灰になっても   作:隠し帯

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6話

 無機質な部屋には赤い染みが大量に付着していた。俺が普段解剖される時に使われる、実験室と呼ばれる部屋だ。

 

 俺はそんな忌まわしくも見慣れてきたこの部屋の中、静かに椅子の上に座って扉が開かれるのを待っていた。

 

 魔力に関する教本を渡されて三日が経過した。イザベルが研究室に籠ると言った期間は過ぎた訳だが、屋敷の中で彼女の姿を見ることも、実験室に訪れることも無かった。

 

 昨日食事を運んだ時に生存は確認していた。ノックをしても一切の反応を示さない程集中している様だった。その真剣な雰囲気に、結局声をかけることを躊躇して食事だけを机の上に置いて退出をしたのだ。

 

 昨日の段階でまだ熱中していると言う事はまだイザベルの研究に区切りがついていない可能性は高い。

 

 「……はぁ。行くか」

 

 俺は窓の外の太陽が真上の辺りまで移動しているのを見て、ため息を溢し、それから食堂へと向かっていった。今日の分の食事を届けるためだ。

 

 俺は自分自身の血液の匂いが染み込んだ実験室を後にし、廊下へと出る。

 

 この屋敷は無駄に広い。いつしかイザベルが自身の住むこの屋敷をそう評した事を思い出した。

 

 実際の大きさを屋敷の外から見たが、大きさ自体は普通の館であった。だが、これは貴族や領主の所有する邸宅や屋敷と比べたらの話で、近衛騎士や使用人もいない、たった一人で利用するならば余りに大きすぎる。

 

 食堂や厨房、専用の浴室もある。庭園と呼べるくらいの広さの庭もついていてこれだけ情報を並べれば身分の高い者の屋敷に思えるだろう。

 

 だが、実際のところはその全てが杜撰な管理、いや、もはや管理されてすらいない、放置状態であるからその見た目は酷いものだ。

 

 研究室と実験室、それから食堂から繋がる氷室と地下の保管室と浴室。これがイザベルの移動範囲らしくほとんどの時間は研究室か実験室、書庫で本を探すことくらいらしい。

 

 想像してみて、実に華のない生活であった。贅沢の限りを尽くす事が一番良い生活である、なんて風には思わないが、もう少し嗜好の挟まる余地があっても良いだろう。

 

 おまけに食事は日に一回、それも食事というには少なすぎる量のものだ。

 

 これは極めて深刻な食糧不足であるからでは無く、食事に労力と時間を割くのが面倒くさいとの弁だった。

 

 『食事がこれだけでいいのかって?別に最低限の栄養になれば全部一緒だろ?』

 

 あまりに飾り気も食欲も感じられないその食事に対して俺が尋ねると、イザベルはそう答えた。

 

 食事が煩わしいのではなく、その用意が疲れるから手間が少なくて済む保存食だけを摂取しているようであった。

 

 食事量に関しては魔術で身体を誤魔化してるから少なくても良いらしい。便利な魔術も存在するものである。

 

 と、イザベルの普段の生活について整理してると食堂にたどり着いた。食堂は数ある部屋の中でも一際広いのがこの食堂だ。

 

 大きな食卓を囲むように幾つもの椅子が並べられ、その奥には暖炉が構えてあった。尤も使用された形跡などなくその悉くが色褪せ、埃をかぶっていた。

 

 そんな食堂から外に出る外廊下がある。その先に食料を保管している氷室がある。雪も降り積もる冷涼なこの屋敷で食料の保存はそう難しいことではないようだ。

 

 俺はそれから指定された物を皿の上に乗せ、さらにその皿をトレイの上に乗せた物を手に持ち、食堂を後にした。

 

 静かな薄暗い廊下を進み、例の研究室までやって来た。扉を前にして耳を澄ますが部屋の中からは音一つ聞こえなかった。

 

 トレイを左手に持ち、右手で扉をノックする。

 

 「俺だ…食事を持ってきた、入るぞ」

 

 扉越しにそう呼びかけるが返事は無い。余程集中しているのか、そもそもこの部屋には居ないのか。

 

 いくつかの状況を想像しつつ、俺は扉を開いた。

 

 中に入り、相変わらず床一面に散らばる紙達を足で側に寄せながら足の踏み場を作る。

 

 部屋に入っていつも座って何かしら考え込むかペンを持っている机の方へ目を向ける。しかし、そこにイザベルの姿は無く、無造作に引かれた椅子と机があるだけだった。

 

 やはり何処かに行って不在なのか、そう思って一応トレイだけ置いておこうと机の方へ近づく。

 

 そしてそこまで部屋の奥まで移動した事で俺は気づく、扉から死角になる位置に置かれたベッドの上、そこに誰かが横になっている事に。

 

 「……………ん……」

 

 小さく呼吸を繰り返すことで浮き沈みをする身体、呼吸の音が小さく開いた口から漏れ出ているようだった。

 

 穏やかな表情だった。脱力した体から両腕がベッドの上へと投げ出されており、いつもの白いローブはそのまま、帽子だけを枕元に置いた状態で、静かに寝息を立てていた。

 

 普段の掴みどころが無い雰囲気の姿とは全くの別物だった。

 

 しんと降り頻る雪、その雪原の奥に静かに佇み、積み上がった石山の上からこちらを見つめている。

 

 それが、俺がイザベルに対して抱く印象であった。

 

 しかし、今目の前で無防備にも寝息を立て、呼吸と共に身体を上下させるその姿は見た目相応の、少女とも女性とも言えない彼女特有の幼さと艶やかさが残っていた。

 

 手を伸ばせば、届く距離。俺の目線は自然とその顔の下、首元へと向けられた。

 

 白く傷一つない肌は不気味なくらい美しく見える。その柔い肌はいっそ見てるこちらが不安になる程脆い印象を与えた。

 

 もし仮に、と頭の中に彼女の姿を浮かべる。その首に両手をかけ、力の限りを込める。

 

 きっと自身の身体に訪れた異変にすぐさま気づき、彼女は目を覚ますだろう。それでも首を絞めている以上彼女は声を出す事すら出来ない。

 

 強制命令を行使する暇は無い。身体から枯渇する空気、足りない息を求めるままに彼女は力を次第に失い、その気絶をする。

 

 それでも腕の力を緩めず、彼女のその命を奪うために力を込め続ける。やがて生き絶えた彼女の姿を見ると同時に、彼女の魔力によって生かされている俺は死に絶えるのだろう。

 

 その瞬間、俺はどう思うのだろう。

 自分を何度も痛めつけ、実験道具として扱った女に復讐を遂げた事に対する達成感か。

 

 彼女の死と共に自分の意識が消える事を理解し、漸く自分に自由など無かったのだと理解し、絶望するのか。

 

 それとも曲がりなりにも私怨で人を殺めた事に対する罪悪感を抱くのだろうか。

 

 俺は……彼女を、イザベルを殺したその時、どう思うのだろうか。彼女との共倒れ。それが、一番良い結末なのだろうか。

 

 そんな意味の無いもしもを考えた。

 

 俺は想像とも言えないレベルの拙い、その妄想を止め、意識を目の前の現実の戻す。

 

 すぐ側まで近づいてもイザベルは目覚める様子が無い。深い眠りについているのか、瞼はぴっちりと閉じられていた。

 

 「……すぅ…………」

 

 起こすべきだろうか。ここまで熟睡の様子だと何だか悪い事をするようで起こすことすら躊躇われる。

 

 だがこのままでは折角食事を持って来たのに無駄足となってしまう。数巡考えて、結局起こす事に決めた。

 

 「……おい、起きてくれ。食事と、後言われた通り本を渡されてから三日後になった」

 

 「…………ん…………」

 

 俺は眠るイザベルの横顔にそう呼びかけるが一向に反応は無く、未だに眠りの世界に居るようだ。

 

 「…………」

 

 俺は仕方なく無言でイザベルの両肩を揺らす。

 

 そこそこの力加減で身体を揺らす、遅れて彼女の頭がユサユサと揺れ、それが三回ほど繰り返された後、横たわったまま身体を揺すられたイザベルは静かに瞼を開く。

 

 「……ん、あぅ………ん?……あー……」

 

 開かれた瞼の奥から蒼い水晶のような瞳が俺の姿を捉えた。

 

 まだ眠たげな様子で通常時より僅かに低い声で彼女は口を開く。

 

 「……なんでいるの?」

 

 短く質問を投げかける彼女の瞼はまだ完全には開いておらず、眠たげだ。

 

 まだ寝ぼけているのだろうが、それでも見慣れない少し間抜けな様子に新鮮な気分になる。

 

 俺はイザベルの肩に触れる手を離し、親指を背後の方へ向け、運んで来たトレイを指しながら答える。

 

 「食事、運んで来たんだ。それから言われた通り魔術の本を渡されてから三日経ったから、まぁ、呼びに来た」

 

 俺の話を静かに聞いた後、イザベルは大きく欠伸をしてからムクリと起き上がった。瞬きを三回、それから再び向けられた視線には確かに聡明さが感じられた。

 

 「……すまないね。午前には君を呼ぶつもりだったが、寝過ごしてしまったようだ」

 

 「別に構わないが……」

 

 「そうか、じゃ早速……ん?何かな?」

 

 近くの机の上の帽子を手に取りながら、イザベラは俺の視線に気付いたのかそう言った。

 

 「いや、何だか本当に眠るのかと……なんだ、驚いていた」

 

 俺は率直に思った事を告げる。俺の身体は睡眠を必要としない、正確に言えば身体に疲労が存在しないから眠って疲労回復を行う必要が無いのだと、一ヶ月間の実験を通じてイザベルが発見した。

 

 眠る事自体は可能だ。実験中鎮痛代わりに眠る事もあるし、死体の身体と言えど、精神的な疲労は積もるのだ。

 

 一応与えられている客室で眠ることも少なくは無かったが、睡眠時間は明らかに前と比べて減っていた。

 

 しかしこれが可能なのは俺がイザベルの魔術によって蘇ったからだ。魔術を施した本人であるイザベルは普通に食事をするし、眠りもするはずだ。

 

 だが、俺はそういった風景を見た試しがさっき限りであった。てっきり魔女は睡眠を必要としないものだと思い込んでいたが、違うのだろうか。

 

 「あぁ、確かにベッドで寝ることは少ないかもね。恐らく君が考えている通り、魔術で自分の感覚をずらしてはいる。が、所詮は誤魔化しでしかない。睡眠も取らなくては活動できないし、何より非効率的だ。大抵はそこの椅子に座りながら短い睡眠をとっているよ」

 

 そう語りながら彼女は手に取った帽子をボサボサの髪を覆い隠すように被った。

 

 「そうなのか、魔術でそう言った感覚?も変えることが出来るのか」

 

 「そうだねぇ、私の場合は蘇生魔術(ネクロマンス)を扱っているから人体や生物の身体を操作するのが得意だからね。普通の魔女はもっときちんと睡眠も食事もとるだろうね」

 

 そう言うとイザベルはベッドから腰を浮かせ、立ち上がる。

 

 それからすぐさま筆と紙が散らばる机の方へ向かい、近くの椅子へと腰掛けた。

 

 「そうそう、魔術だ。君、三日前に本を渡したろう?どうだい、大体分かったかな?」

 

 イザベルは椅子の背もたれに背中を預け、頭だけこちらに回してそう言った。

 

 「……内容は、まぁ半分くらいは」

 

 俺は若干は歯切れが悪そうにそう言った。あの本の内容全部を網羅することは出来なかった。

 

 全く知らない魔術と言う正に別次元の学びなのだ。本を読んで学ぶ、こう言った経験は少ない訳ではない。が、特別勉学の才能がある訳でもなかった俺は四苦八苦しながら読み進めて知識にして行った。

 

 「半分か、まぁ十分だろう。じゃあ今日からは君の、蘇生後の身体で魔術や魔力に関する実験を行いたいと思うから、早速、そうだなぁ……私がこれを食べ終えた位で実験を開始しよう」

 

 イザベルはそう言いながら俺が運んできたトレイの上の食事に手を伸ばし始めた。

 

 小さく口を開いて左手を使ってその中に食事を運ぶ。もう片方の手はいつの間にか開かれていた本のページが掴んでいた。

 

 「あぁ、分かった……ところで、魔術に関する実験って、どんな事をするのか、あらかじめ教えて欲しいんだが」

 

 俺がそう尋ねると本の文章を追っていた目線が俺の方へと向けらる。

 

 「ん……んぐ。実験の内容か、そうだなぁ……今考えている段階だと魔力量の測定とか、測定された数値から考えて魔術威力の上昇、下降はあるのかとか、まぁ検証になるかな」

 

 色々、仮説が浮かんできてはいるんだ。そう語る彼女の眼には知的好奇心の輝きが見えた。

 

 「魔術威力の検証……その、それはどうやってやるんだ?」

 

 イザベルの語る実験計画の中に気になる単語があったので聞いてみる事にした。

 

 「ん?どうやるって、そりゃ威力検証だからねぇ。まず最初にオーソドックスに魔力弾を専用の素材で作った的に当ててもらうとか。あぁ、炎や水みたいな属性による差異も見ておきたいね」

 

 魔力弾。それはここ三日で読んだ本の中の最初の部分で載っていた単語である。確か、魔術を編まずに魔力そのものを集約させ、球状にして打ち込む基礎魔術だったはずだ。

 

 「あー…………」

 

 「……あー、って何か不明な点があったかな?」

 

 分からない部分があるなら今開設しようか?そう言葉を続けるイザベルに俺は首を横に振る。

 

 「いや、俺はその、魔力弾?がその、よく分からなくて……」

 

 「あぁ、それか。教本にも載っていたと思うけど、魔力弾ってのは純粋な魔力の集合体、複雑な魔術を編まずとも……」

 

 そう言葉を切り出し、魔力弾について解説を開始しようとするイザベルの話を手で制して中断させる。

 

 「あ、いや、魔力弾の概念自体は概ね理解してるつもりだ。解説、多分間に合っている」

 

 俺がそう言ってイザベルの言葉を遮って話すと、彼女は不思議そうな顔を浮かべて口を開いた。

 

 「そうか……じゃ、何を聞きたいんだい?君はさっき魔力弾についてよく分からないと言っていたが」

 

 イザベルの言葉に俺は返す、そうじゃなくて。

 

 「俺が聞きたいのは、その、実際のやり方と言うか。感覚的にコツ?みたいなのが聞きたくて……」

 

 俺がそう尋ねるとイザベルは視線を天井に移し、考え迷うように言葉を連ねた。

 

 「あー……成程?魔力弾のやり方……コツかぁ……」

 

 それから、不思議な程長い時間の沈黙が訪れる。そこまで難しい質問であっただろうか。基礎魔術だと教本には書いてあった気がするが。

 

 「……ちょっといいかな、君。あの本、半分くらいは理解したって言ってなかったかな?」

 

 目線を下げて、椅子に座る彼女は俺を見上げるようにしてそう言った。

 

 「ああ、言ったが……え、あぁ、一応頭で理解できた範囲が半分程度で、実際に使えるのは……」

 

 「……使えるのは?」

 

 急かすように、何処か焦った表情でイザベルは俺に続きを促す。

 

 「……全体を二十として、一にも満たない程度……だと思う」

 

 俺は何だか悪い事をした様な何とも言えない罪悪のようなものがのしかかる。

 

 「……は」

 

 少しして、イザベルの出した言葉は目も口も開いたままで漏れ出した、気の抜けた声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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