「あ」
「どうしました?」
「安室さんから教えてもらった所、通り過ぎてしまいました」
家、あそこですよね? と私は安室さんの後ろに建ってあるマンションを指差した。
彼の眉がほんの一瞬動いたのを確認して、一応笑っておく。
「そうです、ありがとうございます。気づきませんでした」
「いえ、引っ越してきたばかりで色々大変だと思いますが、また是非コロンに足を運んでくださいね!」
店員としての建前を忘れず、安室さんに一礼をした後、その場から離れる。
彼は家に入らず、こちらを見ている気配が、曲がり角を曲がるまでひしひしと感じられた。
彼の視界から消え、また周りに人がいないことを確認してから、スマホを取り出す。
『はい、どちら様ですか』
「あ、阿加井?」
『瀬崎さん!?』
3コール目で出た部下の、驚いたような声に思わず苦笑する。
ちょっと耳が痛いかな。
「忙しいところ悪いんだけど、ちょっと調べてほしいことがあるんだ」
『調べてほしいことですか?』
「安室透という男の事を至急お願い」
『了解です』
阿加井との会話はこれで終わった。
なぜ、とは聞かず、仕事を引き受けてくれた彼は相当優秀だと思う。
部下バカも大概にしろとよく周りから言われるが、思っていることを言っているだけなので部下バカではない、はず。
とりあえず、皆疲れているだろうから今度何か差し入れでも持っていくべきかと頭の片隅に入れておいた。
それにしても、コトンを追い出されてしまって予定していなかった時間が空いてしまっている。
そろそろ冷蔵庫の中も空っぽだから、この機を機会にまた買い溜めておこうとスーパーへと向かった。
スーパーで暫く、今日の夕食の献立も踏まえながら、かごに色々詰めていく。
私の仕事が仕事だから、九条名義であるセーフハウスにさえ、帰ったり帰らなかったりする。
だからあまり買いすぎると、食材がダメになる可能性が高い。だけど、そう頻繁に買い物に行ける身でもない。
これが結構厄介だったりする。
任務はいつも突然だし、下手したら一か月近く戻らない。
前にそのせいで地獄を見た。
最近は殺しの任務もあったが、結構小さな任務をコツコツやっていった感じだ。
だから、そろそろ大きいのが来そうだと、いつもより気持ち少なめの買い物で済ませる。
そろそろレジに向かおうとした瞬間、日常的な買い物には不似合いな悲鳴が店内に響いた。
そして店は一気に殺伐とした雰囲気に包まれる。
「てめぇら、死にたくなきゃ全員一塊になれ!」
ナイフを持った男によって、私達は一か所にまとめられた。
テロか立て篭もりか。
周りの様子を犯人の男にバレないように、慎重に見渡す。
人質と化した人達が、顔を真っ青にして、恐怖に震えていること以外、他に異常はない。
どうやら、犯行は彼ひとり。爆弾の類も見当たらないので、とりあえずは安心だろう。
次に私が考えなければならないことは、この場をどうやって切り抜くか、だ。
目立つ行動は出来る限りしたくないし、出来ない。
暫くは様子を見るしかないと、取り合えず大人しく人混みの中に身を潜めた。