6世紀前半。ブリテン島。その島に存在した王国の名をログレス。
あるいはこう呼ぶ方が通りがいいだろうか。
「アーサー王の王国」。
この国は、血塗られた国だった。
外からは異民族。それも北からのピクトと南からのローマ。
内からは異界常識。巨人に妖精、獣に魔物。
そうした災禍の中、人々は細々と暮らしており、その狭い生存域を切り拓くのが騎士だった。
ゆえに、アーサー王の騎士団、即ち「円卓の騎士」は、日夜行軍を行っていた。
あちらに行っては異民族を狩り、あちらに行っては僻境を拓く。
そして今回の行軍も、そうした「討伐」の一環だった。
その行軍の最中、アーサー王率いる騎士団はある話を聞いた。
村人曰く、巨人の如き蛹が牙を剝いた。
曰く、隣の村は一晩で食いつくされた。
曰く、山奥に潜む、強大な『唸る獣』が無残な肉塊と化した。
……この時代。騎士英雄譚の時代において、こうした怪物の存在はそう珍しくない。
だが、齎した『実害の規模』が違った。
通常、巨人や妖精のような異界常識は、人の領域を積極的に侵害することはない。例えば、生け贄を要求したり、森に迷い込んだものを攫っていったりと言ったものだ。
あるいはピクト人やローマ人のような異民族は、村を襲えどもその行動には一定の統率性がある。野盗であってもだ。人の身で巻き起こす破壊など高が知れている。そして目的が人命でなく物資や土地である以上、一定の生き残りは出ることが多い。
そして、この不思議な『蛹』の起こした災禍は、そのどちらとも違った。
直接的に人の生息圏を襲い、人から獣まで、生きとし生ける生物の一切を食いつくして去っていく。
まるで竜巻。人界を塵芥に変える、直接的な人類の敵。
そんな相手の存在を聞き、騎士たちは奮い立った。
当然だ。この時代は騎士英雄譚の時代。強き怪物を倒すことが誉の時代。それが強大であればなおさら。そして、それが民を害する者であれば言うまでもなく。
ゆえに、その『蛹』の討伐に、多くの騎士が名乗りを上げた。
「ええ。こうした怪物を狩るのであれば、私が適任でしょう。」
のちに、アーサー王の宮廷を破滅に導くことになる「円卓最強の騎士」。サー・ランスロット。
あるいは、「幸福の騎士」サー・ペレアス、「若き屍」サー・サグラモール、「呪いの腕」サー・カラドック、「だぼだぼのコートの」サー・ブルーノ。
ひとりひとりが英雄譚に名を遺す、英雄中の英雄たち。
相手取るのが人の軍でなく、巨大な怪物である以上、不用意に騎士を増やすことはただ餌を増やすだけだ。
故の少数精鋭。故の、最適なる騎士団がこれであった。
ランスロットの一団が奇妙な『蛹』を探し出し始めて数刻。
日の落ちるころ。
とうとう、燃え盛る村の跡地に、騎士たちは『怪物』を発見した。生き残りは、いない。
彼らが目にしたのは、直立する蛹だった。
その高さは鍛え上げた騎士の5~6倍はあるだろうか。通常の蝶の蛹どころか、妖精の作る蛹と比べても規模が大きすぎる。
そして異常なのは、その『触手』だった。蛹のいたるところから出現した触手が地に伸び、本体を支え、歩行している。
さらにその触手の先は三叉に分かれ、気色の悪い牙を生やし、中央からは舌を伸ばしている。
ただ歩くための物ではない。明確に、人を食いちぎるための構造をしている。
彼らは知る由もないが、それは「アレセイア・クリキュラステラ」という蝶の死徒の「蛹」であった。
アレセイア・クリキュラステラという死徒は、特殊な『生活環』を持った死徒だ。
そもそも、死徒が血を啜るのは、劣化した肉体を再構築するため。長く生きた死徒ほど多くの血を啜る。
そして最後には、血を吸っても吸っても劣化に再生が追い付かず自壊する。そうしたかりそめの不老、かりそめの不死を掲げた、ただの定命の生き物。それが死徒だ。
その致命的な問題を避けるため、100年に一度、蛹の中に籠り、内部で肉体をドロドロに溶かし、再構築することで「劣化をリセット」する。そして、数年後にはより強靭で強大な死徒として生まれ変わるのだ。
それがアレセイアが死徒二十七祖として数えられるに至った『不死』のメカニズムだ。
大食の蛹。鋭い牙の生えた大口を開け、数十数百の触手を地面に突き立てて暴れ狂う、この世で最も活動的な蛹がこれだ。
この状態のアレセイアは、もはや意思持つ死徒ですらない。控えめに言って怪物、怪獣、もしくは災害そのものだ。
故に、こうした姿のアレセイアが出現した際は、その国、その時代最高峰の兵士による撃退作戦が行われてきた。
「行きます!」
先陣を切ったのは、だぼだぼのコートを着た少年騎士、ブルーノ・ル・ノワール卿だ。
彼はサー・ガレスと同期の年若い騎士であり、それでいて、極めて優秀な騎士だ。
持っている短剣で、アーサー王の王妃ギネヴィアを襲うライオンを両断し救ったほどの、天性の剣技とセンスの持ち主であった。
故に、誰もが「功を焦った」とは思わなかった。並みの怪物相手であれば、簡単に打倒してしまうだけの能力のある騎士でもあったからだ。
ブルーノは、器用に、かつ超速で、地に着いた『蛹』の触手を駆け上がった。
ほぼ垂直の、そして細く不安定な触手を、まるで平地のように駆ける、徒歩戦闘のエキスパート。
そして、その短剣が突き立てられるのは、蛹の中心部。常の生物であれば心臓があるであろうそこに吸い込まれた短剣は……
当然のごとく弾かれた。
ブルーノの持つ短剣は、けして湖の乙女が鍛えたような所以ある聖剣ではない。それでも、このログレスの国において最上の業物であった。
ランスロットの直弟子であるブルーノの剣技も、けして劣ってはいない。英霊として呼ばれて遜色ないほどの水準である。
それでも、『蛹』の殻を破ることはできなかった。
残念なことに、ブルーノは蛹を突き破るために全力の力と、全体重を掛けていた。それが弾かれれば当然、宙に投げ出される。
そして、その付近には、獲物となる肉を狙う無数の『触手』が、舌なめずりをしていた。
「うわああああああ!!!」
触手で器用に騎士を掴み、蛹の上部に開いた大口へと運ぶ。
幸運だったのは、強力な鎧と、宝具でもあるだぼだぼのコートによって触手に食いちぎられることがなかったことだ。だが、それは命を数瞬永らえただけに過ぎない。蛹の口は、触手の先だけでなく、蛹の上部にもある。それも、触手の先などとは比べ物にならない、醜悪な大口が。
大口の中には、咀嚼されてきた民の肉片や、はぐれの騎士の折れた刀が突き刺さっている。
そしてブルーノも数瞬後にはそうなる。はずだった。
だが。
ぼとり、と触手が落ちた。
「……ランスロット卿の
助けられたサー・ブルーノ・ル・ノワールは呟いた。
そう。無窮なるその剣が、自身を縛る触手を切り伏せ、死の運命から救い出したのだ。
そして。最強の騎士ランスロットの剣は、それだけで終わらない。
ブルーノを咥えた触手を切り伏せるために跳び上がったその身は既に、蛹のすぐ近くまで迫っている。
そして、重力と回転によって、不安定な空中でありながら次なる一撃を既に構えている!!
必殺の一撃を!!!!
『
最強の騎士ランスロットの誇る、最強の剣。いと美しきアロンダイト。
本来であればビームとして放たれる魔力の渦を、『絶対に壊れない』アロンダイトの祝福に飽かせて無理やり圧縮。対軍級の威力を、対人の剣一本の長さに凝縮して放つ火力は、円卓最強の一撃だ。
さらに、ランスロットの技量自体も絶技に他ならぬ。これほどの聖剣を持ちながら、遠く離れた異国の侍に匹敵、あるいは凌駕するほどの「剣聖」としての技量。ただの棒きれであっても鉄を切断できるほどの超絶。
それが、アレセイアの『蛹』に直撃した。
瞬間、青い一本の線が入った。
それまで、この国のあらゆる騎士の攻撃を完全に防いできた蛹が、芋虫かのように柔らかく両断される。内部から噴き出す体液は、昆虫のものと違って赤い。
あるいは作り変えられていく途中の吸血鬼の臓腑や、消化しきれていない民の亡骸さえも噴き出すのは、あまりにも醜悪極まりない。
だが。これで終わりだ。
民を、その営みを食い荒らした奇妙な蛹の話は、最強の騎士ランスロットの
「いや、まだです卿!!」
「何!?!?」
駄目だった。
そもそも円卓の騎士は、『吸血鬼』と戦った経験がない。故に、最強の騎士であっても一手見誤った。
『両断した』程度で、不死を掲げる高位の死徒に対しては有効打にならない!!
ぐじゅり、と音を立て、切断されズレて傾いていた蛹が、時間を巻き戻すかのごとく元通りになっていく。
それが死徒の持つ「復元呪詛」だった。
瞬間、幾十もの触手がサー・ランスロットに襲い掛かる。完全に油断していたランスロットは、不意を突かれたがゆえにその触手の
だが、そうして吹き飛ばされたランスロットを、優しく抱きとめる影があった。
「油断するとは情けないですね、卿。それでも最強の騎士ですか。」
「……我が王」
ランスロットは息を吞んだ。そこに立っていたのが彼の主君、清廉なるアーサー王であったからだ。
その立ち居振る舞いは聖者の如く。後光すら立ち上るほど神秘的であり、そして王威に満ちていた。
「私が討ちます」
この世界のアーサー王は、アルトリア・ペンドラゴンという女であった。
多くの者は、彼女が女であることに気が付いていなかった。
気が付いていた少数の者も、彼女が王であることには異論を挟まなかった。
彼女は、竜の血と王の血によって作られた、人格・能力共に究極の王たる存在であった。
アーサー王、アルトリア・ペンドラゴンの心臓が脈動する。それは赤き竜の心臓。のちの世にサーヴァントとして呼ばれた際の何十倍もの魔力を、生前の彼女は心拍するだけで生成できる。
ゆるり、と剣を下段に構える。
それは、胸元への防御を捨てた、少女の無造作な型のようでもあり、同時に、重々しい空気を纏った剣聖の立ち居振る舞いでもあった。
騎士たちがごくりと唾を呑んだ。
その剣は、後の伝承において、松明100本分の光を放つとされた剣。西洋剣の代名詞。
厳粛なる空気に包まれ、怪物さえ身動きを取れなくなる中、騎士の王は、その宝具の名を高らかに謳い上げる。
『
それは、この星で最強の聖剣。
『
それは『光』だった。明かりの無い夜が、吸血鬼を滅する昼に変わるほどの光。
それは『熱』だった。身を焦がし、心を焦がす。太陽を束ねたような、あるいは、勇気と希望を集めたような。
それが最強の聖剣、エクスカリバーだった。
そして、その光に呑まれ、蛹は塵すらも残らずに消滅した。
そうしてアーサー王の率いる騎士団は去っていった。
彼らの敵は、この死徒だけではない。ログレスの王国とその民を脅かす全てなのだ。
そして、かつて争いのあった場所に遺されているのは、ランスロットが切断した、蛹から伸びていた触手の切れ端のみだ。
だが。
「ぶちゅり」
甲殻に覆われた触手が蠢いた。そして、その切れ端の数十倍はあろうかと言う体積の血を噴出した。
血の濁流が晴れると、そこに立っていたのは元通りのアレセイアだ。
死徒は、死の摂理を曲げた存在だ。その中でも個々が異なる「不死」を体現した死徒二十七祖は、極端なまでに生き汚い。
「憎まれっ子世に憚る」という言葉そのものである。
「はあ、はあ、本当に死ぬかと思った……」
だが、アレセイアの手傷も甚大だ。
不死性ゆえに、見た目の五体こそ残ってはいるが、今まで吸血してきた血の九割九分九厘を失い、残された肉体は祖どころか下級死徒にも劣るレベルまで弱体化していた。
「なるほど、あれが『星の聖剣』。あれが『セイバー』。理解したよ。あれは星の希望だ。」
おそらく。アレセイアが生きていたのは、エクスカリバーの出力が不完全だったからだ。
13つすべての拘束が解き放たれたときには、その威力は星の外敵をも一撃で葬る。
ところで。先ほどの戦闘に置いて外れた拘束はいくつあったか。アレセイアもすべての拘束を知るわけではないが、思い返してみた。
ひとつ。「是は、生きるための戦いである」。否。アレセイアは原作登場人物を殺さない。それ以前に、アルトリアはもともと攻撃対象ではない。『攻撃対象となった民と騎士たちを救うために現れた』のだ。アルトリア・ペンドラゴンにとって、生きるための戦いではない。
ひとつ。「是は、一対一の戦いである」。否。多くの勇敢な騎士たちとともに戦った。
ひとつ。「是は、真実のための戦いである」。否。アレセイアはただの観光客、ただの捕食者、ただの害獣だ。打倒して得られる真実などない。
ひとつ。「是は、己より強大な者との戦いである」。微妙。死徒ゆえの不死性こそあれど、単純な
ひとつ。「是は、精霊との戦いではない」。否。アレセイアは真祖の血をも取り込み、精霊種の性質を得ている。
ひとつ。「是は、世界を救う戦いである」。否。アレセイアは世界の脅威ではない。ORTなどとは違う。せいぜいが一地方の脅威だ。
この時点で、13拘束のうち6つが否決されている。明示されていないものもあるが、多く見積もっても半数は解放されていないだろう。
そんな不完全なエクスカリバーで、二十七祖である己の大半を焼き焦がした。
それは、ひとつの
「まったく、こっぴどくやられた!!!!」
実際のところ、アレセイアはアルトリアに敵わなかった。
意志を持つ蝶体であれば違っただろうか?原理血戒を展開すれば勝機があっただろうか?もしあれが生前でなくサーヴァントであり、『鞘』を保有していなかったらどうだろうか?
いや、それでも。あの騎士王は。あの勇者はこの怪物を退治しただろう。そういうものだ。そういうものだったのだ。
「でも、来てよかった。」
だからだろうか。ここまで瀕死になるまで痛めつけられても、アレセイアは清々しい気分だった。
アレセイアの『蛹体』はだいたいクリサリモンです。調べてください。