した彼女の言に信用性がないはずもない。しかし
『でも、同じクラシック期のウマ娘相手でさえ小さくない差をつけられた。悲観もしていないけど、楽観もできない状態ね。それに、凱旋門賞には貴女やパリ大賞に勝利した子も参戦するのでしょう。それまでにここのバ場に適合できるか……』
ニエル賞を走ってから、ずっと彼女の脳内を巡っていたことだった。アウェイであることを差し置いても4着という「悪くはない」成績。残り1ヶ月でバ場を克服した上でシニア級の世界レベルを相手しなければいけないとなると、気後れしてしまっていたのだ。
そんな彼女の様子を見ていたキロピゴッツィは少しばかり逡巡する様子を見せていたが、意を決したように口を開いた。
『……私、凱旋門賞には出ないの』
『……え!?』
彼女にとって寝耳に水であったその言葉に、つい大きな声で聞き返す。
『トレーナーに言われたの。「君にはもっと軽いバ場が合っているんじゃないか」って。凱旋門賞は時季の問題でバ場が重くなりがちでしょ? まだ出走登録もしていなかったし、違う舞台を試してみないか、って』
『違う舞台って……でも欧州じゃどこも同じじゃない?』
『そうね。つまりは海外遠征。あなたと同じように、アウェイな舞台で指折りのウマ娘たちと戦うことになる』
『……よく、決断できたわね』
『物は試し、よ。自分の適性を把握しておくのは以降のレースキャリアの構築にも大いに役立つでしょうしね』
『強かね。それで、どこに行くつもりなの?』
彼女が訊ねると、キロピゴッツィは目を細め、彼女を見つめる。先ほどまで見えなかった闘志の炎がその目に宿っていた。
『「Japan Cup」。貴女の故郷で、極東のレース大国である Japon の地で、私は私の力を見せつけに行くわ』
本日2度目の驚きだった。凱旋門賞に向けていた彼女はキロピゴッツィを仮想敵の一角としてトレーニングをしていた。それがこの地で最低限、乗り越えなければいけない強さの指標と見ていたからだ。
そんな彼女は、自身の生まれ故郷である日本に目標を据えている。それも、凱旋門賞同様、開催国の優駿たちが揃うジャパンカップという大舞台を。クラシック級ながら、開催地に所属する歴戦のシニア級ウマ娘たちを相手にすることを目前にしている。正に、欧州最高峰のレースと言われる凱旋門賞を前にする彼女と同じ立場だ。
『日本に……! すごいわね、貴女は、本当に。
でも、日本のウマ娘は一筋縄じゃいかないわ。覚悟して臨むことね!』
『
もしできるならジャパンカップにも参戦してちょうだい。貴女のホームでしっかりと、私が上であることを証明するわ!』
思いがけないキロピゴッツィの次走。奇しくも同じ立場となった同期のウマ娘の存在は、ニエル賞の敗北を受けてブルーになっていた彼女を奮起させることとなった。
―――
キロピゴッツィとのパリ散策から数日後、彼女を含めたチーム・ジャパンは揃ってパリ市内の国際空港を訪れていた。
「にしても、随分な重役出勤だよな。こんなギリギリに来ておいて大丈夫かねぇ」
「仕方ないわ。家庭の事情だもの。調子はいいって言っていたからきっと大丈夫よ」
グリードフルートとタマスダレの会話を軽く聞きながら、彼女は到着フロアの出口を見つめている。一昨日、宝塚記念を制覇しGⅠ3勝を達成した『ケープチャンプ』からこの時間に来仏すると連絡があり、チーム・ジャパンの3人は折角だからと出迎えに訪れていた。
彼女にとって、これがケープチャンプとの初対面となる。競走ウマ娘のキャリアとしては自身の1つ上の世代であり、菊花賞を勝利して以降の台頭ぶりから名も顔も知ってはいたが、学園で顔を合わせる機会がなかった上、所属寮も栗東寮の彼女に対しケープチャンプは美浦寮だった。
到着フロアが騒々しさを増す。ケープチャンプが搭乗している飛行機が到着し、乗客が降りてきたのだ。多くの乗客が出てくること数分、遂にケープチャンプが姿を現す。
「おお! 遅かったなグランプリウマ娘! こっちはすっかり洋芝に足が慣れちまったぜ!」
「これでようやく、チーム・ジャパンも揃ったわね〜」
グリードフルートとタマスダレがそれぞれ出迎えの言葉を送る。ケープチャンプはニヤリと笑って言葉を返す。
「待たせたね、りんごにぼたもち。ちゃんと体調を維持できているようで何よりだ。
最も、維持しているんじゃ私には一生勝てないけどね」
売り言葉に買い言葉と言わんばかりに啖呵を切るシニア級ウマ娘たち。セリフに対して浮かべている笑顔に険悪な様は見られないことから、これが通常運転であることが窺える。
「お、君が今年のダービーウマ娘だね。噂は聞いているよ」
ケープチャンプがこちらを向き、彼女の身体をまじまじと観察しながら話しかける。
その目力に一瞬慄くも、すぐに胸を張り返事をする。
「初めまして。目下、日本最強と噂されるケープチャンプさんと共に走れることを楽しみにしていました」
「堅苦しいのはやめてもらおうかな。むず痒いし、私だってまだまだシニア級に上がって1年も経っていないんだ」
慇懃な態度で挨拶をしようとする彼女を、ケープチャンプは片手を振って制止する。グリードフルートは少し驚いたような、タマスダレは面白そうな笑みを浮かべて様子を見守っている。
「君のダービーとニエル賞は見させてもらった。凱旋門賞出走を表明した時から君は既にシニア級と同じ舞台に上がっているんだ。ダービーの末脚が凱旋門賞で炸裂すること、楽しみにしているよ」
まあ、勝つのは私だけどね。の一言で締めるケープチャンプに苦笑いを浮かべる彼女と2人のシニア級ウマ娘。しかし彼女の実力、そしてその末脚が日本最強にも認められていることが本人の口から伝えられたことは、自覚こそなかったものの、彼女にとって小さな自信となっていた。
次回、凱旋門賞。