一話 自由の翼を恨む者
オーブの広大な海の蒼をその身に宿す、見渡す限り美しい蒼穹の空。
その遥か先、大気圏を突き抜けた先には広大な宇宙が広がっており、〈ナチュラル〉と因縁深き〈コーディネーター〉が住まうプラントが存在する。
地上、宇宙――コズミック・イラの時代において、その双方に安泰な場所など無い。
オーブ領も例外では無く――。
「……ま……マユ……?」
焼け焦げ、焔の海と化した山肌を見て、一人の少年は崩れ落ちる。
吐きそうなほど強烈な匂い漂う大地。
転がるのは、先程まで生きていたモノ。
大好きだった妹の腕。
無惨なカラダに成り果てた父と母。
少年の瞳は、みるみるうちに光を失っていった。
絶望、ただそれだけに打ちひしがれて慟哭を響かせる少年。
彼の叫びも虚しく、空では争いが繰り広げられた。
飛び舞う厄災の象徴たる
そして、それを追うように舞う自由の翼を有する
少年は知っていた。
自由の翼を持つ者が、眼の前に広がる惨状を引き起こしたという事を。
真紅の瞳が見据えるは、悠々と天空を舞う、自由の翼を負いし者――フリーダムガンダム のみであった。
◇
ユニウス条約の締結によって終焉を迎えた、”血のバレンタイン”を発端とする連合・プラント間の戦争。
見るに耐えぬ惨劇と無数の鉄屑を生んだ戦争がようやく終わり、終戦に奮闘した三隻同盟の想いは叶ったと思われた。
だが――憎しみの連鎖を途切れさせるのは、終戦であっても容易ではないのだ。
見渡す限りの軍需工場と軍事施設。
その先にあるのは、多少の息抜きができそうな繁華街の数々。
プラント屈指の軍事都市 アーモリーワン。此度はやけに賑わっていた。
基地ではジンやザクが行き交い、ぐちゃぐちゃになっている。
それもその筈。今日はザフトが誇る新艦の進水式があるのだ。ザフト兵たちにとって、忙しい一日である。
綺麗な公園にて、一人の少年が途方に暮れていた。
身に纏う真っ赤な服は、ザフトの士官学校を優秀な成績で卒業した、初々しい兵士の証。
尖りの目立つ黒髪に真っ赤な瞳。年頃の少年らしい、どこか幼さも感じる顔つき。
シン・アスカは、何やら焦った様子で辺りを見渡しはじめる。
「シン。ここにいたのか」
「っ! ヴィーノ!!」
赤いメッシュが特徴的なヴィーノに声をかけられて、シンは大慌てで彼に詰め寄った。
「”あいつ”知らない!? どこかで見なかった!?」
「えぇっ!! シン、ふざけてんのかよ!! ちゃんと見てろって釘刺されたろ!?」
シンの言葉で全てを察したヴィーノは、彼を全力で叱責した。
反論しようとしたシンだがぐぅの音も出ず、しょんぼりとしてしまう。
「……? な、なんか泣き声聞こえないか」
「ホントだ……!!」
街のざわめきに紛れて聞こえてくる、か弱い泣き声に聞き耳を立てた。
シンは全速力で駆け出し、その泣き声の元へと急ぐ。
「おいシン!! 前はちゃんと見ろ!!」
大慌てなシンは、前を見るという当たり前の行為すらできず、案の定、通行人と激突してしまった。
「あ、あぁっ!! ご、ごめんなさい!!」
ぶつかった相手は、彼と同じくらいの少女。
金髪で、幼さを感じるも、美しい外見の女の子であった。
「……っ……」
その少女はシンをきっ、と睨んでからそそくさと去っていった。
「……悪い子としたな」
本音を漏らしてからシンはハッ、とし再び駆け出そうとした。
すると――
「シーーーーーーーーンーーーー!!!!」
どこかから自分を呼ぶ声が聞こえてきて、顔を蒼くしながら足を止めた。
刹那――彼に何者かが飛びかかり、人が沢山いる繁華街の隅っこでシンを力強く押し倒した。
「なんで置いていくのぉぉ!! あたし寂しかったよぉぉ!!」
彼を押し倒した者の正体は――少女だった。
白と赤の不思議な色合いの髪に、うるうると潤んだ蒼き瞳。
彼と同い年くらいにも見える、白いワンピースを纏った少女は、大泣きしながらシンをぽかぽか殴った。
「ご、ごめんな! 俺が悪かったよ、”インパルス”!」
「あたしとっても寂しかったのよ!? 変な三人組に睨まれるし、怖かったぁ!!」
「ごめん! だ、だから早く戻ろう! な?」
ぷくぅ、と頬を膨らませる少女。
名前は”インパルス”という、珍しい物であった。
「シン、見つかったなら帰ろうぜ。進水式、始まっちまうぞ」
「わ、分かった。行くよインパルス」
「あとで撫で撫で百万回ね!」
少女の怒りは未だ収まることはなかったが、シンとヴィーノは彼女を引っ張るように連れて、そそくさと街を去っていく。
彼らは、此度の進水式の代表であるザフト軍の新艦――ミネルバのクルーだ。
主役が遅れるわけにはいかない。
進水式を、シンは密かに心待ちにしていた。
――彼がザフトに入った理由。彼の経緯を鑑みれば、そこら辺の市民にだってわかることである。
◇
進水式の準備は、着々と進められている。
軍事基地の内部に格納された、黒塗りのスタイリッシュながらも豪快なフォルムの軍艦。
これこそ、ザフトの新艦――ミネルバ。
新しい艦というだけあり、その見た目はキラキラ輝いて見えた。
「遅かったな、シン」
ミネルバに戻ったシンを出迎えたのは、すこぶる顔の良い少年――レイであった。
長い金髪に澄まし顔。絵の複製ではないかと疑うような美貌を持つ、ザフトの赤服だ。
「この子が迷子になってさ。怖かったって言って、何回も殴られて」
「……怖かった……?」
彼の口ぶりに、レイは首を傾げた。
「ザクファントムも何か言ってあげてよ! あたしを置いていくなんて信じられない!」
「……あぁ、そうだな」
レイは青い瞳を、刹那の間シンに向けた。
「インパルス。早く格納庫に行け。定期検診があるだろう」
「あ、そっか。シン! あとで必ず来てね!」
インパルスは、シンに手を振ってから、足早に廊下を駆け抜けていった。
シンは微笑みと共に見送るも、すぐに表情が沈む。
「……シン。
「分かってるよ」
レイの辛辣な言葉を、シンは受け入れながらも、苦虫を噛み潰したように眉をひそめた。
あの少女は、
レイがそのように言う気持ちも、シンにだってよく分かっていた。
でも――シンには、どうしても、どうしてもその言い分を認めたくない理由があった。
されどもレイには、それを言えずじまいであった。
「進水式はもうすぐ始まる。よく休んでおけ。俺は用があるから、出てくるぞ」
レイはそう言い残し、シンの肩を叩いてからどこかへ去っていった。
◇
進水式が始まるまで、まだ余暇がある。
約束を思い出したシンは、もう見慣れてしまった格納庫に足を運んだ。
格納庫には、ザフトの新MS――ザクが数機並んでいて、そこに混ざるように蒼を基調とした戦闘機もあった。
ユニウス条約が締結されてから、MSの保有数に制限がかかった。
こんな寂しい格納庫は、条約締結以前であればありえない光景であると、年上の人から聞いた。
「あ、シンー!!」
格納庫にぽつんと建てられた小部屋から、インパルスが顔を覗かせた。
「インパルス。検診終わったのか?」
「うん。あ、いま裸だから、見たら駄目だよ」
「っ……」
髪をたらりと垂らし、艶やかな笑みを浮かべたインパルスを見て、シンの頬がみるみる赤らんだ。
言動は幼いが、身体は彼と同い年くらい。流石に直視できるものではない。
「うそ、ちゃんと服着てまーす」
「お、おい……」
そう言いながら飛び出てきた彼女の服装。
へそ剥き出しの、真っ白な服。面積が少なく、遠くから見れば裸体に見えなくもない。
シンの顔は、以前として赤いままだ。
「シン。また髪やって?」
「また?」
そうお願いされ、シンは困ったように笑う。
「しょうがないな」
彼女に招かれ、シンは部屋の中に足を踏み入れた。
椅子に座り、ごきげんな様子で足を振るインパルスと、目を寄せて真剣に髪を触るシン。
周りには誰もおらず、インパルスの可愛らしい鼻歌が響くのみであった。
「できた」
「わぁ!」
手鏡を見て、目を輝かせるインパルス。
元気で活発な印象を与えるポニーテールが、赤いアクセサリーによって更にその印象が強まったヘアスタイル。
シンは見違えった彼女の姿を見て、どこか満足気で、幸せそうだった。
「ありがとう、シン! ザクウォーリアに自慢しないとね」
跳ねるように言うインパルスは、顔をふりふりしながら、何度も鏡に写る自分を眺めた。
シンはその姿を見て、深い、深い懐古の念に囚われていた。
妹も、こんなふうに髪を結われて喜んでいたなぁ……
懐かしく、もう二度と元に戻ることの無い情景を思い浮かべながら、シンはありぬ方向を見つめる。
そんな時間を送っていた時――ミネルバに警報音が鳴り響いた。
『全クルーに継ぐ、アーモリーワンにて戦闘が発生!! 本艦も応戦する!!』
雄々しい女性の声で告げられた、最悪の状況。
シンの脳裏に、あの時の光景が浮かぶ。
「……クソッ……!!」
◇
『コアスプレンダー、発進位置に移動』
ミネルバの格納庫に忙しい動きが見られた。
入り組んだ移動システム。ハッチやレールのが目まぐるしく稼働するその空間で、蒼き戦闘機――コアスプレンダーはただ決められた位置に着くのを待つのみであった。
搭乗するは――シン。
真剣な顔つきで、一本に伸びる操縦桿を固く握りしめていた。
『進路クリア、カタパルト正常! コアスプレンダー、発進どうぞ!』
そう無線で言われ、シンは深く息を吐く。
『シン』
無線で入ってくる、インパルスの言葉。
シンは声を傾けた。
『頑張ろうね!!
「……うん。頑張るよ」
モニターに映るインパルス。
髪はそのままであったが、無数のワイヤーによって固定され、まるで家畜のような扱いをされているように見えた。
シンは再び深く息を吐き、光学モニターの先に現れる広大な人工湾を見据える。
「シン・アスカ、コアスプレンダー!! 行きます!!」