どのくらいの割合がいいのかわからないので
いろいろ試行錯誤しながら書いていきます。
冬の寒さが少しずつ落ち着きを見せ始めた3月のとある日、彼女とトレーナーは中山レース場へ足を運んでいた。『弥生賞』、その当日である。
「今回走る距離は2,000m。前回のレースから400m長い距離を走ることになる。
スタミナは問題ないあたりまで鍛えたが、展開や走り方で消耗具合も大きく変わる。
この距離の走り方を見極めて、勝ってこい」
「わかりました、トレーナー」
公開されているバ場状態や出走ウマ娘の情報から、レースの展開予想や作戦などを話し合うブリーフィングを行う。中距離の入口ともいえるこの距離でどのような走りができるか、それによって今後の出走レースの展望も左右されるだろう。
トレーナーはその点に関してはあまり問題視していない。連日、ギャグ漫画のように大食いしては膨れた腹を見せる彼女をプールに叩き込むルーティーンを繰り返した彼女のスタミナは、以前より大幅に高まっており、中距離を走るに足る能力値になっていることを確信している。
今回重視するのはレースの経験である。クラシック三冠レースの出発点である皐月賞を勝つための走りや、他のウマ娘の動きをどう予想し対処するか、どのタイミングでスパートをかければ最も効率よくスタミナを使い切れるか。『絶対はない』と言われるレースの勝率を少しでも上げるために必要なスキルを積み重ねていくには、並走トレーニングは勿論のこと、実際のレースにおける経験は必要不可欠といえる。
「今回のレースにおいてもお前の実力は上位レベルだ。掲示板に番号を載せることは難くないが、レースは何が起こるかわからない。今日戦う相手の多くは皐月賞でも相見えることになるだろう。世代における自分の立ち位置を、今一度見極めてこい」
「はい」
ブリーフィングが終了し、トレーナーに見送られながら本バ場入場へ足を向かわせる。
「やあ」
道中、横から声をかけられる。振り向いた先にいたのは、「10」のゼッケンを着たウマ娘。
「私は『アビスアックス』。以後お見知り置きを」
演劇のような作法で恭しく頭を下げながら、自らを名乗るそのウマ娘は、その慇懃とした態度とは裏腹に燃え盛るように熱い眼差しを彼女に向けている。
その瞳に思わず身震いする。抑えていた熱を早々に引っ張り出されたような、そんな感覚。
「よろしく……はまた今度ね。今日は敵同士だから」
軽くいなして、コースに向かおうとする。
戦いはもう始まっている。このような盤外戦術に気を取られてはならない。
「私は無敗のまま、クラシックに挑む。
――『夢』のためには、こんなところで負けていられないから」
「ああ、素晴らしいレースにしようじゃないか。最も」
気が一段と強くなる。
圧されてはいけない。顔を少しだけ、アビスアックスに向けるように動かす。
「――私は君に箔をつけるために走る気はさらさらない。勝つのは私だ」
口調も視線も、より強みを帯びたアビスアックスはそう言い返す。そして、悠然とした足取りで彼女を置いて本バ場へ向かった。
「……成程。今日のライバルは、あの子というわけね」
脚がほんの少しだが、震えていた。圧されまいとしていたが、アビスアックスの闘気は凄まじいものだった。
しかし、レース前にわざわざ話しかけてくるということは、アビスアックスも彼女を危険視しているとい証左でもある。不意を突かれてしまったものの、勝てるレースであるという認識を変える必要はない。
脚を叩いて活を入れ、改めてコースへ向かう。先程のやり取りで抜かれた熱は、既に取り戻していた。
―――
彼女の人気は1番。言うまでもなく、最有力ウマ娘の1人として見られている。
アビスアックスは3番人気のようである。人気は人気でしかないが、自らに引けを取らない存在だと考えられているということだ。
『生憎の曇り空ではありますが、吹き抜ける風は冬の遠のきを感じさせます。そんな中山の舞台で行われる今日のメインレースはGII『弥生賞』!』
実況の声が場内に響き渡り、ゲート入りが始まる。程なくして彼女の番号、「7」のゲートに入り込む。
目を瞑り、深呼吸。朝日杯FSと同様に、逸る心を落ち着かせる。
全身に血が巡る。酸素が筋肉に送られて、スタートの準備を整え――ゲートが開いた。
―――
『スタート! 横一線に並んでいます。
1番人気の「7」番もいいスタートを決めてくれました!』
スタート成功。自身のペースを保ちつつ、周囲の流れに合わせる。
『先行争いは3番が出るか。続いて6番、2番が内の3番手となりました』
先行勢が3人、前に出た。その後ろに控えようと内に寄ろうとし、――外側から上がってくる影を感じる。覚えのある、この闘気は!
『4番手に「7」番、ゴール前通過したところ、10番アビスアックスが2番手に上がってくる!』
先行勢ながら外枠に配置されてしまったアビスアックスが、自身の位置を逃さんと走り込んでくる。それを左に見たとき、大きな拍手の音を聞いた。目の前を通過した観客席のものである。
『第1コーナーを曲がります。依然先頭は3番、2番手にアビスアックスが来ております。』
アビスアックスが前に出たことで、彼女の位置は先頭から5番手。11人で行われているレースであるから、中段前目といったところに着いたわけだ。
そこから第2コーナーを回って向正面へ、高低差4mの坂を下る。比較的ゆっくりとしたペースで残り1,000m、後半戦が始まる。さあ、抜け出す準備だ――
――瞬間、外ラチに突風が吹き抜ける。春一番が過ぎるように、後ろから影が現れる。
『さあレースも後半戦、ここで11番、最後方から仕掛ける! 11番が! あっという間に3番手!』
「(何!?)」
下り坂を利用して最後方から順位を上げていた11番のウマ娘が、捲って3番手に上り詰めてきた。それを皮切りとするように、後方のバ群が一斉に、大波の如く襲ってくる。
『食い下がるように「7」番、4番手にあがっていく! バ群が固まっていく!』
11番に合わせて外ラチに抜けたが、そこから第3コーナー。より外側に持っていくことが難しくなった。
『先頭3番、まだペースを緩めないが、アビスアックスはピッタリマークを付け続けている!』
進路ができない。前へ抜けられない。
スパートのタイミングが遅くなると、ゴールまでに先頭へ出られなくなってしまう。
『第4コーナーから直線、「7」番は未だバ群に囲まれている! これは彼女にとって初めての展開だ!』
ついに抜け出す隙のないまま直線へ入ってしまった。外側には下がった11番の代わりに、コーナーに入るまで目の前にいた6番が合わせている。
『ゴール前の急坂に差し掛かる! 1番人気の「7」番、未だ3番手の立ち位置! 短い直線コース、ここから抜け出すことはできるのか!?』
坂の手前、外側につけていた6番のウマ娘が少し減速した。目の前にアビスアックス、その外側に向かうように道ができた。
「(ここから、間に合うか!? いや、違う!)」
「間に合えぇ!!!」
見逃さず、抜け出す。アビスアックスと先頭を争った3番のウマ娘が下がっていくのを右に見て、アビスアックスに競りかかる。
『ここで「7」番、2番手まで上がってきた! あとはアビスアックスとの一騎打ち!
「7」番、アビスアックス、どっちが勝つか! 外からほかのウマ娘も上がってきたぞ!』
「(遅かったな。よくぞここまで来たが、もう遅い!)」
「(負けてやるか! こんなところで負ける私じゃダメなんだ!)」
「「うおおおおおおお!!!!!!!」」
『先頭粘るか! 差し切るか! どっちだ、どっちだ! ここでゴールイン!
勝ったのは――
アビスアックスだ! クラシックに向けて底力をみせたアビスアックス!
「7」番追い詰めるも2着に終わりました!』
―――
ゴール板を通過し、流しながらスピードを落とす。たった数センチ、しかしそれは明確な着差であり、彼女の競争成績初めての黒星であった。
「……終わった」
レースが終わって間もないからか、それとも現実を受け止め切れていないからか、頭がぼんやりとした状態で常歩に切り替わる。もう少し歩くと、やっと足が止まった。掲示板を見る。確定ランプはまだ点いていないが、一番上の数字は「10」、自分の数字である「7」はその下に表示されている。瞬きしても目を擦っても、その景色が変わることはなく、『敗北』の現実が、じわじわと胸を貫いていた。
「甘くないよな、レースってのは」
右から声をかけられた。顔を向けずとも、勝者の声であることはすぐに分かった。
「仕掛けは遅くなっちゃったけど、いけると思った。貴方の粘り強さが、一番の想定外だった」
「ここまでの勝負経験が活きたというところか。ともかく、今回は君に勝ててよかった」
「今回は、ね。次は必ず私が勝つ。皐月賞、出るんでしょ?」
「勿論。今度は展開なんて言い訳、させてやるもんか。完全な敗北を与えてやる!」
このレースでお互い、皐月賞への優先出走権を手に入れた2人。次なる舞台に向けて互いに活を入れ、コースを後にした。地下道を歩いて控室に向かい、トレーナーと顔を合わせる。
「惜しかったが、走りそのものは悪くなかった。ステータスは間違いなく皐月賞でも通用する。明日から改めて調整に――」
「トレーナー」
言葉を遮られたトレーナーは改めて彼女を見る。俯き、拳を握りしめ震えるその姿に、トレーナーは何も言わずに次の言葉を待つ。
「負けるって、悔しいですね……」
「……それがレースで、勝ち負けを争うってことだ」
少しして、彼女が顔を上げる。頬には薄い跡が残っていたが、その瞳は次を見据えた、燃え上がる様を映している。その瞳に応えるように、トレーナーは深く頷く。
「今度こそ本番、皐月賞だ。悔いなく走れるように、1ヶ月、全力でいくぞ」
「はい!」
敗北を学び、新たに決意をする彼女とトレーナー。次なる戦いへの昂り、相見える強敵へ巡らす想い、それらは彼女の身体に、レース前とは違う武者震いを起こしていた。
飛行機の中で作業すると、めちゃめちゃ集中できることに気づきました。
(北海道行っていました)