お待ちいただいた方々には申し訳ないことを致しました。
父親の、そして日本のレースファンの悲願のため挑戦した凱旋門賞は、19着でのゴール板通過、最有力と期待されたケープチャンプも11着という、チーム・ジャパンとしてもこれ以上ない大敗北を喫してその幕を下ろすこととなった。
「バ場が合わなかった、と言ってしまえばそれまでだが、にしたって酷ぇ結果だな」
チーム・ジャパンで先んじて口を開いたのはグリードフルート。海外のレースにおいても結果を残しているグリードフルートも、このバ場には苦しめられていた。
「結局私は去年とおんなじような結果になっちゃったわね~。今年こそは、って思っていたんだけど……」
続くタマスダレ。昨年の同レースで最下位となってしまった屈辱を晴らさんと再挑戦したが、結果は18着。思い叶わず散ってしまった。
雨と泥に塗れた勝負服と同様に重い足取りで揃って関係者スペースへ向かう。
合わないバ場だった。慣れ切っていないアウェイのステージだった。理由など、いくらでも挙げようと思えば挙げられるだろう。しかし、条件など誰もが同じで、それを覆す実力がなかった。むしろ最後まで前に出ることができず、ただただ最後尾をひた走るだけとなってしまった今回のレース。どうあがいても自身の実力が出走ウマ娘の中で下位に位置していたことは火を見るよりも明らかである。
何がダービーウマ娘か。何が世代最強か。この程度の不利で惨敗する実力で、世界最強を目指すなど、よくも言えたものだ。所詮は島国の、井の中の蛙だったのか。
自身を卑下する言葉ばかりが頭の中を巡る。巡るほどに足取りは重く、歩く速度も遅くなる。
「お疲れ様」
控室に着く前にトレーナーの声がかかる。わざわざ迎えに来てくれたことがわかると共に、そうさせるほどに自身の調子が良くないと見られていることも理解する。当然か。
「悔しいです。父の、日本の悲願を果たすためにここまで来たのに、全く自分の走りができず、大敗を喫しました」
「ああ、環境と展開が完全に悪い方に行ってしまった。結果、君の力を完全に発揮できずに終わってしまったな」
だが、と一息ついてトレーナーは再び口を開く。
「また次がある。クラシック期の幕は閉じるが、来年からはシニア級として新たな舞台の幕が開く。君のレース人生はまだまだ始まったばかりで、リベンジのチャンスは来年も再来年もある。今日の敗北を糧にして、次のレースに目を向けよう」
弥生賞や皐月賞、ニエル賞で敗北は経験しているが、それでも掲示板を逃すことはなかった。ここまで着順の数字が大きくなることは彼女のキャリア上初めてで、G Iウマ娘の中には一度の敗北で調子を崩し、以降勝ちきれなくなる者もいる。
トレーナーはそれを心配していたのだろう。今回の敗北で、彼女の以降のレース人生が潰れてしまうことを。
「……はい。この悔しさは、次のレースで――
『ジャパンカップ』で、世界の強豪を全てぶち破って、雪辱を果たします!!」
「ああ、日本で、君のホームで、見せてやろう。君の真の力で――」
「「『逆襲の末脚』で!!!」」
―――
『聞いたぜ、今の話』
トレーナーと話していた彼女に突如声をかけられる。その声には覚えがあった。レースが始まる直前、彼女と挑発を交わし合った声である。
「ビアンカ……」
『アウェイで負けてもホームなら勝てるって? 随分と舐められたもんだね。あれだけの敗北をしておきながら、さ』
彼女と同じ、泥に塗れた姿でレース前同様に――いや、より苛烈さが増しているように感じられる口調で挑発をかける。
だが当然であろう。ビアンカの着順は10着。中央値のギリギリ上側ではあるが、上位とは言い難い成績である。それでも19着だった彼女よりは間違いなく上位であり、そんなウマ娘にホームなら勝てると言われては腹の虫が治らないというものだ。
彼女も今度ばかりは返す言葉もなく、口を噤む。レース前にあれだけ挑発しておきながらこの結果なのだ。
『いいだろう。私も出るよ、「ジャパンカップ」に』
『え?』
『開催は来月末だろう? なら調整も十分間に合う。ピゴも出ると言ってたし、久々に極東の島国に故郷の旗を立てに行くとしよう』
レース前と同様、気迫のある笑顔が彼女に向けられる。
『貴様のホームで改めて思い知らせよう。貴様の実力を。私たちの力を』
その笑顔は、自身の力を彼女に見せつけてやると、たとえ彼女のホームでも負けはしないという想いをはらんでいる。レース前のように、盤外戦術で彼女のメンタルを崩そうというような濁った思惑は見えなかった。
『――わかった。次は負けない。日本で私たち、日本のウマ娘が負けるわけにはいかないから!』
再戦を胸に、彼女はビアンカの目を見つめ返す。数秒の後、2人は口端を上げ、握手を交わした。
―――
「そうか、ジャパンカップに……」
数日後、チーム・ジャパンの4人のウマ娘は揃って帰国の途に就いていた。その道中、次走の話になり、彼女はジャパンカップを選択したことを告げていた。
「タフな子ね。私はそこまでには復調する気がしないわ」
「まあ、誰か1人くらいは参戦しないと格好がつかないし、ちょうどいいだろ。よりによって『アイツ』が来るなんて考えもしなかったが」
グリードフルートが呟く『アイツ』とは、今回の凱旋門賞の優勝ウマ娘である。レースの直後、『体調次第であるが、次走はジャパンカップを選択する』と宣言し、日本はもちろんのこと、世界中をも騒つかせていた。
「それじゃあ、そっちは君に任せるよ。私は『有馬記念』を目指す。
ジャパンカップは間に合わないし、府中はあんまり得意じゃないしね」
「私も有馬記念かしらね。長距離の方が向いてるし。あなたは?」
彼女に続き、ケープチャンプとタマスダレが有馬記念を選択する。そして、タマスダレが隣のグリードフルートに発言を促す。
「……ん」
しかしグリードフルートはめを目を瞑り生返事を返すだけ。しばらくの沈黙のうち、口を開く。
「――走らねぇ。おれはトウィンクル・シリーズを引退する」
言葉少なに、ただそれだけを呟く。淡々とした物言いに対して大きなカミングアウトに、今度は3人が沈黙する番であった。数秒の後、グリードフルートは再度口を開く。
「どうにも脚の調子が悪くてな。多分、やっちまってる」
「……怪我を、ですか?」
彼女の返事に、グリードフルートは首を軽く縦に振る。
3人とも、その事実に驚いていた。4人の中で最も欧州のバ場に慣れていたのはグリードフルートであったし、事実レース後に最も早く身体が整っていたのも彼女であった。まさかそんな事態になっていたとは、誰も思いもしていなかった。
「……まあ、潮時ってやつだな。随分長く走ったが、ついぞG Iは獲れなかった。
ここいらで次の目標でも考えるさ」
グリードフルートはあくまで淡々と、何でもないことのような口調で話す。だが、彼女が今どんな感情をはらんでいるか、どんな想いでここまで走ってきたのか、それを察するには、3人には余りあるという言葉では表せない。
「――だがよ」
再三、グリードフルートは口を開く。当事者でないのに、当事者よりも沈痛な面持ちをする彼女らに喝を入れるかのように。
「お前らは間違いなく、これからの日本を、トウィンクル・シリーズを背負って走る存在だって、誰もが認める能力を持っている。おれに同情するなら、おれの分まで盛り上げてくれよ。その能力で、また世界中をギャフンと言わせるようなレース、見せてくれ」
そう言って見せた笑顔は、今までに見せたことのない晴れやかなものだった。競走ウマ娘としての付き合いは短いものとなってしまったが、その在り方に尊敬せずにはいられない彼女であった。
そんなやりとりがありながらも、彼女らの飛行機は故郷へ向かって東進する。これからの活躍を胸に抱えて。
――太陽が既に空高く、輝きを増していることを、知る由もなく。
これからも週一投稿を目指して精進します。