本編に大きく関与するかはまだわかんないです。
共同通信杯から数日後のある日、彼女とトレーナーは都内のとある料亭へ顔を出していた。
トレーナーから「美味しいご飯が食べられる店」とだけ言われ、その悪魔のような蠱惑的な文言に釣られて来たが、予想からは大きくかけ離れた店構えに彼女は思わず後退りをする。
「どうした、入るぞ」
トレーナーは一言告げると、自身のトレーナー室のドアを開けるように料亭の戸を引いて入店する。我にかえった彼女も慌ててトレーナーに続く。しかしこんないい店、朝日杯FSで優勝したときですら連れてきてもらえてない――その時はそこそこいいホテルのビュッフェに連れてってもらっているのだが――。なぜ何でもない日にこのような構えのいい料亭に来たのか釈然としないまま店員に案内されるトレーナーの後ろをついていく。案内された先は個室の客席であった。
「ま、座って待ってな」
促され、トレーナーと向かい合わせに座り、料理を待っていると、個室の扉が開かれた。
「よう、久しぶりだな」
「ええ、お招きありがとうございます」
「……!!!??」
扉を開いたのは、今は寮生活のため離れて暮らしているはずの、彼女の父親であった。
―――
「ところでどうだ、うちの娘は? いろいろ迷惑かけてないか。主に食事の量で」
「まあ、毎度驚かされているけど、食べないよりはいいよ。ウマ娘はストレスで食べる量が減って栄養補給がままならない娘も多いから、その心配がないのはありがたい。トレーニングで食べた分の消費もできてるしね」
彼女の父親が来店後料理が届き、和気藹々と会話する2人の大人の横で、彼女は少々居心地悪そうに料理をつまんでいた。なんでも彼女の父親とトレーナーは以前より友人関係で、時々会ってはレース談義に花を咲かせていたらしい。今日は父親が仕事の都合で東京に出てきたついでに食事をしたいと、娘に内緒でトレーナーを呼び出したということだった。
余談だが、トウィンクル・シリーズに参加しているウマ娘やトレーナーは、その全員が運営元のURAのホームページにて担当トレーナーやウマ娘、出走レースの成績などのデータが公開されている。彼女の父親はそこで彼女の情報を閲覧したところ、自身の友人であるトレーナーが担当になったことを知ったわけであった。
大人2人が自分そっちのけで盛り上がっている様子を横目に目の前の料理をちびちび摘んでいる彼女。彼女の近況報告や近年の日本、海外を取り巻くレース環境と、途切れることなく続く会話は少しずつ熱を増している。口を挟む余地のない彼女は、せめて父親の奢りであるらしい目の前の食事をしっかり平らげておこうと箸を動かし続けている。
「あとは今年の『凱旋門賞』も気になるところだよな」
しばらく話したところで、ふと父親の雰囲気が変わったことに、食事に意識を向けながらも気が付いた彼女は顔を上げる。先ほどまでの友人と団欒している態度は、何かへ想いを馳せる表情へと変えていた。
「ああ。今年はどうなるかね」
「凱旋門賞……?」
凱旋門賞はフランスで行われる芝2,400mのGⅠレースであり、中距離における世界最高峰レースの1つとして知られている。日本からも毎年何人ものウマ娘が挑戦しているが、未だその冠を戴くに至っていないのが現状である。
「言ったことなかったか? 日本のウマ娘が凱旋門賞に出走して勝利する。おれがずっと見続けている夢だ」
「夢……」
「URAもおれたちトレーナーも、日本の知識とノウハウを結集して送り出しているが、それでも本場欧州の壁は高いな」
現時点での日本の最高成績はエルコンドルパサーのハナ差2着。当時の世界における日本の立ち位置を考えればこれ以上ない成績であったが、同時に世界の格を突き付けられたレースでもあった。
「もちろん環境の違いやレース展開の違いなどの問題はある。凱旋門賞に勝てないからと言って強いウマ娘でないということもないが、それでも凱旋門賞の戴冠は日本のウマ娘に関わるすべての人間にとって果たすべき偉大な夢だ。な?」
「『いつかは自分の手で』、そう想い続けている名門のウマ娘家系やトレーナーも少なくない。おれもそんなウマ娘に会うことができればと思いを馳せる1人だ。」
見たことのない、熱く夢を語る父親の姿、トレーナーの野望に燃える姿に、彼女は自身の胸に熱が込み上がってくるのを感じた。
――勝ちたい。世界の最高峰で――
そう考えている自分に少し驚く。勝つことを目的に走ってはいたが、競争ウマ娘としての、アスリートとしての目指す『目標』を、そこに見た気がした。
「(……その前に、まずは、クラシックを)」
とはいえ出走するにしても凱旋門賞はしばらく先の話。その前に自身を待ち構えているクラシックレース、そこで力を見せないことには、フランスへ赴くことすら叶わないだろう。
皐月賞、日本ダービー。ここで力を示し、フランスで偉業を成し遂げる。彼女は内心に大志を抱き、残る食事に再度手を付け始めた。
―――
日も沈み、料亭を出た後、父親とトレーナーは用事があるとのことで彼女は1人で帰路を歩いていた。用事とは言っていたが、どうせ酒を呑みに他の店をハシゴするつもりであろう。食べるものは食べたし、酔っ払いの相手をする気もなかったので早々に帰らせてもらった。
帰りがけに少し走りこもうと、トレセン学園近くの川沿いに敷設されているランニングロードを走っていると、河川敷に2つの人影が見えた。
「あともうちょっと! がんばってー!」
「はあっ、はあっ……は、い……!」
1つは河川敷のトラックを走っており、1人はその傍で声をかけている。後者の見覚えがある姿に、彼女はランニングを中断して目を凝らす。
「あれは……『キタサンブラック』さん?」
キタサンブラックは、トウィンクル・シリーズにてGⅠレースを7勝という歴史的な成績を収めたウマ娘である。その勝利数は当時のGⅠ勝利数最高記録に並ぶ成績であり、多くのレースファンを魅了しながら、ドリームトロフィーリーグへ移籍をした稀代の名ウマ娘である。
対してトラックを大変そうに走っているウマ娘の姿には見覚えがない。ゴールラインを通過したと同時に、その場に跪く。
「うん、ちゃんとゴールまで走りきれたね! 今日はここまでにしよう!」
キタサンブラックが跪いたウマ娘に駆け寄り、労いの言葉を送っている。そういえばキタサンブラックはドリームトロフィーリーグを走る傍ら、トレーナーになるための勉強をしているという話を耳にした記憶がある。あのウマ娘のトレーニングに付き添っているのは、その一環なのだろう。
「はっ、はっ……ありがとう、ございます。キタさん……こんなぼくの特訓に付き合って頂いて……」
「体質に関してはしょうがないよ。それにあなたは……『ソルスティス』ちゃんは、きっと私の記録すら塗り替える様な、強いウマ娘になるから。焦らず、無理をせず、着実に力をつけていこう。」
「そんな、ぼくなんかが……」
2人の会話を聞いて、思い出す。ソルスティスは、ジュニア級GⅡレースの1つを勝利している同期のウマ娘である。体質が弱いため、あまりレースに出ることはせずに皐月賞を目指しているとどこかで耳にした記憶がある。
そして、そのキタサンブラックがそこまで目を付けている。と、なると、少し気にしておいた方がいいかもしれない。皐月賞の要注意ウマ娘になるかもしれない、とトレーナーに話しておこうと頭に入れ、ランニングを再開しその場を後にした。
今作のキタサンブラックは、原作のキタサンブラックより肉体、精神ともに少し成長している姿になっています。