「暑い…」
「わかる…」
なぜ僕はこんな所にいるのだろうか。とにかく暑い。同僚である北魔王アマイモンからの同意の言葉すら耳に届かない。
「ふふ、楽しそうで何よりだ」
「若干2名ここに楽しくなさそうな魔王2人がいますよ教祖様。それにしてもいい景色ですね。あのオリエンスが柄にもなくはしゃいでいます」
目の前の景色は波打ち際。要はビーチ。横には僕の所属しているグリモア教団の教祖であるクロウリーとその従者、つまりは同僚である南魔王パイモンと北魔王アマイモン。そして水辺には東魔王オリエンス。なぜこんな所にいるかと言うと……
僕が聞きたい。
起きた時にはもうここにいたんだよ。
「いい加減説明しろ南魔王。お前の差金だろ」
「そう見つめるな。照れるじゃないか」
「殺してやろうか」
「こらこら。パイモンもアリトンも喧嘩はやめるんだ」
教祖様と呼ばれている風格のある言葉を無理して使っている人間―クロウリー様から嗜められ、矛を収めるが納得しているわけではない。断じて。この南魔王の称号を持っているパイモンの差金なのは間違いないだろ。
「せっかくの教祖様の提案なのに無下にする気か?」
「せめて先に言えってことだ。こんな誘拐まがいのことしておいて」
「そうだ。アリトンはともかく俺ぁ教祖サマの提案は聞き入れるっての」
「そうか?だが先に言ったら言ったで『興味がない』って突っぱねるじゃないか」
「「……」」
それに関しては否定ができない。それはアマイモンも同じらしく同時に黙ってしまう。そんな僕たちをみたクロウリー様は苦笑しながら言葉を発した。
「実は皆が最近頑張りすぎなのではと思ってパイモンに相談をしたらリフレッシュも兼ねてビーチに行こうと提案してくれてな。皆が楽しめるならと思ったのだが…やはり迷惑だったか。すまないな…」
「あーほら、教祖様がすねちゃった。責任取りなよアリトン」
「ならせめてマトモに誘う努力をしろよ。どうせ僕らを寝てる間に連れてこようとか言い出したのはお前だろ」
「残念、ハズレ」
「は?」
「わーたしだよっ!」
「がふっ⁉」
その瞬間に僕の横からアマイモンが消えた。
何を言ってるかわからないと思うが僕もわからない。
「けひひ、勢いつけすぎちゃった。テヘペロ」
「てめぇわざとだろうが!」
「きゃー駄犬に噛みつかれるぅー」
「逃げんなテメェ!」
そうして始まったのは北魔王と東魔王の逃走劇、またの名を追いかけっこ。控えめに見ても水着という軽装のアドバンテージのある東魔王の優位は揺るぎないだろう。
「ふふ…いいものだな」
「そうですね」
「教祖様が楽しんでおられるなら僕からはもう何も言いませんよ」
「何を言ってるんだ。アリトンにもとびきりのサプライズがあるんだが」
「そうだぞ?…お、噂をすれば。後ろを見てみろ」
「は?一体何を……ロジン?なんて格好してるんだ?」
パイモンに促され後ろを見るとタオルを何重にも纏ったロジンがいた。
「ロジン。早く見せたらどうだ?」
「あ、あの、パイモン様、これ本当に…」
「はぁ…ほら早く来い」
「あ、ちょっ、ま、待ってください!心の準備が…」
パイモンが呆れながらロジンが纏っていたタオルを強引に取っ払っていく。
そこに現れたのは水色を基調にした白の水玉模様のビキニタイプ水着を着ているロジンだった。
「うぅ…」
「ほら、シャキッとするんだ。私達だけなら兎も角、教祖様もいるんだ」
「だって…」
「大丈夫だロジン、よく似合ってるよ。もっと自信を持つんだ」
「あ、ありがとう…ございます教祖様」
ロジンが何か涙目を浮かべながら慰められたり、褒められたりしていたがそれらの会話全てが僕の中に入ってこなかった。
何故なら、ただただ彼女に見惚れてしまっていたから。
「ア、アリトン…?」
「これは大成功、というやつかな?」
「ですね。にしてもそれはそれて腹立つわね。教祖様や私、オリエンスの水着には無反応だったくせに」
そんな最中、急に後頭部に何かがのしかかりる。急なことに対応できるわけもなく前屈みになってしまった。
「おぉー!めっちゃいい!さすが私が選んだだけの事はある!」
「うん。ちょっと恥ずかしいけど…それでもこの水着は気に入ってたの。けどたった今、もっと大切になった。ありがとうオリエンス様」
「なんのこれしき~」
「あーもう!邪魔だ!どけ!」
僕の上に乗っかっていたオリエンスを無理やり振り解きその場に座る。
それをずっとニヤニヤしながら見てきたのが2人。
「……なんだ」
「いやいや。あのアリトンがなぁ?」
「うんうん。いやぁ安心したよ。ちゃんと男らしいところあるんだって」
「どういう意味だ」
「べっつにぃー?」
「ほらロジン。私たちに構わずアリトンの横に行くといい。教祖様、私達も海で遊びましょう」
「あ、ああ」
よく分かっていないであろう教祖様と無駄な気遣いをしているパイモンとオリエンスが海の方へ行く。少し離れたところの防波堤にはいつのまにか釣竿を装備していたアマイモンが。
お前、オリエンスを追っかけてたんじゃないのか。
「ア、アリトン、どう…かな?」
「…?どうって?」
「そ、その…。この水着、似合ってるかな?」
「なんでそんな事を?」
ロジンの言葉の意味が理解できず思わず聞き返してしまう。だけどそれは不適切な言葉だった事を痛感した。
「うぅ…だって、クロウリー様やオリエンス様は似合っているって褒めてくれるけどアリトンもいつも通りの顔で呆れた感じの顔で黙っちゃったし、ちょっと自信が無くなっちゃって…」
「そんなもの…」
気にしなくていいことだ、と言おうと思ったがふと視線を感じた。感じた先―ロジンの奥にある岩陰をよく見ると金色の髪と紅い髪。
そして3つの瞳―赤、青、緑の瞳なことから先ほど海へ向かったはずの3人だろう。
……下手な事を言うと僕があの3人に殺されかねないな。
ここは正直に言うのが吉だろう。
「どうしたの?」
「ん?ああ、なんでもないよ。それよりもロジン。……」
「…?どうしたの?」
「あ、いや…」
きょとんとしているロジンに気づかれないよう、静かに小さく深呼吸をする。
「その水着、似合っている。さっき黙ってしまったのは見惚れてしまったからだ。勘違いさせてごめん」
「ふぇっ⁉」
「普段のレインコートを模した服装も可愛いと常に思ってる。正直に言うなら今のこの水着姿も僕が独占したいと思っている程だ」
「ちょ、ちょっと待って⁉」
「他にも色々と…むぐっ」
更に言葉を続けようとすると柔らかいもので口を塞がれる。感触からしてタオルだろうか。そして口を塞いできた彼女はというと顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまっていた。また選択肢を間違えたのだろうか?
「っ、ご、ごめんアリトン」
「大丈夫。気にしないでくれ。それより僕の方こそすまない」
「え?」
「普段褒めるということをしないせいで君をどう褒めたらいいか分からなかったんだ。だから君が怒ってしまうのも無理はないと思ってる」
「いやいや待って待って!私怒ってないよ⁉」
「…?でもさっき顔を真っ赤にしてそっぽを向いてたじゃないか」
「いやあれは怒ってるとかじゃ…。と、とにかく違うの!急に褒めてきたのは確かにびっくりしたけど…嬉しかったから!本当だから!」
普段から落ち着いているはずの彼女は慌ただしく喋り立ち上がったかと思うと逃げるように海へ向かっていった。岩陰にいた三つの影もそれに連なるように(なおそのうち1人は引きずられながら)颯爽と海へ向かっていった。
「……一体なんだったんだ?」
今更だけど僕は泳ぐ気はこれっぽっちもない。水着もないし、何よりあまり動きたくないというのと彼女達が気兼ねなく遊べるよう警戒しておくに越したことはない。
「あいっつ!本当に鈍感なんだから!」
「そこは『一緒に遊ぼう』だろう!」
「なあロジン。2人はなぜあんなに怒っているんだ?」
「さ、さぁ…?」
「それと一つ聞きたいことがあるんだが」
「…?どうされました?」
「……その、だな。どうすればあの二人みたいに胸が大きくなると思う?」
「え?」
アリトンの横にいるのが恥ずかしくなり逃げるように浜辺へ来てしまった。そしてオリエンス様とパイモン様に先ほどのことを聞かれ思わず答えてしまった結果、2人とも怒ってしまった。悪いのは私なのに。
なんて思ってると教祖様からとんでもない相談をされて逃げ場が亡くなってしまった。
「ほらパイモンもオリエンスも…その、とても大きいだろう?同じものを食べているはずなのに…なぜだと思う?」
「え、えーと、その…なんででしょう?」
「どうすれば私も大きくなるだろうか」
「え、えーと…マッサージ、とかですかね?」
「ほう、例えばどんなにが良いとか知っていたりするのか?」
「そ、その、具体的にはちょっと…」
「そ、そうか…」
教祖様はちょっと目を輝かせた後、落ち込んでしまった。やっぱり教祖様も女の子なんだなと思ってしまいどこか親近感がわいた。
「ロジンもロジンだよ!そこは自分から思い切って誘うべきだよ!あの唐変木それくらいしなきゃロジンのこと意識しないよ!」
「それが難しいならいっそのこと抱きついてしまえ!」
「ふぇっ⁉」
ヒートアップしていた二人が唐突に私へ標的を変え詰め寄ってきた。しかもその内容があまりにも恥ずかしい内容で変な声を上げてしまった。
「誘うのなら私が誘ってこようか?」
「「教祖様ではダメです!」」
「そ、そうか…」
気を利かせてくれた教祖様は一喝されショボンとなってしまった。
ちょっと、不覚にも可愛かった。
「あーもう!こうなったら。ロジン!」
「は、はいっ!」
「いい?今夜アリトンを誘って2人きりになること!」
「えっ」
「それが出来ないなら私達が無理矢理にでも2人きりにさせる!」
「ふぇっ⁉」
その後、有無を言わさない二人の圧に私は頷くしかなかった。
うう…パイモン様もオリエンス様も…。
いや私が臆病だからいけないんだ。これを機にもっとアリトンと距離を縮めなきゃ。
「でも…どうやって誘えば…」
「おーい、ロジン」
「アマイモン様?」
「これもってけ」
「?」
アマイモン様が投げ渡してくださったのは一つの袋。中を見ると四匹ほど魚が入っていた。
「これは…」
「鯖だ。それ持って行きゃ何とかなる」
「確かにアリトンは鯖が好きですけど…」
「アイツ意外と単純だからな。好物持っていったら案外すぐ機嫌良くなるぞ」
「そういうものなんですか…?」
「そういうものだ。それより悪ぃな。アイツラの戯れにつき合わせちまって。いやむしろ俺も被害者…被害獣か?まあ、連れてこられた側だから文句を言う側なんだが」
「い、いえいえ!そんなことありません!私も誘っていただけて嬉しかったですから!それに楽しかったですし!」
「そうか。ならいい。これからもアリトンを助けてやってくれ」
「はいっ。お任せください」
アマイモンさんに送り出され荷物番をしているアリトンの元に向かう。そこにはやっぱり不機嫌そうなアリトンがいた。
「ん、どうしたんだい?」
アリトンがすぐ私に気づいてくれて不思議そうな顔で見てくる。その顔に思わず見惚れてしまったけど何とか本題を切り出す。顔がほんの少し熱くなったけどアリトンの前にある焚火のせいだ。
「あのこれ、アマイモン様にもらったの。一緒に食べない?」
「これは…鯖?」
「うん、好きでしょう?私たちのせいでアリトンを困らせちゃったから…せめてものお礼というかお詫びというか。どう…かな?一緒に食べない?」
「……ああ、もちろんだ。一緒に食べようロジン」
表情こそほとんど変わっていないけど声のトーンから機嫌がよくなったのが分かった。アマイモン様の言っていたことはどうやら本当らしい。意外な一面を見れて少し嬉しいな。
「あ、内臓とかはもう処理してくれてるみたい」
「だね。なら塩を振って塩焼きにしてしまおう。ちょうど焚火もあることだし。ほら、貸して」
「うん」
袋から一匹ずつ鯖を取り出してアリトンに渡していく。それを慣れた手つきで棒に刺していき焚火の近くへ並べていった。
「アリトン、横に座ってもいいかな?」
「もちろん」
トーンもどこか軽快な感じがするし、やっぱり機嫌が良くなってるんだ。いつも大人びているのにこういったところは何となく子供っぽくてかわいいな。
「ふふ…」
「…?どうしたんだい?」
いま一緒に居られるこの時間が幸せすぎて、思わずほおが緩む。思わず気分も上がってしまい、たまにはと思い柄にもないことを口にしてしまう。
「いや、少しね。嬉しくって。貴方と一緒に居られるこの現世が」
「そうか…僕もだよ」
「ならよかった。ねえ、私の王子様。これからもずっと一緒にいてくれますか。私と一緒に、最高の現世を、過ごしてくれますか」
「もちろんだ。この命ある限り君を守り抜くと誓うよ」
「ふふ…ありがとう。アリトン、大好きです」
「……僕も、だよ」
そうして肩を寄せ合いながら鯖の塩焼きを食べた。とてもおいしくて、私にとっても特別な料理になったのは言うまでもない。
「いよっし!いけ!そのままキスしてしまえ!」
「まずは抱き着くところからだ!」
「ふぁあ…教祖サマ?何してるんで?」
「いや、ご飯ならみんなで食べれば…と思っていたんだがダメなのか、と思ってな」
「あー、うん、今はアイツラだけにしてあげた方がいいですよ」
「そ、そうか…?」
一方、西魔王と東魔王はにやにやしながら眺め、北魔王は興味なさそうにし、クロウリーはみんなでご飯食べたいのにと少ししょんぼりしていたという。