「手、見せてください」
安室さんにそう言われて、まだ自分の拳を握り締めていたことに気づいた。
ゆっくり拳を開くと、ピリッと痛みが走る。
握った際、爪を立てていたせいか、手のひらは軽く抉れていた。
爪先には血が付着している。
そんな手を見て、またあの男への怒りが沸々と湧いてきた。
「これ以上はダメです。使い物にならなくなりますよ」
また思いっきり握り締めようとしたが、安室さんがそれを許さなかった。
私の右手首を掴みながら、真剣な眼差しをこちらに向けている。
「手当てをしましょう」
「これぐらい大丈夫ですよ」
「ダメです」
安室さんはそう言うと、私の腕を引っ張ってどこかへと向かう。
彼の意志は固いようで、仕方なくついていった。
「あの、ちなみにどちらへ?」
私がそう尋ねると、彼はこちらを見ずに淡々と答える。
「コトンですよ」
「なぜ?」
「貴方は自炊をしていたようですが、その手の怪我では満足に料理も出来ないでしょう。コトンで手当てをして、夕食も取ったほうがいいかと思いまして」
「料理ぐらい出来ますよ」
そんな大きなケガじゃないのにと呟くと、やれやれと安室さんが呆れたかのようにこちらを見る。
「希実さんは思っていた以上に頑固な人ですね」
「安室さんほどじゃないです。それより、コトンの場所分かるんですか?」
「はい。一通り把握しました」
そう言った安室さんだが、自分が何を言ったか分かっているのだろうか。
私と別れてから時間もそう経っていないのに、コトンへの道を把握しているなら、迷子になることなんて無かっただろう。
「やっぱり、安室さんは変です。怪しいです」
私がそう呟くと、彼は少し間を置いて言った。
「それは僕が一番、理解しています」
それから暫く、私たちは言葉を交わす事は無かった。
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コトンに着いた時には辺りは薄暗く、マスターが扉に掛かっているプレートを“Closed”へとひっくり返していた。
丁度、店仕舞いをしていた所らしい。
そんな時に来てしまって、少し申し訳なくなる。
「あれ? お二人さん、帰ったんじゃなかったの?」
そんな最中、私達に気付いたマスターは、そっと店内に入れてくれた。
「マスター、すみません。救急箱かなにかありませんか? 希実さんがケガをしてしまって」
「そうなの? すぐ持ってくるよ。それまで、座ってな」
安室さんにエスコートされるがまま、カウンター席に腰を下ろす。
カウンターの奥の方へと姿を消していたマスターは、救急箱を抱え、すぐに戻ってきた。
「ほら、手を出して」
そう安室さんに言われて、しぶしぶ彼の前に手を出す。
するとグイっと手首を捕まれ、思いっきり消毒液を傷口に掛けられた。
「いっ痛い! ちょっ、なにやってるの!?」
予想外のことで彼の手を振り払おうとするが、それは叶わなかった。
涼しい顔をしているくせに、なんて握力。ゴリラか!?
なんて思った瞬間、さらに私の腕を掴む力が強まった気がした。
恐い。
「これぐらい我慢してください」
「これぐらいって、消毒液をそのまま傷口にぶっかける人がいますか! さては不器用だな!!」
「失礼ですね。わざとですよ」
「ならなお悪いです!!」
ほら動かないでと、安室さんによる治療が行われる。
マスターはカウンターに肘を突いて、相変わらず楽しそうにその様子を眺めていた。
他人事だと思って。
そう思いながら、包帯で巻かれていく両手を眺める。
やっぱり大げさすぎる手当てに、呆れざる得なかった。