灰になっても   作:隠し帯

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5話

 「……!!…っぐ……!」

 

 全身を巡る激しい痛みと痺れ。耐え難いそれはじわじわと、次第に蓄積していくようだった。

 

 「頑張ってくれー、今回は意識を保って行うところが肝なんだ。君の苦痛を共感することは出来ないけど、頑張ってくれー」

 

 痛みに悶え苦しむ中、気の抜けた声が俺の耳に入る。

 

 瞑っていた目を開くと、俺を見下ろし、全身の様子を興味深そうに観察する女の姿があった。

 

 白い大きな帽子に、白いローブ。流れる髪の色も糸のような白、全身が白色で構成された魔女がそこには映った。

 

 あれから一ヶ月が経過した。あれから、って言うのは俺が一度殺された日、つまりこの女、イザベルの使い魔兼実験体となった日の事だ。

 

 一ヶ月間をこの館で過ごすことになった俺は、色々とこの状況を脱するための方法を考えた。

 

 まず、俺を蘇生し、実験道具や使い魔として俺を扱う魔女、イザベルの無力化だ。

 

 これに関して現状は行う予定は無い。理由は単純で無意味だからだ。

 

 イザベルを無力化して、拷問をするなり何なりして俺を拘束する術を解かせ、晴れて自由の身になる。

 

 これが理想だが、現実的に考えてそんな上手くいく保証なんてないし、失敗に終わる可能性の方が高い。

 

 そもそも強制命令がある以上、俺にはそこまでの力が無い。仮に拘束するまで上手く行ってもそこからが至難だ。

 

 尋問をしても口の拘束は解けない。その時点で強制命令で終わり。そもそもそんな事をした上でイザベルが都合よく拘束する術だけを解く保証もない。

 

 俺の命はイザベルの掌の上。容易に握りつぶされてしまうだろう。

 

 では考えた二つ目の計画。こっそりと逃げ出し、そこから館の外で外部の魔術の有識者の力を借りて何とかしてもらう。

 

 これも無理だ。一ヶ月過ごして分かったが、この館は田舎よりも人気の無い、森の中の館だ。

 

 土地勘もない俺が徒歩で最寄りの街まで近づく、それだけで既に絶望的だ。

 

 さらにイザベルの話を前提とするなら現在蘇生魔法を扱える魔女は彼女を除いて他にはいないらしい。もちろん、これが俺の反抗心を削ぐための嘘である可能性は高いが、それでも運良く出会える可能性などゼロに近い。

 

 他にも色々と考えた。助けを呼ぶ方法、イザベルの説得、魔術の解除。その全てが失敗に終わる未来図へと変わっていった。

 

 結論として、今は大人しくイザベルの言うことに従い、情報の収集が最善と考えた。ここまで考えてから、今この状況自体がイザベルによって誘導された思考だと考えると妙な敗北感がある。

 

 だがそれ以外に方法は無い。何にせよ俺には魔術に関する知識が欠乏しているから下手に動けない。

 

 だったらこの研究に協力しつつ、イザベルに関する情報と魔術について知っていく事が良い手だろう。

 

 そう経緯で、俺はイザベルの意向に従う事に決めた。

 

 そしてそのイザベルが俺に提示した目的は人間の蘇生魔術の完成であった。

 

 完成、と言っても既に俺と言う人間を蘇生する事に成功しているのだから、これで成功では無いのか、と聞いて見たところ。

 

 『いや、私の目的は完全な蘇生、言っただろう、灰になってでも私に尽くしてもらうって。これは比喩では無い、研究を続けて、いつか君が灰になったとしても蘇生を成功させる。これが私の、いや、私たちの研究の目的地だ』

 

 そう語るイザベルの声には熱量が感じられた。

 

 「うーん…こんなところか。良いよ、そろそろ終わりにしようか」

 

 俺がここ一ヶ月での結論を振り返っていると、そんな声が耳に入る。どうやら一旦実験を区切るらしい。

 

 「…わか、った」

 

 ああ、やっと終わる。俺はこの時間が終わる事に安堵を覚えると同時に息を吐いた。

 

 今行なっている実験は意識を保った状態で肉体に損傷を与え、傷の具合と再生の調子を見るといった内容だった。

 

 具体的には脛の部分を、縦に深く切り傷が与えられ、その傷口を色々と抉られたりよく分からない魔術を掛けられたりだった。

 

 当然その引き裂く痛みは無心で凌げるものじゃない。だが、一ヶ月もこれと似た実験を繰り返していく内に、だんだんと心構えのようなものが生まれてくるようだった。

 

 痛みに慣れる事は無い、だが俺の中の諦観が痛みを受け入れていく、そんな感覚だ。

 

 「それじゃ、命令だ。眠れ」

 

 女のが命令口調でそう言うと、ガクン、と強張る体から力が抜けていくのが分かった。

 

 傷口から伝わる痛みが刺激となって俺に伝わる。なのにその刺激を無視するかのように体は必死に睡眠に落ちようとする。

 

 瞼が落ちて、いよいよ前が見えなくなり、暗闇が視界を満たす。

 

 これは初日以降俺への配慮として行われる強制命令を活用した身体だけを睡眠状態に落とすという幻術紛いの使用方法だ。

 

 そんなことが可能なのか?と疑ってはいたが、いざ試してみると驚くほど従順に体は眠ろうと努力を始めた。

 

 こうする事で痛みの感覚に俺自身が鈍くなり、解剖を行う際は負担の軽減となっていた。それでも意識は起きたままだし、長い間薄い空気を吸い続けるような息苦しさが募るようだった。

 

 今日は意識を保ったまま行うと言うことで、この擬似睡眠を使う事はなかったが、実験が終わる、つまり俺が死ぬ必要がある時が来たのだ。

 

 傷を受け、損傷した身体を再生するため、死ぬ。この身体は不思議な事に一度死に、蘇生する事で四肢を失った状態でも再生して蘇ることができるのだ。

 

 本当に化け物にでもなった心地だ。

 

 俺は意識が朦朧とした状態でイザベルが心臓を貫くその瞬間を待っている中、そう思った。

 

 自分の選択肢に死ぬと言う行為が追加され、あまつさえそれを受け入れている自分がいる。

 

 そして俺は、そんな風に変わっていく自分が、死を経験するたびに痛みの感覚と心臓が貫かれる事に耐性を覚えていく自分が怖くて仕方なかった。

 

 ズンっ…と身体の中身が大きく揺れる。大きな波に呑まれていく様な感覚のまま意識が深い方へ、冷たい暗闇に落ちていくのを感じる。

 

 きっと、心臓を刺されたのだ。もうこの意識を保つのに長い時間はないだろう。

 

 そんな風に考えてる内に俺は_________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_______ドクン。

 

 心臓の跳ねるその音と共に目が覚め、神経が指先まで行き渡るのを感じた。

 

 瞼を押し上げ、目を開ける。それから寝ている状態の身体を起き上がらせて周りを確認する。

 

 「お、起きたか。時間は……大体一分半か。どうやら意識の有無は関係なく、傷の損傷の具合によって再生にかかる時間は変わるみたいだね。前回の時とほぼ一致した時間だ」

 

 自身の右側からそんな声が聞こえて、俺はその方向へと顔を向ける。

 

 木製の砂時計と机の上の何かが綴られた紙を交互に睨むイザベルの姿がそこにあった。

 

 「……むぅーん」

 

 悩ましげに声を漏らすイザベルは実験の上で気になる点があったのか、こちらには目も向けず考え込んでいた。

 

 イザベル、と言うのは目の前でうんうんと頭を捻る女の名前、と言うよりは便宜上の呼び名だった。

 

 『え?結局なんて呼べばいいか?えー……私は記憶が無いわけじゃ無いけど、これと言って特定の呼び名が無いんだよ…強いて言えば呼ばれた頻度が多いのはイザベルと言う名前だね』

 

 名前の件について再び尋ねたが、結局正確な名前は分からなかった。どうやら偽名を使っている訳では無く、本当に名前が無いらしかった。

 

 そんな事あるのか?僅かに疑う俺であったが、相手は魔女と呼ばれる種類の人間だ。普通の出立ちとは異なると考えたら不思議な話では無かった。

 

 結局一番最初に挙げられた名前、イザベルの名前で呼ぶ事にした。それから話し方についても聞いてみた。

 

 俺の生殺与奪の権はイザベルが握っているのだ。俺の役割は実験体兼使い魔だ。それならイザベルは俺より地位の高い存在に当たるんじゃないか、そう思ってそれに関しても聞いてみた。

 

 『えー、めんどくさいなぁ、君は。何でもいいよ、ここ十数年立場を気にして話した事なんてなかったし、変に気遣わなくていいよ。めんどくさいし』

 

 心底面倒臭い、どうでも良い。そう言った表情と声色でそう告げられたため、俺は言葉遣いに関しては特に気にせずに話している。

 

 「…で、イザベル。今日はこれ以外に何をやるんだ?」

 

 いよいよ視線を天井に向け、何かを考え込み始めたイザベルに向かって俺はそう声をかけた。

 

 「んあ、あー、どうしようか……そうだね、今日の所はもう良いかな、少し籠って考えたいな。ここ一ヶ月は君に関して調査を続けたけど、色々と興味深い事が分かりそうだ」

 

 そう言ってからイザベルは机の上に広がる紙と一冊の本を手に持って椅子から立ち上がった。

 

 「今日はもう終わり、って事で良いのか?」

 

 「うん、そんな感じで。あ、後多分三日位は部屋に籠ると思うから、日に一回は部屋まで食料を運んでくれ」

 

 右手に諸々の資料を抱えた状態で、イザベルは俺を指差しそう指示をした。

 

 「分かった」

 

 俺がそう言って頷くと、イザベルはそれを確認してから実験室の扉を開き、廊下へと出ていった。

 

 ここでの生活は実験とイザベルの研究の補助を行う事だった。実験はさっきやったみたいな俺を使って魔術の検証だ。

 

 補助の役割はと言うと、今言われたような食事の運搬、保管庫の整理等だ。

 

 魔女の使い魔としての仕事より使用人の様な仕事であった。俺には魔術がよく分からないし、妥当ではあった。

 

 この扱いに不満が無いわけでないが、実験で心身が疲弊していくよりかは遥かに楽であった。

 

 そして今日は実験も終わり、残るはイザベルの元に食事を運ぶだけ。ならば残る時間を何に使うか。

 

 そこまで考えていた所で、ドタドタと扉の外から足音が聞こえてきた。

 

 そのまま扉が開かれ、先ほど出て行ったはずのイザベルが姿を現した。

 

 「忘れてたよ!これだ、これ。ほらこの本を君に渡そうと思ってたんだ」

 

 若干息を乱しながら、イザベルはこちらへと歩き手に持っていた本を渡してきた。大きさは大衆小説よりかは厚い、教本程度の大きさだった。

 

 「これは?」

 

 俺がそう尋ねると、一度深呼吸をして息を整えてから口を開いた。

 

 「魔術の、と言うよりかは魔力に関する教本のような物だと思ってくれれば良い」

 

 魔力の教本。俺はその言葉に前、研究室でイザベルから見せられた蘇生魔術に関して彼女なりに纏めた本を思い出した。

 

 魔術なんて所縁のない俺には何が書いてあるのかも分からない単語の羅列。それを思い出し、僅かに緊張してしまう。

 

 「あぁ、これは私が書いたものではないよ。師匠……他の魔女が書いた、他人に伝えるための本だ。殴り書きの物とは違うよ」

 

 そんな俺の内心を読み取ったのか、イザベルはそう告げた。

 

 「そうか…だけど、どうしてこれを俺に?まさか魔術について学べと言う訳ではないだろう?」

 

 俺はそう疑問に思いつつもその本を受け取った。表紙には『魔力、操作と構築』と前に見たイザベルのものとは違う字体で書かれていた。

 

 「いや、そのまさかさ。君には魔術についてある程度知ってもらう事にした。そのための教本だ」

 

 イザベルの言葉に俺は驚き、僅かに目を見開いた。

 

 「は…?…良いのか?」

 

 それは想像もしていない提案だった。

 

 現状、俺は魔術に関して一切を知らない、無知に近い状態なのだ。だからこそ俺はイザベルからの魔術に俺は何一つ対抗手段を持たないし、それ故に大人しく従っているのだ。

 

 もし仮に俺が魔術について詳しく知り、イザベルの魔術に対抗する手段を知ってしまえば、それは彼女にとって好ましくない状況になるだろう。

 

 「良いのかって、私の方から頼んでいるんだが…あぁ、そう言うことか」

 

 納得したような表情でそう言い終えると、イザベルはニヤリと笑った。

 

 「いいよ、やってみてくれ。君にそれが、私の数十年の研究(・・・・・・・・)まで至れるなら、それは構わないよ。それだけ君が私より優秀な魔術使いであったと言う証明だからね」

 

 言外に、俺には不可能であると言っていた。

 

 「……」

 

 「ふふ……いいね、目的があるなら成長も早まるだろう。久しぶりに魔術について語り合えそうで嬉しいよ」

 

 イザベルはそう言い残すと、楽しそうな笑みを浮かべたまま部屋を後にした。

 

 俺は一人になった部屋の中で手に残った魔術本へと視線を落とす。

 

 俺はこれから、どうすれば良いのだろうか。イザベルの支配から抜け出し自由を手に入れたとして、それからどうするのか?

 

 そもそも、どうして俺は一度死んでしまったのか(・・・・・・・・・・・・・)

 

 何も分からないままだった。だからこそ先ずは知ることから始めようと思い、本の表紙を開く事にした。

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