「何の話をしているんですか?」
私がそっと近づくと、安室さんは少し目を開いて驚いたような表情をしたが、すぐに笑顔に戻る。
マスターは相変わらず笑っている。
「いやぁ、希実ちゃんのコーヒーはいつもお客様の好みに合ってて人気だって、話してただけだよ」
「そんな、恥ずかしいです」
「この子、結構頑張り屋さんでね、一度来店したお客様の好みはすべて暗記しているんだよ」
おかげで商売繁盛繁盛! なんて大きな声でマスターが言うもんだから、慌ててマスターを止める。
そんな私達のやり取りを見てか、お客様からはくすくすとした笑い声が所々から湧く。
別に嫌な笑い方じゃない。むしろ、微笑ましそうにこちらに視線を向けていた。
恥ずかしさを隠すように、安室さんにコーヒーを淹れる。
そしてカウンター越しの彼に差し出した。
「え、いいんですか?」
「流石に私がコトンにお誘いしたのに、コーヒーの1つも出さないのはどうかと思いまして」
「ですが、悪いような……」
「気にしないでください。サービスです」
そう告げても、でもと言ってなかなかコーヒーを口に入れない彼。
少し歯切れの悪い安室さんに、それだけで、疑ってしまうのは公安としての性か。
「何か飲めない事情がおありで?」
私がそういうと安室さんは眉をピクッと動かした。
だけどすぐに安室さんの顔には張り付けたような満面の笑みを浮かべる。
「いえいえ、ありがたくいただきます」
全く警戒、戸惑いなく自然と口に運ばれるコーヒーカップを見て、過剰反応し過ぎかと思い直す。
「これは、はちみつ?」
ひと口飲んで、安室さんはコーヒーをまじまじと見つめる。
「すみません、甘いのは苦手でしたか?」
「あ、いえ。でもなぜですか? 普通ブラックを渡されるかと」
「安室さん、気づいていないんですか? 結構無理をなされる方なんですね」
私がそういうと安室さんはコーヒーから目を離し、怪訝そうにこちらを見た。
「長い間きちんとお休みになられてないのでは? はちみつは疲労回復、目の疲れにもいいんですよ」
「何故そう思いで?」
「だって、隠せてるようでうっすらと隈が見えています」
これでも人間観察が得意なんですよ! と安室さんに言ってやる。
いくら警戒対象でも、ここまで疲れている人間をほったらかしにできるほどには、まだ黒く染まっていないようだ。
それでも出会ってからコーヒーを淹れるまで、それに気づけなかったのは私の独りよがりの警戒心のせいか。
「希実さんは凄いですね。人気になるもの頷けます」
そう言ってもうひと口と安室さんはコーヒーを口に入れた。