目の前の勝利を追いかけて   作:後藤 カルム

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レースまで描写するか少し考えましたが、本番は来週に持ち越します。


『最強』の称号 ―日本ダービーの前に―

 『東京優駿-日本ダービー-』

クラシック三冠競走と呼ばれる3つのレースのうち2つ目のレースであり、このレースに勝つことはすべてのウマ娘が憧れる最高の栄誉と言われている。

毎年5月後半に行われ、この翌週からジュニア級のメイクデビュー競走が行われることから「ダービーに始まりダービーに終わる」という格言もあり、メイクデビューからの総決算とも考えられている。

 

 その日本ダービーが開催される東京レース場へ、彼女とトレーナーは訪れていた。言わすもがな、出走ウマ娘とトレーナーとして、である。

 

「いくらなんでも人多すぎじゃないですかぁ!?」

「そりゃそうだ。日本ダービーは全GI競走の中でも最高レベルの格と知名度のレース。

特に今年のクラシック級は黄金世代に勝るとも劣らないと言われているほどレベルが高い。最強の称号を誰が手にするか、自らの目で見届けたいと思うのはファンとして当然だろうな」

 

 パドックでのお披露目を終え、通路で待っていたトレーナーに持ち帰ったのは率直な感想だった。

 皐月賞ですら相当の観客数だと感じたが、それすらも生温く感じるほどの群衆で東京レース場が埋め尽くされている。

 それもそのはず、前週に行われたティアラ路線の2戦目『オークス』では、桜花賞を制したウマ娘がトラブルを乗り越え勝利を収め、ティアラ二冠を達成している。その興奮が冷めやらぬ中、もう一つの世代最強を決めるレースが行われる。今、この場にいる者もそうでない者も、その行く末を固唾を呑んで待っている。日本全国のレースファンの心は今、一つになっているのだろう。

 

「挑戦できるのは同期の中でも18人のみ。その中に入れなければ、二度とこのレースを走ることは叶わない。そんな世代の大決戦が、今から君が走るレースだ。この大舞台に立つ準備はできているか?」

「……どんなレースでも、誰が相手でも、勝ちに行く気持ちに違いはありません。

 でも、このレースだけは、逃したくない。何があっても、今日は勝ちたい。その栄光を手にしたい。そんな想いが、胸の奥底から込み上がってくるんです。」

「……『あのレース』のために、か?」

「それもあると思います。でも、それだけじゃない。

 このレースは私のものだ、誰にも渡してはならない。今日負ければ、私は私でいられない。

そんな衝動に駆られているんです。本能が訴えているような、そんな感覚」

 

 ぶるり、と彼女の身体が武者震いを起こす。トレーナーには掛かっているように見えたが、彼女の目をみて、杞憂であることを理解する。

 

「(息は落ち着いている。武者震いはあったが、余計な力が入っているわけでもない。コンディションは絶好調か)」

 

「どのみちこのレースで結果を出せないようじゃあ、『あのレース』を手にするのは正しく夢のまた夢だ。だが、今日のお前なら必ず勝てる。

 ……行ってこい」

「はい。」

 

 彼女は目を瞑り、深呼吸をする。いつもゲートの中で行っているルーティーンだ。そして開いた目は、トレーナーの目を真っ直ぐにみていた。

 

「トレーナー。私、勝ってきます」

「ああ。悔いのないように、全力を賭してこい」

 

―――

 

 最後に一言残し、彼女はトレーナーに背を向け、コースへ向かう。

勝負服を着た彼女の背を見るのは3度目だ。初めてGⅠを勝利した朝日杯FSの時とも、悔いを残した皐月賞の時とも違う、大きく絞った筋肉と成長した体格が、強者のオーラを背中越しに見せているように感じられる。

1年で随分と成長したな、など親心のような想いを抱く。息を吐き、もう一度、彼女の背中を真っ直ぐ見つめる。彼女が自分にしてくれたように。

 

「掴んで来い。頂点を、『夢』を――」

 

―――

 

「梅雨にも入ろうという時期ではありますが、最強を決めるため集結した18人のウマ娘を快晴の空が出迎えました。これより始まるレースはGⅠ『東京優駿-日本ダービー-』です!」

 

 スタンド前に所狭しと並んだ観客が一斉に歓声を上げる。東京2,400mコースの出走地点はスタンドの目の前。歓声に驚くウマ娘もいたが、そこは最強を争う舞台に上がるウマ娘たち。取り乱したり掛かったりする者はいない。

 

 今回の彼女のレースは『13』番。内枠が有利と言われるこのレースにおいては不利な立場となった。人気も皐月賞の頃から落として3番人気。しかし上位4人のウマ娘でかなり拮抗した形となっており、評価が大きく落とされたというわけではなさそうだ。

1番人気は同じ東京レース場で開催される共同通信杯で強さを見せた『ルーカス』。2番人気は同じく東京レース場にてジュニア級にGⅡレースを制覇した『ソルスティス』。皐月賞を制した『リネアインヘニオ』が4番人気。

 

 しかしここに名が上がっていないウマ娘も相応の実力を以てこの舞台に来ている。レースに絶対はない。ここにいる誰もが最強の称号に相応しい実力を持ち、それを決めるレースに挑戦している。

 

 ゲート入りが始まった。『3』番の枠にアビスアックスが入っていく様子が見える。彼女もまた、皐月賞で5着に入着し、日本ダービーの優先出走権を得たウマ娘の1人。おまけに自身が弥生賞にて一度敗北した相手。人気も上位に位置しており、不足ない相手だ。

 自分の番がやってきた。誘導に従い、『13』の扉に入る。2つ隣にリネアインヘニオが入ってくる様子も見えた。しばらくして隣のゲートにルーカスが入る。最後にゲート入りするのはソルスティス。『18』番の大外枠だ。

 

 ゲート入り前のスタンドの賑わいが嘘のように、レース場全体が静まり返る。最後のゲートが閉まる音が聞こえたほどに。

 目を瞑り、深呼吸。いつも通りに、落ち着いて。

――目を開き、前を見る。心なしかいつもより長く感じた静寂は、ゲートが開く音とともに破られた。」




来週は頑張ります。
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