私の言葉を最後に、私達は暫く口を開かなかった。
実際は数分の空白だったと思う。
それでも、私はその沈黙がとても長いもののように感じた。
「貴方は恐ろしい人だ」
彼のその言葉でようやく時が進む。
「それは肯定、と捉えていいですか?」
「さぁ?」
「さぁ? って。貴方がただ何か事件に巻き込まれているだけでしたらいいんですが、そういう訳ではなさそうですよね」
追い込んだ、と思ったはずの彼は相変わらず余裕の笑みを浮かべていた。
そんな彼を見て、思わず眉を寄せる。
なんともガードが堅い男だ。それとどこか雲の様に掴めない奴。
そんな様子を見てか、今度は安室さんが口を開いた。
「もし、僕の迷子騒動がただの迷子ではなかったとして。そして、なにかに巻き込まれていたとしても、それが希実さんにとっては何も気にすることではないのではないですか?」
安室さんの言葉に私は黙って耳を傾ける事しか出来ない。
それ幸いとグイっと私との距離を詰めて彼は言った。
「喫茶店の店員さんの割には、僕の事よく見ていられたようで」
そして笑っていた目をスッと開いて、青い双眼がこちらを射るように向けられる。
「そう言う貴方こそ何者ですか」
彼の声といい、鋭い視線といい、彼の存在そのものに、私の背中に戦慄が走った。
何度も声を出そうとも、言葉は喉の奥で塞がれてしまっている。
だけれども何か話さなければ、それこそ私の正体が彼にバレる。
彼の正体を暴こうとした結果、逆に自分が暴かれそうになるとは何とも皮肉だ。
「やっぱり何でもありません。引き続き案内お願いします」
「え」
そんな彼は何を思ったのか、何も追及せずに引き下がる。
私は予想外のことで、耳を疑いざるえなかった。
思わず素っ頓狂な声を上げた私に、安室さんは首をかしげる。
その姿は、先ほどの安室さんとは程遠いものだった。
「わかり、ました」
ようやく出た言葉は思っていた以上に枯れていて、自分でも驚いた。
それだけ自分が動揺していたことが分かる。
しっかりしろ。それでよく公安が務まるな。
そう自分に言い聞かせて、瞬きをした瞬間に気持ちを切り替える。
「長話が過ぎましたね。そろそろ行きましょうか」
結局、安室さんのことは分からずじまいで終わってしまった。
だけど、今また彼を問いただすのは得策ではない。
安室さんの目的は分からないが、彼がさっきまでの会話を無かったものにしてくれるのならば、こちらとしても首の皮一枚繋がったようなものだ。
もっと慎重に事を運ばなければ。
公安部の調査は他の部署と違って何十年経っても成果が見られない場合が多い。
私はそこに焦りが生まれたのかもしれない。