灰になっても   作:隠し帯

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1話

 「お目覚めの様だね。気分はどうだい?実験体一号君」

 

 ある種加虐的に思える様な笑みを浮かべて、その女は俺にそう言った。

 

 「は……?」

 

 俺は想定もしていなかったその言葉に驚きの声を隠せなかった。

 

 すると女のリアクションに変化が訪れる。ニヤリと笑っていた尊大そうな態度から一変、目は一回り大きく開かれ、口は小さく円を作るように開かれた。

 

 「は?」

 

 驚き、疑問を浮かべたような声を漏らす女。そんな女の声と表情に俺の中での困惑はさらに加速する。

 

 そもそもここに俺を拘束したのはこの女ではないのか?それがどうして俺の顔を見た途端信じられないものを見たような表情になるのか。

 

 俺が疑問を投げかけるより早く女の方が口を開いた。

 

 「君……喋れるのか?いや、そもそも私の言葉が分かるのか?」

 

 女は訝しむ様にしてそう尋ねた。

 

 言葉が分かるのか、と聞かれたが女の話す言葉はどれも親しみのある言葉で、俺の言語圏と遠く離れている訳ではなさそうであった。

 

 「いや……喋れる、が……」

 

 未だ緊張を続けている中、俺は喉を震わせて声を出し、女と初めての意思の疎通を図った。

 

 「おお!同じ言語!そうか、君、喋れるのか!」

 

 女は俺の返答を聞いた途端、俺の心情とはかけ離れた程嬉しそうな声を上げた。眉の位置が上がり、口元には再び笑顔の形が浮かび上がっていた。

 

 「いやいや、まさか意思の疎通が出来るとは……いや、それどころか自律して思考も出来るのか?驚いた。いや、実に大きな進歩だな!一回目の実験でここまでの成果が出るとは!」

 

 何がなんだか飲み込めない俺を置いて女は嬉しそうに独り言を続けた。

 

 「いや、自律思考まで出来ているか決めるのは早計か。とにかく身体の状態と脳の状態の確認だな」

 

 驚いて、それから勝手に喜んだと思ったら今度は真剣な表情を浮かべてぶつぶつと何かを呟いた。

 

 女は顎に当てていた手を下ろして、その手を俺の顔に向けてから口を開いた。

 

 「よし、軽い問答といこう。改めて聞くが、身体の調子はどうかな?異常や異変、直前の自分の身体の様子と変わった点があったら教えて欲しい」

 

 「は、はぁ?いや、そもそもここは何処で……貴女は誰なんでしょうか?」

 

 お前は誰なんだよ。そう言おうとして直前で言葉を飲み込む。

 

 現状、俺はまともに身動きすら取れない。加えて相手は恐らく俺を気絶させ、捕らえたその本人。

 

 言葉には気をつけた方がいいと、俺の理性が警鐘を鳴らした。

 

 「ほぉ、思っていたより随分理性的だね。てっきり一語文程度しかできないと思ったが……おっとすまない、私が誰かって質問だったかな?」

 

 女は随分冗長な口ぶりで語る。念願の玩具を手に入れた、そういった類の喜色の念が目に見える様だった。

 

 「私の名前は……うーん、どう名乗るのが正解だろうか?イザベル、ベラ、アリエスタ、こんなものだろうか、とにかく、好きな名前で呼んでくれ。」

 

 名を尋ねられた女はそう言って指を三本上げて複数の名前を告げた。

 

 「……答える気はない、ってことですか?」

 

 明らかな偽名、別に偽名自体は俺の生きてきた世界では珍しくなかったが、偽名(それ)が使われるときは大抵は後ろめたい何かがある時だ。

 

 名前が割れたらまずい、ある程度の地位がある者だからか。だとすればいよいよ暗殺紛いの何かが起きた可能性が高い。人質として連れて来たという線が濃厚だろうか。

 

 「いや、そういうつもりでは無いよ。まぁ、どんな名前を伝えようが君のやる事は変わらないし、名前なんてどれだって同じだろう?」

 

 そう言いながら女は俺から目線を外しどこかへと歩き出す。女の姿は可動域の狭い俺の視界から消え、代わりに足音が聞こえるだけであった。

 

 「そう、か……」

 

 俺は取り繕っていた言葉を崩すよう、肺の中に籠っていた空気を吐き出した。

 

 名前を教えようが、俺のするべき事は変わらない。つまりは俺の処遇などここにいる時点で既に決まっているのだろう。

 

 俺は思わず目線を少し横に向け、小机を見つめる。滲んだ血の色がこの部屋の役割を語っている様だった。

 

 「ああ、そうだね。理解が早くて助かるよ。じゃあ、早速始めようか。」

 

 俺はその言葉を聞き見えない自分の拘束具を睨みつけた。もしかしなくても状況は最悪だ、ほぼほぼ詰みの状況だ。主導権は常に相手側、ここから生き残れる事を想像する方が難しかった。

 

 「がぁっ!?」

 

 唐突な痛みが腹部を襲った、刺すような、肌が強引に裂けていく痛みに激烈な痛みと痺れが体を襲う。

 

 思わず漏れ出た声を抑えるように歯を噛み締める、洗い呼吸が鼻から漏れ出る。

 

 「おお!これは凄い!痛いのか!これは盲点だったな、いやいや、本当にいいサンプルだ」

 

 身体中の集中が腹部、痛みへと集中している中、耳にそんな声が聞こえた。

 

 ふざけるな!と怒鳴りたくなるほど気楽で心底嬉しそうな様子がその声から感じ取ることが出来た。

 

 「ぐっ…ふぅ…は、早く、すませ、ろ……」

 

 俺は絶えず伝わり続ける痛みの伝播に悶えながら、なんとか声を振り絞った。

 

 カチャカチャと、肉の抉れていく音と重なり聞こえてきた。恐らく、俺の腹を裂いている凶器、尋問道具であろう。

 

 「おぉ、そんなに協力的とは思わなかった。そうだね、じゃ、さっさと終わらせよう。」

 

 グサリ、そんな擬音が聞こえて来そうな程一際大きな痛みが脳を貫いた。

 

 「っ!!…っく…はぁ……」

 

 意識が飛ぶ感覚を味わったのは初めての経験であった。しかし痛みは刹那的なものでは無い。ジンジンとした痺れのような衝撃が体全体を伝う様だった。

 

 「一つ目の質問だ。これ、どれくらい痛いかな?」

 

 女のその声に続いて、もう一度、腹を突き刺す痛みが体を襲った。

 

 「っ___!!!」

 

 目の前の景色が点滅する、痛みも当然だが、それ以上に身体の中に異物が侵入した事に対する拒絶感のが辛かった。

 

 いっそ気絶してしまいたいくらいだった。だが、尋問官はそれを許さない。俺は痛みを訴える脳の声を無視し、思考を回す。

 

 どれくらい、痛いか。女が放った質問を何度も反芻し、それから意味を理解する。

 

 相手の言葉を理解し、それに合った適切な痛みを考える。成程、痛みを伴う尋問とは効果的な訳だ。単純な会話にすら満足に答えられない程脳が正常な判断を拒む。

 

 「…っ…い、今までで経験した…な、により、絶え難い、な…」

 

 なぜ痛みの度合いを気にするのか、これも一種の拷問の技術なのだろうか。

 

 俺はそう言った疑問は放置して正直に答えた、今は何より、この不安と恐怖から解放されたかった。

 

 「え……あー、確かに痛そうだね。いや、これは大分、そうか、神経の方も正常か」

 

 女は俺の顔を覗き込んで考え込む様にしてそう言った。

 

 殺してやりたい。その顔を見た途端シンプルに、怒りの念が湧き出した。

 

 殺意とは衝動的なものなのだろう。しかし、俺に身体の自由は無いため、大人しく従う他無い。

 

 「すまないね、身体は後だ、先に質問を終わらせよう」

 

 カシャン、女は俺の顔を覗き込むのを止め再び視界から消える、それと同時に物が落ちたような音が聞こえた。恐らく俺の腹を裂いていた物を投げたのだろうか。

 

 俺はその音から連想される未来に、僅かな安堵を覚える。どうやら女は言葉通り痛めつける事はやめにしてくれるようだ。

 

 しかし、それならそれで別の疑問が生じる。女の目的だ。

 

 尋問に対する耐性など持っていない俺だ、普通、ここまで痛みが効果的な相手にその有効な手段を投げ出すものか。

 

 「…………」

 

 結局何をしたいのか、女の真の目的を聞きたくなったが、余分なことを聞き出す程の気力は俺にはなかった。

 

 「じゃあ、二つ目。直前の記憶を教えてくれ。特に、曖昧な部分があれば詳しく思い出してみてくれ」

 

 ギィ、という何かを引きずる音が聞こえ、それから女の声が少し離れた位置から聞こえた。

 

 椅子を引いた音だろうか。耳を澄ませながら、俺は思い出す。

 

 「直前の、記憶……」

 

 「そうだ。なんでもいい、覚えていないなら覚えていないでもいいが、何か一つでも覚えてるならできるだけ明確に教えてくれ」

 

 直前の記憶、つまり俺がこの部屋で見知らぬ女から拷問を受ける前、目を覚ます前の記憶の事だ。

 

 目を瞑って思い返す。真っ先に思いついたのはやはりあの扉だった。

 

 「…父様、食事に呼ばれていた。夕食だった、使用人に案内され、それから扉を前にして……そこまでだ。そこで記憶が途切れてる。」

 

 扉を前にして、俺は確かにその扉を開いたはずだ。だが、どうしてもその先の景色が思い出せない。

 

 「何とか、その先は思い出せないかな。何でもいい、無理にでも思い出してみてくれ」

 

 無理矢理思い出すように指示されたが、どうしてもその先が思い出せない。深い霧の奥に閉じ込められたように、はっきりと記憶は切り離されていた。

 

 それでも何とか思い出そうとしてみる。残念ながら俺に選択肢は無い。

 

 扉を前にして、それからの出来事を頭の中で繰り返す。

 

 「……あ?」

 

 それはすっと頭の中に落ちてきた疑問だった。

 

 扉を前にした俺は父様に入室の許可を尋ねた。しかし自分のその言葉の一部が欠けていることに気づいた。

 

 「ん。どうかな、何か思い出せそうかな」

 

 女の言葉に俺は、ゆっくりとその疑問を嚥下する様にして喉を動かす。

 

 「名前、名前が、分からない」

 

 生まれたその時から呼ばれ続けていたはずの▪️▫️▪️(名前)が、剥がれ落ちたかの様に消えていた。

 

 

 

 

 

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