「案外そうでもないですよ? うちは確かに不定期ですが、周りの喫茶店を見れば7時から10時まで開店時間はそれぞれですから」
店に掛けてあるエプロンを装着しながら、安室さんに話しかける。
「あ、そうなんですか? ポアロでは7時からでしたので」
「ポアロ?」
聞き覚えのない単語にオウム返しすると、安室さんはきょとんとして、また眉尻を下げて笑った。
「すいません。喫茶店の名前です。毛利探偵事務の下にあるお店なんですが」
「毛利、探偵事務所?」
また新たな単語に首を傾げる。
「おや、ご存じないですか? 眠りの小五郎と謳われた探偵を」
「すみません、ニュースや新聞はよく見ているつもりなんですが……」
それを言うと安室さんは、出会った時のような険しい表情となった。
なんだかそんな彼を放っておけなくて、キッチンへと身を潜めたマスターに話しかける。
「マスター、マスターは眠りの小五郎って知ってる?」
「眠り姫のゴローがなんだってー?」
「それはマスターの猫でしょ」
再びからからと笑うマスターがキッチンから顔出した。
「冗談だよ。眠りの小五郎だっけ? 聞いたことないね」
「そうですか」
「なぁ、安室さん。携帯は見たかい? もしかしたら帰りのヒントが載っているかもしれないよ?」
マスターは目を糸のようにして安室さんに問いかける。
するとハッと、今思い出したかのように安室さんはスマホを取り出して、すぐに中を確認した。
安室さんの目は何かを探すようにスマホを見ている。
しかし目線も指も一度止まったかと思えば、また眉間に皺を寄せながら何かを読んでいるようだ。
マスターは相変わらずニコニコとしながら、安室さんを見守っているけど、一体何を読んでいるのか気になった所にドアの鈴が来店を知らせた。
「いらっしゃいませ!」
私は安室さんから目を離し、お客様に挨拶をする。
「おはよう、希実ちゃん。今日は希実ちゃんもいるのに遅い開店だね。寝坊かい?」
「おはようございます! 違いますよ、コトンに来る前にいろいろありまして。いつもの席ですよね? 案内します」
そう言って、毎日のように来てくださっている常連さんを席に案内し終わったのを合図に、店の扉は次々と来客を知らせる。
「九条さんいつもの!」
「おはよー。マスター、九条さん」
「おはようございます! 今行きますね」
全く、平日だというのに朝からコトンは賑やかだ。
それがちょっと嬉しく感じて、お客様の注文をマスターに報告。
私もカウンターに戻ってコーヒーを淹れる。
基本的にキッチンに立つのはマスターだ。
「希実ちゃんの入れるコーヒーは本当に美味しいよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
そんな九条希実としての日常的な会話を繰り広げながら、少し手が空いた隙にチラリと安室さんに視線を送る。
もうすでにスマホからは、目を離しているようだが、何やらマスターと話し込んでいるみたいだ。