灰になっても   作:隠し帯

4 / 7
3話

 「君の使命は一つ、灰になってでも私のために尽くす事だ」

 

 女は意気揚々と、嬉しそうにそう言い放った。

 

 椅子に座った状態のまま腰を曲げ、身を乗り出すようにしているからその顔が大きく映る。

 

 その表情に悪意はなかった。実質的に人の尊厳すらを破壊して、奴隷として扱う事。そんな事に負い目なんて一切感じてない、そんな表情だった。

 

 「……つまり、ここで一生貴女の解剖と実験を受け続けろと?」

 

 冗談じゃない、最悪なんて言葉じゃ言い表せられない地獄のような生活だ。

 

 「一生ね、もう死んでるけどね。ま、大方そんな感じかな。でも、私だって無意味にいたぶる様な趣味も、君を永遠とこの拘束台の上で縛り続けるつもりもないよ」

 

 女はそう言うと座っていた椅子から立ち上がった。

 

 「命令だ、口を大きく開いて瞬きを三回しろ」

 

 突然何を言い出すかと思ったら、そんな突飛な事を言い出した。

 

 「ふぁにをいっへ……は?」

 

 視界が暗転した。意識を失ったからではない、まるで女が言った命令に従うかのように瞼が俺の意思とは関係なく閉じた。

 

 口も大きく開いていて、思うように言葉が出なかった。

 

 「うんうん、正常に動作してるね。これなら大丈夫だろう」

 

 女はそう言うと俺の胴体の方へと近づき、カチャカチャと何か金属質の物を動かす音を出した。

 

 ガチャン、手元からそんな音が聞こえ、もしかしたらと思い右手を動かしてみると、拘束が外れており、俺は久方ぶりに自分の手を見ることに成功した。

 

 それから女は俺の身体を中心に時計回りに、右足、左足、左手、最後に首の拘束具を鍵を使って解除していった。

 

 「よし、これで拘束は解いた。どうだい、立てるかな?」

 

 俺は首元の首輪の様な物が無くなった事を確かめるよう自分の首元を撫でた。

 

 「……ひひのか?ふぉんあほとひて」

 

 「ああ、ごめんごめん。口、もう閉じていいよ」

 

 女がそう言うと、先程までどんなに頑張っても動かなかった口が自由に動かせるようになった。

 

 パクパクと口を開き、自身の意思で動かせるようになった事を確認してから、再び尋ねた。

 

 「いいのか、こんな事をして。俺が貴女に殺意を抱いていて、今すぐにでも殺しに動いてもおかしくはないだろ」

 

 事実、俺はこの女に対して殺意に似た憎しみを既に抱いている。

 

 薄く笑みを浮かべてこちらを観察してくるその表情も、無駄に整った顔がかえって腹立たしい。

 

 「ん、別にいいよ。第一、そもそも君は私に逆らえないからね」

 

 そう言って女は俺に背を向けて椅子を運び始める。無防備な背を向けるという行為自体が女の自信を語っているようであった。

 

 「……さっきの命令か?」

 

 俺は数秒前の自身に降った身体の変化を思い出す。女の命令一つで口が塞げなくなった。それは今の俺は女の言葉一つで俺を支配できることを意味していた。

 

 「そうね、それもあるけど他にも保険はある、一度君の身体の状況について説明しておこうか」

 

 女は椅子を遠くの机の近くへと置いた。机の上には何枚かの紙束が乱雑に置かれており、付近には転がるようにペンが置いてあった。

 

 一度部屋をグルリと見渡す。

 

 部屋は殺風景であり、中央と先ほどの机を除いて家具が見当たらない。

 

 部屋の中央には俺の寝ていた拘束台があり、まだ新鮮な状態である血の跡があちらこちらに見受けられた。

 

 恐らく実験用の部屋なのだろう。注意して匂いを嗅ぐと染み付いた血の匂いがした気がした。

 

 「見ての通り殺風景な部屋だろう。続きはもう少し落ち着いた部屋で話そう。それに、ほら、私の服も君ので汚れてしまっている」

 

 女は自分の服を指差してそう言った。髪と同じく真っ白で彩られた服には赤々とした血が滲んでいた。

 

 「ついて来てくれ、案内しよう」

 

 部屋の扉を女が開く。俺はまた体が勝手に動くのではと身構えたが、今度はそんな事も無く、俺は俺自身の意思で足を動かし、女の後を追った。

 

 ギシギシと音の鳴る床を踏み締めて、扉の向こうへ足を運ぶ。廊下へと出た。

 

 左右を見渡し、女の背が見えた右側へと曲がり、駆け足で近寄る。

 

 「………」

 

 「無駄に広いんだ。掃除も碌に出来ていないから、まぁ多少の汚れは見逃してくれ」

 

 女はそう言って俺の前を歩く、横を歩くことも憚られたため俺はその四歩後ろくらいを歩く。

 

 女の言う通り廊下はとてもじゃないが綺麗とは言えない状態だった。

 

 全体的に埃臭い、実際に埃が多いのだろう。天井の一部には蜘蛛の巣が見えることもあった。

 

 多分、全く管理がされていないのだ。ここまで酷い惨状は俺の経験上見たことがなかった。

 

 幽霊の出る屋敷。そんな印象を受ける程暗く、薄汚い廊下だった。

 

 「……」

 

 「……」

 

 俺と女との間に会話は無く、木製の床の軋む音だけが二人の存在を表していた。

 

 俺は歩きながら廊下の左側、窓の外を見る。見下ろした先には規模の大きい庭があった。その地面には一面の雪が降り積もっており、遠くには背の高い林が見えた。

 

 「ほら、本当に冬だろう?」

 

 俺はその声に窓から目を離して声の方へと振り向く。

 

 「……そうみたい、だな」

 

 俺はまさに現実を目の当たりにした、そんな心地で答えた。

 

 「ま、今すぐ全部を受け入れろとは言わないよ。ほらここだ。ここで改めて話をしよう」

 

 そう言って立ち止まってから、女が扉を指差す。どうやらここで本格的な話し合いとやらを行うらしい。

 

 「……あぁ、分かったよ」

 

 言いたいことも、言い返したい事も数え切れない位だったが、今は大人しく従う事を決め、返事を返す。

 

 俺の言葉を聞いてから、女のその手が扉のドアノブへと添えられる。

 

 ギイっという音と共に扉がゆっくりと開く。

 

 「よし、じゃ早速、ってうわっ、これは酷いな……息をするのも憚られるね」

 

 女は先導擦るように部屋の中に入ると、入室早々そう呟いた。

 

 「……」

 

 俺も部屋に入ると、女のリアクションの意味がわかった。異常な程の埃が舞っているのだ。

 

 俺は声には出さないが、眉間皺が寄るのが分かった。

 

 少し足を踏み入れれば床一面に広がる埃の群れ。肉眼で見える程まであるそれはこの部屋の使用頻度の低さを物語っていた。

 

 「流石にここでは…無理だな……」

 

 はぁ、と大きなため息を溢してから女はこちらを見て話した。

 

 「すまないね、来客との談話用の部屋があるのは知っていたが、その、来客が君が初めてでね…少し待っててくれ、最低限使える部屋を探してくる。あとついでにこれも着替えてこよう」

 

 「はぁ……」

 

 そう言って俺は女に促されるようにして再び廊下の外に出た。埃まみれの談話室は扉によって封がされ、もうしばらくは開かれることはないのだろう。

 

 「じゃ、待っていてくれ。」

 

 女はそう言い残して、一人廊下を進み角を曲がり、その姿を消した。

 

 「はー………」

 

 緊張の糸が切れるようだった。正直まだ何一つ実感が湧かないが、俺は窓の外の雪景色を眺めながら現状を整理する。

 

 俺は死んだらしい。

 

 どうにも信じがたいその事実が胸を締め付けるように俺の前に突然として現れた。

 

 信じたくはない。今もまだ、心の何処かで何か嘘か幻術、そう言った類の何かでは無いかと疑い続けていた。

 

 しかし、と。

 

 俺は自分の身体を見下ろし、右手を胸の上の、心臓の上へと置く。

 

 ドクン、ドクンと規則正しい心拍の振動が手を伝うのを感じた。それは命が続いている事を、俺の生存を表すただ一つの証明であるはずだった。

 

 だが、俺は知ってしまった。この心臓の音が確かに消える感覚を。世界から取り除かれていくようなあの冷たさを。

 

 あれが死なら、俺は納得してしまうだろう。それほどまでに衝撃的で、今までの全てを塗り替えるような経験だった。

 

 俺はつい先ほどの事を思い返し、そう考えた。そこでふと、俺は自分の腹の傷がどうなったかが気になった。

 

 鋭利な刃物が引き裂いたあの痛みは今も忘れられない衝撃(トラウマ)として残っているが、肝心のその痛みはすっかり鳴りを潜めて、もう感じることはなかった。

 

 俺は服を捲り、腹の辺りを見てみた。あれほど痛めつけられたのだ、治っていたとしても縫い目かなにかが残っていてもおかしくは無い。

 

 しかしそこには傷ひとつない健康体そのものである自分の身体であった。

 

 「綺麗さっぱり無くなってるだろ?我ながらすごいと思うよ」

 

 唐突に、耳元から囁かれるようにその言葉が聞こえた。

 

 「っ!?」

 

 俺は突然の声に驚き、その場から飛び跳ねるように離れ、後ろを振り向く。

 

 「いやぁ、人間でやるから少し不安があったんだが、どうやら綺麗にくっついたみたいだね」

 

 そう言って嬉しそうに笑うのは、真っ白のコートのような物に身を包む、ツバの大きな帽子を被った女であった。

 

 「……」

 

 「おや、少し怒らせたかな?すまない、着替えも済んで、使えそうな部屋の目処も立ったから呼びにきたよ」

 

 クツクツと、愉快そうな表情と声色でそう言った。

 

 殴り飛ばしてやりたい。シンプルに、その感想が頭を過った。

 

 いや、正確にはそれだけじゃ足りない。あの痛みを、苦痛を、全てをそのまま返してやりたい。

 

 怒りにはらわたが煮え繰り返りそうになるを理性で押さえ付ける。

 

 「…それで、その部屋はどこにあるんだ?」

 

 俺がそう返事をすると、女は揶揄うような表情を止め、再び薄い笑みを浮かべて話す。

 

 「ん、こっちだ、ついて来てくれ」

 

 女はそう言って背面の方向を指してその方向へと歩き始めた。

 

 俺もそれに従うよう、女の背を追う。

 

 廊下の突き当たりを曲がって、それから階段を下り、一階の部屋へと案内される。

 

 「ここだ、入ってくれ」

 

 女はそう言って扉を開き、先に入るよう俺に視線で促す。

 

 俺は警戒を緩めないよう、扉の付近をしっかりと観察してから部屋へと入る。

 

 「罠なんて仕掛けてないよ」

 

 女のその声を無視して入った部屋は、これはまた酷い惨状の部屋だった。

 

 埃はない、いや、ないとは言えないだろうが床一面が埃、目の前も埃なんていう状況ではなかった。

 

 では何が酷いのか、それは先ほどの談話室とは真逆、生活感が溢れすぎていた。

 

 床にはびっしりと文字や図形で埋め尽くされた紙が乱雑に散らばっており、まずどこに足を置けばいいのかが分からなかった。

 

 何とか見つけた木製の床の部分に片足を置くが、それ以上が進まない。

 

 「何をしてるんだ、早く入ってくれ、後ろがつっかえている」

 

 そしてこの部屋を用意した、おそらくこの惨状を作り出したであろう張本人が後ろから急かすように声を上げた。

 

 「……」

 

 談話室の時よりも表情が強張るのが分かった。俺はもう仕方ないと諦め、紙の上へと両足を置いた。

 

 「よし、ここなら会話ができるだろう。早速君の現状を話そうとおも…なにかな?そんな見つめてきて」

 

 グシャ、ガサ、グシャリ。廊下を歩く時と変わらぬ歩幅とスピードで女は部屋の中を歩き、部屋の隅に位置する小机と椅子の方へと移動した。

 

 そこには何の躊躇もなく、その状態が普通(ニュートラル)である事を表していた。

 

 「……いや、何でもない。続けてくれ」

 

 俺は色々と言いたいことが増え始めていたが、それもグッと飲み込み一先ずは女の話を聞く事にした。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。