あと話をまたいだので念のため言っておくと
主人公の『彼女』の枠番号は13番です。
『さあ、世代の統一戦「日本ダービー」、スタートしました!』
ゲートが開き、18人のウマ娘が一斉に飛び出す。左にスタートが遅れたウマ娘が見えた。外寄りの枠という不利を挽回するため、周囲のウマ娘たちが挙って前へ伸びていく。対する彼女は追うことはせず、後方の位置取りを確保する。
「(ここが私の位置。焦るな。勝機を見計らえ)」
『大きな歓声に包まれて、先行争いが始まります。
先頭は5番、いや14番が外枠から前を狙う積極策でハナを奪いました!』
右隣にいたウマ娘がぐんぐんと前へ進んでいく。大外からでもハナを取ろうと駆ける背中はあっという間にバ群に阻まれ見えなくなった。
『それに続くは3番アビスアックス、8番、15番リネアインヘニオや12番ルーカスも先行争いに加わりました!
「13」番は後方から進めていくようです』
直線が終わり、第1コーナーに入る。後方内ラチを確保し流れに乗っていく。外ラチに併せているのはジュニア級GⅠレース『ホープフルステークス』を制したウマ娘。
『快晴の空に照らされ、青々と広がるターフを踏みしめながら、18人のヒーローがスタンドに別れを告げていきます』
―――
実況の通り、スタンドに別れを告げて向こう正面へ向かうバ群を眺めながらトレーナーは一息吐く。コンディションに問題はないように見えていたが、自身でも気づかぬうちに精神的に余計なものを抱えている可能性はある。発走するまで懸念を消し切れずにいたが、コーナーに向かう走りを見て杞憂であることを認識し一安心。掛かることもなく、後方で脚を溜められている。
しかし、レースは最後まで何が起こるか分からない。現時点では第一関門を越えたというだけで、勝つために乗り越えなければいけない壁はまだまだある。まだまだ気を抜いてはいられない、と向正面へ向かうバ群を改めて睨みつけ
「調子、よさそうですね」
突如横から声をかけられ、バ群から目を離す。そこにいたウマ娘の姿には見覚えがあった。いや、見覚えがありすぎる。具体的には先日あったばかりの超有名ウマ娘だ。
『全18人、第2コーナーから向正面に入っていきます。先頭14番、単騎で逃げ。ペースを作っていきます。その3バ身後ろに3番アビスアックス、後ろ2人追走し、その後方では熾烈な位置取り争いが起きています』
「スペシャルウィーク。来ていたのか」
「はい。彼女がダービーでどんな結果を残すのか、この目で確かめに」
スペシャルウィークが彼女に親近感を持っているらしいことは彼女から聞いていたが、その熱量は思っていたより高いようだ。サマードリームトロフィーに向けた調整で暇ではないだろうに、わざわざ現地まで観戦に来るとは。
『前半の1,000mはなんと58秒9! ペースが速い!
位置取り争いを繰り広げる先行勢の後ろには四強の12番ルーカス、14番リネアインヘニオが控えています。そしてその2人を睨むようにジュニアGⅠウマ娘「13」番。2番人気の18番ソルスティスは今日は後方からのレースです』
「ダービーウマ娘の君から見てどうだ、彼女の走りは?」
「とても落ち着いて自分の位置を確保しているように見えます。勝つには十分なレベルかと」
「そうか。彼女も今日のレースには思うところがあるのか、普段と様子が違うから少しだけ心配していたんだ」
「ウマ娘は、レースにかける想いが強ければ強いほど力を増します。私も、ダービーの時はそうでした」
「そうか……。なら、このレース、勝つのは彼女で決まりだな」
そこまで話し、2人は改めて向正面を駆けるバ群に目を向ける。バ群は形を大きく変えず、第3コーナーに差しかかっていた。中団で前を見据えていた15番リネアインヘニオ、12番ルーカスが少しずつ前へ位置取りを進めている。彼女はその後ろにつけて同じく位置取りを上げていた。
『さあ最終コーナーから直線へ向かう18人のウマ娘。未だ単騎先頭を走る14番に並びかけるアビスアックス! 残りは525mの直線を残すのみとなりました!』
―――
「(ペースが速い……! 1ハロン12秒も数えきれないなんて!)」
向正面に入った彼女は、夏前の晴れ空の下で作られたペースの速さに汗をかきつつ追従していく。
第1、第2コーナーで併せて走っていたホープフルステークスの勝ちウマ娘は既に後ろに下がっていた。ここまでで姿を見ていない有力ウマ娘ソルスティスもおそらくは後方で控えているのだろう。
目の前に走るは自分とソルスティスとで人気を分け合っていたルーカスとリネアインヘニオ。人気ウマ娘は4人とも中団より後方に位置する結果となった。
その有力ウマ娘2人の後ろで脚を溜めつつペースを合わせていく。仕掛けるべき場所は、力を魅せる場面は今ではない。その時が来るまで息を潜め、展開を見計らう。
やがて向正面は終わりを迎え、コーナーに入る。
東京レース場はカーブの半径が大きく、外側を回っても中山ほど内側とのロスが大きくならない。だが、このコーナーを抜けてもその先には500mを超える直線と2mの上り坂がある。後方には未だその力を見せず潜むソルスティスもいる。予断を許さぬ状況は続いているのだ。
「(焦るな……! まだその時ではない。勝機を見誤るな)」
前方で外ラチ側を走るリネアインヘニオを見据え、その更に外側に進路を切り替える。
場面を見計らい、いつでも抜け出せるように。弥生賞、皐月賞で犯したミスは2度目はない。
最終直線に入る。遠くに見えるスタンドから観客の歓声が耳に入ってきた。
「さあ――勝負だ!」
―――
「あ、いたいた。スぺちゃんたら急にどっかに行っちゃうんだから~」
「この人混みの中で急に駆け出さないでちょうだい……探すのに手間取るんですからね」
バ群が第3コーナーに差し掛かったところで後ろから聞こえる声に振り返る。
そこにいたのは、スペシャルウィークの同期にしてクラシック三冠レースのうち日本ダービーを除く二冠を手にしたトリックスター『セイウンスカイ』、同じく同期にして良血統から実力を期待されながら好走はするもGⅠを獲れず、幾度の挑戦の果てに高松宮記念で遂にGⅠを獲得した『キングヘイロー』の2人だった。スペシャルウィークと共に訪れていたが、スペシャルウィークは途中で逸れてここに来ていたようだ。隣でごめんごめん、と2人に謝るスペシャルウィークにセイウンスカイは吐息を一つ吐き、バ群が映し出されているターフビジョンへ顔を向けた。
「あの――『13』番の子だっけ? スぺちゃんに似ているっていう子」
「うん。今のところ、いい調子。そういえばキングちゃんが面倒見ている子も走っているんだよね?」
「面倒を見ているってほどじゃないわ。以前走り方を少し教えただけよ。まあ、彼女が今日のレースでどんな走りをするのか、楽しみにしていたけどね」
ほら、あの子よ。とキングヘイローが指したのは『13』番の彼女の2バ身ほど後ろ、内ラチを走る18番のソルスティスだった。後方でじっと前を見据える彼女は何を考えているのかまるで分からず、恐ろしさすら覚えた。
『さあ最終コーナーから直線へ向かう18人のウマ娘。未だ単騎先頭を走る14番と並びかけるアビスアックス! いよいよ525mの直線を残すのみとなりました!』
そんなことを話しているうちにレースは終盤。バ群はコーナーを曲がり終え最終直線に入っていた。慌てて彼女の場所を確認し、その姿を見つけ――瞬間、勝利を確信する。
コーナーの遠心力に身を任せ、最終直線に入った彼女の目の前に壁はない。目の前にいたはずのリネアインヘニオを内ラチに見ながら走るその脚は持てる全力を賭していることが遠目にも理解できた。
『14番ここまで逃げるもアビスアックスに差を詰められ……先頭変わったアビスアックス! だが先行勢も続いている!』
弥生賞、皐月賞の敗因は、他のウマ娘によって進路がなくなり、その末脚を十分に発揮できなかったことだった。だが今の彼女の前に壁はない。他のウマ娘が多少外側によれて来たところで関係ない位置取り。おまけに彼女が踏んでいる芝は以前のレースにおいても踏まれた機会が少ない、多くのウマ娘が走る場所に比べて荒れていない綺麗な芝だ。これなら、彼女の末脚が十分に発揮できる。
「行けー! 差せー!」
「まだよ! まだ諦めちゃダメ! あなたの脚ならそこからでも勝てる!」
スペシャルウィークとキングヘイローが声を張り上げて応援をする。セイウンスカイは声こそ出さないものの、バ群を見つめる目に入る力強さがレース観戦に没頭していることを理解させた。
『外からルーカス、そして皐月賞ウマ娘リネアインヘニオ。しかし更に外から「13」番! 「13」番が先頭に変わった!』
彼女が加速を始めた。ほかのウマ娘を置き去りにするかのようにギアを上げて加速していく姿は、あっという間に先頭集団に追いすがり、驚く間も与えないと言わんばかりに追い抜いた。
ぐんぐんと前へ加速し、あっという間に先頭まで至った彼女。誰もが彼女の圧勝を確信しかけたとき、その背中に追い縋る影が観衆の口をつぐませた。
『一番外からソルスティス! ソルスティスが先頭をもぎ取らんと追い上げる!
3番アビスアックス、12番ルーカスも追い抜き、残りは2人の一騎打ち!』
青鹿毛のウマ娘が更に外から迫っている。『13』番の彼女にも引けを取らない末脚は再び先頭を更新せんと彼女に襲い掛かる。
「行けー! 振り切れー!」
「もう少し! あと少しよ!」
再び盛り上がる歓声。スペシャルウィークとキングヘイローも同様に声を張り上げる。この場にいる誰もが、その結末を見届けんと目を凝らし、声を張って各々のファンにエールを送る。ここまで激情を抑えて冷静にレースを見ていたトレーナーも、気が付けば喉から声を張り上げていた。
「勝て! 勝ってくれー!」
『「13」番! ソルスティス! 「13」番! ソルスティス! 勝ったのは――!!!!』
―――
リネアインヘニオの外側に舵を切り、追い縋ろうとした瞬間、身体中に力が溢れてくるのを感じた。その力は胸の奥から湧き、身体中を通して脚に向かって行く。本来の自分では出せないはずの脚力で芝を踏みしめると、反発する力は自身を前へを押し出し、感じたことの無い空気抵抗をその身に浴びる。
「(この力を、加速に……!)」
続く脚も同様に芝を踏み、後ろへ蹴り出す。同じ空気抵抗が襲いかかる。頭を下げ、空気抵抗を受け流す。腕は前へ。前方へ向かう推進力を作る。芝を蹴った足はその反作用で前へ行く。その足でまた前方の芝を掴み、後ろへ蹴り出す。スペシャルウィークとの併走で身につけたラストスパートの走り方が更なる推進力を産み出す。
「(もっと! もっと速く――!)」
更に脚の回転を速め、一気に加速する。リネアインヘニオは既に後方に、内側に並んでいたルーカスもまとめて追い越す。目の前が開け、先頭集団が目と鼻の先に現れる。まとめて追い抜いて先頭へ――
「(やらせない!)」
後方から近付く気配に気がつく。この加速について来られる出走ウマ娘など一人しかいない。ここまで潜み続けたウマ娘が遂に牙を剥いてきたのだ。
「(ソルスティスか……!)」
既に『1』と書かれたハロン棒を通過している。ここが最後の正念場。脚の回転は既に限界いっぱいまで回し続けているが、後方の気配は着実に自分との差を縮めている。
「渡さない! このレースは絶対に渡さない! 『夢』のためには! このレースだけは渡せない!」
「ぼくはいつか世界最強になるんだ! このレースを勝てなくて世界最強なんて名乗れない!」
「「勝つのは、私(ぼく)だあああああ!!!!!」」
ソルスティスの姿が視界に入る。入ってしまう。あと数十mなのに、たった数秒の出来事なのに、すべて泡沫と帰してしまうのか。嫌だ。負けたくない。勝ちたい。勝ちたい! 勝ちたい――!!!
「行け―! 振り切れー!」
「勝て! 勝ってくれー!」
スペシャルウィークの声が聞こえた。自分のことのように勝利を求める声だった。
トレーナーの声が聞こえた。普段は大声なんか出さないような落ち着いた人なのに、らしくなく声を張り上げ応援していた。
再び脚に力が入る。残り数十mを、残り数秒を凌ぐには十分な力だ。
まるで2人が力を分けてくれたかのようにも思えたその力を、残り持っていた力と合わせて全力で芝を蹴る。
ソルスティスが一瞬視界から消えた。その一瞬の差を無きものにしようとすぐに視界に入ってくるソルスティス。だがその一瞬は、数秒のみを残された今の状況には絶対的な差となった。
『「13」番! ソルスティス! 「13」番! ソルスティス! 勝ったのは――
「13」番だ!!!!! 想いが三女神に伝わった!!!! 日本ダービーを制し、世代最強になったのは「13」番でした!!!!!!』
体調を崩して精神的に参っていたのか、少し泣きながら書いていました。