目の前の勝利を追いかけて   作:後藤 カルム

16 / 18
今回が凱旋門賞と言ったな。あれは嘘だ。

(編集途中の状態で一瞬投稿されていました。失礼いたしました)


挑戦へ ―凱旋門賞の前に―

「……」

 

 凱旋門賞当日、彼女はパリロンシャンレース場にてあてがわれた控室にて、静かにレースの準備を行っていた。

 

「大丈夫か?」

「ええ。やるべきことはやってきましたから」

 

 あまりに淡々と準備をしていたせいか、トレーナーから心配されてしまったが、彼女の調子は少し前と比べて格段によい。メンタル面も復調していて、これから始まるレースに内心は燃え上がっているほどだ。

 

 今回の凱旋門賞は日本のほかに、イギリスやアイルランド、ドイツのウマ娘も参戦し、総勢20人立てでの開催となる。ドイツ在籍の前年度の覇者、GⅠを5連勝し、連勝街道をひた走るイギリス所属のウマ娘、クラシック級のウマ娘も各国のダービーウマ娘を始め、三冠レースの覇者、及ばずとも掲示板に番号を載せたウマ娘ばかりである、その中にはパリ大賞でキロピゴッツィを下したウマ娘もいる。欧州の最高レベルで鎬を削る名だたるウマ娘が名を連ねる豪華な出バ表となった。

 

―――

 

 前日には雨が降り、午前中は上がっていたものの午後になりまた降り出した。バ場状態は『TRES SOUPLE』。前走のニエル賞より更に一段階緩くなった『重』だ。また、最終直線は殊更緩くなり、日本基準の『不良』にほど近い状態という情報もある。とはいえ、季節柄バ場が重くなりやすいレースであることは承知の上。この程度ならば想定内だ。

 今回の彼女の出走番号は『19』、ゲート番号は『3』。ニエル賞とは大きく変わって内枠である。

 

 1か月ぶりに踏んだ芝はやはり緩く、以前よりさらに足が沈み込む。足を上げれば表面の芝が靴の裏についてきそうなほどに湿り気が高い。より足を上げるパワーがいるバ場となった。

 

「なかなか厳しい環境になったね。雨も酷くなってきそうだ」

 

 隣でケープチャンプがぼやく。欧州の芝を初めて踏むケープチャンプは、フランスの競馬誌にて『彼ら(日本)の夢』と紹介されていた。正しく日本代表の顔であり、現地のレース界においてもその実力を認められている証左と言えるだろう。そんなケープチャンプの出走番号は『11』、ゲート番号は『10』。逃げを専売特許とするケープチャンプには可もなく不可もなく、といった具合だろう。

 

「あいつらだって別に重バ場が得意ってわけじゃねえ。だが日本では経験しにくいこの緩さは、相対的に向こうのアドバンテージになるだろうな」

 

 そう話すのはチーム・ジャパンの中でいの一番に現着していたグリードフルート。同じフランスのドーヴィルレース場にて行われるG2レース『ドーヴィル大賞』にて2着の好走を残している。良バ場で行われたレースではあるが、その経験はきっとこの日も活きるであろう。

 

「これでも昨年よりはまだ軽いほうなのよね~。私はリベンジも果たさなきゃいけないし、気合い入れていくわよ~!」

 

 唯一、2度目の凱旋門賞参戦となるタマスダレは、昨年度の結果が最下位という結果であったことからリベンジに燃えている。幾多のGⅠレースに出走しながらも未だ制覇を成し遂げられていないこともあり、初戴冠に燃える想いも一入だ。

 

 

 そして

 

「遂に来たんだ。憧れの、夢の舞台へ――」

 

チーム・ジャパン唯一のクラシック級にして日本ダービーウマ娘。まさに世代最強の看板を引っ提げて夢の扉を開けに来た彼女。先月は前哨戦ニエル賞にて初めての洋芝を経験しながら4着という結果。欧州における同レベルの相手にも渡り合う力を持つことを証明した。

 

「Hi」

 

 声をかけられる。その方を向くと、そこには5人のウマ娘が固まっていた。

全員、顔は知っている。欧州各国にて力を示し、クラシックの冠を頂いたウマ娘たちである。そのうちの1人、真っ白な勝負服に身を包んだウマ娘が声を上げる。

 

『私は「ビアンカ」。君の話はピゴから聞いている』

 

 1ヶ月の滞在で聴き慣れたフランス語ではない、隣の島国の言葉で話すそのウマ娘の名には覚えがあった。フランスクラシックレースの一冠とされるパリ大賞にてキロピゴッツィを最後方から差し切り、打ち破ったアイルランドのウマ娘。キロピゴッツィからもそのレースの話はよく聞いていた。

 

『日本のダービーウマ娘よ。君がこの地でどれほどの能力を見せてくれるのか、同期一同、楽しみにしている。せいぜい足を取られないよう、頑張ってくれよ』

 

 確かに今日の足元は緩く、足を取られないように注意しなければいけないバ場であるが、そんな直接的な気遣いをされたわけではないことを察するには容易だった。

だからこそ、言われっぱなしではいけない。いられない。

 

『今日のレースは数多の戦線を潜り抜けてきたウマ娘だって多数いる。同期に勝てればいい程度の実力で勝てるレースじゃないわ』

 

 超えるべき相手は更に上にいる。お前らなど超える目標において眼中にはない。そんな意味を汲み取ってくれたのか、ビアンカを始めとした5人のウマ娘たちは皆、面白そうに笑みを浮かべる。無論優しく微笑むそれではない。獲物を前にした獰猛な獣のような、狩りをする前の如きそれだ。

 そしてもう1つ、喧嘩を売られたからには買ってやらなければいけない。フランスに行く前に教わった挨拶をしよう。

 

La victoire est à moi(調子に乗んな)!」

 

教えてくれたウマ娘は「いい勝負をしよう、って意味ですよ!」なんて人懐っこい笑顔を浮かべながら言っていたが、この状況でこの一文がそんな生易しい意味にならないことは、フランス語を学び始めて間もない彼女にも容易に想像できた。当人には悪いがあまり口にしないようにしようと考えていたものの、こうも舐めたような態度で来られては、言わない方がよろしくない。

 その一言で目の前の5人のウマ娘は勿論のこと、続々と集まり始めていた欧州のシニア級ウマ娘の額にも青筋が浮かんだ様子が確認できた。特にフランス勢の怒りが強くなっているのはさもありなん、といったところだろう。

 

 言うべきことは言ってやった。ビアンカたちに背を向けチーム・ジャパンの下に戻ると、ケープチャンプはこれまた面白いことになったと、タマスダレはいつも通りの柔和な笑顔で、グリードフルートは「おれでもそこまではやらねえよ」と言いながら腹を抱えて笑い転げていた。実際に転がっては服が汚れて重くなるのでやっていないが。あとグリードフルートは同じ状況だったら絶対にやっているだろう。チーム・ジャパンの全員が内心でそう思った。

 

「やるねえ、君。そういうの好きだよ、私」

 

 帰ってきた彼女にケープチャンプはサムズアップで応える。盤外戦術はあまり褒められたことではないものの、売られた喧嘩は買ってやらなければ、それこそ日本代表の名折れである。彼女らは日本のレースファンの夢だけでなく、日の丸の旗を背負った国の顔でもあるのだ。

 

「でも、これで日本への、特に貴女へのマークは特に厳しいものになりそうね」

 

 タマスダレがケープチャンプに懸念を零す。しかしケープチャンプは気にした様子もない。

 

「そこは任せといて。しっかりアイツらの気を引いておくから。君たちこそ私のペースにちゃんとついてきなよ」

 

 ケープチャンプは先頭で自身のペースを作りつつ、後続のペースや脚を崩しながら自身の持久力で逃げ切る戦法を得意としている。ただでさえ位置取りや実力からマークが付きやすいのに、その密度を上げることになってしまったが、本人は胸を叩いて自信満々に応えた。

 

 そうこうしているうちにゲート入りの時間が近づいてきた。ニエル賞の際に見たゲートが目の前に聳え立つ。しかし今回のレースは20人立て。7人立てだったニエル賞の時と比べると、その規模の差に圧倒されそうになる。

 

「さあ、行こうか」

「目にもの、見せてやるぜぇ」

「今度こそ――!」

 

 シニア級の3人が各々の想いを込めて、故郷の思いを背負って、自らのゲートへ足を運ぶ。彼女は一度立ち止まり、胸に手を当て、想いを再確認する。

 

「(勝つ。夢の舞台で――絶対に勝つ!)」

 

 ほかのウマ娘たちも順調にゲート入りを進める。彼女も自身の足を前へと進め、自身のゲートに入った。




なんかいろいろ書いてたら尺が長くなったので本番は次週へ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。